リミットラバーズ   作:ホワイト・ラム

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はい、みなさんお久しぶりです。
大よそ一か月以上に空きがありましたが、何とか帰ってこれました。
大切なところで切ってすいません。
これからまたよろしくお願いします。


まだクセが抜けて無いみたいだ……

一台の自動車が止まっている。

運転席には、こちらを横目で見る霧崎の姿。

そして、目の前には夕日の母親と夕日本人が立っていた。

 

「娘が今までお世話に成りました」

深く頭を下げる母親の長い髪が揺れた。

その姿は天峰に病院に居た頃の夕日を思い浮かべさせた。

 

(そう言えば、腰近くまで有った髪切っちゃったんだよな……)

夕日の方へ向けると同じく俯いているが、その髪は初めて家に来た時よりも長くなっている気がする。

今改めて気が付く変化に、天峰は夕日と過ごした時間の重みを感じた。

 

「……みんな……ありがとう……」

 

「おう、体に気を付けてな」

 

「じゃあね、夕日ちゃん」

天峰の両親が挨拶をする。

コレ食べて。と父親が自作のサンドイッチを渡してくれる。

 

「おう、夕日。お前最後まで俺の事姉貴って呼んでくれなかったよな?

今なら、呼んでいいんだぞ?むしろ最後のチャンスだぞ?」

 

「……呼ばない……私の方が……年上……」

最後の最後まで自身の言葉を曲げないその姿には、夕日の元来の頑固さを感じさせる物が有った。

そう言えば、なんだかんだ言って夕日は結構頑固な所が有った気がする。

 

「夕日ちゃん……その、俺……」

言いたいことは沢山ある。

二人で前もって沢山話していたハズなのに、それでも言いたい言葉が止まらない。

だけど、不思議とその沢山の言葉は口を付いて出てくれない。

 

「……天峰……ありがとう……天峰と……出会えて……良かった……天峰に……心を……開いて……良かった……私……新しい……所でも……忘れないから……

ううん……違う……何が有っても……どんなに時間が経っても……――

天峰のくれた時間は忘れないから……」

夕日が天峰に抱き着いた。

そして耳元で小さく――『大好き』と呟いた。

それは周りの誰にも聞こえなかった言葉、皆の前で天峰にだけ贈った夕日の言葉だった。

 

「夕日ちゃん……夕日ちゃん……”また”いつか会おう」

 

「うん……」

涙を浮かべながら、それでも懸命に笑顔を作り夕日は幻原家を去って行った。

空には、夕日と同じ名を冠す景色が町を赤く染めていた。

天峰はその夕焼けに向かう車を、影が見えなくなってもずっと見送っていた。

 

 

 

 

 

「ここ、分かる者は?――――ん、幻原!」

授業中、神経質な古文・漢文の先生が問題を出し、天峰が自ら手を上げ答える。

 

「はい、此処に入るのはレ点で、それを含めると『師、曰く過ぎたるは及ばざるがごとし』に成ります」

 

「ん、よろしい。このパターンは漢文では良くある出だしだ、覚えておいて損はないな」

要点を説明して、先生が天峰を座らせる。

夕日が居なくなって、早2週間がたった。

周囲の人間に、夕日が帰ったことを知らせたが、最後には皆納得してくれた。

 

「よぉぅ、天峰。お前、漢文ダメって言ったのにずいぶん、ペラペラだったじゃん?」

 

「ヤケ、昨日前もって予習しといただけだよ。

あの先生、出席番号と今日の日にちで決めんじゃん?

なんとなく当たる範囲は分ってたしね」

そう言って、教科書を片付けてお昼の弁当を持ち出す。

その時、教室のドアが開いて卯月がその姿を見せた。

 

「天峰~、私が降臨してあげたわよ?一緒にお昼食べない?

間違って多めに作っちゃったのよね、出来れば外が良いわね。

中庭とか、行きましょう?」

 

「お、本当か?なら、ヤケも一緒に行こうぜ」

 

「コイツいつも間違って弁当多めに持ってきてんな」

 

「何か言った~?ヤケ君?」

 

「な、なんでもありませんです!!」

3人が中庭に向かって歩き出した。

 

 

 

「うまいな、コレ。春巻きだよな?何処のメーカーだ?」

天峰が卯月の持って来た弁当の春巻きを齧って聞く。

 

「ふふん、コレはレトルトや冷凍食品じゃないわよ?

何と私の手作りなんだから!!」

 

「マジか!?」

自慢げに春巻きを持ち上げる卯月を見て、やや大げさに天峰が驚く。

天峰の中では、春巻きは自作する物ではなく買ってくるものだ。

それを作ってしまうという卯月の料理の腕に、天峰が舌を巻く。

 

「ビックリした?どう?リクエストさえあれば、何か作って来てあげましょうか?

自慢じゃないけど、大概の物は作れる積りよ?」

卯月が自信満々な表情で天峰に聞く。

おそらく弁当に入れる入れないに限らず、必死で多数の料理本を読み取りある程度作れる実力を手に入れたのだろう。

こう言った部分から、卯月の絶え間ない努力の軌跡が伺える。

 

「本当か!?えっと、ええ?なんでも出来る、か……」

じっくりと天峰が考え始める。

その脳内では、卯月に作ってもらう料理を考えてるのだろう。

そして卯月は次に天峰の口から出るであろう料理の名を、今か今かと待ちわびている。

 

「……」

そしてそんな様子を八家が横目で見ている。

その心に有るのは疎外感。仲良く話す二人におまけに成り下がって様なさみしさ!!

 

「なぁ、上ヶ鳥、その米はうまいか?」

八家の弁当の包みの端の方向、青いカラーひよこが弁当の中から分けた米を嘴で突いている。

 

「ぴぃ」

 

「そうか、そうかぁ……今度はキャベツをやろうな?」

 

ヒョイ……

 

今度は、キャベツの一部を指でつまんで上ヶ鳥に食わせる。

 

「悲しくねーし、上ヶ鳥超かわいいし……」

ぶつぶつと八家が言葉を漏らした。

 

「ぴィ……」

何処か憐れむ様な顔で、上ヶ鳥が鳴いた。

目から汗が流れた気がした。

 

 

 

「よし、決めた!!俺、ソーセージが食べたい」

 

「そ、ソーセージは……辛い、わね」

天峰の言葉に卯月が言葉を濁す。

その心中はずっと荒れていた。

 

(あちゃー、こう来たか……

いや、確かにTVとかで作るのは見たことが有るけど……

専用の道具が要るんじゃなかったっけ?)

 

「そっか、無理か……なら、仕方ないかな。

ねぇ、夕日ちゃんは――あ……」

 

「「あ」」

天峰の間違って呼んだ名を聞いて周囲の人間が固まる。

何とも言えない重い空気が周囲に満ちた。

 

「わ、わりぃ……まだクセが抜けて無いみたいだ……」

気まずそうに天峰が頭を掻いてごまかした。

その様子に、八家、卯月の二人が安心した。

今と成っては、こんな風に笑い話で済まさられるが、夕日のいなくなってしばらくの天峰は非常に不安定な状態だった。

 

何かを振り切る様に突然、空元気を出したり。

と思ったら逆に落ち込んでしまい無気力に成ったりと、八家卯月の両名は大層心配したのだ。

 

「あら、ごきげんよう。ずいぶん、しみったれた顔そしてるんですのね。

まさかと思いますが……椎茸でも栽培してらっしゃるのかしら?」

気まずい空気を吹き飛ばす様に、キツめの毒舌が飛ぶ!

金髪碧眼、見たまままるで外国の子役の様な恰好をした少女が腰に手を当て、こちらを見下している。

 

「まどかちゃ――まどか先輩」

 

「あ、女王ロリ」

 

「えっと?」

三者三様のリアクションを取る。

卯月はまどかを詳しく知りはしないので、そこまで大きなリアクションはしないがその存在は知っていた。

確か3年の『先輩』なのだが、その実年齢は中学一年生相当で、海外の制度を使い飛び級しているらしい。

いろいろな意味でネタに事欠かない、噂の人物である。

*ちなみに本人はこっそり身長を高く見せる為、上げ底の上靴を穿いているがそれは内緒だ。

 

「変態庶民!!その呼び方を止めなさいって言ってるでしょ!!」

 

「イントネーションは、女王蟻ね?」

 

「知ってますわよ!!何度も言わなくても!!」

子供特有のキンキンした声が鳴り響いた。

 

「まどかちゃん、一体どうしたの?」

天峰が困った様に笑い、答えた。

 

「まだ食事中でしょ?せっかくですから一緒に食べてあげようと思いまして。

いろいろ持って来ましたわよ」

そう言って掲げる弁当箱は10段にも及ぶ重箱。

開くとおせち料理にも負けないご馳走が並びだす。

 

「マジか……」

 

「さ、皆さんでいただきましょう?」

コレはまどか成りの気使いなのだろう。

きっとうっすらと、まどか自身も天峰の変化を感じ取っていたのだろう。

そして、励ます為にこっちに来てくれたのだろう。

 

「ありがとう。まどかちゃん……」

 

「先輩ですわ」

不機嫌そうにまどかが口を尖らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夜の6時。

白い味噌を、鍋の中で溶かす。

お玉で中身を少しだけ掬い、小皿に移し味を見る。

 

「……おいしい」

小さく夕日が笑った。

しっかりと食べる事の出来る物だ。

幻原家の田舎でハジメさんに教えてもらった技術は、今の夕日にもしっかり使えていた。

 

「……お母さん……早く帰ってこない……かな?」

自身の母親が料理を食べた後のリアクションを想像する。

喜ぶかな?驚くかな?それとも――――怒るかな?

 

その日、夕日の願いはかなう事は無かった。

 

天峰と別れ母親と暮らし始めた夕日。

戻ってきたのは、母親と自分が過ごしたアパート。

契約は半永久的に生きているので、いつでも帰る事は出来たのだ。

 

そう、夕日が願いさえすれば、この家で一人で住む事も出来た。

夕日とその母親が帰って来て初めにした事は掃除だった。

 

一年も開けていないハズなのに、すっかり中はほこりだらけで蜘蛛の巣だらけ。

母親と家に帰って来てからは一日が掃除に費やされた。

 

「…………私は……もう……大丈夫……だから……」

ぎゅっと握りしめた右手の拳、心を強く持つように夕日は言葉に出し自らを鼓舞した。

 

 

 

 

 

翌日。

 

「……おはよう……」

 

「あー……おはよう……」

頭を押さえ下着姿で布団に寝転ぶ自らの母を夕日は見下ろしていた。

チラリと部屋のテーブルを見ると、握りつぶした様な酎ハイの空き缶が転がっていた。

 

「……大丈夫?」

夕日が心配そうに母親の顔を覗き込む。

昨晩は母親が帰ってくるのを待っていたが、結局夕日が寝る時間(深夜1時)には帰って来ておらず、少なくてもそれ以降の時間に帰ってきた事になる。

 

「……ええ、大丈夫よ……悪いけどごはんは適当に何か買って――」

 

「……私が……作った……食べて……」

バックの中から財布を取り出す母親を静止して、台所の方を指さす。

本当は昨日食べてほしかったが、仕方がない。

夕飯用の味噌汁を再び温め、卵焼きの作った。

 

「あっそ……ありがと。けど、食欲無いから、また後で食べるわ」

しかし夕日の母親はそういって布団を被って再び眠ってしまった。

 

「…………うん……後で……食べてね……」

心の中に湧き上がる思いを噛みしめ、夕日は眠る母親の部屋を後にした。

 

コォン――!

 

空き缶用のごみ箱に、母親の持っていた缶酎ハイのごみを捨てる。

結局一人で朝食を食べ終わる夕日。

不足はないはずの日、だがたった一人の食事はひどく味気ない物に感じた。

一人の時間、なぜか自分がこのまま忘れられるのではないかと不安になる夕日、自身のカバンから携帯電話を取り出し、天峰へと電話を掛けようとする。

 

彼の声が聴きたかった。笑う笑顔が見たかった。沈む自分をどこかに連れて行ってくれるあの人に会いたかった。

 

だが――

 

「……ダメ」

ボタンをプッシュする手を止め、携帯をしまう。

 

「……もっと……強く……お母さんを支えて……私が……頑張らなきゃ……

もう……私は……帰って来たんだから」

眠る母親を思い浮かべ、夕日は再び右手を強く握った。

 

もう自分は幻原家の家族じゃないと、自身に強く言い聞かせた。

 




別れと出会いを繰り返す人生。
あなたはその中で、一番大切な人は誰か決めれますか?

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