東方幻想物語   作:空亡之尊

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月と嘘吐きと三つの終焉

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「月、というものは昔から不思議なことに縁があるとは思いませんか?

 黄泉の国から帰ってきた伊邪那岐が、左目を洗った際に生まれた月の神格、月夜見尊。

 それを始め、かぐや姫の故郷やら、兎の餅つき、満月は人を狂わせる、月を見ると狼になる。人は手が届かないものだからこそ、それを美しいと評する。

 なんともファンタジーでメルヘンチックなお話でしょうね。僕はこういうのが好きなんです」

 

 

邪神が住まう館、その大広間で『彼』は舞台の台詞回しのように語っていた。

その目の前には、ボロボロとなった一人の女性が膝を着いて息を切らしている。

 

 

「でも、そんな人間は見るだけでは飽き足らず、ついにはその月に辿り着いた。

 しかしそこには、かぐや姫も兎もいなければ、幻想的な物なんてない寂れた土地。

 人は知れば知るほど、その幻想を壊され。ついにはその月を住処にしようとまで考えだした。

 子供のように純粋な好奇心は一度壊されると、それは大人の邪悪な欲望に成り果てる。

 人間の探求心とは時に素晴らしいが、時には残酷だ。僕はそれが悲しいと思っているよ」

 

 

心にもないその台詞で、『彼』はわざとらしく悲しげな表情で語る。

目の前にいる女性は、その様子に苛立っているが、それを止める力も無かった。

 

 

「君だってそう思うだろ? 昔から手の届かないところで人を見下してきた月の神、月夜見尊」

 

 

『彼』は彼女の目の前に歩み寄ると、楽しそうに見下した。

彼女はかつてユウヤと一戦交え、天照や須佐之男並ぶ月の神、月夜見尊。

 

しかし、今のその姿は、神と呼ぶにはあまりにも悲惨だった。

身に纏う衣服は無数の斬り傷と弾痕によって廃れ、彼女が武器として使っていた勾玉は大広間に床一面に破片となって砕け散っていた。

 

それに対して、『彼』はまったくの無傷だった。

天照や須佐之男に戦闘能力は劣るとはいえ、彼女は最高神の一柱。

普通ならばこんな一方的にやられることは無いはずだった。そう、普通ならば。

 

『彼』は視線を合わせるように屈むと、彼女に語り掛けた。

 

 

「それにしても派手にやられたね~。綺麗な顔もこんなに傷だらけ」

「……うるさい……まだ、終わってない」

 

 

月夜見は立ち上がると、息を切らしながらも『彼』を見下ろしながら睨みつけた。

その目には、まだ確かな意志を宿していた。

 

 

「しぶといね。これで僕に挑むのもう何回目だっけ?」

「……貴方が、過去に滅ぼした世界と同じですよ」

「それでも、“今回”は随分と多いよね」

「……余裕面している貴方が気に食わないだけです」

 

 

月夜見は笑ってそう答えるが、もう戦う力などない事は明らかだった。

『彼』は呆れて溜息を吐きながら立ち上がると、背中を向けて歩き出し面倒臭そうに頭を掻いた。

 

 

「本当。よくここまで僕の邪魔をするね。君ら“本物の神”は」

「……ニセモノにこれ以上、暴れられては迷惑なのよ」

「その台詞、もう何度目だっけ。忘れちゃったよ」

「……うるさい」

 

 

月夜見の周りに弾幕が展開されると、それが一斉に『彼』へと向かって放たれた。

しかし、それら全ての弾幕は『彼』に到達することなく“消滅”した。

 

 

「……!?」

「無駄無駄。そんな弾幕で僕を殺すなんて、那由多の一つも存在しないよ」

「……化け物が」

「そうだよ。僕は化物だ。何か文句でも?」

 

 

『彼』は何事も無かったかのように大広間の奥にある玉座へと座り、そう言った。

そこには人を嘲笑うような悪意はなく、さも当然のことのような、純粋な言葉だった。

 

 

「それに、化物と云えば優夜だってそうでしょう」

「……彼は関係ないわ」

「関係あるでしょ。だって僕も君も、大好きな人なんだから」

「……貴方と一緒にしないで‼」

 

 

詰め寄ろうとした月夜見の足は、彼女の意志とは関係なくその場に踏み止まった。

彼女の足元を見ると、大広間にできた周りの影から不自然な細長い影が彼女の影に伸びていた。

まるでその影が彼女自身の自由を奪っているように見えた。

 

 

「今の自分の立場を考えなよ。月夜見ちゃん」

「……くっ」

「僕が上、君は下。それ以上の無茶をするのなら、僕は容赦なく君を喰らう」

 

 

狂気に歪む『彼』の口元に、鋭い牙が見えた。

月夜見は悪態をつくと、心を落ち着かせた。

 

 

「……調子に乗って」

「フフフ。怒った顔よりも断然素敵ですよ」

「……くだらない台詞はもう聞き飽きたわ」

「そうですか。なら、彼の話でもしましょうか」

 

 

『彼』は嬉しそうに微笑むと、楽しげに語りだした。

 

 

「彼、どうやら今までの対人関係の記憶がないらしいですよ」

「……なんですって」

「膨れ女……黒扇が彼と一度戦って、その見返りにと記憶を奪ったみたいです」

「……どうして、そんな」

「僕にも分かりませんよ。なにせ、彼女と紅月は独断行動が多いですからね」

 

 

『彼』はまるで他人事のように笑って話す。

 

 

「……まさか、それを知っても尚黙認してるんですか。貴方が」

「僕としては、今後の展開が面白くなると思ってるから、特に何も言わないよ」

「……一体、貴方は何がしたいんですか」

「僕は“ただ遊びたい”だけ。目的なんて、そんなもの世界が滅んだ時にもう無くなってるよ」

「……狂ってる」

「狂ってる? 何を今更。六兆五千三百十二万四千七百十年ほど言うのが遅いよ」

 

 

『彼』は笑う。小太りな少佐の様に、狂気的に笑う。

 

 

「まあ、話を戻すとしよう。彼は今、西行寺幽々子の所にいる」

「……西行寺、というとあの妖桜」

「そう。それに加えて黒扇が平安京で面白い舞台を準備している」

「……記憶を失った今の彼に、なにをしようと」

「どうだろうね。むしろ、記憶が無いからこそ活路があるのかもしれないよ?」

「……本当に、貴方は彼のなんなの?」

「僕は優夜、優夜は僕。とでも言えば納得してくれる?」

 

 

『彼』はそう言った。

その言葉の意味を、月夜見は嫌と言うほど理解していた。

 

 

「僕はね、ユウヤの事が大好きなんだよ。心の底から愛しているとでも言っていい」

「……気味が悪いですね」

「まあそう言わずに。僕が何で今まで世界を壊してきたか、それは彼に在る」

「……どういう意味ですか?」

「僕はこの手で“一度”彼を殺した。その所為で、僕は暴走して自分の世界を壊した」

「……知ってます。それが始まりだと」

「でも、僕が望んだのは彼と共に生きること。殺してしまえば、いくら邪神でも元には戻せない」

「……神は万能ではない。それは貴方にだって言えることですね」

「そう、だから探した。手に入れた邪神の力で、数多の平行世界を渡った。けれどダメだった」

「……え?」

「これまでの世界に、彼は居なかった。無数にある平行世界に、彼は存在しなかったんだよ」

「……まさか‼」

「察しの通りだよ。彼のいない世界に価値なんて無い。ゴミ同然だよ」

 

 

『彼』はそう言い捨てた。

『彼』によって滅ぼされた世界か無数にあり、そのどれも悲惨なものだった。

戦争による国々の滅亡、災害による世界の破壊、邪神降臨による破滅、どれも『彼』が引き起こしたものだ。

それら全てを起こした理由が、たった一人の人間が存在しなかったから。

 

 

「……そんな理由の為に、世界は」

「どこの世界にも五月蝿い奴等が居たよ。もちろん君もね」

「……覚えてますか」

「ああ。なにせ、君だけが平行世界の記憶を共有してるんだもの。さすがの僕も驚いた」

「……それはどうも」

「でも、今回は少し安心してもいいよ。なにせ、彼がいるんだから」

「……もしも彼がこの戦いで死ねば、貴方は」

「滅ぼすよ」

 

 

即答だった。一瞬の考えもなく、『彼』はそう言い切った。

 

 

「言ったよね。意味なんて無い」

「……身勝手な人間ですね」

「その身勝手な人間を作りだした神々が、それに振り回されてるってわけか。笑えるね」

「……ふざけないで」

「まあ、今は見守ろうよ。月夜見ちゃん♪」

「……『嘘吐き』が」

 

 

月夜見は『彼』を睨んだ。

優夜によく似た『彼』の笑顔が、とてつもなくイラついたからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、物語はすでに最終局面へと移行する。

満開になる時を待つ西行妖、都で蠢く四神の影、そして彼を待つ邪神の姿。

三つの出来事が重なる時、それは終わりへと誘う鎮魂歌が始まる。

 

 

「さあ、始めましょうか。優夜」

 

 

 

 




嘘吐きは笑う。自分が愛するものを見つめ、その姿を見て楽しむ。
自分勝手な思いで世界を滅ぼしてきた彼はの、本当の目的とは?


次回予告
西行妖の開花、平安京の影、そして桜良の決意、終焉へのカウントダウンが始まる。
東方幻想物語・妖桜編、『運命と想いと桜舞う月夜』、どうぞお楽しみに。


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