リミットラバーズ   作:ホワイト・ラム

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Point of No return
もう元にはもどれない……


病院では静かにしなさい

夕焼けが白い病院の廊下を赤く染めている。

本来ならば人がいない筈の旧館を、坂宮 夕日がカッターナイフを手に歩いている。

旧館の白い廊下は今は赤、夕焼けが沈めば黒く染まるだろう。

(……同じだ)

夕日は自分の世界と同じ色だと思った。

真っ白な空っぽの自分、生きていることを実感できる血の赤、そして自分を無価値だと囁くナニカの黒。

夕日の世界はその三色で構成されていた。

ついこの間までは……

自分しかいないはずの旧館にやってきた異物、幻原 天峰。

彼の登場により夕日の日常は一気に色付いた。

最初はうるさく、ズケズケと夕日の空間に侵入した天峰を排除しようとすら考えていたが、彼を見ていると不思議な気持ちになった、何時か彼を待ち、不意に彼の事を考え、彼に会うために彼の病室を探したりもした、夕日はいつの間にか彼との時間を楽しんでいる自分がいた。

夕日はすっかり自分の日常が変わったのを自覚した、1週間も満たない間に夕日の多くの部分が天峰に染められた。

しかし、天峰にはあの女がいた。

天峰と話す女、きっと自分の知らない天峰を彼女はたくさん知っているのだろう。

あの女は自分の言いたいことを言った後病室を飛び出した、天峰も同じく女を追って病室を飛び出した、夕日は天峰があの女を追うのを黙って見ているしかなかった。

夕日が声をかける暇もないアッという間の出来事だった。

天峰がいなくなった途端夕日の中に黒いナニカが蠢いた。

 

 

 

今、夕日は旧館の廊下を歩いている。

もうその顔は夕日のせいで伺い知れない。

 

 

 

 

 

「ったく埃っぽいわね、なんで天峰ったらこんな所に呼んだのかしら?」

卯月は今は使われてない旧館の一室に来ていた。

家で泣いていると天峰からメールで連絡が来たのだ。

文面は「さっきの事は、悪かった。しっかり謝りたいから旧館の一階の17号室に来てくれないか?」

シンプルだが天峰の気持ちはうれしかった。

あの夕日って子についても、話が聞きたかったので卯月はそれを了承した。

携帯を触っているとき不意に扉が開いた。

「天峰?」

そこに現れたのは天峰ではなかった、異様な姿の夕日だった。

上着はパジャマのみで前のボタンはすべて開けられ、ズボンははいておらず下着だけ。

しかしもっとも異様なのはその瞳だった。

左の瞳には睨みつけるような迫力があるが、右目は無機質で死者のように何の感情も読み取れない。

「ちょ、ちょっとなによその格好、天峰の趣味?えっと夕日ちゃんだっけ?出来ない事は出来ないって言わないとダメよ?ってゆうかあんなのと付き合うの辞めたら?」

卯月は自分の恐怖を誤魔化すためあえて無理をして話を振った、しかしそれが間違いだった。

「ふーん?あくまで私たちを別れさせるつもりなんだぁ?そんなにあの人の事好きなの?」

夕日がわらいながら聞く、見る者に恐怖を与えるようなドロリとした嗤いだった。

「な、なに言ってるのよ、別にあんな奴好きなんかじゃないわ、ただの幼馴染よ?」

恐怖を押さえた卯月の言葉。

「ただの幼馴染?ならもう私たちに近づいてこないで!」

夕日が一気に怒気を孕む。

「な、何よ!私がどこに居ようが私の勝手じゃない!」

怒気を孕む夕日に対抗するように卯月が答える。

幼馴染という事が卯月のプライドになっているのだ。

「違う!彼は私を選んだの!私もあの人が好き!ただの幼馴染のあなたに居場所はないの!私と彼の前から消えて!」

夕日はまくしたてるように言い放った。

「な!何言ってるのよ!いい?天峰があなたを好きになったのは天峰がロリコンだからよ!あなたがまだ小さいから好かれているだけよ、あんなロリコン野郎忘れなさい?きっともっとあなたにふさわしい人が現れるわよ?」

卯月が嫉妬を持ちながらも諭す。

「それで?あなたは……あの人を手に入れるのね?渡さない!絶対に渡さないから!あの人は私のもの!」

チキ……チキ……チキチキ!

夕日がパジャマからカッターナイフを取り出す。

「ちょ、ちょっと!?何考えてるのよ!」

突然の凶器の登場に卯月が恐怖する。

「あなたは邪魔なの……私たちは幸せにやっているの、あなたが隣からしゃしゃり出てくるから邪魔なのよ!私たちの幸せの!それが気に入らないんでしょ?許せないんでしょ?嫉妬してるんでしょ?素直に自分の気持ちも言えないクセに!私たちに構わないで!…………といってもおとなしく身は引いてくれないわよね?大丈夫、殺しはしないからただちょっとおとなしく成ってもらうだけだから……けど……あんまり抵抗されるともしかしたら?失敗しちゃうかもぉ?とりあえず……あなたはここで潰す!」

夕日がカッターを構え飛びかかってくる。

「いったいなんなのよ!?」

卯月は持っていたカバンを夕日に投げつけ、怯んだすきに隣のベットに上り夕日の隣をすり抜け、扉から逃げ出した。

「待て!逃げるな!」

後ろで夕日の叫ぶ声が聞こえ、同時に卯月がさっきまで手を掛けていたドアにカッターが投げつけられた。

 

(何よあの子!?危なすぎるわ!早く逃げないと本当に殺される!天峰は……天峰は無事なの!?)

むちゃくちゃに走りまわり何とか夕日を巻いた卯月、この時ばかりは体力差のおかげだろう。

先ほど夕日にカバンを投げつけたため殆ど荷物は無かったが、夕日に話しかけられる寸前まで触っていた携帯電話は卯月の手元に有った、卯月はこちらから天峰に連絡しようとした時、携帯が着信を表示した。

今しがた連絡しようとしていた天峰からだった。

「あ、天峰!無事?あの夕日って子おかしいわよ!?今どこ?今二階にいるから一緒に逃げましょ!」

卯月が手早く話すが……

「今二階ね?すぐ行くわ」

相手は夕日だった。

「ひ!」

卯月は思いもよらぬ事態に携帯を落とした、階段付近に居たのが災いして携帯電話はそのまま階段の踊り場まで落ちて行ってしまった。

(拾いに行かなくちゃ……)

携帯電話を拾おうとした時。

「アレ?卯月さん?」

「え?野原君?なんでここに?」

なぜか階段から八家が降りてきた。

「卯月さんこそ、まだこんなことしてたの?」

呆れ半分に八家が聴く。

「違うわ!天峰と一緒にいた夕日って子に呼び出されたの!野原君あの子危なすぎるわ!一緒に天峰とにげるわよ!」

恐怖を堪えて何とか言う。

「さっき天峰の病室行ってみたけどいなかったよ、たぶん天峰もこの旧館のどっかにいる」

「天峰もこの旧館に!?野原君!一緒に天峰を探して!にげるわ!」

天峰もこの事態に巻き込まれていると知り、恐怖は一気に吹き飛んだ。

「一階からしらみつぶしよ!野原君あの子カッター持ってるから、身を守る武器になりそうなもの探して!それからお互いばらけないようにまずはこの階だけを探しましょう!」

先ほどまでの震えが嘘のようにテキパキと指示を出す卯月。

「カ、カッター!?マジかよ!」(リアルヤンデレ来た!ああいうのは2次元だけにしてほしいな……)

卯月と八家はそれぞれ病室に入り、使えそうなものを探す。

しかし……

「くっそー何もないな~棚を片っ端から開けていくか」

ごそごそとベットの棚や下を探る。

「ねえ、何を探してるの?」

後ろから声がかかる。

「ん~身を守るために使えそうなものを探してるんだ」

なおも棚を漁りながら答える。

「じゃあ、これは?さっき給湯室から持って来たの」

ぬっと八家の顔のすぐ横を、銀色の刃物が通る。

今更になって八家が振り返る、そこには右手にカッター、左手に包丁を持った夕日が立っていた。

「あ!あ……なんてマニアック!」

こんな状態でも見るべきところは違うらしい。

「そおい!」

八家は棚の仕切りの板を外すと、夕日に投げつけた。

急いで病室から逃げ出す八家、廊下に出た瞬間一階すべてに届くような声で叫ぶ。

「あの子がいたぞ!卯月逃げろ!」

「病院では静かにしなさい」

すぐ後ろで夕日の声がする。

 

 

八家の声を聴いた卯月が病室から出る。

8メートルほど先で八家が叫んでいる、そしてすぐ後ろには夕日が包丁を構えている。

「八家君!後ろ!逃げて!」

卯月は咄嗟に叫ぶ。

 

 

「ん!今の声!ヤケだな!行って見るか!」

夕日を探し三階にいた天峰は階段を急いで降りる、二階にさし掛かった時今度は

「八家君!後ろ!逃げて!」

卯月の叫び声。

そしてついに一階たどり着いた天峰が見た物は。

悲鳴を上げる卯月と、八家の腹に何度も包丁を振り下ろす夕日だった。




今回を含め、後一話で終わりです。
後日談的な物は書くつもりなので場合によっては二話かな?
一緒にする可能性も有りです。
最後までお付き合いいただけたら幸いです。

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