うーん、急な予定が入ると困るな。
人によっては梅雨の開けた人もいるんですかね?
私の地方はまだまだじめじめしています。
あー、カラッとした太陽来ないカナ?
空が馬鹿みたいに青くて、嫌になる。
道行く人の笑顔が自身を笑っている様で、嫌になる。
幸せそうな中で、自分だけが除かれている様で……嫌になる。
他人と関わるのが、嫌になって……
けど、誰とも関わらないのもなんだか、嫌で……
一人に成りたくて、部屋のカーテンを閉めた。
誰かと話したくて、パソコンの電源を付けた。
何が有ろうと、太陽は上る。
そして何が有ろうと一日は始まってしまう。
「……はぁ……月曜か……鬱だ」
月曜日は特にブルーな気分になると、思いながらクノキが目を覚ます。
手探りでベットの脇にあるハズの目覚ましを取り上げる。
この道具が『目覚まし』として仕事をしたのはもうずいぶん昔の記憶だ。
時間を見ると午前11時21分。普通の学生、社会人ならそれぞれしている事が有りこんな時間まで眠っている事はありえない。
だがクノキは違った。
学生としての身分は有るのだが、中学に通ってはいない。
此処からは見えないが、部屋の隅にたたまれホコリを被ったままの学生服が有るはずだ。
「…………」
ベットから起きると、静かに家の中に耳を澄ませる。
この家は自分だけの物ではない、当然親兄弟も共に住んでいる。
社会的不適合者のクノキにとってたとえ家族でも、顔を合わせるのは避けたい自体なのだ。
ガチャ……
誰もいない事を確認して台所の冷蔵庫を開ける。
適当な物を拝借し、逃げる様に自身の部屋へと戻っていく。
ポチッ
ブゥン……
食べ物を胃に押し込めながら、パソコンの電源を付ける。
自身に与えられた部屋とインターネット上で繋がる顔も知らない他人。
それこそがクノキの持つ世界のすべてだった。
カチカチカチ……
適当に興味のある事を、キーボードに打ち込み『検索』を押すとすぐに情報が出て来る。
なんでもという訳ではないが、知りたいことは大体出て来る。
目的など無い、しいて言うなら自身に与えられた今日という『一日を消費する為』の行為だ。
「はぁ……目が……」
目が疲れたのを感じ、クノキがパソコンから目を話す。
時計を見た時時間は、13時11分。まだまだ一日は長く続く。
「あ…………」
いつの間にか、携帯電話にメールが来ているのに気が付く。
差し出し人は『読河 夜宵』。
それを確認した瞬間、クノキは急いで内容を確認する。
内容は簡単な事だった、今日の学校の終了後以前より興味を持っていた、幻原 天峰が駅の中の図書館で勉強する、というものだった。
図書館の場所自体は、月に何度か通っている為知っている。
絶好のチャンスといえるだろう。
「行く価値はあるよね……」
独りでに声が漏れた。
天峰との出会いはそんな珍しい事ではなかった。
クノキにとっては別だが……
深夜のコンビニに出かけたクノキ。
他人との接触が苦手な彼女でも、どうしても必要な物は出て来る。
そんな日は、こっそりと人気の少ないコンビニまで出かけるのだ。
天峰とはそこで出会った。
「いやーごめん、おまたせー!にーちゃん、アイス選ぶのに迷ってさ~。
さて、帰ろうか?」
警察に補導されかかっていたのを、助けてくれた不思議な男。
自身の世界に入られるのを嫌う、クノキにとってあまり気持ちの良い事ではなかった。
だけど、確かに誰かと繋がっている事を確信できたのだ。
それが、ほんの少しだけくすぐったくて……
気が付くと少し気に成って、情報通の友人に話してしまった。
「また、会えるといいのかな?」
一人でクノキが声を漏らす。
自身の感情をクノキは理解できて居なかった。
他者とは会いたくない、しかし同時に誰かと繋がっていたい。
そんな矛盾した感情がクノキの中に渦巻いていた。
「行こう」
静かに決心を決めたクノキが、この日久しぶりに太陽の当たる外へと歩を進めた。
「……うっ……」
一歩外にでた瞬間、突き抜ける様な日差しがクノキをうがった。
視界の端に数人の人間が、収まる。
「はぁ……はぁ……」
心臓の鼓動が早く成っているのが解る。
誰かが自分を笑っている様な気がして、自分にここがふさわしくない気がして。
クノキの足がすくみ、一歩踏み出すのが非常につらく感じる。
「まだ、まだ……」
急いで持って来たカバンの中から、眼鏡を取り出しかける。
その瞬間、気持ちがかなり楽になる。
「アハッ!!クノキちゃんさんじょ~!!」
小さく口から笑みさえ漏れる。
「クノキ」の部分を強調して、あえて自分で自分に付けたニックネームを口にだす。
このただの伊達眼鏡で、コレはクノキなりの精神リセットだった。
視界そのものを透明レンズでおおう、こうすればもう何も怖くなかった。
恐ろしい怪物も、優しい王子様のすべて画面の向こうからやってくる。
パソコンや、携帯、テレビと共に生きるクノキの精一杯の自己防衛だ。
画面の向こうでない、現実世界を乗り切るクノキなりの精神リセットだ。
この眼鏡をかけている間はみじめで、情けない『玖杜』ではない。
明るくて、お調子者の『クノキ』で居られるのだ。
振るえる体を押さえながら、『クノキ』は目的の図書館へと向かっていく。
人の視線に震える体を無理やり『クノキ』で押さえつける。
こうすればもう怖くなどなかった。
しばらく図書館内を歩いて、やっと目的の相手を見つける。
そして、笑うのだ。
『クノキ』らしく、軽薄でへらへらした声で。
「はぁい!おにーさん!!奇遇だねー」
何時もの様に……
笑顔を振りまいて、仲良く成ろうとした。
しかし……
「……天峰……この子……誰?」
天峰の隣に座っていた子がジッとクノキを見据える。
それも最も玖杜の苦手とした冷ややかな目で。
ブワッと玖杜の中に嫌な感じが広がる。
自身のクノキがはがれる様な、どんどんみじめな自分に戻っていく様な気がした。
信じたくはないが、学校の帰りに男女二人で勉強なんて、他人同士がやらない事は知っている。
きっとこの二人は――
「お二人さんは、どういう関係?恋人?」
すがる様な気持ちで、クノキが質問をする。
最後の方は声が上ずっていないか心配だった。
偶然出会った。近所の子。友達の妹。答えは自分の予想したもの以外なら何でもよかった。
そして、幸運な事に玖杜が願った答えが返って来た。
「恋人じゃない」
「う、うん……恋人じゃないよ……兄妹だよ」
二人の淡々とする、答えに対して安堵の声が漏れた。
恋人でないなら、ひょっとしたら、自分もこの人の隣に――
「へぇ?兄妹?遺伝子仕事しないね?」
ぎりぎりで「クノキ」が持ってくれた事に安堵し、会話を再び続ける。
「実は血のつながらない兄妹なんだよ。
いろいろあって、夕日ちゃんは今俺の家に住んでるんだ。
血のつながりは無いけど、大切な家族なんだよ」
そう言って、天峰が隣に居た子の頭を優しく撫でた。
「あっ――」
自身でも無意識に声が漏れた。
玖杜は一瞬にして理解した。
この二人の言葉に嘘など無い、と。
本当にこの二人は、実際の家族以上の絆で繋がっている!
画面の向こう、レンズの向こうに隠れる自分とは違う!!
本物の絆、生ものの人間同士のつながり。
それは玖杜が自ら捨ててしまったハズの物だった。
この二人にとって現状は当たり前なんだろう。
だが!だが!!自身はそんなものすら持っていないと、理解してしまった。
理解した瞬間、玖杜が隠れ蓑にしていた『クノキ』が崩れた気がした。
「あっそ。血のつながりね」
何とかそれだけ、声を絞り出した。
これ以上此処に居れない気がする。
他人が、自分を笑い出す様な気さえする!!
早く!!早く帰らなくては!!
そんな気持ちが「玖杜」を襲った!!
「クノキちゃん?」
心配そうな天峰の声。
しかし、リアルの人との会話など玖杜には耐えきれなかった!!
そこからはもう覚えていない。
何か言った気もするし、走って逃げた気もする。
気が付いたら『玖杜』は一人帰宅ラッシュの中を歩いていた。
「くの……きに……あのこ……に……ならないと……」
メガネをかけるがもう意味は無かった。
脳裏に移る、あの夕日という子の幸せそうな顔がチラ付いた。
自身の持ってない物を、当たり前のように享受する姿が頭から離れない。
人とのつながりを捨てたのは、自分だ。
悪いのは弱い自分なのだ……これは、罰だ。
だが、どうしても――夕日の立つ場に自分が代わりにと、おもってしまう。
「わたし、卑怯で、卑屈で、醜いな……」
そんな声が気が付かない内に漏れた。
「おい!!お前こんな所で何してる?」
「え?きゃ!」
帰宅途中であったのか、自身の兄に玖杜が手を掴まれた。
この兄はいつも不機嫌で、玖杜は嫌いだった。
世間ではダメな人間なのだろうが、それでも自身より確実に上のヒエラルキーに居るのが解る。
「一人で外に出たのか?日も高いうちに?」
「うん……」
「どうせ、お前は大した事なんて出来ない社会不適合者だろ!?
大人しく家で、パソコンいじってろ。
誰かに一緒に居る所を見られたら不味いな。
かといって、置いていって行方不明になられても面倒だ。
仕方ない、今日はお前を連れて帰るからな!!」
無遠慮な言葉が玖杜を傷つけていく。
当の本人は何とも思っていないのが、玖杜にとって余計腹立たしかった。
だが、逆らう事など出来ない。
たぶん、兄のいう様に自分は人生の失格者。敗北者。何も言える事はないのだ。
「うん、お兄ちゃん……」
頷くしかなかった。
『血のつながりは無いけど、大切な家族なんだよ』
なぜか思い出すのは、天峰の言葉と夕日の笑顔。
見上げた空が、赤くてきれいで――嫌になる。
家族って何だろう?
人とのつながりを考えてもらえれば、幸いです。
ちなみに玖杜ではないのですが、小学校時代と中学以来で性格が大きく変わったと言われます。
偶然小学生時代の知り合いにあって、ビックリされました。