リミットラバーズ   作:ホワイト・ラム

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さて、今回も無事投稿できました。
皆さんそろそろゴールデンウィークですね。
この作品が皆さんの休日の一部を彩れたら幸いです。


俺は、天峰じゃない……

「え……なんで……」

夕日は自身の今の状況が理解出来ていなかった。

目の前にいるのは、今自分に声をかけてくれているのは――

 

「やぁ、この前ぶり」

自身を送り出してくれた男。天峰だった。

まるで少し前の様に、『そこにいるのが当然』と言いたげな表情で立っていた。

 

「どうして……ここに?」

困惑と喜びが、ない交ぜになった夕日の口から出たのが一つの疑問。

しかし、そんな風に呆然とする夕日を無視して、天峰がずかずかと家に上がってくる。

きょろきょろと部屋の中を見回す天峰。

一瞬だけ、わずかに顔をしかめて一言。

 

「酷いね」

悲しそうにそうつぶやく。

 

「あ……」

その言葉に夕日がハッとする。

倒れた家具に、割れた皿、さらにはさっきの母親とのいざこざで破れた自身の服。

どう見ても普通の状況ではなかった。

そう、これが天峰の喜ぶ状況でないのは簡単に分かった。

 

「……これは――違うの!!

……何も……心配する様な……こと……ないから……」

無意味な言い訳、この惨状を見てこんな言葉が信じられるハズがない。

おまけに天峰の入ってきたタイミングから考えてさっきの母親との喧嘩の内容を聞かれてしまっているだろう。

バレてしまったのだ、必死に隠してきた母親との関係も、玖杜の前で見せた平気なフリも。

 

「……クノキちゃんから聞いたよ、夕日ちゃんの事。

元気でやってるみたいだけど――本当にそう?」

夕日の目線までしゃがみこみ、天峰が夕日の目を覗き込む。

 

「あ……う」

 

「『なんか無理してるかも』って心配してたよ?」

いくらか前の夜の通話の事だろう。

夕日自身はうまく隠せた積りだろうが、どうやら玖杜には隠し通せていなかったようだ。玖杜はそういう所で非常に聡い。

 

「ねぇ、夕日ちゃん。もし夕日ちゃんさえ良けれ――」

 

「ダメ!!」

大声を上げ、夕日は天峰の言葉を遮った。

夕日は知っている。天峰の優しさを、幻原家の暖かさを、そしてそのぬくもりの幸福さを。

だからこそ――

 

「ダメ……それ以上は……ダメ。

誘われたら……私……私……天峰に付いて行っちゃうから!!

おかあさん……見捨てちゃうから……だからダメ……!!」

ボロボロと泣き出し、床を濡らす。

今まで閉じていた涙があふれる様に、次から次へと。

 

そう、夕日は知っていたのだ。

天峰は都合の良いヒーローの様に駆けつけてくれる事を、自分のもっともほしい言葉を投げてくれる事も知っていた。

天峰の存在に甘えればどんなに幸せだろう?

 

けど、だが、しかし――それはダメだ。

 

「……今の……私の……家は……ここ……もう……あそこには……帰らない」

確かな気を以て、夕日は天峰を拒絶した。

自分のいるべき家は此処なのだ。

つぶれそうな母を支え、元の平穏な家族へと戻るのだ。

血の繋がった母娘へと。

 

「夕日ちゃん……本当に、ここでいいの?夕日ちゃんの居たい場所は此処なの?」

何度目かになる天峰の質問。

そこの言葉に夕日の心が大きく揺れる。

砂漠でオアシスを見つけた遭難者はこんな気持ちなのかもしれない。

それほどまでに、夕日を惑わすほどに、天峰の言葉は魅力的だった。

 

「……うん……」

ここであえて残る決心を固める。

やさしさに背を向け、試練に向かう。

わずかに、しかし確かに夕日は頷いた。

 

 

「そっか、夕日ちゃんがそう言うなら仕方ないね」

以外にもあっさりと天峰はその場から引いた。

 

「じゃぁね。暇が出来たら遊びに来てよ」

振り返った天峰が扉を開け、出ていく。

最期にわずかに手を振って、その姿は扉の外に消えていった。

あっさり、ほんとうにあっさりと天峰は帰っていった。

 

「あ――」

何かが終わった気がして、夕日は膝をついた。

驚くほどあっけない終焉。

部屋は再び静寂を取り戻し、夕日の静かな息遣いだけが聞こえる。

そんな夕日の心の中に、かつてのとある場所の記憶が飛来する。

 

「似てる――」

思い出すのは、旧病棟での生活。

静かな暗い部屋。あそこには天峰が来てくれた。

だが今は、その天峰を追い出した後の部屋。

もう、救いは来ない。たった一人で立ち向かわなきゃいけない。

 

 

 

 

 

「……部屋……片付け……ないと……」

もそもそと動き出し、自身と母親が荒らした部屋を掃除する。

この後帰って来た母親と生活するために――

これからも母娘として生活するために――

 

ガチャ

 

再び玄関が開く音がする。

母親が帰って来たのか?

その方へ視線を向ける夕日だが――

 

「え?」

理解できない状況に、固まる。

ドアから顔を出したのは母親ではなかった。

黒い眼鏡、所謂サングラスをかけた高校生位の男だった。

その男は何も言わず家の中に入ってくる。

その背格好、そして来ている服に夕日は見覚えがあった。

 

「……天峰?……何をしてるの?」

その姿はまさしくさっき帰ったはずの天峰だった。

 

「ギクッ!?ち、ちげーし……俺は天峰じゃねーし……」

誤魔化す様に下手な口笛を吹いて見せる。

夕日は少々イラっとした、必死な自分を嘲笑うかのようなふざけた態度、そして恰好。

 

「……帰って……天峰には……帰る家が……ある」

 

「…………」

男は無言で夕日を見下ろす。

サングラスのせいで視線が読めないのが、夕日には不気味に感じられた。

 

「……天峰?」

 

「……違う」

夕日の問いかけにぼそりと男が答えた。

 

「え?」

 

「俺は、天峰じゃない……俺は、俺は……」

その男は緊張を抑えるように一回深呼吸をした。

 

「俺は、幼女誘拐お兄さんだ!!」

 

「……は?」

男の言葉が理解できなかった。

一体今、この男は何と言ったのだろうか?

 

「天峰?」

 

「天峰じゃない!!幼女ゆうきゃ、誘拐お兄さんだ!!

えへへへ~お嬢ちゃんかわいいねー、すごくお兄さん好みだねー。

仕方ないねー、こんな可愛い幼女がいたら誘拐するしかないなー。

すごくかわいい幼女が居たから仕方ないなー」

途中噛みながらも、そういってワザとらしい笑みを浮かべ夕日の手を取る。

 

「!?――離して!!」

 

「いやだ、離さない!!」

手を引っ込めようとした夕日を男が引っ張る!!

夕日もそれに抵抗する。

 

「こんなことして何になるの!?」

 

「かわいい子が居たから誘拐するだけだよ!!普通の事だよ!!」

話などない、と言いたげに夕日を無理やり抱き寄せる!!

 

「わたしの事はほっといて!!」

 

「誘拐犯の俺にそんなセリフは無意味だ!!

ぐへへへ~このまま家にお持ち帰りして、たっぷりかわいがってやるぜ!!」

じたばたと暴れる夕日を遂に天峰は抱き上げる!!

いよいよ現実味を帯びてきた『誘拐』のセリフに夕日が慌てる。

 

「こんなことして、何に――」

 

「何にもならないって?違うさ!俺はだれ一人悲しんでほしくない!!

たとえ本人に嫌われたとしても!!

俺には『助けて』って言ってるように聞こえたから!!」

それは明らかに破綻した論理。

本人の為を思って誘拐するなど、誰にでもわかる可笑しな論法だ。

 

「わ、私は――」

 

「夕日ちゃんは関係ない!!!ああ、関係ないさ!!

俺が、()()()()()()()()()()()()()()()()

たったそれだけだ!!だから、無理やりにでも誘拐するから、連れて帰って――」

 

「っ~~~!!訳、わかんない!!意味がわからない!!」

じたばたと暴れて、天峰が夕日を離してしまう。

とっさに走り、天峰との距離を取る。先までつけていたサングラスはいつの間にか床に落ちてしまっている。

 

お互いが肩で息をしあう。

 

「帰る気はないんでしょ?なら、無理やり連れて帰る。

夕日ちゃんの意見は関係ない。俺がやりたいから夕日ちゃんを誘拐する」

 

「……なんで……私は……ここに居たいのに!ここに居なきゃいけないのに!!」

 

「嘘を付くなよ!!夕日ちゃんさっき言ったぞ?『俺に()帰る家がある』って。じゃ、夕日ちゃんの帰る家は?ここが家なの?」

射貫くような天峰の言葉。嘘偽りを許さない裸のこころの一言。

 

「う、ん……う~~~!!」

必死に自分の家がここだと、必死で言いくるめていた自身の心が動き出そうとしているのを夕日は感じた。

帰りたい。幻原家に、天峰の、天音の、幻原両親のいる家へ。

 

「私は――――」

 

「あ、あなた誰ですか!?」

突如金切り声が聞こえる。

天峰、夕日両名がその声の方を振り向く。

 

「出ていきなさい!!警察呼びますよ!!

泥棒ね!?うちにはアンタにやる物なんてないんだから!!」

その声の主は夕日の母親だった。

武装のつもりか、玄関に有った靴ベラを手に持ち構えている。

 

「……お母さん……」

 

「何も盗られてないでしょうね!?大丈夫よね!?」

夕日の事など一切無視して、その視線はタンスや棚の貴重品入れに向かっている。

 

「えっと~」

 

「ドロボー!!ドロボーよ!!警察、警察呼んで!!」

開いている玄関に向かって、大声で叫ぶ。

このアパートのほかの住人が警察に連絡してくれるのを待っているのだろうか?

それよりも――

 

「泥棒かもしれない男の前に娘がいるのに、心配事はそっちかよ……!」

天峰が小さくつぶやくように言葉を漏らす。

今まで夕日が聞いたことのないような、低く恐ろしい声だった。

だがさすがに、ずっとここにいるのも不味いと判断したのか、天峰が開いている玄関に向かって走り出す。

 

そして、右手を伸ばし夕日の手を握った。

それは弱い力、夕日でも簡単に振りほどける力――

 

「あ、」

小さく天峰が声を漏らした。

夕日が、天峰の手を強く握り返した。

天峰はもう何も言わなかった。

夕日も何も言わない。

ただただ天峰の手を引いてくれる力に身を任せるだけ。

 

「ちょっと!?」

母親の声が遠ざかっていくのを夕日は感じる。

わずかに足元が痛い。靴を履き忘れて裸足で出てきたせいだ。

だがなぜだろう?天峰に手を握られているとそれだけで、心が安らぐ。

簡単に振るほどける筈だった手を握り返したのは自分だ。

なにも考えていなかった。ただ『そうしたかった』心が思ったように行動したらこうなっていた。

 

「乗ります!!」

手を上げ、発車しかかったバスを天峰が止める。

一瞬いやな顔をした運転手がそれでも止まってくれ、二人を乗せてくれる。

 

「ははっ、やったぁ」

奥の座席、夕日を座らせ天峰が横で笑う。

 

「かわいい子を誘拐しちゃった」

夕日はそのいたずらっ子のような笑顔の天峰に、心を揺らしている自分がいるのを認識した。




ちょっと、強引な主人公。
かっこいい人にしか壁ドンが許されない様に、主人公にしかロリ誘拐は許されないのでしょう。
皆さんはくれぐれもやらない様に。

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