リミットラバーズ   作:ホワイト・ラム

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今回は藍雨編です。
時系列は2部が終わって少したった位だと思ってください。
それではお楽しみを。


特別短編No3

「ふわ~あ……朝ですか……」

とある家の布団で一人の少女が目を覚ます。

そのまま自身の目覚まし時計を確認する。

6時25分、セットしていた時間よりも5分早く目が覚めた。

本日は日曜日、布団の中で二度寝をしても誰にも咎められる事は無いが、生活のサイクルは変えたくない。

自分の寝ていた布団をたたみ押し入れにかたし、パジャマを着替える。

「散歩に行ってきます」

「7時までには帰ってくるのよ?」

「解りました!」

台所で朝食を作っている母親に挨拶をし、散歩に出かけた。

「今日は曇りですか……お昼まで何とか持ちますかね?」

そう言って空を見上げる。

彼女の名前は晴塚 藍雨(はれつか あめ)志余束小学校に通う6年生!

「おはよう!藍雨ちゃん!」

「おじさん、おはようございます!」

すれ違った近所の男性に声を掛けられる。

朝の散歩は彼女の日課、そのため同じく散歩に来ている人とは顔見知りなのだ。

少し小走りで公園に向かう藍雨、公園を一周して家に帰るのがいつもの散歩コースだ。

 

 

「ただいま帰りました」

玄関を開けると味噌汁の良い香りがした。

「お帰りなさい、ごはん出来てるわよ?」

母親が出迎える。

「すぐに手を洗ってきます」

そう言って洗面所で歯を磨き手を洗う、人によって違うらしいが藍雨は朝食前に歯を磨く。

「おまたせしました」

藍雨が茶の間に入ってくるとすでに、ちゃぶ台の上に白米、味噌汁、厚焼きたまご、焼き鮭、ホウレンソウのお浸し、そしてきゅうりのヌカ漬けがすでに並んでいる。

「「いただきます」」

母親と二人で今日の予定を話しながら食事をする。

「藍雨、今日またお母さんお仕事だからお洗濯お願いしていい?」

「解りました、お仕事がんばってください」

母親の頼みに二つ返事で答える。

家の家事をするのは藍雨にとって珍しい事ではない、忙しい母親を助けるのは自分の当然の義務だと考えている。

 

「それじゃあよろしくね。5時少し過ぎには帰るから夕飯はお母さんがつくるわ」

「いってらっしゃい」

暫くし母親が母親が会社に向かうので藍雨は玄関まで見送りに行った。

「さーて!お掃除しましょうか!」

腕まくりをして家の掃除を始めようとして……

ハッとする。

「……の前に、忘れる所でした!」

台所の隅にかたしてある陶器の壺を開ける。

ジッと睨んだ後、壺に手を入れてかき混ぜる。

ニチッ……ネチィ……と水っぽい音が僅かにする。

「……」

藍雨はなおも無言で壺をかき混ぜ続ける。

「だいぶよさそうですね……」

藍雨は壺の中からきゅうりを取り出した。

コレは藍雨のマイ糠床で毎日ヌカ漬けを作っているのだ。

あまり他人には言っていないのだが、実は藍雨は漬物が大好物なのだ、様々なメーカーを試したが納得できるものは無く、最終的に自分で作る事にしたのだ。

しかし本人は年寄臭いと馬鹿にされると思っており、この事を知っているのは母親と天峰だけなのである。

「ふー……こんなもんですね」

糠床をかき混ぜ終わったら手早く家の家事を済ましていく。

朝食の食器を洗い、洗濯機を回し、家の中を掃除する、すべての作業が慣れており、藍雨自身の家事能力の高さを見せている。

余談だが家庭科の成績は良く本人はそれがひそかな自慢である。

家の掃除が終わった頃、洗濯機から服を取り出し庭に干す。

「うーん、雨が降りそうですね……大丈夫でしょうか?」

心配しながらも洗濯物を干し切った藍雨。

「次は久しぶりに道場も掃除しましょうか」

そう言って自身の家の庭にある道場に向かった。

藍雨の家は元は格闘家の父が始めた道場だった、当時はそれなりに門下生もおり藍雨の兄もそこにいた。

しかし現在その師範代の父と同じく道場で修行した兄はおらず、施設だけはまだ残っているのだ。

すっかり使われなくなった道場を開ける。

ブワッと埃が舞った。

「この前掃除したばかりだったんですけどね……」

使っていない施設はやはりそれだけ汚れるのが早いのか、なかなかの量の埃が蓄積されていた思わず咳き込んでしまう藍雨。

「せっかくですしきれいにしますか!」

腕まくりをして道場の掃除を始める、床を拭きながら嘗て自分の兄と父が此処に居た時の事を思い出す。

兄と父。

その二人は藍雨にとっては生まれながらにして存在したヒーローだった。

優しくも厳格な父親と柔和な笑顔が印象的だった兄、そんな二人が藍雨は大好きだった、ここに居るとそんな日々が思い出される。

「今頃二人ともどうしているんでしょう?」

尚も掃除を続けながらそう思った。

 

 

 

2時間後……

「やっと終わりましたね」

きれいになった道場を見て藍雨が微笑む、大変だったがやってしまえば達成感の方が強い。

そしてまたいつか、本来の目的でこの道場が使われる事を祈りながら藍雨はカギを閉めた。

「やることが有りません……」

自身の部屋の畳に座りながら藍雨がつぶやいた。

本日の目的はすべて終わってしまった、宿題も出ていないし夕飯の買い出しも必要ない洗濯物は小物は乾いていたので取り込んだ。

そのためやることが無くなり、急に手持ち無沙汰になってしまった。

現在の時刻は2時を少し回った程度まだまだ時間は余っている。

「そうだ!また駅前に遊びに行ってみましょう!」

今から少し前に天峰とそのクラスメイトと一緒に駅前で食事したことを思い出した。

思ってみれば昼もまだ食べていない、その事に気が付くと駅前のハンバーガーが急に食べたくなり財布をもって部屋を飛び出した。

 

「わぁ、すごい!」

駅前は自身の住んでいる商店街と違い、かなり栄えているイメージを持った。

前に天峰と来たときは夜も近かったので、ある程度人口は減っていたが今回は休日の昼、デートや買い物客でにぎわっていた。

駅前にほとんど来たことない藍雨にとって、すべてが新鮮に見えた。

「いけない、いけないご飯が先です!」

そう言ってハンバーガーショップに入っていた。

「お次のお客様。ご注文はお決まりでしょうか?」

店員がお決まりのセリフを言う。

「は、はい!」

そう言ってカウンターのメニューを覗き込む。

(はわわ!思った以上にたくさん種類が有ります……これみんなハンバーガーなんですか!?セット?ポテトにサラダに……飲み物までこんなに!)

此処でも初体験の為どれを頼むべきなのかわからず混乱する。

(どうしましょう!?後ろの人待ってますし……)

「あ!あの!」

「はい、どちらにいたしましょう?」

「ひ、日替わり定食で!」

咄嗟にメニューの端に有った日替わりセットを頼むが……

「お客様、申し訳ありませんが……そちらは平日限定になっております」

冷酷な店員の一言に、藍雨は完全にどうしたらいいのかわからなくなってしまった!

「え、えっと……その……」

「……とりあえず……基本セットにしたら?……サイドはコーラとポテトが一般的……」

後ろから声を掛けられる。

そこにいたのは……

「坂宮さん!」

「……こんにちは」

藍雨の知り合いの天峰の義理の妹、坂宮 夕日(さかみや ゆうか)だった。

 

 

「……ハンバーガー……一人で来るのは……初めて?」

夕日の助太刀により何とか無事に注文ができた藍雨が椅子に座る。

「そうですね、なんだか食べたくなってしまいまして……」

恥ずかしげにする藍雨の前に、夕日が座っている。

「坂宮さんもハンバーガーを?」

「……それはついで……ノートが切れたから……買いに来た」

そう言って自身の持つ紙袋を見せる。

「そうなんですか」

たわいもない会話をする。

不安なところで知り合いに会うというのは、予想以上に心が安らぐことを実感した藍雨だった。

「……そろそろ……帰る……雨が降りそうだから……」

そう言って夕日は立ち上がった。

「坂宮さんお気をつけて!」

「……ありがと……バス……今なら空いてるかな?」

そう言って夕日は帰って行った。

 

 

「私もそろそろ行きますかね」

ハンバーガーを完食した藍雨は店を出た。

辺りが暗くなり始めている。

「急がなきゃ……」

母親が帰ってくる時間まで余裕があるが、急な不安を感じ家路に急ぐが……

「あ!降ってきました!」

雨が降り始める。

「止みますかね?」

ずいぶん前に潰れたであろう店の軒下に入り込む。

駅から少し離れたせいか、閉店している店が目立つ。

少しずつ少しずつ周りが暗くなっていく……

それがなんだか自分がおいて行かれるようで無性に怖くなった。

暗い中での雨は怖い。

足音は雨音で消されるし、視界も格段に悪くなる。

いつの間にか自分の後ろに誰かが立っているのではないか……そんな不安が首をもたげ始める。

「早くしないと……」

母親との約束が脳裏にちらつく、携帯電話もないし時計もない、今が何時なのかわからない。

ネガティブな考えはさらにネガティブな思いを呼ぶ、よくない考えばかりで思考が堂々巡りを繰り返す。

 

「あれ?藍雨ちゃん?」

目の前を通り過ぎようとした男が話しかけてきた。

「天峰……先輩?」

その男は幻原 天峰(げんのばら てんみね)藍雨が通う学校の高等学校の先輩だった。

「どうしてここに?」

「夕日ちゃんこっちに来てるみたいなんだけど……傘忘れちゃったみたいでさ、届けに来たんだよ」

そう言って自身の持つ折り畳み傘を見せる。

「せ、先輩!」

急に安心し天峰に抱き着く藍雨。

「うわっ!どうしたの藍雨ちゃん!?」

「一人で、こっち来て、はじめてで、怖くて、雨降るし」

最早自分でも何が言いたいのかわからないくらい支離滅裂だが、天峰は最後までしっかり聞いてくれた。

「解った、解った。一人で不安だったんだね……よしよし」

そう言って頭を優しくなでてくれた。

「ねぇ藍雨ちゃん、夕日ちゃん見てない?」

「さっきバスで帰ったみたいです……ぐす」

「そっか……入れ違いかな?まあ、いいや」

そう言って天峰は藍雨を抱き上げた。

「え!せ、先輩!?」

「不安なんでしょ?家まで送ってくよ」

そう言って藍雨を背中に負ぶった。

「先輩私一人で……」

「歩けるって?いいのいいのこの辺治安ちょっと悪いし。俺がそうしたいんだからさ、あ!傘だけもってて」

そう言って雨の中を歩き出した。

「夕日ちゃん今日は何しに来たの?」

「私は……」

二人のたわいもない会話をしながら藍雨の家に向かう天峰。

嘗ての父親の様な力強さと兄の様な優しさを背中越しに感じる藍雨。

先ほどまで不安しかなかった雨が急にうれしくなる。

天峰は誰にでも優しい人だ。

きっとこの雨が続く限り自分を背負ってくれるだろう、藍雨は先ほどとは違いこの雨が止まないでほしいと思った。

この雨の傘の内だけならこの優しさとぬくもりが自分だけに向いてくれると解ったから。

 

 

 




最後のは病んでないよ?
藍雨ちゃんはこの作品中唯一の癒しだと思っています。
もうしばらくしたら人気投票とかしたいな。
なんてね!

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