東方幻想物語   作:空亡之尊

90 / 106
友人と繋がりと忘れた名前

神無 優夜side

 

 

とある昼下がり、俺は屋敷の屋根の上で昼寝していた。

春眠暁を覚えず、春の陽気な日差しが俺を夢の世界へと誘った。

 

そんな時、下の方で楽しそうに話す声が聞こえてきた。

気になってそっと覗き込むと、そこには幽々子が誰かと話していた。

日傘を差していてその人の姿は見えなかったが、声からして女性だということは解った。

 

 

「珍しいな。客人なんて」

 

 

知っての通り、ここに客人なんてまず来ない。

死を呼ぶ妖怪桜、それを恐れて誰も近寄ろうとしないのだから。

しかし、正面の玄関から入れば俺でも気付いていたはずなのに、おかしい。

その時、俺は桜良の話を思い出した。

 

 

「その人、何もない所からいきなり現れるんですよ」

「瞬間移動か何かか?」

「それとは違いますね。なんというか、空間を割って、そこから出てくる感じです」

「よく解からねえな。とりあえず、妖怪か?」

「妖怪ですね。でも、胡散臭いことを除けば、お嬢様の良いご友人ですよ」

 

 

あの時は桜良は嬉しそうに話していた。

幽々子の数少ない友人、是非ともお会いしたいところだが、楽しい会話を邪魔したくない。

ここは改めて、次の機会に幽々子に頼んで顔合わせするとしよう。

俺は再び昼寝に戻ろうと寝転ぶと、目の前に藍の顔が覗き込んだ。

 

 

「……藍?」

「あの、お暇ですか?」

「見ての通り暇だ。何か用か?」

「いや、その、用と言うほどじゃ……」

 

 

藍はそわそわとしながら俺を何度も見つめる。

あれ以来、琥珀と藍と仲良くなり、度々この屋敷を訪れるようなった。幽々子たちからは珍しい来客として、快く迎え入れている。

俺は起き上がると、落ち着かせるために藍の頭を撫でた。

 

 

「とりあえず、落ち着け」

「は、はい」

 

 

藍は大きく深呼吸をすると、俺の隣へと座った。

 

 

「あの、ユウヤさん」

「なんだ?」

「この前は、助けていただいてありがとうございました」

「どういたしまして。こっちも、藍と琥珀に会えて良かったよ」

 

 

藍と出会わなかったら、俺は琥珀に慰めてもらうこともできなかったからな。

今思うと、俺は初対面の相手に抱き着かれたのか。しかもこの子の母親に。

 

 

「どうしたんですか?」

「いや、なんでもない」

 

 

何だか後になって複雑な状況だったなと、改めて認識した。

 

 

「ところで、一つ聞いていいか?」

「なんですか?」

「藍と琥珀がしてた義賊行為、あれっていつから始めたんだ?」

「都に来た頃ですから、百年くらい前ですね」

「なんでまた義賊なんか」

「気紛れ、お母様はそう言ってました。本心がどうかなんて、私には」

 

 

藍は顔を俯かせた。

気紛れ、その言葉に隠れた意味は、俺も彼女も解からない。

 

 

「じゃあなんで、藍がその後を継いでいるんだ?」

「私はお母様に憧れてます。伝説の九尾の狐、その後を追うことが私の生き甲斐です」

「だから、琥珀がやっていた義賊を、アイツの代わりにやっていたという事か」

「幸いにも、貴族たちが幻術に掛かりやすかったお陰で、今まで上手くいってたんです」

「でも、あの日は違った」

「はい。護衛についてた一人にバレて、必死逃げていたらユウヤさんに出会いました」

「まだまだ。そこら辺は未熟だな」

「お恥ずかしい限りです」

 

 

藍は恥ずかしそうに笑って誤魔化した。

 

 

「ユウヤさん、私からも聞いていいですか?」

「なんだ?」

「何でユウヤさんは、ここの人達は私やお母様を受け入れてくれるのでしょう?」

「何でって言われても……正直、俺もこうもすんなりいくとは思わなかった」

「えぇ……」

 

 

期待していた答えと違っていたのか、藍は冷めた目で俺を見る。

 

 

「まあ、ここに居る連中は普通じゃねえからな」

「そうなんですか?」

「ああ。ここの主の幽々子は妖怪桜に呪われ、妖忌は剣でしか語れない堅物、桜良が料理をしたらあの世行き。そして俺は人との思い出を忘れたお気楽で永生きな人間だ」

 

 

改めて説明すると、本当に濃いメンバーだな。

俺の境遇なんて目じゃないくらいだろ。それより桜良の説明は雑だったな。

 

 

「改めて聞くと、凄い人達なんですね」

「そう。だから、今更妖怪が一人二人来たところでどうってことないんだよ」

「そういうものなんですかね?」

「そういうものだ。世の中には人間と妖怪が共に暮らす理想郷があるくらいだからな」

「聞いたことがあります。素敵ですよね」

 

 

藍は目を輝かせながら言った。

やっぱり、中にはこういう風に憧れを持つ奴もいるってことか。

 

 

「人間と妖怪か……」

 

 

『だから、私………人間と妖怪が共に暮らせるような世界を作りたい‼

 憎むことも、差別することも、退治されることもない、そんな幻想の様な理想郷を』

 

 

憶えの無い言葉が、俺の頭に響いた。

一瞬、金色の髪の少女が見えたが、顔まではよく見えなかった。

けれど、彼女からは覚悟を感じた。絶対に成し遂げてみせるという、強い覚悟を。

 

 

「……俺にも関係があるのか?」

「どうしました?」

「すまん。ちょっと日差しが目に入って眩んだだけだ」

「そうですか……あ、そういえば」

「ん?」

「ユウヤさんって、お母様と一度会った事がありますか?」

「どうだろうな。忘れているかもしれねえけど、アイツは何も言わないからな」

 

 

そういえば、琥珀が俺の名前を聴いた時に少し嬉しそうだったのを思い出した。

しかし、あれから俺とは普通に話してる程度で、昔の話なんてしない。

俺の過去を知っているかもしれない。ならなぜ、彼女は教えてくれないのだろう。

 

 

「今教えたら、意味がないからよ」

 

 

声がした方へと振り返ると、そこには琥珀が立っていた。

 

 

「琥珀……」

「お母様‼ お身体の方は」

「大丈夫よ。伊達に九尾の狐を名乗ってないわよ」

「そういうのは今関係ないです」

 

 

余裕そうに笑う琥珀に対して、藍は子供らしく覇気もなく怒っている。

もう見ていると、やっぱり母娘なんだなと思う。

 

 

「琥珀、さっきの言葉は」

「聞いての通り。私が教えたら意味がないでしょ?」

「つまり、アンタと俺は一度出会ってるのか」

「ええ。そして藍は貴女の娘よ」

「え!?」

「おい」

「冗談よ。会った頃には藍を身籠ってたわ」

「心臓に悪い冗談はやめろ。お陰で藍なんて固まってるぞ」

 

 

視線を向けると、藍が放心状態で地面に座っていた。

まあ、いきなり衝撃の事実を耳にすればこうなるよな。

 

 

「まだまだね」

「悪趣味だな」

「いいのよ。これくらいのことに慣れておかないと」

「身も蓋もない備えだな」

「それより、記憶はどれほど戻ったのかしら?」

「……嫌な記憶だけはよく思い出す」

 

 

俺は自分を嘲笑う。

思い出す記憶は、まるで俺に立ち向かえと言わんばかりに厳しい言葉を投げかける。

 

 

「琥珀、俺はお前から見て良い人間だったか?」

「私にはわからないわよ。貴方と旅はしてないから」

「そうか……」

「でも、貴方は誰よりも人間らしかった。それだけは言えるわ」

「人間らしい……これでも一応人間なんだけどな」

「あら。それは失礼したわね」

 

 

琥珀は無邪気に笑った。

そうだ。俺の記憶は自分で取り戻す。答えは自分で導いてこそ意味があるからな。

 

 

「ありがとな。琥珀」

「ここに住まわせてもらってる恩返しよ。気にしないで」

「……ところで、何しにここに来たんだ?」

「偶には太陽の下で寝るのも悪くないかなってね」

「そうかよ。好きにしろ」

「好きにさせてもらうわ」

 

 

互いにそう言って屋根に寝転ぶと、二人静かに眠りに落ちた。

 

 

 

 





人との繋がりの記憶を失おうと、優しさを忘れないお人よし。
そんな彼が妖狐の娘を助けたのは、いつもの気紛れだった。
それは記憶が同だとかの話じゃない。彼自身の本心からの行動だ。
彼は自分を知る者と出会うだろうが、決して自分からそれを聞こうとしない。
他人から与えられた記憶なんて、他人から見た自分でしかないのだから。
はたして彼の思い出は、いつになったら戻るのか?


次回予告
八人の正直者は、一人の嘘吐きによって殺され、楽園には誰もいなくなった。
東方幻想物語・妖桜編、『童歌と災厄と名も無き風』、どうぞお楽しみに。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。