東方幻想物語   作:空亡之尊

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主と親友と笑顔の別れ

八雲 紫side

 

 

私の目の前に、そいつは居た。

今まで幾度となく人の命を奪い、一人の娘の人生を狂わせた妖怪桜。

憎らしいほど盛大に咲き誇り、その周りには白い魂魄が無数に漂っていた。

あれはおそらく、西行妖によって殺され者たちの怨霊、それが溢れ出ているのだ。

望まぬ死によって現世に未練がある者もいれば、自らその桜の下で死んでいった身勝手な人間の、その魂が私の周りを漂っている。

 

怨霊は生者を憎み、あちら側へ引きずり込もうとする。

あらかじめ、私は西行妖の周りに結界を張り、そこから怨霊が出ることを防いだ。

しかし、西行妖に蓄えられた妖力は凄まじく、怨霊だけでも抑えるので精一杯だった。

 

 

「どうしてまた、ここまで強く」

「原因は、都で起きていた殺しだろうな」

 

 

傍らにいた幽々子の剣士、妖忌はそう言った。

 

 

「殺し……そういえばあったわね」

「おそらくは、その死者の怨念を西行妖が吸収したのだ」

「すべてはこの日の為、って言う奴かしら」

「だろうな」

 

 

二人揃って、西行妖を見つめる。

人間の勝手な想いを吸収し妖怪に成り果て、その上今度は邪神に利用される。

私は今まであの桜に怒り負抱いてきたはずなのに、なぜかその桜が哀れだと思ってしまう。

 

 

「……終わらせてあげないとね」

「そうだな。幽々子様の苦しみ、そして西行妖の苦しみも」

 

 

私は御札を取り出し、妖忌は楼剣剣と白楼剣を構える。

今は西行妖の下までスキマは繋げない。ならば、この怨霊の群れを突破するしか方法は無い。

 

 

「道を切り開くのは任せるわ。辻斬り剣士」

「なんだ、その不名誉な呼び名は!?」

「あら。初対面で突然斬りかかってくるなんて、正に辻斬りじゃない」

「当然だ。幽々子様が妖怪と話しているのを見れば、退治するのが拙者の役目だ」

「その後、幽々子に怒られたわよね。『私の友達に手を出さないで』って」

「あの時の幽々子様は怖かったな」

「あの時の貴方の怒られている様は面白かったわ」

「胡散臭い年増妖怪が」

「堅物な剣士よりはマシよ」

 

 

互いに好き放題言い合っていると、怨霊共が私たちに向かって襲い掛かってきた。

その瞬間、私はスキマを開いてそこから弾幕を撃ちだして怨霊を足止めすると、妖忌がその隙に目にも止まらぬ速さで怨霊共を一網打尽に斬り裂いた。

 

 

「幽々子の下に行くまで、貴方達には構ってられないのよ」

「悪いな怨念たちよ。浮かばれぬのは拙者でも理解している。だが」

「「今は、無理にでも押し通る‼」」

 

 

私と妖忌は西行妖へと目標を定めると、地を蹴った。

私たちは次々と迫り来る怨霊を払い除けながら突き進んだ。

この先に必ずいる、私(彼)の親友(主)の下へ、一刻でも早く辿り着くために。

 

怨霊の包囲網を抜けた先、そこには妖艶に咲き誇る西行妖と幽々子が居た。

彼女は市に装束のような白い着物を身に纏い、その手には短刀が握り締められていた。

そして、私たちが来た事を察すると、彼女は笑顔で振り返った。

 

 

「紫……妖忌……」

「待たせたわね。幽々子」

「遅くなり、申し訳ありません」

「いいのよ。来てくれると信じてたから」

 

 

幽々子は赤く腫らした目で笑った。

きっと、私たちが来るまでに涙を枯らしておきたかったのね。

 

 

「幽々子」

「な~に?」

「普通は、ここで今までの思い出とか私の想いを話すところよね」

「そうね」

「でも、そんなことはしないわ。お互い、言わなくても解かるから」

「ええ」

 

 

本当は、言いたいことがある。

私だって、本当なら彼女には死なないでほしい。全力で彼女を止めたかった。

でも、これは彼女が決めたこと。私がその後始末をしなければいけない。

こんな所で迷っていたら、その彼女の想いも、ユウヤの願いも無駄になってしまう。

 

 

 

「妖忌」

「なんですか?」

「今まで、私の為に剣を振るってくれたわね」

「拙者は、それ以外にできることもありませんでしたから」

「でも、今まで迷惑かけてきたから、何か言うことは無い?」

「拙者からも言いたいことは多々ありますが、今言うと怒られそうですのでやめておきます」

「どんなこと言う気なのかしら? 気になるわ」

「そうですね。明日になればお話ししますよ」

「……意地悪ね」

「幽々子様ほどではありませんよ」

 

 

妖忌は笑った。今まで我が儘を聞いてきた彼なりのお返しなのね。

幽々子は少し悲しそうに、笑ってくれた。

 

 

「紫」

「なに?」

「ありがとう。私の親友でいてくれて」

「こっちこそ。こんな胡散臭い妖怪の私の親友になってくれて、感謝してるわ」

「紫の話はいつでも面白いもの。月での戦いとか、優夜との話とか」

「そんなことも話したわね」

「いつか貴女の理想郷にも、行ってみたかったわね」

「そうね。あそこなら、すべてを受け入れてくれるのに」

「でも、それはとてもとても残酷な話よ」

「その通りね」

 

 

でもね、今の私にとって、貴女を失うことが最も残酷な話なのよ。

貴女だって分かってるくせに、最期までそうやって笑ってくれるのね。

 

 

「そういえば、優夜と桜良は居ないのね」

「あの二人は……」

「いいの、解ってるわ。でも残念ね、お別れを言えないのは」

「私から伝えておくわよ」

「そうしておいて。……最期に、お礼だけは言いたかったわね」

 

 

幽々子は西行妖を見上げると、その手に持つ短刀の刃を首に押し当てる。

 

 

「私は、何の為に死ぬかしら?

 この苦しみから解放されるために死ぬのか、西行妖を封じる鍵として眠るのか。

 どちらにせよ、これは私の最期の我が儘。みんなの想いを踏みにじる、最低な行いよ。

 でも私は先に逝くわ。後の事は任せるわよ、私の頼れるお堅い剣士と、大切な妖怪の親友」

 

 

彼女は最期に優しく微笑むと、短刀で自分の首を斬った。

致命傷となる傷から鮮血が舞い、その足元に散る桜を血で染めると、彼女の身体は地面に倒れた。目を逸らしたい光景だった。でも、私は親友の最期を見届けなければいけない。。

凄惨な死に方とは裏腹に、血の海に横たわる彼女は、安らかな笑みのまま息絶えた。

 

言葉にならない想いが込み上げてくる。今にでも泣き叫びたかった。

妖忌は彼女から目を逸らすように顔を上げた。その瞳からは、一筋の涙が零れ落ちた。

泣いている暇は無い。彼女の死を無駄にしないためにも、私が西行妖を封印しなければならない。

 

私が幽々子の遺体に歩み寄ろうと一歩踏み出した。

 

 

「……っ!? 紫殿‼」

 

 

妖忌は声を枯らしながら叫んだ。

振り返ると、彼の視線が私や幽々子の先を視ていることに気付いた。

視線をそちらへと向けると、西行妖から伸びた蔓が幽々子の遺体に巻き付き、自分の下へと引き寄せた。

 

 

「幽々子っ!?」

 

 

私が手を伸ばすと、それを阻むように図太い木の根が地面を突き破って現れた。

幽々子の遺体が西行妖に縛られると、それと同時に桜一つ一つが黒く染まっていく。

まるで彼女の血で穢されていくように、西行妖は墨染めの桜へと変貌していく。

 

 

「これが本当の………西行妖の姿」

「美しさの欠片もないわね」

 

 

墨染の西行妖はその巨大な木の根や蔓を狂ったように振り回しながら私たちへと襲い掛かる。

私はスキマや結界を用いて防御し、妖忌は刀でそれらを切り払っていくが、規則性も志向も一切感じられない、まさに無差別に行われる攻撃に、私と妖忌は徐々に追い詰められる。

 

いや、追い詰められていたのは私たちの心。

表面上は平然を装おうと、幽々子の死を目の当たりにして、動揺していた。

理解しているからこそ、焦りが生じ、そして、西行妖は黒く光る桜の花びらを周囲に舞わせているのに気付かなかった。

 

西行妖の花びらが一ヵ所に収束していくと、それが塊となって私へと放たれた。

周りにいた怨霊がそれに巻き込まれると、その姿は一瞬にして消滅するほどだった。

死へと誘う力が凝縮された攻撃、防ぐこともできないと察した私はスキマを開こうとする。

 

 

「………っ!?」

 

 

だが、私の足元には蔓が巻き付き、その場から逃がさぬようにしていた。

避けられない。スキマを開く隙も無い。なら、死ぬしかないのか?

親友に後を任されたばかりだというのに、私は何もできずに終わるの?

嫌……そんなのは嫌‼ 約束を守れぬまま、夢を果たせぬまま死ぬなんて、絶対に嫌‼

 

だが、無情にも死の塊は私に襲い掛かる。

私は避けらぬまま、反射的に目を閉じた………………。

 

 

 

 





己の不幸を呪った少女は、その命を賭して西行妖を封印する。
しかし、邪神の策略はそれすらを凌駕し、西行妖は墨に染まる。
完全覚醒した西行妖を前にして、紫になす術はあるのか?


次回予告
四神に立ち向かうルーミア、それでも難なく退ける彼女に最大の危機が。
東方幻想物語、妖桜編、『連携と無双と神々しき龍』、どうぞお楽しみに。

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