「よし、完成っと。早速飲みますか」
鍋を使って煮出した麦茶を天峰が水で薄める。
幻原家でも、麦茶が夏の定番アイテムである事は変わらない。
それぞれの家で流派の様な物が有るが、幻原家では濃く煮出した麦茶パックに水を入れ薄め、しばらく放置し粗熱が取れたら冷蔵庫に仕舞うという形になっている。
しかし、煮出したすぐあとは熱をまだ持っているので、氷を入れて飲むことに成っている。
天峰は、この煮出したすぐ後の一杯が好きだった。
しかし。
「さぁて……あっ……氷が無い……」
冷凍庫を開けた時、もうほとん氷が無い事に気が付く。
おそらく他の家族が使ってしまったのだろう。
「仕方ないな……」
中途半端に生ぬるい麦茶を口にする。
「うーん……不味くはないんだけどなー」
ピンポーン!
そんな事を話しているうちに、家のチャイムが鳴った。
トタトタトタ……
玄関の方へ向かう足音がする。
どうやら、家族の誰か(足音の大きさ的に夕日だろう)が出迎えに行ってくれたようだ。
「……!!――――。……?」
「……、…………、………。」
内容は聞き取れないが僅かに話す声が聞こえてくる。
手早く、氷用の水を補充して改めて、自身の作った麦茶に口を付けた。
「ん?」
トタトタと、二つの足音がこちらに向かってくるのが分かった。
誰だろう?と、気にして足音の方へ視線を向ける。
「あ、おにーさん!!遊びに来てあげたよん!!」
快活な口調に、首にぶら下げる伊達眼鏡――
天峰の友人でもある野原 八家の実妹、野原 玖杜、通称クノキがそこに立っていた。
「やぁ、クノキちゃん、いらっしゃい。
どうしたの急に?」
待ってましたと言わんばかりに、腰に下げていたリュックを取り出す。
そのリュックから出てきたのは夏休みの友だった。
「お願い!!なんでもするから勉強教えて!!」
パン!!と両手を打ち合わせ、天峰の拝む様に懇願する。
「――え?今なんでもするって――」
「……天峰?」
「ひ、ヒィ!?な、何でもありません!!」
心の中に一瞬良くない、願望が走った天峰を即座に夕日が見抜いてカッターを引き抜いた!!
そして、即座に天峰の計画は瓦解するのだった。
「うわぁい!!おにーさんの部屋だー!!……面白味あんまりないなー」
天峰の部屋に入って来た、玖杜がガッカリといった様子で口を開いた。
何か、期待していた物が有ったのだろうか?
「いや、特におかしい物はないよ?」
「えー?だって、ロリコンおにーさんの部屋でしょ?
ベットの柱に意味有り気に、手錠が付いてたり、シーツの真ん中に赤いシミが付いてたり、大人のおも――」
「ストップ!!ストップ!!ストップ!!」
会話が暴走気味になってきたので、クノキの口を天峰が抑える!!
バタバタと玖杜が暴れる!!
「むぅ~!!むむぅ!!」
「はい、落ち着いて?大人しくするんだよ?」
玖杜が天峰の腕をタップして降参のアピールをする。
ガチャ……ギィィィィィ……
その時なぜか、天峰の部屋のドアが古いドアの様に、嫌な音をたてて開いた。
ドアと壁の間、感情を全く感じさせない夕日の冷たい視線が二人の様子を伺っていた。
「あ、ゆ、夕日ちゃん……居たの……ね?」
「むぅ!!むぅ!!むむぅ!!」
助けを求める様に玖杜が夕日に眼でサインを送る。
その玖杜からのサインを受け取った夕日は……
「……使う?」
ジャラリと音がして天峰に向かって、夕日が手錠を差し出して来る。
夕日は自身の友人よりも、自身の義兄を選んだ!!
何処にあったのか、それとも夕日が自分で買ったのかとにかく手錠を取り出した!!
無機物特有の冷たい、輝きを放っている。
「むぅ!?!?!?むぅー!!むぅぅぅぅぅぅっぅ!!」
自体を見て、やばいと判断した玖杜がより一層暴れだす!!
バタバタと手を振り、他人から見ればどう見ても幼子を乱暴しようとしている犯罪現場にしか見えなくなっている!!
「あ!ご、ごめん。すぐに放すから」
しばらく夕日の取り出した道具にあっけにとられてフリーズしていたが、自身の腕の中で暴れていた玖杜に気が付き両手を放した。
「ぶは!!はぁーはぁー!!」
天峰の手から解放された、玖杜がスーハーと深呼吸をする。
そして最後にもう一度大きく息を吸い込んだ。
「この家の兄妹やべぇよ……やべぇよ……!!
リアルに犯されると思った……」
夏だというのに、冷や汗をかきながら玖杜が戦慄した。
「大丈夫、大丈夫……そんな事しないから、ね?」
「と、油断させて~?」
天峰のフォローに怪しげだと、言いたげな眼で尋ねて来る。
「……え?……襲わ……ないの……?」
実に意外そうに夕日が小さく驚いた。
「え!?ヤッパリ襲うの!?ここは、ケダモノの館なの!?
女の子は妊娠しないと外に出れないの!?
『あへぇ』『ひぎぃ』『ぼこぉ』の三段活用されるの!?」
「馬鹿野郎」
パシーン!!と子気味の良い音がして、天峰が玖杜の頭をはたいた。
「うえーん、おにーさんがDVしたー!!DV!!DVだよ!!」
今度は派手に泣きまねを始める。
調子に乗ったり、驚いたり、慄いたり、怯えたり、泣き出したりとコロコロと感情と表情が変わっていく。
その隣でほとんど表情を変えない夕日が、ジッと見ていると非常に対照的に見える。
「……うるさい……天峰を……けしかけ……られたいの?」
「ひぅ!!ごめんなさい!!」
夕日の脅し文句に、玖杜が口をつぐんだ。
「夕日ちゃん!?俺を脅し文句にしないでくれるかな!?」
余りにあんまりな、脅し文句に天峰が夕日に文句を言う。
というより、その脅し文句で黙った玖杜も玖杜だが……
「む……静かに……成ったから……問題ない……」
「なんか、スッゴイ疲れた……」
まだ夏休みの友すら開いていないのに、天峰の気力がごっそりと減っていく気がする。
「さて、気を取り直して……宿題をやろうか?」
何とか場持ち直させようと、天峰が手を叩いて雰囲気のリセットを謀る。
「えー?遊びたーい!!まだ、休みあるじゃん!」
玖杜当人が不満げに唇を尖らせる。
「え?何しに来たの?」
まさかの言葉に、天峰が困惑して小さくつぶやいた。
此処に来た理由と明らかに相反する言葉に天峰が本日何度かのため息を付く。
「い、いや。ちゃんと宿題はしに来たよ?来たんだけどさー?
端的な話……遊 ん で ほ し い !!
まぁ、アレなのよ。アレ。こう、一人きりの世界から外の世界に目を向けたのは良いんだけどね?今までの積み重ねってか、自由の代償っての?ガッコの先生がアホみたいに私に追試を出して来るのよ。
外を見ると、ナウでヤングなキャップルがキャッキャうふふしてる訳なのよ?
追試と補習で、縛られている私をのぞいて!!
という訳で、遊 ん で ほ し い !!というかむしろ遊べ!!
ドゥユーアンダースタン?」
指をくるくると回しながら、玖杜が話す。
端的の要約すると「勉強ばっかりだから遊んでほしい」らしい。
「甘えんな……」
不遜な態度を貫く、玖杜に対して夕日が厳しい言葉を容赦なく投げつける!!
「えー、お願い!!八にぃはお父さんたちと田舎に帰っちゃったし、他のお兄ちゃんズは微妙に距離があるし『遊びに連れてって』なんて言えないの!!
お願い!!なんでもするから!!!」
土下座する様なパーズをして、自身の頭上で両手を拝む様に合わせる!!
「まぁ、なら仕方ないか……けど、遊ぶったって、何かできる事は――」
懇願する玖杜の姿をみて、天峰が情にほだされた。
相変わらず、夕日は表情は読めないが何処か不機嫌そうに天峰には見えた。
「どっかいく?私、お金ならあるよ!おにいちゃんズに頼んだらもらえた!!」
「本当は兄妹で仲いいんじゃね!?ってそんなお金を使う事しなくても……
あ!そう言えば、良い物があったよ。
けど、少し時間が有るかな?お昼すぎの3時くらいまで勉強しよ?
たぶんそれくらいなら、丁度良いから」
何かを思いついた天峰が、玖杜に笑いかけた。
「良い物?時間が掛かる?3時?
ハッ!!まさか……
『へへへ、良い物はコレだ』ボロン!!
とか、『お前がオヤツに成るんだよ!!』
とかする――」
「訳ないでしょ!!」
「本当?ピンクは淫乱で何をするか分からないけど、お兄さんはロリコンだから私に何をするか分からないんだよねー」
「大丈夫……天峰は……意外と……ヘタレ……」
「へ、ヘタレじゃないモン!!」
夕日のフォローともいえないフォローを受け流しつつ、勉強を始めた。
天峰が教えつつ、夕日も同じように宿題をやっていく。
「そろそろかな?ちょっと待っててね」
天峰が時計をみて、部屋から出ていく。
「ふぅー、解放されたー」
出て行った天峰をみて、玖杜がその場で寝転んで大きくため息を付く。
「お疲れ……」
寝転ぶ玖杜に対して、夕日がねぎらいの言葉をかけた。
「ねぇ、夕日ちゃん……」
「なに?」
玖杜が寝たまま、手を顔に当て表情を隠す。
「おにーさん、優しいね……急に来たのに、自分も用事あっただろうに……」
「……天峰は……そういう性格……」
いつも見ている義兄の性格を思い出しながら夕日が尋ねる。
「へぇ、私もこんな兄が居たらなぁ。
8人居てもねぇ?」
「欲しいの?あげないよ。天峰は……あげないから。
卯月さんにも、藍雨ちゃんにも、まどかにも、木枯にも、貴方にもあげない……
天峰の隣は……私の……席」
珍しく、はっきりと夕日が自身の感情を口に出した。
「うわぁ……むちゃくちゃ好きじゃん!ベタ惚れじゃん!」
「違う……隣に居たいだけ……」
「あ、ふーん。そう言うタイプか……」
何かに納得した様に、玖杜がつぶやいた。
「二人ともお待たせー。かき氷作ってきたよ!!」
天峰がお盆に赤い色の付いたかき氷を持ってくる。
はじっこには、缶詰めのフルーツまで乗っていてなかなかに豪華だった。
「待ってましたー!!」
「シロップ……有ったっけ……?」
二人の前に置かれたかき氷は少し風変りだった。
シロップに何か、イチゴの果肉の様な物が混ざっている。
「これは、ジャムを使ったんだよ。
お中元でもらった、缶詰めを開けてそのシロップを取り出してジャムを融かしたんだよ。
実は、作り始めてから考え付いた、奴だから味は保証できないけどね?」
天峰が優しく二人に笑いかけた。
「うわぁーい!!かき氷!!原価いくらだっけ?安い餌付け……
で、この後おにーさんがズボン脱いで『ミルクを足してあげようねぇ!!』
とか、は無いんだよね?」
「クノキちゃん、没収!!」
「うわーん!!かえして!!返して私のかき氷!!」
3人の笑い声が、家の中に響いた。
なんだかんだいって、玖杜が一番夕日と仲が良かったり。
表情が対照的なのも気に入ってます。