東方幻想物語   作:空亡之尊

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童歌と災厄と名も無き風

???side

 

 

とある楽園に『8人の正直者』が居た。

 

最も正義感の強い『君』は目の前に在った七色の宝石を取ろうとして、首を斬られた。

『正直者』は1人減り、7人となった。

 

最も風変わりな『君』は『邪神』に連れられ、その行方は誰も分からなくなった。

『正直者』は1人減り、6人となった。

 

最も大人びた『君』は退屈なパーティに飽きて外に出たら、首を斬られてしまった。

『正直者』は1人減り、5人となった。

 

最も親しい『君』は次々と友達が消えていく恐怖に耐えられず、首を吊った。

『正直者』は1人減り、4人となった。

 

最も泣き虫な『君』は『邪神』に捕えられると、暗闇の中から二度と帰ってこなかった。

『正直者』は1人減り、3人となった。

 

最も怖がりな『君』は背伸びして苦いだけの珈琲を飲むと、眠るように死んでしまった。

『正直者』は1人減り、2人となった。

 

最も愛しい『君』は仲間を疑っていたが、木に打ち付けられて光を失った。

『正直者』は1人減り、1人になった。

 

最も優しい『君』がすべてに気付いた時には、もうすべてが終わっていた。

『正直者』はすべて死に、『邪神』が残った。

 

最後に残ったのは、『8人の正直者』の墓標と『嘘吐き』だけとなった。

『嘘吐き』は勝利の余韻に笑いながら、楽園を去った。

 

そして、楽園には誰もいなくなった。

 

 

 

 

 

神無 優夜side

 

 

俺が目を覚ました時には、まだ真夜中だった。

さっきまで見ていた、いや、聞いていた夢の内容が、俺の心に染みついていた。

 

 

「クソッ……」

 

 

俺は布団から出ると、気晴らしにと外へ出た。

すると、夜の涼しい風が俺の髪を撫でた。それと同時に、小さな花びらが俺の髪に付いた。

手に取ってみると、それは桜の花びらだった。

 

 

「まだどこも咲いてないのに……?」

 

 

俺は風が吹いてきた方向へと視線を向けると、花びらを握り締めた。

誘わるように歩きだした俺の足は、幽々子が言っていた“あの桜”へと向かっていた。

 

しばらくして、俺は一本の桜の樹の下へと辿り着いた。

巨大な幹には注連縄が巻かれ、見上げれば夜空の景色すら覆い隠すほど桜の葉が生い茂っていた。これが妖怪桜じゃなかったら、さぞ美しい桜だっただろう。そう思った。

 

 

「桜の木の下には死体が埋まっている。なんともよく聞く話ですね」

「その理由は、桜の周りを掘り起こすことなんて滅多にないから。だろ?」

「だから、埋蔵金やら知られたくない秘密を隠すには最適な場所です」

「美しさと醜さは紙一重、か」

 

 

俺はそこまで話し、すぐ隣へと視線を向けた。

そこには黄色いローブを身に纏った一人の少女が、俺と同じ様にこの桜を見上げていた。

 

 

「お久しぶり、と言っても憶えていませんか」

「ああ。でも、何故だかアンタといると懐かしい気分になる」

「気のせいですよ。僕は貴方とこの世界では二度目ですから」

「含みのある言い方だな」

「妄言です。気にしないでください」

 

 

彼女はそう言うと、小さく笑った。

その面影に、俺は誰かと重ねていた。俺が知る中で、最も泣き虫だったアイツに……。

 

 

「この桜は、何を想って咲くのでしょう?」

「え?」

「元はただの、咲き誇り、散るが定めの桜の木。けれど今は咲くことさえ許されない」

「満開になれば人を殺す妖桜、誰も望んでないのに妖怪と成ったこいつは、哀れだな」

 

 

一人の人間の死によって歪められた桜の運命。愛でられることもなく、咲くことを望まれぬ哀れな桜。お前は何の為に、咲き続けるのか?

 

 

「貴方と同じですよ」

「俺と同じ?」

「人並みの幸せがあったのにも拘らず、誰かの勝手な都合で歪められたその運命。

 望まぬ出会いと復讐を幾度も経て、貴方は一体何の為にそこまで苦しみますか?」

 

 

彼女は俺を見つめてそう言った。

彼女から見れば、哀れなのはどうやら俺も同じことらしい。

 

 

「何のために戦っていたなんて、“今の俺”が知るわけもない。

 でも少なくとも俺は、通りすがったところで困っている奴が居たら助けるまでだ」

「復讐で周りが見えなくなっていた貴方が言うと、滑稽ですね」

「そうだな。これからは気を付けないと」

 

 

その前に、復讐の理由も思い出さないといけないな。

そう思うと、俺は小さく笑った。

 

 

「アンタと話していると、色々悩んでたのがバカらしくなってくるな」

「そういうものですよ。貴方は逆上しやすいですけど、冷静な人ですから」

「意外と俺の事を知ってるんだな」

「言葉が過ぎましたね」

 

 

彼女は踵を返すと、その場から立ち去ろうと歩き出す。

 

 

「一つ聞いてもいいか?」

「答えられる範囲でしたら」

「俺が記憶を取り戻した時、アンタは俺の味方か? それとも」

 

 

俺が言い終える前に、彼女は振り返った。

 

 

「味方です。誰が何と言おうと、僕たちは最後まで貴方の味方ですよ。ユウヤさん」

 

 

そう言って微笑むと、風が吹くと共に彼女はその場から姿を消した。

握っていた手に違和感を覚え、手を開いて見てみると、そこには黄色い10面ダイスが握られていた。

 

 

「風が吹けば花が散る。その風は、この桜も散らせることも出来るのか」

 

 

俺は最後に西行妖を見上げると、その場を後にした。

 

 

 

 

 

???side

 

 

崩壊した最初の世界、そこに彼女は訪れていた。

向かったのはあの教会ではなく、廃屋と化した教室だった。

 

教室は酷く荒れ果て、机や椅子はすべて壊れているか、埃を被っているかだった。

割れた窓からは、暗雲が空を包み込む光景が視え、彼女はそれを見て歯ぎしりした。

 

その教室の席に、もう一人の来客が居た。

 

 

「久しぶりね。風歌」

「……赤の女王」

「私の名前は『紅月(あかつき)』よ、忘れたの?」

「そうだったですね」

 

 

風歌は申し訳なさそうにそう言った。

紅月は優しく微笑むと、教卓の埃を払ってその上に腰掛ける。

 

 

「どうだった?」

「……記憶が戻ってきてます。この分だと次の満開には」

「そう……意外と回復が早いのね」

「でも、本当にこれで良かったのかしら?」

 

 

風歌は教卓の目の前の席に座ると、不安そうに顔を伏せた。

それを見て、紅月は溜息を吐く。

 

 

「もう戻れない所まで来てるのよ。私たちは」

「でも、今なら残りの彼女たちも死なずに……」

「無理よ。今のユウヤでは『美命』を倒せない」

 

 

はっきりと断言する紅月の目は、真剣そのものだった。

それは一番近くで見ているからこそ言える絶対的な自信の表れだった。

言い返すことのできない風歌は、悔しそうに顔を背けた。

 

 

「本物の邪神も、所詮はその程度なのね」

「意外でしたか?」

「いいえ。改めて貴方達が“人間らしい”と思っただけよ」

「人間らしいですか…………その言葉がどれだけ僕たちを苦しめてきたか」

 

 

風歌はそう言って笑うと、穴の開いた天井を見上げる。

 

 

「僕たちは所詮、落ちこぼれです。人間に染まった、邪神の成れの果て。

 この世界の崩壊と、六兆五千三百十二万四千七百十の平行世界を護れなかった」

「よくもまあ、その度に『美命』に挑んだわね」

「それぐらいしかできなかっただけです」

「でも、今回は違う。そうでしょう?」

「ええ」

 

 

風歌の目に光が戻る。

 

 

「彼から始まった物語、幕を引くのはあの人の役目です」

「長い夢の終わり。そろそろ見れるかしらね」

「やるしかないんですよ。殺された8人の正直者の為に」

 

 

二人は立ち上がり、互いに見つめ合う。

 

 

「この舞台に上がった以上、途中で降りることは許されない」

「例えどんな犠牲を払おうと、僕たちはやり遂げなければいけない」

「“8人の正直者”と“嘘吐き”、その決着が終わるまで」

「この物語は終わらない」

 

 

風歌と紅月は、揃って同じ席へと視線を向けた。

そこは窓際の席にも拘らず、一切の被害も見当たらない不自然な場所。

 

その席の上には、古びたノートが一冊置かれていた。

表紙には、題名が記されていた。

 

 

CoCシナリオ

『幻想交響曲』

 

内容

『とある街で起きた奇妙な殺人事件、それは街に昔から伝わる童歌に准えたものだった』

 

著者

『神無 優夜』

 

 

 

 





正直者たちは死んでいった。一人の嘘吐きによって。
それは一人の少年が気紛れに描いた単なる物語でしかなかった。
童歌は無邪気に謡われる。嘘吐きは楽しげに笑い、楽園を破壊した。
そこには偽物や本物など関係ない。純粋な悪意だけがそこにある。
はたして、すべての物語が紡がれたとき、彼の瞳は何を見る?

さて、ここからどうやってフラグ回収しよう………?


次回予告
己が剣を振るう理由はただ一つ、己が主を護る盾となるため。
東方幻想物語・妖桜編、『雨と迷いと護るための剣』、どうぞお楽しみに。


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