あー、汗でべたべたするし夏は苦手な私です。
その分お風呂は気持ちいいんですが……
「何で……あなたが……此処に……居るの……?」
深夜も近い公園の中で、夕日がその人物に声をかける。
「ん?別にそんなおかしい事じゃないでしょ?
同じ地域の住んでるんだし。
ほら、買い物行ってスーパーで偶然クラスメイトと会う事もあるでしょ?」
何時もの様に笑顔で、野原 八家が笑う。
嘘っぽい軽薄で信用ならない顔をしていた。
「おにい……ちゃ……」
夕日のすぐ後ろに居た、クノキが震えている。
「ちッ、こっちは忙しい時期なのに……何してんだよ!!」
「ご、ごめんなさい!!!」
笑顔が消え、激しい怒りを八家があらわにする!!
たったそれだけで、クノキの顔には怯えと恐怖が張り付き、目に僅かに涙がたまり震えだす。
「おい、帰るぞ。俺に面倒かけるな。
じゃ~ね、夕日ちゃん~、また学校で~」
再び顔に笑顔を張り付け、八家がクノキを伴って帰ろうとする。
クノキと夕日の態度の落差がすさまじく大きい。
「ま……まって!!」
「ん~?どうしたの、何か忘れ物?」
夕日が咄嗟に声をかけるが、クノキはうつむいたままで何も反応を見せてくれない。
「今……その子……と……話を……」
「『その子』……?
うん?
……もしかして……玖杜の事を言ってる?」
「くもり?」
聞きなれない言葉に夕日が、オウム返しする。
「野原 玖杜。コイツの名前」
八家がクノキの頭に手を乱暴におく、その動作にびくりとクノキが反応する。
「自分の名前すら言ってなかったのか……愚図のお前らしいな。
いくら名前を消してもお前は無くならないぞ?」
「……ごめんな……さい」
消え入りそうな声で、クノキが本当に小さいな声でつぶやく。
「クノキ……まって……」
「夕日ちゃん。今日はもう帰った方がいいよ」
夕日の声を遮りぴしゃりと八家の声が断ち切る。
「けど……」
「こいつに期待するだけ、無駄だよ。
それどころか、誰かに心を開いたりもしない。
夕日ちゃんだって、名前すら知らなかったでしょ?」
それを聞いて、夕日が固まる。
そう、今言われてみれば本当にクノキも事を何も知らないのだ。
本名も、どんな性格なのか、なぜこんな時間に外に居るのか。
全ての情報がまっさらだった。
「ああ、そうそう。
この事は天峰には黙っててくれるかな?
お互いテスト目前だし、余計な事をして成績が落ちるのは避けたいでしょ?
赤点追試なんてなったら、せっかくの夏休みが台無しだしね」
そういうと今度こそ、八家は玖杜を連れ帰っていった。
「クノキ……」
夕日の心の中には、クノキの小さく手を振る姿だけが残った。
幻原家。
「ただいま……」
「あ。夕日ちゃんお帰り~」
リビングではいまだに天峰が勉強をしていた。
といっても、ほとんど片付けていてもう終わりの様だった。
「天峰……ヤケの……兄妹の事……知ってる?」
半場無意識に声をかけていた。
自身から首を突っ込んだ事、それなのに、八家に言われたのに。
あの兄弟の事について聞いてしまっていた。
「うん?珍しいね、夕日ちゃんがヤケの事を知りたいなんて……
ハッ!?まさか、ヤケに惚れたのか!?
ゆ、ゆるしません!!お兄ちゃんはゆるしませんよ!!
あんな、奴に夕日ちゃんをあげたりなんてしな――――」
チキチキチキ――
「おかしな……推測は……しないで……あの人は……趣味じゃない」
ポケットからカッターを取り出しながら夕日が話す。
「お、おお。ご、ごめん……おにーちゃんちょっと早とちりしちゃったよ……」
「八家の……兄妹について……知りたい……何か……知ってる?」
クノキの事を聞こうと思い、そう口に出す。
「ヤケの兄弟?
うーん……一応、ヤケが8男ってのは知ってるけど……
そのほかの兄弟に会ったことは――あ!一回だけ、5男の玉五さんに会った事はあるよ?
たしか……どっかの大きな会社の社員――あ!!そうだ、スマイルブレインの社員さんだったかな?」
そう言って天峰は有名な、IT会社の社名を上げる。
ITと言っても様々な分野に手を出し、携帯、カメラ、レーザーポインター。
バイクや果てには人工衛星のパーツすら作っているらしい。
「へえ……」
「意外かもしれないけど、ヤケって勉強すれば賢いんだよ。
本人が大の勉強嫌いだから、成績は悪いけどテストは毎回かなりの上位に入ってるらしいよ?頭の良い、家計なのかな?」
そう言ってすべての道具を片した天峰が立ち上がる。
「俺が知ってるのはそれくらいかな?」
「下の……下の妹は……知らないの?」
「妹?ヤケに?
知らないなー、中学入学以来からの付き合いだけど……
妹がいるなんて話一度も聞いた事ないよ?
っていうか、むしろ本人が『義妹ほぴぃいいいい!!』って言ってたくらいだけど……」
「そう……わかった……私も……もう寝る……」
これ以上は収穫無しと理解した、夕日が自室へと戻っていく。
「私は……どうしたいの?」
パジャマに着替え、義眼を外し明日の予定を合わせてからベットへと横になる。
思い出すのはクノキの事。
いや、此処では玖杜と呼ぶべきか。
友達に成ろうと言った時の顔が彼女の本心のハズだった。
クノキとしての無理に作った明るい姿ではない。
愚図で出来損ないと自身を追い詰めた、玖杜でもない。
きっと、あの顔が彼女のあるべき姿なのだろう。
「……おかあさん……私は……いま……幸せだよ……」
ベットに寝転がりながら、一人つぶやく。
自分だけの世界に今、夕日は居ない。
今という、他者と関わり会う現在を生きている。
そんな事を考えるうちに、いつの間にか意識はまどろみの中に落ちて行った。
……きっと……
願わくば……あの子……にも……
翌日の学校にて……
「あ、卯月。昨日ノート、アリガトな
スゲー助かったわ」
カバンから卯月から借りたノートを渡しながら天峰が笑う。
いよいよテストも明日に迫っている。
「ああ、いいのよ。気にしないで?
それよりも……テストが終わったら二人で遊びに行かない?」
上機嫌で卯月が天峰を誘う。
本人にとってはデートの積りなのだろう。
「えー……テスト終わりで疲れてる予定なんだけど……」
「黙りなさい」
天峰の言葉を卯月が笑顔をもって叩き斬った!!
笑顔なのだが……恐ろし気な雰囲気を纏っている!!
「えっと?」
「天峰?今回の事で私に借りが出来たんじゃない?」
う~ん?と顔を近づけながら天峰の顔を覗き込む。
普通の人間なら、美少女と密着という事で大喜びだが……
「まぁ……ね?確かに借りがあるね……」
ロリコンの天峰にとって全く効果はなかった!!
「そーよねー?コレは、私の買い物の手伝いなり?遊園地奢るなり?
なーんか私にしてくれるべきじゃない?」
天峰の周りを歩きながら卯月が指を振るう。
「うぐ……どうしろって言うんだ?」
「テスト終わりが金曜よね?でその後が土曜、日曜。
買いたいモノがあるから、日曜私に付き合いなさいよ!
荷物持ちとして、使ってあげるから……ただの荷物持ちだからね!!」
『荷物持ち』の部分を強調しながら卯月がそう話す。
「わかった、わかったよ……駅前のデパートでいいか?」
「ダメ。欲しいの売ってないし、電車使って隣町の籠鳥市まで行くわよ」
都会となっている隣町の名を卯月が上げる。
夏休み期間が近いので、私鉄を使えば学生は通常より約100円ほど安く乗れるのだ。
「あー、はいはい。じゃーお望み通りに……『お姫様』」
恭しく天峰が頭を下げる。
言葉通り、姫に使える騎士の様だった。
「あら、良い心がね。日曜日、楽しみしてるわ……
あ!!もちろんだけど、赤点なんて取ったら許さないから!!」
上機嫌で帰ろうとした時卯月が踵を返し、天峰に自身の指を突きつけた。
「大丈夫だって……一応対策はしてあるし……」
天峰が気まずそうに鼻の頭を掻く。
「不安に成って来たわ……今日の放課後も残りなさい、また見てあげるから」
「えー、いいよぉ。一人で出来るしお前も――」
「の・こ・り・な・さ・い!!!」
嫌がる天峰を卯月が叱りつける!!
この言葉に拒否権は使えない!!
「……は~い」
いやいやという態度を露骨に出しながら天峰がそう頷いた。
「よう、天峰。お疲れ!!大変だったな」
ゲラゲラとノートを返すだけなのに、げっそりと疲れた天峰を見て八家が笑う。
「ヤケ……笑いごとじゃないぞ……
このままいけば……絶対なんか有るたびに尻に敷かれるようになりそうだ……」
「いいじゃねーか!!胸尻腿は三大部位じゃねーか!!それに触れるって……
ご褒美以外なにものでもないじゃねーか!!」
八家がはぁはぁと鼻息を荒くして興奮する。
「俺的には……袖に隠れた指、ランドセル、ポッコリしたお腹、舌足らずな声に興奮する!!」
ロリコンの見る所はやはり違った!!
「まぁ、それも解る、すげー解る」
ワインを選ぶソムリエの様な顔をして、八家が何度もうなずく。
「そういえば、ヤケって妹居るか?」
「妹?義妹は欲しい。リアルのは……要らないな」
八家はいつもの様に笑った顔で答えた。
野原家九兄妹!!
たぶん他の人は出ない!!