神無 優夜side
幽々子の屋敷に居候して数日が経った。
これと言って記憶が戻る気配もなければ、アイツが現れる気配もない。
妖忌の朝練に無理矢理付き合わされ、幽々子の話相手として聞き役に徹したり、桜良の料理改善の為に何度も死の淵を彷徨ったりと、退屈はしない日々を送っていた。
そんなある日、屋敷に在る食材が底を尽きた。
三人に相談すると、三人とも都に行くことを遠回しに嫌がっていた。
まあ、この屋敷の噂を考えれば無理もないか。仕方ない、俺が言ってくるとしよう。
再和にも、幽々子の親父さんが残してくれた財産は余裕に在る。余計な事は考えずに済みそうだ。
そういうことで平安京にやってきたわけだが、少し予想外だった。
食材を買いに行っても、店先の人は通常通り。むしろ顔が良いとかなんとか言われて安く売ってもらった。
てっきり邪険に扱われると思っていたが、今の都はそれどころではないらしい。
なんでも、ここ最近この都で妖怪騒ぎが後を絶たないらしい。
帝が雇った陰陽師も、皆次の日には物言わぬ屍となって見つかっているとか。
「物騒な世の中だな。あ、お姉さんお団子一人前」
「は~い」
都で美味しいと評判の甘味処に立ち寄り、俺は店先に座って休憩していた。
道行く人達を眺めていると、みんな心なしか怯えているように見えた。
妖怪に怯えるのは人の性だが、何故か俺の心はもやもやとした嫌な気分になる。
「人間と妖怪、か……」
「まあ、これが普通の光景でしょうね」
「人間は妖怪を忌み嫌い、退治する。妖怪を人間を襲い、恐れられる。ってことか」
「そういうものね。故に、あの理想郷は幻想的に見えるのね」
「理想郷……」
俺は自分がいつの間にか会話していることに気付き、すぐ隣を見た。
そこにはいつの間にか女性が団子食べながら座っていた。
ウェーブのかかったボブの青髪。髪の一部を頭頂部で∞の形に結い、袖が膨らんだ半袖の水色のワンピースを着て、結い目にはかんざし代わりに鑿(のみ)を差している。どこか妖しい感じの人だと直感がそう告げた。
「初めましてかしら。神無優夜様」
「アンタが言うなら初めてだな。何処かの誰かさん」
「『霍 青娥』ですわ。貴方の事は随分昔に太子様からお伺っていますわ」
「太子?」
「おや? 豊聡耳神子様を忘れですか?」
「ああ。ちょっとした事情でな、出会った奴等の記憶が無いんだよ」
「それはそれは……」
青娥と名乗った彼女は、面白そうに口を歪ませた。
何故だろうか。彼女とは本当に初めて出会ったはずなのに、俺の本能が無意識に警戒している。もしかしたら、彼女の悪評をどこかで聞いたことがあるのか?
そんな事を考えていると、青娥の隣にもう一人女性がいることに気付いた。
肩程度の長さの暗い藤色の髪、袖が広口の赤い中華風の半袖上着に黒色のスカートを履いており、星型のバッジが付いた、青紫色のハンチング帽を被っている。顔に御札を張ってるのと血色が悪くて物静かなところ以外は普通に見えた。
「もしかして連れか?」
「ええ。『宮古芳香』、私の可愛い」
「死体か」
「よくお分かりで」
「記憶を失っても、生者と死者の見分けぐらい付く」
「ふふ。流石、太子様が褒めていただけはありますね」
青娥は芳香を自分に抱き寄せると、頭を優しく撫でた。
芳香と目が合うと敵意の籠った目で睨み返されたが、怖いとすら思えなかった。
「ところで、さっきの話なんだが」
「理想郷の事ですか?」
「ああ。話だと、人間と妖怪が暮らしてるみたいな言い方だったから」
「その通りですよ。人間好きなスキマ妖怪が、人間と協力して創ったらしいです」
「不思議なこともあるんだな。で、実際はどうなんだ?」
「これが意外にも上手くいってるようで、その妖怪も、伊達じゃないそうです」
青娥は運ばれてきた団子を頬張りながら語ってくれた。
最初は人間だけが住む小さな里だったが、スキマ妖怪がその土地を納める人間の祖先と仲が良く、里の人間も妖怪に対して多少友好的で、理想郷の要となる場所を探していた彼女がそこを選んだ。
彼女は行き場を失くした他の妖怪を受け入れ、里の人間もそれを受け入れた。噂によれば、数百年前に鬼退治の被害に遭った鬼たちも移り住んでいるとか。
しかし、理想郷に害なす者は彼女によって排除される。
そんな彼女の力を盤石にしたのは、数日前に起こった月への侵攻だった。
増長した妖怪たち、それらが住まう場所を求めに彼女は月へと侵攻することを提案した。彼女は地上と月を繋げて向かったが、結果は敗戦。妖怪たちは全滅した。
しかし、この影響で各地の妖怪たちは自分の領域から出ることは無くなった。それと同時に、彼女の力は人間と妖怪に知れ渡り、理想郷を護る抑止力となった。
「この話の裏では、力を増して厄介になった妖怪を一掃するのが目的だったと噂されてますね。結局は、理想郷なんて誰かの犠牲の上に立つ、血に汚れた夢でしかないんですよ」
「そうかもしれないな。でも、それをお前が言えないだろ?」
「ごもっとも。陰口なら、そこらの子供でも言えることですからね」
青娥はそう言って一緒に頼んでいたお茶を一口飲んだ。
「妖怪と言えば、この都で噂される妖怪についてご存知で?」
「いや。ただ、陰陽師が何人か殺されたってだけだな」
「実はですね、妖怪騒ぎと陰陽師の死、関連性は無いに等しいですよ」
「どういうことだ?」
青娥は一呼吸置くと、俺に聞こえるギリギリの声で語る。
「羅生門から聞こえる歌、貴族だけを狙う妖狐の盗み、もう一人の自分。
妖怪騒ぎと言っていますが、私から見れば所詮はただの悪戯です」
「しかし、現に帝は腕の立つ陰陽師を呼んだ。なんかおかしいな」
「殺された場所はそれとは関係のない場所。都を囲む東西南北で死体は見つかった」
「東西南北……四神相応に当てはまるな」
「都の人間は妖怪がやったと思っているようですが、私は違うと思っています」
「なぜそう言い切れる?」
「勘、と言えば納得してくれますか?」
青娥はにっこりを笑いながら俺にそう言った。
ふざけた回答だと思うが、俺は今の彼女の言葉を信じたかった。
「勘なら仕方ない」
「お人好しですね。そんなでは、すぐに騙されますよ?」
「アンタみたいな人に言われると、説得力が違うな」
「ふふ。それじゃあ、私たちはここで失礼します」
青娥が立ち上がると、隣に居た芳香もその後に続いて立ち上がる。
「神無様」
「なんだ?」
「記憶というものは、案外単純なものでもないようです」
「どういう意味だ?」
「うちの芳香も、御札を剥がすと生前の記憶になぞって行動する。
頭は腐って憶えることも苦手なのに、昔の記憶だけは鮮明に覚えている」
「たしかに、記憶ってのはよく分からないものだな」
「だから、貴方様の記憶も、案外あっさりと戻るかもしれませんね」
「そうだと良いんだけど」
「それでは、私はこれで。また会いましょう」
青娥はそう言ってその場を後にして立ち去った。
芳香はその後ろを雛鳥のようについていく。なんだか微笑ましい光景だった。
「妖怪とは別の何か……」
この都には、妖怪以上に厄介な奴が潜んでいるということだろうか。
もしかしたら、そいつが俺の記憶を………………。
俺は一抹の不安を抱きながら、屋敷の帰路へと着いた。
意外と絡みが無かった邪仙とキョンシーのお二人。
彼女は優夜の事を太子様から聞いていたみたいですが、果たしてどんな話やら。
しかし、都で起こっている謎の殺人。妖怪以外の者の仕業だとか。
次回からは少しばかり、その妖怪たちとの邂逅と再会。
話が変わりますが、どうやらどこかで人間と妖怪が共に暮らす理想郷があるようです。
彼はその話を聞き、何を思ったのでしょうね?
次回予告
羅城門の鬼の歌、それはまだ来ぬ待ち人の為に…………ほら今夜も聞こえてくる。
東方幻想物語・妖桜編、『羅城門と後悔と泣いた童子』、どうぞお楽しみに。