皆さん、今更ですが夏休みの思い出って何かあります?
ジーリ、ジーリ……灼熱の太陽が容赦なくアスファルトを焼いていく。
道行く人は皆、シャツに汗シミを作っているし、ニュースを見てもキャスターが「今日は記録的な猛暑日です」なんて誇らしげに話しているほどだった。
灼熱地獄、まさにそう呼んでも過言でない夏のよくある日常。
だが……
「あ~、部屋の中、涼し~……こーして一日中ゴロゴロしたいぜ~」
ベットの上で、天音がゴロリとアイスを口に咥えて寝転がる。
服装は肌着のシャツとパンツのみで、到底人に見せる事の出来ないあられな恰好である。
体に悪いと解りつつ、エアコンの風と扇風機の風を受けて気持ちよさそうに、目をつぶる。
「……ハイネ……宿題は?」
カリカリと鉛筆を走らせながら、夕日が天音に向かって言葉を投げかける。
ベットの前の机には2人分の宿題。
当然、天音と夕日の物だった。
「あー……そんなの後、後、どーせまだ、休みは30日以上あるんだぜ?
寧ろ7月中に終わらせるヤツの方が珍しいっての~」
そう言って、再び体制を変え、枕に顔をうずめる。
「うえ!?クッサ!!天峰くせー!!」
枕を手に取り投げる!!
それは一筋の矢の様にまっすぐ飛んでいき……
「むぎゅ!」
狙ったわけではないハズの枕が、夕日の顔に当たる!!
「あ、わりー……」
「……鼻に……当たった……」
夕日の恨めし気な顔に、天音がひるむ。
「……元の……場所に……片付けて……」
不機嫌な表情を見せながらも、夕日は天音に枕を投げ渡す。
「えー、クッセーんだよ……あー、触りたくねー」
指でつまんで元のベットの所に戻す。
乱雑で、いかにも「触りたくない」というアピールをしている様だった。
「おい……あんまり、人の枕の匂いについて言うなよ……」
その時、天峰がジュースを持って部屋に入って来る。
この部屋、実は天峰の部屋だった。
今は訳が合って、天峰の妹たちにの為にクーラーが付いている。
「おー、これこれ!!労働の後の一杯は格別だなー」
天音が天峰から、ジュースをひったくる様にして一気に飲み干した。
「……ハイネは……勉強……してない……」
天峰から渡された、ジュースを手にしながら夕日がぼそりと声に出す。
「あ?別にいいだろ?それに誘ってのは、そっちだろ?」
「泣きついても……助けない……から……」
夕日の予想通り、天音は8月31日に答えを見て宿題を終わらせるタイプだった。
「そうだぞ?お前、いっつも31日に慌ててるんだから、今年こそは早めに終わらせろよ?」
「アニキもかよ!?ってか、夕日にちょっと甘いんじゃねーの?勉強させるのに自分の部屋に呼んだりよ?実はこっそりデキてんじゃねーの?」
下世話な笑みを浮かべて、天音が天峰の分のジュースに口を付けようとする。
「違うって、夕日ちゃんの部屋って前まで倉庫だったろ?だから、エアコン無いんだ。
そんな部屋に居たらすぐに熱中症で大変なことになるだろ?
だから、俺の部屋に呼んでるの」
天音の手から、自身の分のジュースを奪い取りながら、天峰が説明する。
「へん!!熱中症なんてなるヤツが軟なんだよ!!
よ~し、太陽に喧嘩売って来る!!」
立ち上がり、外に出ようとした天音を天峰が捕まえる。
「太陽に喧嘩売るのは、夏休みの友を10ページ終わらせてからな?」
天音の分のテキストを持って、目の前でふる。
「天峰……友達になった気も無いのに、相手から『友達だよなー?』ってすり寄って来るヤツがどんだけうるさいか知ってるか?いくら否定しても、来るし、冬も来るしでストレスがマッハで溜まるんだよ!!夏休みの『友』だと!?むしろお前は邪魔する側じゃねーか!!」
バシンバシンと、何度も夏休みの友を殴り続ける天音。
どことなくテンションのおかしい事に気が付く。
「おい、どうした?」
「……たぶん……熱中症……馬鹿みたいに……暴れてたから……」
カリカリとペンを走らせながら、夕日が指摘する。
何時もの様に無表情で、全く心配というモノが感じられない!!
「ち、ちげーし……ちょっと、ふらつくだけ……だし……」
「あー、退場。夕日ちゃん、台所に氷枕があるから持ってきてくれる?」
「……わかった……」
天峰が歩いて、天音の部屋のエアコンをつけてくる。
再び部屋に戻ってきた天峰がヒョイっと、天音を持ちあがる。
「あー、抱くなよ……気持ちわりぃ……」
「……天峰……氷枕……」
「ん、アリガト、夕日ちゃん」
天峰が手早く、天音をベットに寝かし濡れたタオルで顔を拭いてやる。
「今日一日は、大人しくしろよ?スポーツドリンク、枕元に置いておくから」
冷蔵庫から持って来た、ペットボトルを置いていく。
「休んでる時間なんて……夏休みタイマーは止まらな……いのに……」
「倒れて死ぬよりはマシだろ?ってか、去年もこんな事無かったか?」
「さぁね……覚えてねーや」
頭をふらふらさせながら、天音が寝かしつけられる。
寝息を立て始めたのを確認して、天峰が部屋を出る。
「お疲れ……」
漫画を読みながら、夕日が天峰のベットに座っていた。
どうやら勉強の方もひと段落した様だった。
「あ、夕日ちゃん。そろそろご飯だけど、何か食べたいモノある?」
天峰が壁に掛けられ時計を指さしながら、夕日に聞く。
「素麺以外!!」
珍しく、夕日がはっきりとしゃべる。
その言葉と共に、天峰は数日前の悲劇を思い出す。
「あ、ああ……流れるプールで流し素麺はやばかった……」
天峰の友人のまどかによって連れてこられた、貸し切りのプール施設。
その流れるプールコーナーに漂う、大量の素麺!!
小型の屋内型プールを一月貸し切り、消毒、清掃、調理を済ませた安心安全な流し素麺だったのだが、量が多すぎておかしくなっていた!!
プールを泳ぐ白い糸、糸糸……
天峰の友人たちを集めて総勢10名の及ぶメンバーが全員、トラウマに成っただろう!!
「ひ、昼はカレーにしようか?」
「……甘口……が……いい……」
夕日の頼みを聞いて、天峰が部屋から出ていく。
天峰の両親は、休みを利用してまた泊りがけで何処かへ出かけたらしい。
幻原家の母親はいろいろと謎の多い人物だ。
チラリと、夕日が天峰の枕を抱き上げる。
スンスン……
「……確かに……少し……する……」
天音の言っていた、天峰の匂いが言葉の通りする。
自身の大切な義兄、自分に手を差し伸べてくれた大切な人の匂い。
自身の匂いはどうなっているだろうか?
病院に居た頃はきっと、ホコリと消毒の匂いがしただろう。
今はもう、確かめる方法はない。
「む……?」
よくよく見ると、じっとり汗をかいてる。
クーラーの効いた部屋と言えど、記録的猛暑には勝てないらしい。
「シャワー……浴びようかな……」
自身の部屋から、着替えを取りに行き風呂場で冷たいシャワーを頭からかぶる。
火照った体に、染み込む水の冷たさ。
「は、ふぅ……」
意図しておらず声が出てしまった。
「あ……」
鏡に映る自分の姿を見る。
初めて天峰に遭った時、小学生と間違われた低身長。
天音と比べても自分の方が格段に背が低いのだ。
中学に成れば、もう少し伸びると思っていたのだが……
「違う……ハイネが……大きいだけ……時代は……小型化……」
必至に自分に言い聞かせる。
だが、良い部分もある。
「傷……薄くなってる?」
自身の体に刻まれた、傷の一部が薄くなってきている。
勿論消えないモノも多いし、気のせいの可能性もある。
「私は……今……進めてる……天峰の……お陰」
そう考えると、不思議と天峰が一層愛おしくなるのだ。
ガチャ
「ただいまー」
玄関から、天峰の声が聞こえる。
帰ってきたようだった。
「あれー?天音か?」
ペタペタと、此方の方に天峰が歩いてくる。
「違う……私……」
浴室から、廊下に聞こえる様に声を出す。
ピタリと天峰が止まる。
「あ、あー。ご、ごめん!!天音だと思ってた!!」
明らかに動揺した、声が聞こえてくる。
天音ならきっとこんな事にならないのだろうと、わずかに夕日が優越感でほほ笑む。
さっきの天音の天峰のやり取り、もう何年も繰り返された家族の会話。
そう言ったモノを聞くと、夕日は少しだけ疎外感を感じるのだ。
だけど、きっと天峰の知らない部分を自身は多く知っていると思うと、自然と笑みがこぼれる。
同時に少しだけ、悪戯心が刺激される。
「……天峰……」
「ん?何、夕日ちゃん?」
扉一枚を隔てて、夕日と天峰が並ぶ。
「ねぇ、チューしよ?」
「ぶぶ!?」
天峰が、何かを噴き出しバタバタと暴れまくる!!
「ど、どうした!?どうした夕日ちゃん!?」
「何か……おかしな……こと……言った?」
「え?え?あ、あー!!だ、大丈夫だよ!!問題ないよ!!」
何かに気づいた天峰が、慌ててその場から逃げ出した。
どたどたと足音が遠ざかっていく。
「あは♪引っかかったぁ……♪」
にやりと笑い一人で拳を握る。
「あー、『熱中症』、ねぇっちゅうしょう、『ねぇ、チューしよう』かぁ……
あせったー……」
一人で、台所にカレーを置いた天峰がつぶやく。
「どうしたんだろ?俺、最近夕日ちゃんを意識しすぎかも……」
義兄妹だ、自重せねばと天峰が一人戒める。
毎年、夏の期間に想う事。
「金持ちに成ったら、トイレにエアコンをつける」
ジュースばかり飲んで、腹を壊し、トイレに駆け込むことが私は多くなります。
当然トイレは、風など通らないし熱い……
その度、思うのですよ。
ひっそりと……