みなさんいかがお過ごしでしょうか?
本作が梅雨の時期の暇つぶしになれれば幸いです。
「ハロー晴塚さん!」
八家が天峰の病室を開け、中にいた藍雨に笑顔で話しかける。
「あ、野原先輩」
おい!誰だ!?今、ボソッと「野獣と化した先輩」とか言ったの!
「天峰先輩は見つかりましたか?」
藍雨は八家に聞く。
「あーなんか変な医者は見つかったよ、なーんか卯月さん暴走気味だから別れて帰ってきたんだ。ま、そのうち何とかなるよ」
やれやれと言った様子で八家がいう。
「大丈夫ですかね?」
心配そうに藍雨が尋ねる。
「あはは、何か心配してるの?あの二人は今に始まった事じゃないから、心配無用だよ」
八家が藍雨に近寄りポンと頭に手を置く。
(そ、いつもそうなんだ、天峰が幼女に夢中になって卯月さんが暴走するだけ)
もはや日常となった繰り返しに、八家は一人心の中でつぶやいた。
「さ、暗くなる前に帰ろうか?」
「はい!そうですね!」
二人は天峰の病室を後にした。
「オイ!卯月!待てよ!クソ!骨折治ったばっかりなのに…」
旧館の廊下を卯月と天峰が走り抜ける。
「おい、待てって!」
天峰がついに卯月を捕まえたのは、もう病院の正門付近だった。
「離しなさいよ!」
卯月が天峰の腕を乱暴に払いのける。
「あの夕日とか言う子と仲良くしてれば良いじゃない!!」
まくしたてるように、悲しみを誤魔化すように言う。
「夕日ちゃんと仲良くしているのが、そんなに気に食わないのか?」
ここまで取り乱す卯月を天峰は初めて見た。
「当たり前じゃない!あんたはなんでそんな事平然と言えるのよ!」
卯月はそう言い放つと、病院から逃げ出した。
「卯月…」
卯月本人は気付いていたのかわからないが、涙を流していた。
天峰は久しぶりに誰かが泣くのを見た気がした。
時間はほんの少しだけ戻る。
「夕日ちゃん、悪いけどちょっと行ってくる」
天峰が笑顔を作り、卯月を追った。
夕日はここにいてほしかったが、その言葉すら言えなかった。
「…きれいな人…」
それが夕日の卯月に対する、第一印象の率直な感想だった。
{そうだね、あの人の方が私より好きなんじゃない?}
夕日の心の中で誰かが言ったような気がした。
(また…まただ…)
夕日の中で黒いモノが蠢くのがわかる。
暗い一人の部屋の中で、自分にいつの間にかすり寄ってくる何かが。
(大丈夫…すぐに…戻ってくる)
夕日は自分に言い聞かせる。
{あの人の方が私より魅力的なのに?}
黒いモノがあざ笑うように言う。
(約束…したから…)
{そんな口約束まだ信じてるの?}
(!それは…)
{いい加減認めたら?自分が価値のないゴミだって}
(私は…あの人に…いてほしい…)
{むりむり!誰も私なんて必要としないから!良く知ってるでしょ?}
夕日は多重人格ではない、黒いモノは夕日の中のネガティブなイメージその物、夕日自身の自己否定の現れである。
(いや!やめて!)
夕日は自身の声から逃げるように首を振る、しかし耳をふさいでも、布団の中に隠れてもその声を振り切ることは出来なかった。
しかし夕日は一つだけその声を止める方法を知っていた。
そしてソレを実行し、ベットに寝そべる。
「渡さないから…絶対に…」
黒いモノを黙らせる事に成功した夕日は、彼女らしくない顔でひとりつぶやいた。
「卯月…なんで…」
天峰は病室までとぼとぼと歩いていた、考えるのは先ほどの卯月の事ばかり。
天峰は卯月にも恋人が出来たことを話せば、彼女なりに祝福してくれると思っていたそのため天峰は、卯月の怒りと涙が理解できなかった。
重い足取りで夕日の待つ旧館に向かう。
「ただいまー夕日ちゃん」
天峰がドアを開け、夕日の病室に入る。
夕日は窓の方を向いて、ベットに横になっている。
(なんだ?あれ?)
天峰は夕日のふとんの一部赤いシミが出来ているのに気付いた。
そのシミは夕日の腕から流れ出ており…
「夕日ちゃん!何してるの!」
天峰があわててベットに駆け寄る。
「ああ、これ?」
夕日が自分の流血する左腕と、何時かのカッターナイフをみせる。
「訳もなく寂しくなることが有るの…そんな時{なんで私生きてるんだろう?}て思うの{消えてしまいたい}とも…そんな事思った時コレをするの…私の治っていく傷を見て、私の体はまだ死にたくないんだって思うと「まだ此処に居ていい」って言われているみたいで、少しうれしくなるの…」
ただ淡々と、自分にいい聞かせるように夕日が言う。
「夕日ちゃん…」
(夕日ちゃんのしている事は、肯定できない…けど否定することも出来ない…)
「とりあえず傷を何とかしよう?ガーゼとか包帯とか無い?」
天峰は答えを出すのを先送りにするしかなかった。
「それなら…そこ」
夕日がベットの正面の棚を指さす。
「ここだね?」
天峰は棚をあけた、そこで天峰はおかしなものを見つけた。
(なんだこれ?綿?バラバラになった…クマのぬいぐるみ?)
ぬいぐるみに気を取られた瞬間、ベットに寝ていた夕日が花瓶を手に取り、天峰の頭に振りおろした。
「ぐがぁ!」
頭に衝撃を受け天峰は薄れゆく意識の中で…
「アナタは誰にも渡さない…」
夕日の声を聴いた。
ゾッとするくらい冷たい声だった。
「ぐずっ!ん…ぐずん」
卯月は病院から戻って以来自分の部屋でずっと泣いていた。
天峰に恋人が出来た。
高校生になれば恋人がいること自体は珍しくない、しかし卯月は天峰の隣には自分が居たかったのだ、幼い独占心だという事がうっすらわかっていたが、そんな自分が嫌だった。
しかし今でも未練がましく、天峰との関係の修復を望んでいた。
その時卯月のケータイがメールを受信した。
(メール?夜宵ちゃんかしら?)
自分の知り合いを思い浮かべながら、メールの差出人を見る。
「天峰」その文字を見て急いでメールを開ける。
「ん…此処は?痛ッ!」
天峰は見慣れない病室で目を覚ました。
頭痛に苦しむ姿を、近くで夕日が天峰の様子を見ていた。
「ああ…目が覚めたの?」
嫌な嗤い顔で夕日が天峰に話しかけた。
今回はなかなか急な部分で区切っているので、近いうちに更新します。
終わりが近いので、お付き合いいただけたら幸いです。