神無 優夜side
妖忌との戦闘後、俺は幽々子に連れられて彼女の部屋へと通された。
やはりお嬢様だからだろうか、他の部屋と比べて広い。しかし、ただ広いだけでどこか物寂しく感じたのは気のせいだろうか。
目の前には美味しそうに饅頭を頬張る幽々子と、その左隣で桜良も饅頭を食べ、右隣では妖忌がお茶を飲んでいる。なんとも和やかな光景だ。
俺は出されたまんじゅうを食べながら、幽々子に話しかけた。
「なあ、幽々子」
「な~に?」
「何で俺を此処に連れてきた?」
「何でって、お話したいからよ」
「話って……これでも記憶喪失だから面白い話なんて聞けねえぞ?」
「いいのよ。私は話相手が欲しいだけだから」
「だったらそこの二人でもいいだろ?」
「それもそうなんだけど~」
幽々子の言葉に、両隣の二人はそっと目を逸らした。
「妖忌はいつも鍛錬で相手にしてくれないし、桜良はいつも謝ってばかりでお話しできないのよね~」
「お前ら……」
「それは幽々子様を護るためにやむを得なく……」
「うぅ……お嬢様がそんな事を思ていたなんて、すみませんすみません」
両社それぞれの言い分を聞き、俺と幽々子は溜息を吐いた。
まあ、妖忌は根っからの剣士みたいだから解かるが、桜良の方は性格が問題だな。
ただでさえ主人と従者の関係だ。無意識に距離が空いているのかもしれない。
「まあ、そういうわけだからしばらくの間だけでもいいから私の話し相手になって♪」
「いや、でも俺は……」
俺は彼女の頼み事に返事をするか迷った。
俺がここに居れば、俺から記憶を奪ったアイツがまた現れるかもしれない。
幽々子たちを、俺の勝手な事情に巻き込みたくない。そう思った。
「迷っているのか」
「え?」
俺の心境を読んだように、妖忌はそう言った。
「なんで、そう思った?」
「お主が部屋から出てきた時の顔を見てそう思ったんだ」
「部屋から……じゃあ、俺に喧嘩を吹っ掛けたのは」
「お主が何で悩んでいるのかを、斬って知りたかったのだ」
「どういう意味だよ」
「真実は眼に見えない、耳に聞こえない、真実は斬って知るもの。らしいです」
「だから戦って俺の心を知りたかったっていう事か」
「妖忌さんの悪い癖です」
「刃を交わし合えばその者の事が分かる。そう考えているからな」
「一歩間違えたら辻斬り魔だな」
「何を‼」
「やめなさい」
身を乗り出そうとする妖忌の頭を、饅頭を咥えた幽々子が扇子で叩いた。
ああ、妖忌が痛そうに頭を押さえている。桜良はそれを見てその周りで困惑としている。
「ま、まあ……お主と戦って分かったこともある」
「なんだ?」
「何の為に戦っているのか、お主はそれを見失っている」
「戦う意味、ってことか……」
妖忌にそう言われ、俺は記憶を辿る。
戦う意味、確かに今の俺には、俺の記憶を奪った奴を見つけ出す以外に目的は無い。
けれど、それで終りなのか? 俺にはもっと重要な事があるんじゃないのか?
何の為に戦っていたのか、誰を護ろうとしたのか、俺は思い出さなくてはならない。
「急いては事を仕損じますよ。ユウヤさん」
「解ってるよ。解ってる、でも、俺はもう……」
「他人を巻き込みたくない。ですか?」
「……どうしてそう思った?」
「ユウヤさん、妖忌さんと戦う時にわざわざ私から距離を置いてましたから。
多分無意識ですけど、私が戦いに巻き込まれないようにしたんだと思ってます」
「買い被るな。さっき出会ったばかりの人間を、信じすぎだ」
「でも、私はユウヤさんのことを信じてますから」
桜良は無邪気な笑顔を俺に向けた。
なんでだろうな。コイツとは初めて会う筈なのに、どうして懐かしいと思うのだろう。
俺の忘れた記憶によく似た人がいるのか、それとも………………。
「なあ、幽々子」
「なに?」
「俺はここに居て良いのか? お前らに迷惑を掛けるかもしれないのに」
「構わないわ。この屋敷は、三人だけでは広すぎるわ」
「え?」
「それに、面倒事なら私も負けてないと思うわよ?」
「どういう意味だよ」
「幽々子様、それは」
妖忌は幽々子を心配そうに見つめるが、桜良が俺に問いかけた。
「この屋敷で気付いたことは無いですか?」
「……そういえば、お前ら以外に人の気配がしないな」
「そうです。この屋敷に仕えていた人たちは、みんな離れていってしまいました」
「何があったんだ?」
「……お嬢様、良いですか?」
「ええ。遅かれ早かれ、この人にも知ってもらわないと」
幽々子は悲しげな眼でそういうと、三人は語りだした。
「すべての始まりは、お嬢様の御父上である歌聖の死から始まりました。
あの人は生前までこよなく愛していた桜の木の下で死ぬことを望みました。
望みは叶いましたが、それからその桜に不可解な出来事が起きるようになりました」
「不可解な出来事?」
「あの方は多くの人に慕われ、死しても尚ここに訪れる者は多かった。
だが同時に、来る者は皆あの方が死んだ桜の木の下で自害していった。
その桜は次第に死んだ者の生気を吸い取り、今では妖怪と成り果てている」
「妖怪の桜……」
「その影響で、私は無意識に人を死に誘う能力が憑りついた。
周りの人達は私のことを恐れてここを出ていったってことよ。
唯一、能力が効かない妖気と桜良が残り、この屋敷はこんなにも寂しくなったのよ」
語り終わった三人は揃って溜息を吐いた。
半人半霊の剣士に気の弱い庭師、そして死に誘う姫君、なんとも濃いメンバーだ。
なんとなくだが以前もこれ以上に濃い奴等と面識があるような気がする。記憶を失っても、そこら辺の既視感は心に残っているということだろうか。
「さて、ここまで聞いても、貴方程度で迷惑に思うとでも?」
「思わねえよ。こっちの方がよっぽど面倒じゃねえか」
「なら、さっきの答えを聞いてもいいかしら?」
「いいよ。助けてもらった上に、身の上話を聞いたんだ。恩返しはするさ」
「ふふ♪ ありがとう」
幽々子は扇子で口を隠しながら笑う。
「とりあえず、俺にできる仕事はあるか?」
「あら、何もそこまでしなくても」
「居候する身なんだ。何かしないと気が済まない」
「変なところで意地を通す奴だな」
「これでも根は真面目なんだよ。自分で言うのも変な話だが」
「でも、この屋敷に居ても特にすることもないですよね?」
そこに居た全員が腕を組んで考えていると、沈黙を破るように誰かの腹の音が響いた。
俺は反射的に幽々子を見たが、彼女は隣へと目を向けていた。
「桜良……」
「あ、あはは……そう言えばもうお昼でしたね」
「そうだったな。今日の当番は誰でしたか?」
「あ、私ですね」
桜良が手を上げると、その他の二人の動きが止まった。
表情は平常を保っているが、まるで何かに怯えるように身体が小刻みに震えていた。
なんだろう、こういう光景をラノベで………………あ(察し)。
「桜良、俺が代わりにやるよ」
「「え?(歓喜)」」
「え? いいんですか?」
「一部の記憶以外なら問題ないから。それに、アンタらにもお詫びしたいんだよ」
「なら任せますね。あ、台所は部屋をで左です」
「解った」
その後、俺が作った料理を食べた幽々子から、しばらくの間ここの料理係を任されるようになった。ちなみに妖忌は滅茶苦茶喜んでいた。
後から聞いた話だが、桜良の料理は破滅的らしく、食った後は三途の川が見えるとか。
もはや生物兵器だな。どうやったらそんなもの作れるんだよ。
不思議な屋敷に迷い込んだユウヤは、そこで三人の人間と出会った。
真実は斬ってみなければわからないという、ちょっと危なそうな堅物な剣士。
可愛らしいがちょっと気弱で、自分を卑下する庭師。
そして、陽気で掴み所のない性格をした屋敷の主は、死に誘う姫君だとか。
毎年春には満開になる西行妖は、人を殺す死神へと変わる。
そんな場所で、優夜は一体何を見つけることができるのか?
そして、どこに行っても料理担当になるその運命を変えられるのか?
次回予告
平安京へと出掛けたユウヤは、そこで彼は不思議な仙人と死体に出会う。
東方幻想物語・妖桜編、『妖怪と噂と道を外した仙人』、どうぞお楽しみに。