東方幻想物語   作:空亡之尊

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菖蒲と墓標と双つの罪

神無 優夜side

 

 

とある昼下がり、屋敷でのこと。

俺がいつも通り縁側で昼寝をしている時に、彼女はやってきた。

 

 

「あの~ユウヤさん?」

 

 

呼びかける声に反応して身体を起こすと、そこには桜良がいた。

相変わらず物腰が低く、弱々しく見える。………可愛い。

 

 

「どうしたんだ? 料理ならまた今度に」

「い、いえ。今日は違います」

「じゃあ、何なんだ?」

「あ、あの………できればその、都に」

「都に?」

「都に、花を買いに行きたいので、付いて来てくれませんか?」

 

 

桜良はそう言うと、潤んだ目で俺を見つめる。

俺としては別に構わないので、断る理由なんてなかった。

 

 

「いいぜ。俺もゆっくり見て周りたいしな」

「ありがとうございます。折角お昼寝してたのに」

「気にするなよ。たまには身体を動かさないといけないしな」

 

 

俺はそう言って桜良の頭を優しく撫でた。

しかし、桜良が自分から都に行きたいなんて、それも花を買いに。

食材を買いに行くのも遠回しに拒んでいたのに、もしかして何かあるのだろうか。

その時は無理な詮索をしなかったが、彼女の表情がなぜか暗かったのを、俺は気付いていた。

 

 

 

少 年 少 女 祈 祷 中

 

 

 

やはりというか、予想はしていた。

都の人達からの視線、それは俺の後ろについている桜良へと向けられている。

あんなにも頑なに拒んでいたのは、十中八九これだろう。

 

 

「………ません」

「え?」

 

 

後ろで俺の服の裾を握ったまま、桜良は今にも消えそうな声で言った。

 

 

「私たちの所為で……ユウヤさんまで」

「気にするなって言っただろ。こういうのには慣れてる。………はずだ」

「でも……」

 

 

裾を握る手に力が籠る。

元の性格の所為か、自分の所為で俺まで蔑まれると被害妄想してるのだろう。

これはいくら言っても無駄だ。なら、一刻でも早く桜良の用事を終わらせよう。

 

 

「花屋、着いたぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 

桜良はそう言って俺から離れると、目の前にある花屋へと入っていった。

それからしばらく経つと、花屋から彼女が出てきた。その手には菖蒲が握られていた。

 

 

「菖蒲?」

「ええ。私たちが好きな花なんです」

「そうか……」

「あの、ユウヤさん」

 

 

桜良は俺を見つめると、こう言った。

 

 

「迷惑ついでにいいですか?」

 

 

 

少 年 少 女 祈 祷 中

 

 

 

桜良に連れられてやってきたのは、都の先ある一本道だった。

真昼だというのに、周りに植えられた桜の木々が日差しを遮って薄暗かった。

こんな所に何があるのかと思っていると、辿り着いたのは墓標が建てられた寂れた場所だった。

 

 

「ここは……」

「今では西行妖の所為で死んだ者を、ここに埋葬しているんです」

 

 

そう言って、桜良は墓地の奥へと進んでいく。

いつも弱気な彼女が、なぜか今は殺気立っているように見える。

そんな風に思っていると、一つの墓標の前に桜良は立ち止った。

いや、墓標と呼べるものなのか。そこには一振りの刀が地面に突き刺さっていた。

 

桜良は菖蒲を墓標の前に供えると、手を合わせた。

俺も手を合わせるが、心の中では少し困惑していた。

 

 

「桜良、この墓は?」

「私の……家族の墓です」

「家族の?」

「ええ。でも、不思議なことに誰もこの存在を知らないんです」

「え?」

 

 

桜良は立ち上がると、静かに語り始めた。

 

 

「とあるところに、双子の姉妹がいました。二人は生まれてからずっと一緒でした。

 ある時、二人は剣術を学びはじめ、やがて互いに正反対の剣を極めました。

 『姉』は己の力を証明する『殺人剣』を、『妹』は人を助ける『活人剣』を。

 二人の剣は対立し、やがて離ればなれになりました。

 そして『姉』が人殺しの罪を犯しましたが、なぜか『妹』がその罪を被り、殺されました。

 しかし、不思議なことに次の日から『妹』の事を憶えている人はいなくなりました。

 残った『姉』は、『妹』が居たという記憶を残し、そしてその罪と罰を背負いました」

 

 

語り終えた彼女は、俺に尋ねた。

 

 

「ユウヤさん。もしも、罪人の罪を肩代わりしようとする人間が一人います。

その人は、自分が死ぬかもしれないのに、どんな気持ちで罪人の罪を背負うんでしょうか。」

「多分、そいつはその罪人の事を心の底から愛してるからだ。死んでほしくないからだ」

「でも、その罪人は殺されて当然のことをした。それでも、その人は罪人を愛せますか?」

 

 

背中を向けてそう言う彼女に、俺は答える。

 

 

「ああ。命より大切なものなんて無いって言うが、他人の為に命を張る奴だって居るんだ。

 その罪を背負い、代りに自分が死んだとしても、生き残った奴には自分の分まで生きていてほしんだ。それで、その罪を少しでも償おうとする心があれば、その人も本望だろ」

「罪を償う……ですか」

 

 

彼女は小さく笑うと、俺に振り返った。

 

 

「今日は私に付き合ってくれて、ありがとうございました」

「いいよ。居候させてもらって何もできないのは嫌だからな」

「ふふ。ユウヤさんはいつだって私たちを助けてくれてますよ」

「そうか?」

「ええ。お嬢様も笑うことが多くなりましたし、妖忌さんも少し柔らかくなってきました。

 私も、少しずつですが料理の方も上達してきました。ユウヤさんには感謝しきれませんよ」

「そこまで言ってくれると、少し照れるな」

 

 

俺は照れ臭そうに頬を掻いた。

それを見て、桜良は楽しそうに笑った。

 

 

「ところでさ、桜良は幽々子とどれくらいの付き合いなんだ?」

「そうですね………親に捨てられた頃ですから、かれこれ十年ですね」

「十年か……結構長いんだな」

「長いですよ。だからこそ、あの人の傍を離れられないんです」

 

 

桜良は妹の墓標を見つめた。

 

 

「今の幽々子が死に誘う亡霊でも、あの人は私たちの恩人です。

 彼女に拾ってもらわなければ、私たちは生きてはいなかったのだから。

 例えそれで自分が死んだとしても、私はあの人を恨んだりはしない。

 最期まで私は笑います。道化のように、涙での別れなんて、私には勿体ないですから」

 

 

そう言って桜良は俺に歩み寄ると、胸ぐらを引っ張って俺の唇を奪った。

突然のことで呆然としていると、桜良は唇を離した。

 

 

「お前……‼」

「次の満開、私は死ぬかもしれません」

「そんな事」

「ないかもしれない。でも、もしそうならば、私は悔いの無いように死にたい」

「それが、これなのか?」

「どうでしょうね。ただの気紛れかもしれません」

 

 

桜良はそう言って微笑むと、俺の横を通り過ぎた。

その時、彼女がどこか悲しそうだったのが、気になった。

呼び止めようと振り返っても、もうその場には桜良はいなかった。

 

春の訪れを告げる風だけが、寂れた墓地に吹いていた。

振り返ると、墓標の前に供えられた花が風に吹かれて揺れていた。

 

 

「双子の物語、か……」

 

 

俺は不安を振り払うように、その場から逃げるように去った。

そして、忘れていた“その時”が、徐々に近付いてきているのだった。

 

 

 

 

 

???side

 

 

ユウヤ達が去ったその墓地には、誰も知らぬとある噂があった。

 

それは、この墓地の先にある人知れる広場に、一本の桜の樹が在るという。

 

広場を囲むように普通の桜の木は植えられているのだが、それらよりも一際美しい桜がある。

 

とある噂では、ある歌聖が死ぬ間際まで愛した桜と同じ苗木だとか。

 

知る者によれば、その姿は西行妖と瓜二つと言われるほどだった。

 

ここは罪を犯した者が眠る地、それ故に誰も好き好んで近寄ろうとしない曰付きの場所。

 

ちなみに、桜の根は大きい物で5mも地面の中に張られるそうです。

 

もしかしたら、人知れずこの桜はその怨念を取り込み、成ろうとしているのかもしれません。

 

人を死に誘う、“もう一つの西行妖”に。

 

その傍らで、黒い扇子を持った女性は妖艶に笑う。

 

 

 

 

 

春は始まりの季節、だが同時に終わりを告げる季節ともいう。

 

その終わりは、着々と近づいてくる。

 

 

 

 





これは誰も知らぬ御伽噺の一つ。
哀れな姉妹の物語、だがそれはまた別のお話で語るとしましょう。


次回予告
あの日、俺は大切なものを自分で傷つけた………。
東方幻想物語・妖桜編、『最下位と信頼と蘇る記憶』、どうぞお楽しみに。


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