リミットラバーズ   作:ホワイト・ラム

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さて、今年一発目の話です。
と同時に帰省編も終了ですね。

さて、そろそろ個別のルートに入りたいなぁ(願望)


何も心配することないでしょ?

「……むぅ……重い……」

幻原家の祖父の住む、山奥のもはや陸の孤島と言っても過言ではない村。

『奥淵村』にて、夕日が両手に持った荷物を見て小さく漏らす。

 

「夕日ちゃん、少し持とうか?」

 

「……大丈夫……」

そう言うが、夕日の顔は非常にきつそうだった。

そんな二人に近づく影が一つ。

腰の曲がった老婆だった、手にはオレンジの入った袋を抱えている。

 

「あんれまぁ!幻原さん家の天峰君?大きゅう成ったねぇ!

ん?その隣の子が噂の嫁さん?

ほへぇ、天唯ちゃんは年上好きだったけんど、天峰君は年下好きなんやねぇ。

ほれ、これ持ってって食べぇな?な?」

すさまじい勢いでまくし立てる様に話すと、手に持ったオレンジを一瞬夕日の方を見た後、物理的に持てない事に気が付き天峰に押し付けて帰って行った。

 

「ほんじゃ、またの~。

田植え教えて欲しけりゃいつでも来な~」

今度こそ立ち去る老婆、残されたのは不機嫌な顔をする夕日と困ったような愛想笑いをする天峰。

 

「……この村……嫌い!!」

夕日が珍しく感情を荒げた。

 

 

 

 

 

時間は数時間前に戻る。

 

「さてと、村の観光って言ったって……この村なんか有ったかな?」

村を見せると名目で家から夕日を連れだしたものの、天峰は道端で早速頭を抱えた。

さんざん陸の孤島だとか、人がいないだの言っているがそんな場所に観光出来る物などハナから無いのだ。

 

四方どころか360度何処を見ても山、山、山、畑、田んぼ、水田そして木、樹木、大木……

少し前、地上げ屋が伝統のある村の真ん中に、高速道路を通すだの通さないだののドキュメンタリーがやっていたが、その地上げやすらこの村には来ない。

 

小さな学校、小さな店が数件。およそそれだけでこの村は成り立っている。

 

「……なんか……有名な名所とか……無いの?」

夕日が退屈そうに天峰を見上げる。

誘った手前、ないとは言えない天峰。

必死になって、この村のアピールポイントを探す。

 

「そ、そうだ。この村伝説が有るんだよ」

 

「伝説?」

 

「そそ、歴史上の有名な失脚した侍が、実は生きていてこの村に落ち延びて生涯を閉じたって言う話。

確か、村の外れに小さな塚が有ったよ」

簡単な話、何処かで聞いた事のある生存論なのだが、こんなもの位しか話せる物はない。

一部の歴史ロマンを感じたい人にとっては「聖地」何だろうが……

 

「……へぇ……あんまり興味……ない」

 

残念なことに夕日は特に歴史に興味が無かった!!

 

「あ、あー、他にも海外の独裁者がこの村に生き延びて死んだ話や、有名な宗教家が死んだと思わせた後に、この村で生き延びて死んだ話もあるよ?」

夕日の興味を引こうと、必死になって天峰が思い出せる限りの話をしていく。

 

「……この村……自殺の名所?」

 

「い、いや違うからね!?別にそんなネガティブなイメージはないから!!

あ、ああ!!そうだ!!確か牛を放牧してる家があったからソコ行ってみない?

うまく行けば牛乳飲めるかもよ?しぼりたてのヤツ!!

栄養満点の牛ですっごく大きいんだよ?」

 

天峰が夕日の手を引こうとした時――――

 

「ハ、ハナコー!戻ってきておくれー」

必死に走る農夫とすれ違う。

農夫の姿につられて、視線の先を見ると……

 

「ぶぅもぉぉぉぉぉ!!」

巨大な乳牛が山の中にちらりと見えた。

見えたのだが、いろいろとサイズがおかしい。

まず、木をなぎ倒して山をかき分けているし、どう見ても牛というより牛の形をした怪獣とでも言える凶暴そうな見た目、最後に――

 

「ハナコー!そんなの食べるんじゃない!」

 

「ぶもぉぉぉぉぉ……」

ハナコと呼ばれた牛は口にクマを咥えていた。

クマの首筋に歯をガッツり食い込ませ持ち歩いている。

 

「……天峰!!牛が!!牛がクマを!!」

目の前を通り過ぎた異常な光景を夕日が指さす。

 

「あ、あ……またハナコさん逃げたのか……

ごめん、夕日ちゃん。

たぶん牛乳は無理だね……にしても、また大きく成ったなー」

何処か懐かしそうに牛を見る天峰。

慣れた様な顔をする義兄に夕日がまたしても目を丸くする。

 

「いや、昔は普通の牛だったんだよ?栄養一杯浴びて大きくなり過ぎたんだよ。

背中に乗せてもらった事あるし……

顔を執拗に舐めるのはやめてほしいけど、牛乳はすごくおいしいよ?」

何とか天峰がフォローをするが、夕日にとっては全くフォローに成っていない。

とうか、さっきまで天峰はあの牛の乳を自身に飲ませる気だったのだろうか?

飲まなくてよかったと、静かに夕日が安堵した。

 

「はぁぁ……ハナコめ、またどっかに行って待って……」

トボトボとさっきの農夫が戻ってくる。

結局あの巨大乳牛には追い付かねかったみたいだ。

 

「花山のおじさん、こんにちは」

戻ってきたおじさんに天峰が声をさわやかにかけた。

農夫が振り返り天峰の顔を見ると、みるみる内に元気を取り戻す。

 

「ん?幻原さん所の、天峰君か!?

えろぉ大きく成ったな!

隣の子は――天音ちゃんじゃないな。

もしや、コレか?」

にやにやと笑って、小指を立たせて見せる。

恋人を意味するハンドサインだが、夕日はすごく久々に見た気がした。

その農夫のニタニタ笑いが、将来排他的な部分のある夕日には気に入らなかった。

なんだか土足で自分の世界に入り込まれた様な、そんな不快感があった。

 

「違うって、夕日ちゃんは――えっと……」

説明しようとして、天峰が言い淀む。

二人の関係として最も適切なのは「義兄妹」だが、その関係という物はあまり世間で一般的ではない。

子供がいない両親に、義理の娘はわかる。

しかし幻原家は両親の間に二人も子供もいるし、深く話せば夕日の苗字が幻原ではない、つまりは義理の家族だが苗字だけが違うという極めて不自然な状態だ。

狭い村だ、小さな噂はすぐに広がってしまう。

悪評なら特にだ。

夕日はその事をすぐに察知した。

 

「……坂宮(さかみや)……夕日(ゆうか)です……

ハイネ……天音の……友達……です……」

夕日の選んだ答えは、天音の友達であるという事。

もっともベターで、もっとも自然な形を取った。

 

「ほう、そうかぁ。天音ちゃんのお友達――」

 

ハズだった――

 

「違うよおじさん。夕日ちゃんは、夕日ちゃんは血の繋がらない俺の家族なんだ!!」

夕日の気使いを無視するかのような、天峰の強い意志のこもった言葉がその場に響いた。

 

「天峰!?」

 

「おじさん……天音と夕日ちゃんは友達なんかじゃないよ、義理の姉妹なんだ。

そしてさっきも言ったように夕日ちゃんは俺の家族なんだよ。俺の大切な人なんだよ」

そういって、天峰が夕日を抱き寄せる。

 

「ほう……そうか……そうなんじゃ……へー、しらなんだ……」

一瞬呆然とした後、農夫のおじさんが一瞬だけすごい笑顔を見せて先まで牛を追っていた時より素早いスピードで走り出した!!

 

「すまん!!用事が出来たわい!!じゃあの!!」

ドンドン遠くなっていく。

その様子を天峰は笑って見送った。

 

「天峰!!なんであんな事……!」

自身の気使いを無駄にされた夕日が、天峰に対して怒りをぶつける。

 

「ん?夕日ちゃん悪いけど怒ってるのは俺もなんだよ?

なんで関係ないなんてフリしたの?

俺の言葉に嘘はないよ、夕日ちゃんはもう家族だし俺にとっても大切な人なんだ。

今更、無関係のフリなんて許さないから」

 

「な……け、けど、変な勘ぐりされたら――」

珍しく天峰の怒りをぶつけれれた夕日がたじろぐ。

 

「この村の人はそんな事しないって。

仮にもし何か言われてもその度訂正するだけ、それともそんなに俺の家族は信用ならない?」

 

「そんな事ない!!」

突発的に夕日は首を横に振った。

自由だが、大切な事をはしっかりわかっている義母、天唯。

穏やかだが、誰よりも強く自身の妻を信じている義父、蒼空。

活発で、いつもふさぎ込んだ空気を消してくれる義姉妹、天音。

 

そして、夕日を暗い病室から連れ出し尚且つ受け入れてくれた……

 

大切な物はいつもすぐ近くに有った。

 

「家族は……私も大切に……思ってる……から……」

 

「なら、何も心配することないでしょ?」

天峰が手を伸ばし乱暴気味に夕日の頭に手をのせる。

 

「うん……」

嬉しくなるような天峰の言葉に、夕日が何度も頷く。

 

「さて、と。どっか行こうか?河とか有るよ、河」

自身の言ったクサいセリフをごまかす様に天峰が口に出す。

河、河と何度も言いながら歩き出す。

 

「天峰くん、久しぶりだがや~」

そんな二人に腰の曲がった老婆が近付いてくる。

手には干し芋を持っている。

 

「あ、隣のばぁちゃん。どうしたの、急に?」

 

「牧場の爺さんが、デートしちょるって言うから干し芋持って来たんじゃ。

この辺はナウでヤングなスッポッチョは無いからの。

ほれ、天峰の嫁、たくさん食えよ?」

隣に住むという老婆は夕日に多数の干し芋を押し付け、にやにやしながら帰って行った。

夕日を嫁と言われ、何処か恥ずかしくなった天峰が夕日に視線を投げると、口を激しくパクパクしていた。

天峰が思うよりずっと混乱している様だ。

 

「た、天峰!!嫁って言われた、嫁って、嫁って」

 

「あー、さっきのおじいさんに対する言い方が悪かったかな?

義理の家族じゃなくて、嫁をもらったと思ったのか……」

しまった!と思った時にはもう遅かった!!

ぞろぞろと、周辺の家から老人やおばさんが顔を覗かせて、こっちに向かっている。

 

「よう、天峰の坊主。嫁貰ったんだってな?

ん?かなり若い嫁だな……まぁ、うまくやれよ?」

気の良いおじさんが、天峰の背中を少し乱暴に叩いて激励して。

 

「天峰君、聞いたよ?年下の嫁さん貰ったんだって?

男は家庭を持って子供を一人前にして初めて父親に成れるんだからね?

大切にしてやんなよ?」

去年息子が都会の大学を卒業した、一家の主婦に励まされ。

 

「おう、幻原ん所の孫ぉ……

嫁を連れて来た様じゃな……

夫婦性活に欠かせん物をやろう……

ほれ、ワシ特性の蛇酒じゃ。

これさえ飲めば、夜もギンギンじゃぞ?

実際ワシも、まだまだ現役じゃぞ?にっひひひひ!!」

足腰のしっかりした禿た老人が、蛇の浸かったすさまじい匂いの酒を押し付けて来て。

 

「天峰さん聞きましたよ?小学生くらいの嫁貰って孕ませたんですって?

今度ウチの店に来たら紙おむつ割引しますよ?」

比較的若い男(新米パパらしい)が商品の割引券を持てせてきて。

 

「天峰君……私の事覚えてる?昔一回だけ村で遊んだんだよ?

こ、今回は、その……おめでとう……幸せになってね?

赤ちゃん……ぐすっ、生まれたら、グスッ、抱かせてね?」

セーラー服を着た分校に通う女の子に泣きながら、祝福された。

 

 

 

当然だが、田舎の此処は娯楽が少ない。

その為、何処どこの誰々が、結婚しただのの話題は敏感だった。

特にこの手の話題は、村に若い者が来るとして非常に好んで噂される。

そして噂は、尾ひれ背びれが付く物で――

 

「あ、天峰君。小学生の奥さん孕ませて尚且つ毎日お盛んらしいね。

聞いたよ?2人目のひ孫をおじいさんに見せに来たんでしょ?

子供沢山生んでもらって、大家族でTVに出ようとしてるらしいけど……粉ミルクいる?」

 

「根も葉もないうわさなので結構です!!」

ニヤ付く男を天峰が、きっぱり断る。

 

「天峰君」「幻原の」「天峰――」「孫を――」

次々と、噂を聞きつけた者達が集まってくる!!

正直言ってキリがない!!

というか少しずつ噂が大変な方へ向かっている気がする!!

 

「えっと、そうじゃなくて――いや、夕日ちゃんは家族だけど――」

それを順番の対応する天峰。

すさまじい事になっている事情に、本人自身が驚きながら事情を説明していく。

 

「……天峰の……馬鹿!!バカぁ!!」

その後ろで夕日が何度も天峰を責める。

 

「おおぅ!?え、えすえむじゃ!!外でえすえむを始め――」

 

「違う!!」

ボケた爺さんに夕日が釘をさす!!

しばらく二人はてんてこ舞いだった。

 

 

 

 

 

「あっはっはは!!それは大変だったね。

え?小学生で子供が二人いて、尚且つ3人目がお腹の中に?

いろいろありえないのにぃ……あはははははは!!」

話を聞いたハジメが、夕食の準備をしながら笑った。

今台所には夕日とハジメだけが居た。

夕食の準備を手伝う様にと、ハジメが夕日を指名したのだ。

 

「……疲れた」

夕日が小さく声を漏らした。

 

「けど、天峰君の事、嫌いじゃないでしょ?」

 

「……別に……」

ハジメの一言に、夕日がそっぽを向いた。

 

「いいのいいの、隠さないで。

私も中学の時ふざけて女装してミスコンに出て以来、ずっとこの恰好なのよ?

なんかさ、落ち着くっていうか?なんだろ?フィットするのよね。

そう言う感覚って大事よ?理由じゃなくて魂で引き合うの、それが結局一番なのよ?

夕日ちゃんも、自分にフィットする人を見つけなよ?」

 

「……知らない!」

大きな声を上げると同時に、カッターで大根を切り刻む。

 

「夕日ちゃん?そんな事したらお野菜が驚いちゃうよ?

もっと、優しく、優しく。

大切な人に食べてもらうんだよ?夕日ちゃんの作った物が大切な人の一部に成るんだよ?そんな風にしていいのかな?」

 

ハジメの言葉に夕日の手が止まる。

 

「天峰に……食べてもらう……」

今度は心を込めて、野菜を斬り始めた。

心を込めて一刀一刀ずつ。

 

「そうそう、いいわ。上手上手。

天唯ちゃんも天音ちゃんも、ちっとも覚えないんだもの。

夕日ちゃんは教えがいがあるわ~」

楽しそうにハジメが笑た。

 

 

 

 

 

夕食後……

「夕日ちゃん、今日の豚汁夕日ちゃんが作ったんだって?

美味しかったよ。料理頑張って練習したんだね」

笑って天峰が夕日の頭を撫でる。

 

「……うん……そうだよ……また、天峰の為なら……また……作るから……」

そう言って小さく笑い返した。

 

「……そう言えば……ハイネは?」

 

「うーん、野生化してる頃だね……帰るまでに戻って来ればいいんけど……」

困ったように天峰が自身の頬を掻いた。

 

「野生化?」

 

 

 

 

 

「キー!キキィ!!」

 

「うっせぇ!!寄越せ!!」

猿から木の実を強奪した天音が、ぼりぼりと種ごと食べてく。

周りには猿が集まっているが、どの猿も怯えて居る様だった。

 

「ぶぅもぉぉぉぉぉぉ!!」

その時、木々をなぎ倒して巨大な乳牛が姿をあらわす!!

ひどく興奮している様だった。

 

「はッ!丁度ノド渇いてたんだ、テメェの牛乳もらうぜ!!」

天音は、ハナコに向かって跳躍した。

月の獣たちだけがハイネの雄姿を見ていた。




作中の訛りは全部適当です。
余り方言を知らないので……

というか、普通に使っている言葉が方言で他の人に伝わらない時ってすごい驚く。

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