東方幻想物語   作:空亡之尊

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月明かりと鏡と鵺的な本心

神無 優夜side

 

 

都で起こっている妖怪騒ぎ、もう一人の自分。

ここ最近、都で『もう一人の自分』の被害に遭ったという人間が多い。『もう一人の自分』についての話は様々で、自分の知らない所で悪事を働く、自分の本心をべらべらと語る、などなど…………。

 

話的には都市伝説のドッペルゲンガーに似ているが、あれとは違う意味で恐ろしい。

噂では帝もその被害に遭ったようで、『もう一人の自分』が都で好き放題に遊んでいたという。これでは、帝も面子丸潰れだ。

 

しかし、話を聞いていくうちに『もう一人の自分』の特性がよく分かった。

それは、元となった本人の本当の性格が表に出るというものだった。

現に『もう一人の自分』に出会った人間の中に、悪人だった奴が人助けをしていたり、守銭奴の貴族が貧しい人間に金を分け与えていた。

 

人の本性、それを良くも悪くも象った『もう一人の自分』。

悪でもなければ善でもない存在を、人は皮肉にも『妖怪』と呼んでいる。

 

 

「まったくおかしい話だよな」

『ああ。そうだな』

 

 

月明かりの下、俺は『もう一人の自分』と向かい合っていた。

『俺』はいつもと同じ格好で、同じように笑いながらそう言った。

自分の顔を客観的に見ると、なんだか奇妙な気分になるな。

 

 

「今回の一件、お前が主犯じゃないんだろ?」

『さあ? 俺はあくまで「俺」、「俺」の事以外は分からねえな』

「だろうな。まあ、主犯は慌てふためく人間を見て楽しんでんだろ」

『それなら分かる。今もこのやり取りを見て興味津々だ』

「ああ。なにせ、こんなにも平然としてる人間、どこにもいないだろうからな」

『同感だ』

 

 

俺と『俺』は互いに見合って笑い合った。

コイツも俺自身、面白い事にはとことん付き合い、馬が合えば一緒にふざける。

所詮、俺の本性なんてこんなもの。日々日常、本心むき出しにして生きてるからな。

 

 

『そして「俺」は、今でも目を背けるんだな』

「……やっぱり、そうくるか」

『解ってるだろ。俺は「俺」だぜ?』

 

 

『俺』は口元をニヤッとさせながら笑う。

そうだ。俺は知りたかったんだ。俺の本性が、どこまで俺を知っているのかを。

頭にはない記憶を、目の前の『俺』がどれだけ憶えているのか。それが目的だった。

 

 

『お前は思い出したくないんだよ。記憶を』

「思い出したくない?」

『そう。これはお前が選んだこと、自分から思い出を捨てたんだ』

「俺が……」

『そうだ。「俺」は罪を咎められ、否定することもできず、毒に身を委ねた』

「なるほど。記憶を失ったんじゃなくて、俺が捨てたのか」

 

 

『愛する者の命の上に立って、のうのうと生きるのは楽しかった?』

 

 

そんな記憶が俺の頭を過った。

心に深く刻まれた言葉、それは俺を嘲笑うような問い掛けだった。

 

 

『「俺」は愛する人を失った』

「そうだ。その命で俺は、今を生きている」

『その愛した人の名前を、思い出を、笑顔を、「俺」は憶えているのか?』

「憶えていない……思い出せない」

『そんな大事なものまで忘れるなんて、本当に情けないな』

 

 

『俺』は俺を見て嘲笑う。俺は頭に手を当て、月を見上げた。

呆れた。無理矢理奪われたと思っていたが、俺は自分から思い出を捨てたのか。

俺の罪がどんなものかなんて知らない。むしろ俺はそれを捨てたんだ。

でも、『本性』は憶えている。罪を忘却しても、その罪が許されることは無いのだと。

 

 

「呆れるぜ。本当に……」

 

 

忘れて楽になると考えていた俺。でも、それでも俺は苦しんでいる。

いらないデータを一斉に削除して、自分でも知らず知らずのうちに大事なデータまで削除してしまった。昔の嫌な経験を、俺は思い出した。

 

 

「ありがとよ。『俺』」

『どういたしまして「俺」』

 

 

『俺』が笑顔を浮かべると同時に、俺は思い切り拳を奴に叩き付けた。

すると、『俺』の身体にひびが入り、そこから蜘蛛の巣ように広がり、最期には綺麗なガラスの音を立てて砕け散った。

 

地面には紫色のガラスの破片が落ち、その上を一人の少女が歩いてきた。

右の後ろ髪が外に跳ねている黒髪のショートボブ、裾の短い着物の上に黒い羽織を身に纏っている。背中には鎌の様な赤い羽根と、矢印の様な青い羽根が生えている。

少女は俺の方を見ると、興味津々に笑った。

 

 

「あらら。お気に入りの奴だったのに」

「悪いな。これが俺なりのけじめのつけ方なんだ」

「でもお兄さん、中々面白いね」

「それはどうも。お前こそ、面白い手品だな」

「暇潰しに思い付いたのを人間相手に試してただけよ」

 

 

少女は鏡の破片を拾い上げると、破片は影も形もなく消え去った。

 

 

「紫色の鏡は偽りの姿と真実の心を写す。だから人は無意識にそれを嫌う」

「だから、人間が自分の本性と対面した時、どういう反応をするかを観察してたのよ」

「それで、どうだったんだ?」

「面白かった。この一言に尽きるね」

 

 

少女はそう言って笑うと、店が閉まった甘味処の長椅子に腰を下ろす。

 

 

「表では人の良い人間、悪事を働く人間。でもそれは鏡に映った偽りの姿。

裏では人を見下す人間、本当は優しい人間。それは鏡に映った真実の心。

 人間は上っ面だけを見て生きてるけど、一度その人の本性を目の当たりにすれば、その態度や感情は大きく変わる。妖怪よりも、人間の方がよっぽど不思議な存在よ」

 

 

少女は語り終えると、俺へと目を向ける。

 

 

「でも、お兄さんはその本性と真正面から立ち向かった」

「立ち向かうなんて、俺はただ確かめたかっただけだ」

「でも多くの人間は、『もう一人の自分』を見てもそれが自分だと認めなかった」

「まあ、人に見られたくないものを胸張って見せられないものさ、人間ってのは」

「生き辛い生き物だね。まったく」

 

 

少女は溜息を吐いた。

妖怪にここまで言われるとは、人間もまだまだだということだろう。

 

 

「しかし、まさか私の術を破るとは思わなかったわ」

「いや~自分にムカついて殴っただけだよ」

「え?」

「ほら、本当なら俺自身を殴りたいけど中途半端に手加減しそうだったから」

「そんな理由で……私の術が……」

 

 

少女は見るからに落ち込んだ。羽根もゲッソリと項垂れている。

一応見下していた人間にこうもあっさりと破られれば、まあ落ち込むだろうな。

俺は彼女の頭に手を置くと、優しく撫でた。

 

 

「何してるの……?」

「慰め」

「うぅ……屈辱だ」

「まあまあ、その屈辱を乗り越えれば楽になる」

「乗り越えた奴だけがそういう台詞を言えるのよ」

「これは手厳しい」

「でも、そういう台詞は嫌いじゃないわ」

 

 

少女はにっこりと笑った。

 

 

「ところで、一つ聞きたい」

「なに?」

「ここ最近起こってる殺し、何か知ってるか?」

「あれね。解ってるとは思うけど、私達妖怪の仕業ではないわ」

「何でそう言い切れる?」

「妖怪なら自分から名乗りを上げる。その方が恐れられるからよ」

「なるほど」

 

 

妖怪は怖れられれば恐れられるほど、その強さを増す。

青娥が言っていたことは、どうやら間違いではないみたいだ。

 

 

「それに、わざわざこの都の東西南北の場所で殺すなんて、面倒なことはしないわよ」

「だろうな。お前らはそういうのは面倒臭がるしな」

「まあ、私たちは気ままに悪戯しておくとするわ」

「調子に乗ったら俺が退治してやるから。安心しろ」

「それは洒落にならないわね」

 

 

彼女はそう言って立ち上がった。

 

 

「あ、そういえば名前、聞いてなかったね」

「神無 優夜だ。君は?」

「『封獣 ぬえ』、悪戯好きな妖怪だよ」

「鵺なのに名前はぬえ……安直すぎないか?」

「適当でいいのよ。名前なんてそう呼ばれることもないんだから」

 

 

ぬえは小さく笑うと、俺に背を向けて歩き出した。

 

 

「それじゃあね。優夜」

「ああ。機会があったらまた会おうぜ」

「その時は面白い話、期待してるよ」

 

 

鵺はそう言い残すと、黒煙となって闇の中へと消えていった。

俺はその場で踵を返し、痛む拳をさすりながら屋敷へと帰っていった。

 

 

 

 





紫色の鏡の都市伝説、今時信じている人はいるのでしょうか?
もしも二十歳になる方が居るのでしたら、一応「白い水晶」も書いておきます。
しかし、ぬえさんも困った方ですよね。自分そっくりの影なんて。
僕は鏡で自分を見るのさえ嫌いだというのに、ゾッとしない話ですね。
まあ、実際に被害に遭った人もいないので良い方ですが、面白いですよね。
人が最も恐れるのは、心ない嘘よりも、真実なのかもしれません。
案外、どこかにいるかもしれませんよ? 自分の本音を語る、もう一人の自分が。
ほら、アナタの傍にも………………なんて。陳腐ですね。


次回予告
一匹の狐の義賊行為、それは衰えた母の為、その母はかつて彼と出会った妖狐だった。
東方幻想物語・妖桜編、『逃走と慰みと狐の母娘』、どうぞお楽しみに。


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