魔法少女リリカルなのはvivid-Blizzard Princess of Absolute Zero-   作:炎狼

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はい、始めてみましたvivid編。
拙い文章かもしれませんがよろしくお願いいたします。


Kristall;1

 次元世界の中心世界ミッドチルダの首都、『クラナガン』には天を衝かんと聳え立つ、『時空管理局地上本部』が置かれている。その他にもクラナガンの中央には多くの超高層建築が林立しており、この世界の文明の発展具合が見て取れる。

 

 その中に一つ、『コキルトスグループ』という一流企業が存在する。元々は家具や家電などを製造、及び販売する企業であったが、現在ではその括りではなく様々な業種を担う一大複合企業として、ミッドチルダだけでなく、他世界にまで名前を轟かせている。本社ビルも他の企業の追随を許さないかのように、天を衝くように聳えている。

 

 また、この本社ビルの最上階を含めて1フロアは全て、コキルトスグループを超一流企業まで発展させたコキルトス家が住まう邸宅となっている。社員であっても容易に入ることは許されない、プライベートな空間である。

 

「どうして私の言うことが聞けないの、クロエ!」

 

 そんなコキルトス家の邸宅の一室で、若干ヒステリックがかった声を上げたのは、蒼銀色の髪をショートボブに整え、シックなデザインのスーツを着た美麗な女性だ。けれど、眉間には美しい相貌には不釣合いなほど皺が寄せられ、たいそうご立腹な様子だ。

 

 彼女の視線の先には、彼女と同じ蒼銀色の髪をしたポニーテールにした、クロエと呼ばれた少女が青い瞳に反抗的な光を宿している。年の頃は十二歳くらいだろうか。

 

「何度も言わせないでよ、お母さん。私はこの会社を継ぐ気なんてないの! 私は管理局の魔導師になりたいんだから」

 

 クロエは目の前でこちらを睨んでいる母、ユスティナに対し、毅然とした態度で言い放つ。

 

「笑わせないでちょうだい、クロエ。管理局の魔導師? なんで貴方がそんなものになる必要があるの? 貴方には名に不自由なく暮らせる道があるのよ。この会社を継げば苦労する事なんて微塵もないわ」

 

「それが嫌だっていってるの! 小さい頃からお母さんはいつもそうだよ。私がやりたいことを全部否定するくせに、自分がやらせたいことは、やりたくないって言っても無理やりにやらせたじゃない!!」

 

「貴方の教育のためなのよ。聞き分けなさい、クロエ!」

 

「うんざりなのよ。お母さんが敷いたレールの上を歩く人生なんて!」

 

 ユスティナとクロエはどちらも一歩も引かずに、それぞれ怒声を張り上げる。二人は肩で息をしており、相当白熱していることが理解できた。

 

 すると、二人の間を裂くようにユスティナの通信端末が鳴った。彼女はやや訝しげにそれに出る。

 

「私よ……ええ、それなら貴方の端末に送信しておいたわ。あとはそちらでまとめて……ええ、お願いね。あぁそうだ、明日の会議で使う資料、今日中に送ってくれる? 目を通しておきたいから。それじゃあまた」 

 

 どうやら会社の連絡だったようで、彼女は話を終えて端末を閉じてからもう一度クロエを見やり、指を差した。

 

「とにかくクロエ。もう一度貴方は自身の将来について考えなさい。会社を継いで不自由なく暮らすか、魔導師になって命の危険に晒されながら勤めるか。よく考えなさい」

 

 冷淡に言い放った後、ユスティナは踵を返して私室へと戻っていった。そんな彼女の後姿を睨んでいた。けれど彼女の顔にはどこか悲しさも見え隠れしている。

 

「……貴方のそういうところが大嫌いなのよ。お母さん」

 

 ギリッと音がするほど歯を噛み締め、苛立ちを晴らすように近くにあったクッションを窓に向かって投げつける。クッションが柔らかいためか、特に大きな音は立たなかった。窓の外に広がる夜景は、とても煌びやかで一種の芸術品とも言えるだろう。

 

 母の言うことが分からないわけではない。確かに彼女の言うとおりに彼女の決めたレールの上を歩いていけば、最終的には不自由なく楽な暮らしが出来るだろう。今まで経験して来たことでそれは十分に分かっている。

 

 でもそれは自分が生きている証明になっているのだろうか? このまま母が言った道を進んで一生を過ごすなど、それはもはや『呪い』の域ではないだろうか。そんなものは自分が生きている証明にはならない。自分はただ、ユスティナという女性が残したただの人形に成り下がってしまう。

 

 幼き少女は幼心ながらも自分の置かれた状況が理解できていた。だから彼女は決意したのだ。これ以上母の言いなりにはならないと。

 

 魔導師となって苦労する道。上等ではないか。何の山も谷もない人生など、つまらなすぎて反吐が出てしまう。

 

「私は強くなって皆を幸せにする魔導師になるんだ」

 

 胸元で手をキュッと握り締めたクロエの双眸には覚悟の炎が揺らめいていた。

 

 一度自室に戻った彼女はクローゼットから大きなキャリーケースを取り出した。ケースの中には既にそれなりのものが入っており、バスタオルから着替え、下着、そのほか身だしなみと整えるための道具が一式揃っている。彼女はそれらを一つ一つ確認していくように目を通した後、ベッドサイドテーブルにおいてあった雪の結晶を象ったデバイスを呼んだ。

 

「フリーレン、来て」

 

〈はい。クロエ様〉

 

 フリーレンと呼ばれたインテリジェントデバイスは、女性のボイスで答えるとふわりと浮き上がり、クロエの目の前にまでやってくる。

 

「もうメール来てるよね?」

 

〈三時間ほど前に受信いたしました。クロエ様が編入試験をお受けになられた『第四陸士訓練校』からです。要点を纏めますと、明日の昼十二時までに入寮手続きを済ませるようにとのことです〉

 

「わかった。ありがとう、フリーレン」

 

〈いえ、お嬢様のお役に立つのがわたくしの役目ですので。それで、ユスティナ様に理解はしていただけましたか?〉

 

 若干控えめの声で問う彼女に、クロエは苦笑いを浮かべながら被りを振った。

 

「無理だったよ。まぁ最初からあきらめてはいたけどね。あの人が魔導師なんか認めてくれるはずないし」

 

〈そうですか……では喧嘩別れのようになってしまいますね〉

 

「いいんだよ。それに私はもう決めちゃったもん。誰がなんと言おうと魔導師になってやるってね」

 

 笑みを浮かべて返すクロエに、フリーレンは小さく光って答える。そしてクロエは時計を確認した後、まだ済ませていなかったお風呂に入ってから早々に眠りについた。

 

 

 

 

 

 翌日の早朝。まだ朝靄が蔓延る時間帯にクロエは家を出た。

 

〈お父様と弟様への挨拶はよろしかったのですか?〉

 

「二人にはもう言ってあるからね。私がいなかったらすぐに分かるでしょ」

 

 顔の横に浮遊するフリーレンに言いながらクロエはガラガラとキャリーケースを引いて、訓練学校への道のりを歩いていく。第四陸士訓練校は自宅からそれなりに離れた所にあり、歩いていくと二時間弱はかかる。けれどクロエからすれば逆にそれでよかった。

 

 なにせ朝早く出てこなければあの母親にまた捕まってしまうからだ。まぁ仕事中に出て行ってもいいのだが、いつ鉢合わせるか分からない。その点早朝ならば安心なのだ。ではそれは何故か、ユスティナは朝は極端に弱く、いつもの毅然とした調子が嘘のようにダラダラとしている。それに寝起きも相当悪いので、ちょっとやそっとの物音では起きるはずもない。だからこれぐらいの時間に出てくることは元々決めていたことと言うわけだ。

 

「お父さんには感謝しないといけないなぁ。黙って協力してくれたわけだし」

 

〈ユスティア様と違い、エドワルド様は自由奔放な方でいらっしゃいますからね。貴方様の魔導師としての成長が見たかったのでしょう〉

 

「はは、そうだったらうれしいなぁ。でも、私がいなくなったらヨハンは大変だよね。全部引き受けることになるんだし。ちょっと悪いことしたかも」

 

〈そんなことはないでしょう。ヨハン様も割り切ってらっしゃいましたよ? 『姉さんは頑固だからしょうがない』って〉

 

 やや明るめの声で言うフリーレンに、クロエは小さく笑った。

 

 クロエの父は、エドワルド・コキルトスと言う恰幅のいい男性だ。以前はそれなりに名の知れたスポーツ選手だったらしいが、今は会社の社長を務めている。とはいっても、実際のところ会社の実権を握っているのは会長であるユスティナなので、彼が必要なのかも怪しいところだ。けれど、親としては十分「優しい父」と言えるだろう。ユスティナがあのようにキツイ性格の反面、彼は温厚を絵に描いたような人だ。クロエが魔導師になりたいと言った時だって、彼は反対せずに「自分のやりたいようにやりなさい」と笑って言い、編入書類の保護者氏名のところに名前を書いてくれた。

 

 クロエのような十二歳以下の子供が陸士訓練校に入るためには、親か後見人の名前が必要となる。だからクロエはユスティナに問う前に、エドワルドに懇願して名前を書いてもらったのだ。卑怯な手だとは思う。でも、いつまでも母の下で燻っているだけではなにも解決しない。だから多少卑怯な手を使っても家を出たかったのだ。

 

 陸士訓練校はその名の通り、未来の陸戦魔導師を育成する管理局が経営している学校だ。一度クロエがその学校に入ってしまえば、外から手を出すことは容易ではないだろうと彼女は考えている。コキルトスグループは、その広い人脈で管理局にも名を売っている。企業としては妙に騒いで波風を立てなくないのが本音となるだろう。だから、クロエは訓練校に入ってしまえば母も容易に手出しが出来ないはずだと考えている。大企業の会長として、娘と喧嘩して家出されましたなどとメディアには報道されたくないだろう。

 

「訓練校を卒業して陸戦魔導師になれば、いつか空戦魔導師にもなれるからがんばらないと」

 

〈クロエ様は空戦魔導師志望でしたね。階級は執務官を狙っているのですか?〉

 

「うん。執務官ってかっこいいしね。制服も黒くて落ち着いた感じがして好きだよ」

 

〈では、貴女が魔導師になりたいと思わせたきっかけを作ったお人などはおられるのですか?〉

 

「……そうだよ。フリーレンの言うとおり、いるよ。私が魔導師を目指すきっかけを作ってくれた人」

 

 クロエは少しだけ頬を緩ませ、以前一度だけ出会った一人の執務官を思い出す。アレは確か父と一緒に地上本部に顔を出した時のことだ。あの時は、母に「将来に繋がるから仕事を見てきなさい」と言われたから渋々ついていった。

 

 エドワルドは彼女が嫌そうな顔をしていたのを見ていたようで、「話しが終わるまでラウンジで待っていていいよ」と、お小遣いを渡した。クロエもそれにしたがってラウンジへと足を運び、適当なジュースを買って窓際の席に座って眼下に広がる風景をぼんやり眺めていたのだ。

 

 その時の自分はさぞつまらなそうな顔をしていたのだろうと、クロエは思い出して苦笑する。けれど、そんな風にぼんやりと外を眺めていた時、一人の男性が声をかけてきたのだ。

 

 執務官の制服である、黒い局員服を着込み黒髪に赤い瞳が特徴的な男性だった。髪は綺麗に切り揃えられていて、清潔感があったことも覚えている。最初は急に話しかけてきて「ロリコンか?」とも思ったクロエだったが、どうやら彼は、クロエが詰まらなそうにしていたのを見かけ、見るに見かねて話しかけたらしい。

 

 なんともまぁおせっかいな人だとクロエは思ったが、話してみると中々に面白い人だった。また、彼の話の中には三年前に起こった都市型テロ事件、JS事件の話も出てきたので、とても興味深かった。その時クロエは思い切って彼に問うてみたのだ。「管理局の仕事はやりがいがありますか?」と。

 

 男性はその問いにしばらく悩んでいたが、やがて小さく頷いて答えた。「管理局の仕事は危険と隣り合わせの時も多い。でも、自分の力で誰かを幸せに出来たり、笑顔にできたりするのはとてもやりがいのあることだと思うぜ」と、彼はニヒルに笑っていた。

 

 その時からだろう。彼女が本格的に魔導師になりたいと思い始めたのは。別に彼が好きになったわけではない。ただ、彼のように自分も多くの人々を笑顔に出来ればと思ったのだ。それに自分は生来魔力値はかなり高い。だったら、この力何もせずに封印しておくよりは、誰かのために役立てた方が有意義だろう。

 

「また会えないかなぁ。あの執務官の人に」

 

〈お名前は聞いていないのですか?〉

 

「それが聞きそびれちゃったんだよねぇ。お仕事中だったみたいで、金髪のすっごい綺麗な執務官さんと戻っちゃったんだよね。あそこで聞いておけばよかったな」

 

〈まぁ局員になればいずれ会うこともあるでしょう〉

 

「だね。よぉし、それじゃあ気を取り直して訓練校へ向かってレッツゴー!」

 

 クロエは一度大きく深呼吸したあと、足を軽やかに運んで第四陸士訓練校へ向かった。

 

 

 

 

 

 クロエが家を出てから数時間後、コキルトス家には憤怒と優しさが入り混じったような空気が漂っていた。

 

「エド、クロエは何処に行ったの?」

 

 今にも掌が切れてしまうのではないかと言うほど拳を握り締めたユスティナが、目の前でコーヒーを飲んでいるエドワルドに問うた。

 

「……」

 

 けれど彼はそれに答えず、小さく息をつくだけだった。

 

「答えて。あの子は今何処にいるの!?」

 

「……ティナ。もうあの子に親の考えを押し付けるのはやめてあげないか? もちろんヨハンにも言える事だが、子供達は自由に生きるべきだと思うんだ」

 

「ふざけないで。クロエもヨハンも特別な子なのよ。将来を約束されているのに、それを不意にするなんて馬鹿げているわ」

 

「それはどうだろうなぁ。俺は子供の好きにやらせた方がいいと思う。それで失敗したなら、自分の力で這い上がればいい。約束された将来もいいだろう。でも、それは本当に子供のためなのか?」

 

 落ち着いた様子で言う彼とは対照的に、ユスティナは多きな溜息のあと、踵を返して玄関へと向かって行く。

 

「クロエの行き先は私で調べるわ。貴方は今日の仕事をこなしなさい」

 

 冷徹に言い放って彼女は廊下を歩いていく。そんな妻の後姿を見送りながらエドワルドは小さくため息をついた。

 

「俺にとっては、お前の方が無茶をしているように見えるぞ、ティナ」

 

 

 

 

 

 クロエが第四陸士訓練校に編入して一週間が経過した。訓練は厳しいものであり、苦痛を感じるものも多いが、彼女の中に不安感はなく、寧ろ念願かなっての充実感と、魔導師になるための一歩を踏み出したという期待感でいっぱいだった。

 

「今日の訓練もきつかったねー、クロ」

 

「そんな元気はつらつな感じで言われても疲れてるように見えないわよ、アリサ」

 

 彼女の隣で伸びをしながら言うのは、入寮した時に出来た友人、アリーシャ・ヴァイセンだ。

 

 最初、クロエのファミリーネーム「コキルトス」の影響で、多くの訓練生は遠巻きに見ているだけで、話しかけてくるものはいなかった。皆遠巻きに見ているだけで、中には編入してきたこともあって、「金持ちのわがまま」とか「親に入れてもらったんだろ」とか、いろいろ言われていた。

 

 けれどクロエはそんなこと気にも留めずにいた。言いたいヤツには言わせておけばいい。彼女は自分の意思でここにいるのだから。そして、そんな形で一日が過ぎて、初めて寮に入ったときに同室となったのが、アリーシャだ。

 

 どうやら彼女の部屋にはルームメイトがいなかったらしく、開口一番「ルームメイトが出来てよかったよー」と笑顔で言っていたのを覚えている。以来、校内では彼女と行動を共にすることが多くなった。そして、彼女に釣られてなのか、段々とクロエに話しかける訓練生達も多くなった。因みに『クロ』と言うのはクロエのあだ名で、アリーシャのあだ名は『アリサ』だそうだ。

 

「それにしてもさぁ、クロって本当にお嬢様っぽくないよねぇ」

 

「じゃあアリサが想像するお嬢さま像ってどんなのよ?」

 

「えー、それはアレだよ。高飛車で自分勝手で、一人称が「わたくし」で、髪が金髪で縦ロールになってて語尾が「ですの」とか「ですわ」とかそういう感じ」

 

「アニメの見すぎよ。現実にも……まぁいないことはないけど、あんまりみたことないわね」

 

 アリーシャのお嬢様想像図に若干呆れていると、校内アナウンスが入った。

 

『クロエ・コキルトス訓練生。至急正門前に来てください。繰り返します、クロエ・コキルトス訓練生、至急正門前に来てください』

 

「呼び出し? 私なんかしたかな……」

 

「しかも正門前って、変な感じだねぇ」

 

 確かにその通りだ。普通呼び出されるなら教官室か、訓練所だろう。なのに正門前とはどういうことなのだろうか。

 

「とりあえず行ってみるわ。教室には先に戻っていて」

 

「はーい、いってらっさーい」

 

 クロエは胸に嫌な予感を覚えつつも、正門へ走った。

 

 

 

 

 

 正門前には大きなリムジンが停まっていた。陽光に照らされて光る車体は、ピカピカに磨き上げられている。その前にはサングラスをかけた強面のボディーガードと思われる男性が数人、そして彼等の中心には高級そうなスーツに身を包んだ蒼銀色の髪を持つ女性が立っている。

 

 見紛うはずもない。彼女はクロエの母親、ユスティナだ。どうやら彼女の所在を突き止めたらしい。

 

 ……予想より早い。会議とかでもっと遅れるものだと思ってたのに!

 

 内心で歯噛みしていると、ユスティナが一歩前に出た。

 

「探したわよクロエ。さぁ、私と一緒に家に帰りましょう。そして、別の学校へ行くのよ。こんな野蛮なところではなくてね」

 

「……嫌」

 

 きっぱりと断った。しかし、ユスティナは「やれやれ」と頭を押さえると、冷徹な眼光を向けてくる。

 

「クロエ。いい加減聞き分けないと、私も強行をするしかないのだけれど」

 

 彼女が言うと、黒服のボディガードたちがゆっくりと歩み出てきた。全員スーツの上からでも分かるほど筋肉隆々だ。

 

「ふん……やっぱり貴女はそういう人だよ。結局自分の思い通りにならなければ力ずくで押し通す。そんな貴女のやり方が私は大嫌い」

 

 もはやユスティナを母と呼ばない彼女の瞳には、哀しみと怒りの感情が光っている。

 

 そんな彼女の言葉をユスティナが聞き入れるはずもなく、彼女の周りに黒服たちが円を描くように展開してそのうちの一人が手をさしのべてくる。

 

「さぁ、お嬢様。御車にお乗りください」

 

 そして彼がクロエの手を取ろうとした時だった。

 

 その場に鎖が張り巡らされたような音が響いた。同時にクロエの足元に、頂点が円になった三角形と、中心で剣の紋章が回転している蒼色の魔法陣が浮き上がる。

 

 この形の魔法術式のことを、『古代ベルカ式』と呼ぶ。かつてミッドチルダ式と次元世界を二分する勢力を誇っていた魔法術式だ。現在では衰退しているものの、使用者は少なからず存在しているらしい。

 

 魔法陣が展開されたことで、クロエの周りには膨大な魔力の奔流が吹き荒ぶ。その凄まじさたるや、魔力だけでボディガード達と吹き飛ばすほどだ。しかし、彼女はこれだけではおさまらない。クロエが一度小さく息をつくと、魔力の放出が止まった。

 

 その代わりに、彼女の周囲の気温が数度下がった。それはユスティナも感じ取ったようで、怪訝な表情を向けてきた。

 

 クロエはそれに見向きもせずに、彼女の元へ歩み寄る。彼女が歩くと、足元はパキパキと音を立てて凍り付いてゆく。

 

「魔力変換資質……」

 

 誰かが呟いた。

 

 魔力をごく自然に直接的な物理エネルギーに変換できる能力のことを、『魔力変換資質』という。クロエが持つ変換資質は『氷結』。全てを凍りつかせることが出来る、冷気の力だ。

 

 クロエは自分の足元を凍りつかせながら、ユスティナの眼前に立った。彼女の身体には白い冷気が纏わりつき、陽光に反射してキラキラと光っている。

 

「クロエ、貴女……!」

 

「これで分かったでしょう、お母さん。私はこの力を封印しておくなんてしない。この力があれば多くの人を助けられるし、役立てることが出来る。確かにお母さんの言うとおりにしていれば〝自分だけ〟は幸せになれると思う。でもさ、私は皆を幸せにしたい。私自身の力でそれが出来るなら、それって素晴しいことじゃないかな?」

 

 クロエは真剣な様子で告げる。その表情に一切の嘘偽りはなく、彼女が本心から言っていることが分かった。

 

「貴女のやりたいことは十分理解できたわ」

 

「それじゃあ――」

 

「でもそれだけではダメ。もし貴女が本当に人々を救えるだけの魔導師になりたいのなら、DSAAが主催する公式魔法戦競技会『インターミドル・チャンピオンシップ』の世界代表にまで上り詰めなさい。期限は十六歳になるまで。だからチャンスは今年をいれて三回。そうすれば貴女が魔導師になることを本当の意味で認めてあげる。けれど、それにたどり着けなかった場合は、会社を継ぐために尽力してもらうわ」

 

 ここまで来てまだ自分のことを認めようとしないのかと、クロエは彼女に対して腹を立てそうになったが、そこで自分を制し、静かに頷いた。

 

「わかった。その条件をのむわ。だから本当に私が世界代表になったら二度と私に口出ししないで」

 

「ええ。約束しましょう」

 

 彼女も頷いて答えると、踵を返してリムジンに乗り込んだ。それに続き、ボディガード達も退散していった。

 

 誰もいなくなった正門前でクロエは息をつくと展開していた冷気を収めた。すると、今まで黙っていたフリーレンが声を発した。

 

〈クロエ様、わたくしは貴女の僕ですので基本的に貴女の決めたことを拒否は致しませんが、今回は無茶が過ぎます〉

 

「……やっぱり?」

 

〈当たり前です。インターミドルがどれほど難関なのか分かってらっしゃいますか? わたくしも何度か拝聴したことがありますが、今のクロエ様では地区代表にすらなれません。よくて地区二回戦どまりでしょう〉

 

「でも訓練校で鍛えるし、二回目とか三回目なら……」

 

〈それも難しいでしょう。確かにクロエ様は膨大な魔力と変換資質を持っています。ですが、それだけでは足りないのです。貴女に足りないもの、それは戦闘スキルです。状況判断能力、魔法を発動するタイミング、その他上げていけばキリがありませんが、とにかく貴女には戦闘経験がなさ過ぎるのです。インターミドルはお遊びではないのです。もし甘く考えておられるのなら、今すぐにそれの考えを排除してください〉

 

 どことなくフリーレンの言葉には強さが見えた。怒っているわけではないのだろうが、どこかピリついた感じがする。

 

「それじゃあどうすればいいの?」

 

〈本当は師を持つべきなのですが、今からそれをしても遅すぎます。なので、初参加まではわたくしの過去の陸戦の記録からイメージトレーニングをしていただきます。役に立つ情報もあるでしょうからね。座学の際は全てイメージトレーニングに意識を集中してください。休日も返上して鍛錬にいそしんでいただきます〉

 

「それって一回目は様子見で、二回目三回目が本命ってこと?」

 

〈そうです。今年行われるのは第二十六回大会です。なので、次回、次々回のインターミドルにつなげます。厳しいことを言うようですが、本当に世界代表になりたいのならさっき言ったぐらいのことを当たり前のようにこなしていただかなければ無理です。もし鍛錬中に一度でも弱音を吐いたら、わたくしは貴女を見捨てます。貴女に魔導師を志す覚悟があるのなら、見せてくださいあなたの不屈の闘志を〉

 

 いつものおっとりとした様子からは想像もできないほど、力強い語気で彼女は言った。彼女自身クロエに夢をかなえてもらいたいから厳しいことを言っているのだ。普通であればこんなことは言わない。

 

 だからクロエもそれに答えなくてはならないと思った。相棒が覚悟をみせてくれているのだから、自分もそれに答えなくてはいけないと。

 

「わかったよ、フリーレン。私は絶対にあきらめない。だから私と一緒に闘ってくれる?」

 

〈もちろんです。しかし、クロエ様今の言葉決して忘れないでください。どん状況下であっても決してあきらめてはいけません。戦いの中で僅かな活路を掴むのです〉

 

「うん! それじゃあさっそく今日から鍛錬の開始だね!」

 

〈ええ。厳しく行くので覚悟してください〉

 

 彼女らは明るい声で言いながら訓練校の校舎へ戻っていった。クロエの瞳には覚悟と決意の入り混じった熱い闘志が揺らめいていた。

 

 

 

 

 

 会社へ戻るリムジンの中で、ユスティナは空間投影ディスプレイを展開して仕事に勤しんでいた。その時、秘書のジーナ・バラネフが彼女に問う。

 

「よろしかったのですか、会長。お嬢様を自由にさせて」

 

「構わないわ。どうせ世界代表なんて無理な話だからね。確かにあの子の魔力量、変換資質、そして古代ベルカと言うレアスキルには目を見張るものがあるわ。でも、インターミドルはそれだけでは決して勝ちあがれない」

 

「では、最初からお嬢様に勝機はないと?」

 

「そうよ。あの子にはなんとしても家を継いでもらうわ。どんな手を使ってもね」

 

 そう言うユスティナの瞳にもまた、クロエと同じようで、どこか違う灯が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 これより約三ヵ月後、第二十六回インターミドル・チャンピオンシップ、ミッドチルダ地区選考会開始――。




というわけで始まったわけです新シリーズ。
主人公は聖くんではなく、新たに作ったクロエちゃんです。氷結の変換資質をもった女の子ですね。また、古代ベルカまで持っていますので古代ベルカと関係があるのは明白です。あらすじでいっちゃってますしねw

次回は飛んで三ヵ月後になります。
恐らく前作主人公も出せるかと思います。どのような形かは見てのお楽しみと言うことで。

またこの作品と同時進行でリメイクもすすめて行きたいと思いますので近いうちに上げられれば良いと思います。亀更新になる可能性もありますががんばって行きたいと思います。

因みに、作品タイトルの英語部分を訳すと『絶対零度の氷姫』的な感じになります。氷ならiceじゃ……とか言ってはいけない、触れてはいけない……。

ではでは、これからよろしくお願いいたします。

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