神無 優夜side
とある昼下がり、俺は屋敷の屋根の上で昼寝していた。
春眠暁を覚えず、春の陽気な日差しが俺を夢の世界へと誘った。
そんな時、下の方で楽しそうに話す声が聞こえてきた。
気になってそっと覗き込むと、そこには幽々子が誰かと話していた。
日傘を差していてその人の姿は見えなかったが、声からして女性だということは解った。
「珍しいな。客人なんて」
知っての通り、ここに客人なんてまず来ない。
死を呼ぶ妖怪桜、それを恐れて誰も近寄ろうとしないのだから。
しかし、正面の玄関から入れば俺でも気付いていたはずなのに、おかしい。
その時、俺は桜良の話を思い出した。
「その人、何もない所からいきなり現れるんですよ」
「瞬間移動か何かか?」
「それとは違いますね。なんというか、空間を割って、そこから出てくる感じです」
「よく解からねえな。とりあえず、妖怪か?」
「妖怪ですね。でも、胡散臭いことを除けば、お嬢様の良いご友人ですよ」
あの時は桜良は嬉しそうに話していた。
幽々子の数少ない友人、是非ともお会いしたいところだが、楽しい会話を邪魔したくない。
ここは改めて、次の機会に幽々子に頼んで顔合わせするとしよう。
俺は再び昼寝に戻ろうと寝転ぶと、目の前に藍の顔が覗き込んだ。
「……藍?」
「あの、お暇ですか?」
「見ての通り暇だ。何か用か?」
「いや、その、用と言うほどじゃ……」
藍はそわそわとしながら俺を何度も見つめる。
あれ以来、琥珀と藍と仲良くなり、度々この屋敷を訪れるようなった。幽々子たちからは珍しい来客として、快く迎え入れている。
俺は起き上がると、落ち着かせるために藍の頭を撫でた。
「とりあえず、落ち着け」
「は、はい」
藍は大きく深呼吸をすると、俺の隣へと座った。
「あの、ユウヤさん」
「なんだ?」
「この前は、助けていただいてありがとうございました」
「どういたしまして。こっちも、藍と琥珀に会えて良かったよ」
藍と出会わなかったら、俺は琥珀に慰めてもらうこともできなかったからな。
今思うと、俺は初対面の相手に抱き着かれたのか。しかもこの子の母親に。
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもない」
何だか後になって複雑な状況だったなと、改めて認識した。
「ところで、一つ聞いていいか?」
「なんですか?」
「藍と琥珀がしてた義賊行為、あれっていつから始めたんだ?」
「都に来た頃ですから、百年くらい前ですね」
「なんでまた義賊なんか」
「気紛れ、お母様はそう言ってました。本心がどうかなんて、私には」
藍は顔を俯かせた。
気紛れ、その言葉に隠れた意味は、俺も彼女も解からない。
「じゃあなんで、藍がその後を継いでいるんだ?」
「私はお母様に憧れてます。伝説の九尾の狐、その後を追うことが私の生き甲斐です」
「だから、琥珀がやっていた義賊を、アイツの代わりにやっていたという事か」
「幸いにも、貴族たちが幻術に掛かりやすかったお陰で、今まで上手くいってたんです」
「でも、あの日は違った」
「はい。護衛についてた一人にバレて、必死逃げていたらユウヤさんに出会いました」
「まだまだ。そこら辺は未熟だな」
「お恥ずかしい限りです」
藍は恥ずかしそうに笑って誤魔化した。
「ユウヤさん、私からも聞いていいですか?」
「なんだ?」
「何でユウヤさんは、ここの人達は私やお母様を受け入れてくれるのでしょう?」
「何でって言われても……正直、俺もこうもすんなりいくとは思わなかった」
「えぇ……」
期待していた答えと違っていたのか、藍は冷めた目で俺を見る。
「まあ、ここに居る連中は普通じゃねえからな」
「そうなんですか?」
「ああ。ここの主の幽々子は妖怪桜に呪われ、妖忌は剣でしか語れない堅物、桜良が料理をしたらあの世行き。そして俺は人との思い出を忘れたお気楽で永生きな人間だ」
改めて説明すると、本当に濃いメンバーだな。
俺の境遇なんて目じゃないくらいだろ。それより桜良の説明は雑だったな。
「改めて聞くと、凄い人達なんですね」
「そう。だから、今更妖怪が一人二人来たところでどうってことないんだよ」
「そういうものなんですかね?」
「そういうものだ。世の中には人間と妖怪が共に暮らす理想郷があるくらいだからな」
「聞いたことがあります。素敵ですよね」
藍は目を輝かせながら言った。
やっぱり、中にはこういう風に憧れを持つ奴もいるってことか。
「人間と妖怪か……」
『だから、私………人間と妖怪が共に暮らせるような世界を作りたい‼
憎むことも、差別することも、退治されることもない、そんな幻想の様な理想郷を』
憶えの無い言葉が、俺の頭に響いた。
一瞬、金色の髪の少女が見えたが、顔まではよく見えなかった。
けれど、彼女からは覚悟を感じた。絶対に成し遂げてみせるという、強い覚悟を。
「……俺にも関係があるのか?」
「どうしました?」
「すまん。ちょっと日差しが目に入って眩んだだけだ」
「そうですか……あ、そういえば」
「ん?」
「ユウヤさんって、お母様と一度会った事がありますか?」
「どうだろうな。忘れているかもしれねえけど、アイツは何も言わないからな」
そういえば、琥珀が俺の名前を聴いた時に少し嬉しそうだったのを思い出した。
しかし、あれから俺とは普通に話してる程度で、昔の話なんてしない。
俺の過去を知っているかもしれない。ならなぜ、彼女は教えてくれないのだろう。
「今教えたら、意味がないからよ」
声がした方へと振り返ると、そこには琥珀が立っていた。
「琥珀……」
「お母様‼ お身体の方は」
「大丈夫よ。伊達に九尾の狐を名乗ってないわよ」
「そういうのは今関係ないです」
余裕そうに笑う琥珀に対して、藍は子供らしく覇気もなく怒っている。
もう見ていると、やっぱり母娘なんだなと思う。
「琥珀、さっきの言葉は」
「聞いての通り。私が教えたら意味がないでしょ?」
「つまり、アンタと俺は一度出会ってるのか」
「ええ。そして藍は貴女の娘よ」
「え!?」
「おい」
「冗談よ。会った頃には藍を身籠ってたわ」
「心臓に悪い冗談はやめろ。お陰で藍なんて固まってるぞ」
視線を向けると、藍が放心状態で地面に座っていた。
まあ、いきなり衝撃の事実を耳にすればこうなるよな。
「まだまだね」
「悪趣味だな」
「いいのよ。これくらいのことに慣れておかないと」
「身も蓋もない備えだな」
「それより、記憶はどれほど戻ったのかしら?」
「……嫌な記憶だけはよく思い出す」
俺は自分を嘲笑う。
思い出す記憶は、まるで俺に立ち向かえと言わんばかりに厳しい言葉を投げかける。
「琥珀、俺はお前から見て良い人間だったか?」
「私にはわからないわよ。貴方と旅はしてないから」
「そうか……」
「でも、貴方は誰よりも人間らしかった。それだけは言えるわ」
「人間らしい……これでも一応人間なんだけどな」
「あら。それは失礼したわね」
琥珀は無邪気に笑った。
そうだ。俺の記憶は自分で取り戻す。答えは自分で導いてこそ意味があるからな。
「ありがとな。琥珀」
「ここに住まわせてもらってる恩返しよ。気にしないで」
「……ところで、何しにここに来たんだ?」
「偶には太陽の下で寝るのも悪くないかなってね」
「そうかよ。好きにしろ」
「好きにさせてもらうわ」
互いにそう言って屋根に寝転ぶと、二人静かに眠りに落ちた。
人との繋がりの記憶を失おうと、優しさを忘れないお人よし。
そんな彼が妖狐の娘を助けたのは、いつもの気紛れだった。
それは記憶が同だとかの話じゃない。彼自身の本心からの行動だ。
彼は自分を知る者と出会うだろうが、決して自分からそれを聞こうとしない。
他人から与えられた記憶なんて、他人から見た自分でしかないのだから。
はたして彼の思い出は、いつになったら戻るのか?
次回予告
八人の正直者は、一人の嘘吐きによって殺され、楽園には誰もいなくなった。
東方幻想物語・妖桜編、『童歌と災厄と名も無き風』、どうぞお楽しみに。