しばらく日常回!!
ビックリするほど日常回!!
「…………着いた……」
白いワンピースに身を包んだ一人の少女が、一軒の家の門を見上げる。
シンプルだが、木で作られた荘厳な入り口。
端の柱にはすっかり薄れた字で何かが掛かれている、辛うじて『晴』と『流』の文字が見て取れる。
「……………………………あ」
今になって門の前の少女、夕日が重大な問題に気が付く。
「……どうやって……開けるの………?」
目の前はぴっしりと閉められ、押しても開く様な気はしない。
「……開かない……」
細腕に力を入れて、扉を押すが全く動く様子はない。
更に言うと、インターフォン的な物も無かった。
「……困った……」
夕日が、ぼんやりと扉を見上げる。
天峰に持たされた、スポーツドリンクを凍らせたモノを取り出し口を付けた。
「ふぅ………上る?」
自身のスカートの中から2本のカッターを取り出す。
夕日のアイディアはすごく単純!!
2本のカッターを扉にさして、上に登っていくというモノ!!
「……では……」
両腕に持ったカッターを扉に向かって振りあげる!!
ガチャ!
「ふぅ……今日も暑いで――坂宮先輩!?何してるんですか!?」
道場の門に片方、よくよく見れば扉になっており一人でも開けられるようになっていた――
そこから顔をのぞかせた、この家の住人である晴塚 藍雨がカッターナイフを両手に持って万歳する夕日を見て、驚きの声を上げる!!
「……晴塚さん……おはよう……」
首だけをクルリと藍雨の方に向かわせ、ポーズはそのままで挨拶を返す。
「あの、なんで家の扉にこんな事を?」
「……開け方が……わからなかった……」
「つ、次からは、前もって開けときますね!!」
引きつった笑顔をしながら藍雨が、夕日を自身の家に招き入れる。
「……今日は……よろしく……」
「はい!!私で良ければ!!」
夕日のローな言葉に、藍雨の快活な返事が重なった。
事の初めは昨日の昼……
「あー!!やっぱ、カレー激辛大盛りに、カツとチーズのトッピングだよな!!」
ガツガツと、天峰の買って来た昼を天音ががっつく。
大盛りのカレーにカツとチーズにトッピング!!
世の中のダイエット中女子に向かって全力で中指を立てるスタイルの食事をする!!
「……太っても……知らない……」
がっつく天音を横目に、夕日がサラダを突く。
「ケッ!!ダイエット、ダイエット言う奴に限って、動いてねー奴ばっかだんだよ!!
いいか?太りたくないなら、『動け』!!無駄に『食うな』!!
これだけで、別に過度に太ったりしねーんだよ」
「うーん……卯月が聞いたら大激怒だな……」
自身の妹の言い分を聞いて、自身のスタイルの維持に気を使っている幼馴染を思い出す天峰、ダイエット中の卯月は鬼気迫るものがあり、正直言って非常に怖い!!
「卯月ねーちゃん……無理に痩せる必要なんてねーと思うんだけどな?」
口にプラスチックスプーンを咥えながら、氷水の入ったピッチャーから自身のコップに水を灌ぐ。
「あ、こら。それは危ないから、やめろ。
ノドの奥、入ったらどうするんだ?」
天峰が、天音をたしなめる。
「……ハイネは……少し……常識から……ズレてる……」
夕日が自身の皿のチョコレートを、カレーに溶かしながら話す。
「……ん?」
「……あー」
幻原、兄妹が同時に苦い顔をする。
「?」
「なぁ、夕日。それ自分の事言えるのか?」
「私は……一般……ピーポー……」
天音も言葉に、夕日が不機嫌な顔で答えた。
「ソレ食ってる時点で『まとも』じゃねーよ!!」
天音が夕日のカレー皿を指さした。
白い白米の上に、乗っかり存在感を主張するのは……
板チョコ!!ビター!!×2!!
純白の白米の上に、2枚の板チョコが鎮座していた!!
尚も米の温度で板の形を失い溶け、お米をコーティングしている!!
「……カレーの……隠し味……」
そう言って、まだ少し形の残っている板チョコをカレーと混ぜ口に含む!!
口に含んだ瞬間、夕日が珍しく頬を緩ませる。
「隠れてねーよ!!むしろ『私が主役ですけど何か?』的な顔してすっげーアピールしてるんだよ!!
うわ!?食った!!リアルに食った!!」
「ハイネ……板チョコに……顔なんて……ない」
尚もスプーンで辛いのか、甘いのかわからなくなったカレーを口に運ぶ!!
「例えだ、馬鹿。そんなもん誰も食わねーよ!!」
そう言って再び、天音が自身のカレーを口に運ぶ。
「む……無礼な……天峰!!」
夕日に名を呼ばれた瞬間、天峰の体に緊張が走った!!
ゆっくりと口に入っているカレーを嚥下しながら、夕日に目を合わせる。
「な、なにかな?」
自身の嫌な予感が当たらない事を願いながら口を開いた。
「……コレ……美味しい……きっと……天峰も……気に入る……」
笑顔を浮かべ、自身のチョコカレーをスプーンで掬い差し出す。
「え”……食べる……の?」
「うん……食べて……」
すさまじくいい笑顔を浮かべながら、夕日が天峰の口元にスプーンを持ってくる。
「あ、あーん……」
夢の幼女との『あーん』である事や、スプーンでの間接キスである事など考える余裕は一切ない!!目の前のカレーにあるまじき甘いスメルに全意識を集中させる!!
そして、ついに天峰の口にカレーが押し込まれる!!
「あれ?意外と普通――あ!ちが、甘!?すっごい甘い!!」
慌てて水を飲むのだが、口の中のチョコレートのベタベタ感と、スパイスを押しのけて自己主張しまくるチョコの甘さが消えない!!
「あーあ、そんなもん食うから……んじゃ、俺は部屋、戻ってから。
ごっちそーさん」
天音が天峰の様子を見て、ため息を付いた。
そのまま自分の部屋まで、帰ってしまう。
「……?……美味しいのに……?」
そそくさと逃げる様に帰っていった天音を横目に、再びカレーを口にする。
「うん……いける……」
「お、俺はもういいかな……」
天峰が、目を細めて夕日に話す。
「うーん……」
食事の終わった、夕日が一人部屋で考え込む。
前々から、思っていたのだが自分の味覚は他者とはズレているのでは?そんな疑問が脳裏を過ぎる。
当然、みんなと同じモノを食べて『美味しい』と感じることはある。
幻原家の食卓は、夕日にとっても毎日の楽しみであるし、テレビでおすすめの店が近所で紹介されれば、おいしいと思える。
だが、他人が難色を示す物でも夕日にとっては、おいしくいただけてしまうのだ。
「……『おいしいの範囲』が……広い?」
何とかそう思い込み、自身の机の上にある小さな手帳を開く。
パララ……
「……あった……」
目的のページを見つけて、固定電話を取り電話番号をプッシュする。
プルルルル……ガチャ!
『ハイ。もしもし、晴塚です。
天峰先輩ですか?』
「違う……私に……料理を……教えて……ほしい……」
電話の向こうから聞こえてきた藍雨に夕日は前もって用意していた言葉を発した。
そして冒頭へ……
「じゃあ、簡単に煮物から作りますよ?今回は肉じゃがです」
エプロンを付けた藍雨が、三角巾を頭に巻く。
やる気は十分のようだ。
「……わかった」カシャ!カシャカシャ!!
持って来た自身の携帯で、何度も藍雨のエプロン姿を撮る。
「さ、坂宮先輩?なんで私の写真を?」
「……天峰に……撮ってきて……って言われた……」
「そ、そうですか……」
げんなりとした顔をしながら藍雨が、ポーズを取ってくれた。
「さ、さぁ。気を取り直して、料理です。
煮物には調味料を入れる順番が重要なんです、『さしすせそ』言えますか?」
まるで先生に成った気分なのか、珍しくドヤ顔で説明を始める藍雨。
「知ってる……
さ 砂糖醤油……
し 醤油……
す 酢醤油……
せ 背油……
そ ソース……」
「違います!!なんでそこまで醤油押しなんですか!?
しかも、肝心の『せ』の部分が違いますし!!それに背油は調味料じゃないでしょ!?」
藍雨が驚く!!
「砂糖、塩、酢、醤油(せうゆ)、味噌ですよ?」
一旦落ち着きを取り戻したのか、藍雨が訂正を入れる。
「……理解した……」
「じゃ、じゃあ、次はお野菜を煮ますよ?今回は肉じゃがなので、シンプルにジャガイモと玉ねぎ、彩のニンジンですよ?まずは皮を――」
シュン!!シュパパッ!!
「剥けた……これで……良い?」
空中に野菜が舞い、夕日がカッターを取り出したかと思うと皮の部分だけ、きれいに切断されまな板の上に並んでいた。
「ちゃんと包丁を使ってください!!」
「ジャガイモの……芽を……とり忘れた……」
グサぁ!!グリグリグリグリィ!!
手に持ったジャガイモに、逆手に持ったカッターを突き立てる!!
「……なにか……言った?」
「い、いえ……なんでもないです……」
引きつった笑みで、藍雨が笑った。
「さぁ……!!もっと!!もっともっともっともっともっと!!料理!!」
ケタケタと、夕日が笑いだした!!
その日の夜……
「うん、この混ぜご飯おいしいね!」
天峰が、嬉しそうに夕日の作った料理を口にする。
「……頑張った……」
天峰の褒められた夕日が、嬉しそうに頬を緩めた。
「うんうん。夕日ちゃんは頑張り屋さんだね」
天峰が、震えながら夕日を撫でた。
ドシーン!!
天峰の隣で、天音が床に倒れる。
ズリ……ズリ……
床に、自身の手についていた水でメッセージを残す。
『あ じ ご は ん』
そしてついに動かなくなった。
「……肉じゃがも……作った……食べて……」
ニコニコとしながら、天峰に山盛りになった肉じゃがを渡す。
ひくっと天峰が強張った!!
「い、今、お腹いっぱい……」
「愛情……込めて……作った……よ?」
「いただきまーす!!」
ガガガ!!と肉じゃがを食べきって天峰が燃え尽きた!!
夕日ちゃんは、下手な訳ではないんです。
変な工夫をしてしまうだけなんです!!
「料理?目分量でしょ?」派の人と同じです……