リミットラバーズ   作:ホワイト・ラム

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さて、物語もだいぶ核心に近い部分に近づいてきました。
最後までお付き合いいただけたら幸いです。


前にも……言ったハズ……

男には、いや、人間だれしも絶対に負けられない時が有る。

人生においてそんな時は必ずやってくる。

1度か2度か……はたまた10回か。

それはこの際、置いておこう。

さて、それと同時に同じくらい『負けなくてはならない』時もある。

天峰は今その最中に居た……

地面に顔を付け、両手も相手の前に差し出している。

 

「どうかノートを貸してください!!」

ジャパニーズの伝統芸土下座で、目の前の少女に頭を下げる!!

目の前には学園も美少女。卯月 茉莉が佇んでいた。

忘れがちだが、天峰はお世辞にも頭が良いとは言えない!!

それなのに、夕日の勉強を見たりクノキに絡まれたりとで、勉強時間が削れに削れた為……現在天峰は非常にピンチなのだ!!

具体的に言うとテスト週間2日前。

更に言うと頼みの綱のまどかは木枯の勉強を見るのに忙しいらしい。

となれば、泣きつく相手はたった一人しか居なかった!!

 

「ふぅん?アレだけ私を放っておいてこんな時だけ、助けてください?

ずいぶん、都合がいいのね?」

 

ジロリと冷ややかな眼を天峰に向ける。

うっと、小さく天峰が答えるのが聞こえた。

 

「どうしよっかなぁ~?八家君や、ええと……まどか先輩だっけ?その人たちじゃダメなの?」

口に手を当てて、卯月が考える。

しかし!!そんなのは表面上の態度だけ!!

実の事を言うと、にやにやと笑みをこぼす口元を隠す為の物だった!!

 

「ヤケは馬鹿だから、期待できないし……

まどかちゃんは、木枯ちゃんのテストが近いから無理だって。

お願いします!!なんでもするからノートを貸してください!!」

 

「ん?今『なんでもする』って言ったわよね?」

にやにやしながら、というより最早完全に悪役とかヤの付く自営業系のキャラクターの顔をしている!!

*これでも一応美少女設定です!!

 

「何でもって言っても、不可能は有るからな?10階の窓から紐無しバンジーとかは嫌だからな?」

 

「解ってるわよ。私がそんな非道な事する様に見える?」

 

「少なくとも今はそう見えるぞ!?」

*このセリフからも解る様に卯月は非常に恐ろしい顔をしています。

 

「まぁいいわ。私は寛大だし?天峰があまりにも可哀想だから、特別に勉強を見てあげるわよ!!!」

腰に手をあて、尚も土下座スタイルの天峰に、指を突きつける!!

 

「え?いや、別にノート貸してくれるだけで良いんだけど――」

 

「勉強見てほしいでしょ?」

 

「いや?ノート貸してくれるだけで、最悪コピーさせてくれるだけでも……」

 

「勉強見てほしいでしょ?」

天峰が何か話そうにも、卯月は同じ言葉を繰り返すだけだった。

 

(あ、アカンわ。コレRPGのゲームみたいに無限に繰り返す系の会話だわ……)

そのことに気が付いた天峰が態度を変える。

 

「うわぁい!!勉強!!僕、勉強大好き!!」

 

「はーい、じゃあ早速放課後、残ってくれるわよね?」

天峰の態度を見た卯月が、天峰を引っ張り自身の教室に連れていく。

卯月にとっては夢、天峰にとっては悪夢のような時間が始まった!!

 

 

 

 

 

幻原家リビングにて……

 

天峰が机の上に、自身のノートと卯月のノートのコピーを比べ勉強していた。

卯月は自分も忙しいのに明日も勉強を見てくれるらしい。

コピーしてもらったノートも非常に出来が良く、要所要所のポイントが抑えられており表現として少しおかしいが「天峰向け」のノートだった。

 

「よし、これもクリア……」

一問ずつ回答を再確認していく。

そんな天峰の横を夕日が通り過ぎていく。

 

「あれ?夕日ちゃん、何処か行くの?」

 

「少し……ノドが渇いた……何か買ってくる……」

そういうと自身のポケットの財布を見せた。

 

「こんな時間にかい?少し遅くないかな?

おかしな人とか、出るかもよ?

何か欲しいなら俺が行って――」

天峰の心配する様に現在の時刻は午後10時半をまわった所。

中学生、見た目が幼い夕日などは特に補導に危険性のある時刻だった。

 

「大丈夫……問題ない……コレがある……」

すっと自身のポケットからカッターを取り出しつつ、目の前で刃を抜いて見せた。

家の照明に照らされきらきらと、手入れの行き届いた刃が光を反射する。

 

「夕日ちゃん……世間一般では夜、カッターを持って出歩く子は『危ない子』扱い何だけどね?

家に置いて置かない?」

 

「コレは……私の魂……」

 

「侍!?夕日ちゃん侍なの!?」

 

「じゃ……行ってくる……」

天峰の言葉を途中で区切って、夕日は夜の街に出かけて行った。

 

「コレは……私の……すべき事……」

小さく自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

 

 

 

 

 

コンビニの光に導かれるように、クノキが歩いていく。

胸のもやもやは消えず、それを消す為に気分を無理やりにも変えようとしたのかもしれない。

 

「あ……昨日はアレの発売日だった」

漫画コーナーに昨日発売したばかりの週刊誌を見つけて読み始める。

薄っぺらな物語だが、それしか今のクノキの気を紛らわすものは存在しない。

ぺらぺらとページをめくっていく。

 

「…………ふぅん……」

 

「こんばんは」

クノキの肩を誰かが叩いた。

 

「え?」

 

「来ると……思った……」

それは、出掛けてきた夕日だった。

 

『知り合いがいる』そのことを理解した瞬間クノキの中に不安が纏わりつき咄嗟に心の壁を張ろうと、カバンから眼鏡を取り出しかける。

 

「あー!この前のおニーさんの義妹さんだよね?

リアル義妹なんてエロゲ設定初めてだったから覚えてるよ?」

 

「……前にも……言ったハズ……無理は……やめた方が……いいって……」

クノキの心中を察した様な言葉は、クノキのバリアに激しく食い込んだ。

 

「何の事カナ?」

 

「貴女も……レンズの……向こう側に……居るんだね……」

 

「ッ!?」

 

「少し……二人で……話さない……?」

 

 

 

 

 

少し離れた公園にて、二人がブランコに座っている。

 

キィ……

 

「あのさ……なんで、コレ(眼鏡)の事、気が付いたの?」

 

「病院の……部屋……好きな物だけ……集めた……私だけの世界……そこなら私は……一人で居られた」

少し前まで、自身が使っていた病室の事を途切れ途切れで説明する。

 

「何の事?」

 

「解らなくても……良い……」

 

キィ……

夕日が僅かにブランコを漕いだ。

 

「で?私に何か用だったのカナ?」

 

「……用?……そう言えば……特に……なかった」

 

「なかったの!?え?何か用事的な物が有って、私を呼んだんじゃないの?」

驚きクノキがブランコを強く漕いだ。

鎖が軋み音を立てる。

 

「……さみしそうだから……」

 

「何よ?同情の積り?」

夕日に言葉にクノキが機嫌を悪くする。

一度会っただけの人間から同情されるというのは、なかなかに屈辱的だった。

 

「……違う……貴女も……天峰に……引かれたんだね……」

 

「ちょ!?何を言って……」

今度も激しくクノキが反応する。

図星であることはすぐに理解できた。

 

「優しくしてくれた?心配してくれた?声をかけてくれた?」

急に口調が早く成り、ブランコから降りてクノキの顔を覗き込んだ。

 

「いい!?」

豹変する態度と、夕日の張り付いた様な笑顔にクノキが恐怖を抱く。

 

「やっぱり……その顔……間違いない……貴女は……『玖杜』……」

 

「なんでその名前を!?」

急に本名を語られた事にクノキが驚く。

天峰はもちろん、この子にも自身の本名を教えたことはなかった。

 

「前……ボーノレの大会に出る時……クラスに……出て来ない子の……名前を……借りようとした事が……ある。

クラス名簿を……見た……写真で……私の知らない子……がいた……名前は確か――」

 

「止めてよ!!」

夕日をその場でクノキが払いのける。

心を守るクノキにとって、同情。しかも家族については決して心に触れてほしくない部分だった。

 

「……自分と……向き合わない……の?」

 

「偉そうに言うな!!優しいお兄ちゃんに守られて!!なんだかんだ言って!!人生、楽しんでるんだろ!?

リア充が私に構うな!!私は一人で居たいんだよ!!」

今度はクノキ、いや。心の壁がはげ落ちた彼女は軽薄でへらへらしている『クノキ』ではいられなかった。

本来のみじめで、他者との会話を苦手とする『玖杜』に戻っていた。

 

「ヒヘッ!無様……」

にやりと夕日が嘲笑った。

自身を偽る弱者の心を、無遠慮に蹴とばしたのだ。

 

「おまえぇぇぇ!!」

 

「なら何で、此処に居たの?

本当は、助けてほしいんでしょ?

SOSを出してたんでしょ?

何で、逃げるの?」

夕日は容赦などなかった。

知ってたのだ、自身の世界に引きこもる事の愚かさと無力さ、そして……危険さを。

 

「いけないの?私が、小さな幸せ求めちゃいけないの!?あなたはいいよね!!

義兄なんて、絶対なくならない希望もらえてさ!!私の兄弟はそんな事してくれないよ!!

みんな私を、かわいがって、可哀想がって、そのくせ肝心な時に無関心で!!

結局は、みんな心の中で私を馬鹿にしてるのよ!!!

私は出来損ないだって!!兄弟の誰もが!!相手に勝てないなら!!

勝てない相手なら、諦めるしかないじゃない!!一人日陰で暮らすしかないじゃない!!」

 

「馬鹿……野郎……!!」

バシン!!

と音がなり夕日が玖杜をはたいた。

 

「孤独は……強くない……さし伸ばした……手を取る……べき……」

 

「何よ!!何が言いたいのよ!!」

 

「友達に……なろう……私はもちろん……天峰も……喜ぶ……」

 

「な!?」

夕日の言葉と、差し出された右手に玖杜が目を見開く。

それは孤独を破る唯一の光だった。

 

「私……でいいの……?」

 

「うん……構わない……」

二人が手を取り合おうとした瞬間。

 

「こんな所に居たのか!!さっさと帰るぞ。

俺も何だかんだ言って忙しい、馬鹿な妹に構っている時間は無いんだ」

後ろから聞こえた声に、ビクッと玖杜が驚き手を引っ込めた。

 

「お兄ちゃん……」

 

「あなたは……」

玖杜が『兄』と呼んだ人間に、夕日は見覚えがあった。

名簿で名前を見た時から、さらに言うと玖杜の『玖』、九を意味する文字で半分は気が付いていたのかもしれない。

 

「やぁ、夕日ちゃん。夜の公園でお散歩?いや、まさか、一人露出プレイ!?

この時期やりたくなるよね~」

ソコには天峰のクラスメイトにして親友。

大家族、野原家の八男。『野原 八家』が立っていた。

 

「さ、帰ろうか。玖杜」

態度を変えて、いままで夕日が一度も聞いたことの無い冷めた声で玖杜に話しかけた。




数人の読者は気が付いていた、玖杜の設定。
苗字が描写されない、その名の通り九を意味する玖の文字。

ちなみに八家は8男とは、書きましたが8人兄弟とは一度も言っていません。
なんちゃって記述トリックです。

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