東方幻想物語   作:空亡之尊

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第5章『桜散らす名無しの風』
邪神と屈辱と失われた力


神無 優夜side

 

 

草木も眠る丑三つ時、月照らす樹海で俺と邪神と戦っていた。

 

迫り来る無数の赤黒い触手、俺はそれを『月美』で斬り払いながら距離を取っていた。

一瞬の隙を突いて『星羅』で彼女を狙撃するが、それは彼女の黒い扇子で弾かれる。

『光姫』で触手の動きを封じようと思っても、思った以上の力ですぐに振りほどかれる。

 

俺の方が一方的に攻撃しているのに対して、彼女は表情を変えず、楽しげに笑っていた。

それを見て俺は余計に苛立ち、距離を詰めようと彼女に向かって走る。

 

一気に距離を零にすると、俺は彼女に向けて刃を振り下ろした。

しかし、それは彼女の下まで戻ってきた触手の束によって防がれた。

 

 

「これで終わりかしら? 神殺し」

「うるせえ……‼」

 

 

火花を散らしながら競り合う向こうで、彼女は笑う。傲慢に不遜に、ただ笑う。

闇夜の中でもはっきりと解る肩まで伸びた長い黒髪、裾に行くにつれて暗くなっていっている黄色のチャイナドレス、両手には血飛沫の模様が描かれた黒い扇子を持っている。

 

 

「こんなのじゃ、あの人を倒すなんて夢のまた夢ね」

「黙れよ……膨れ女‼」

 

 

俺は触手を押し込むが、一向に均衡は彼女に傾いたままだった。

膨れ女、ニャルラトホテプの化身の一人、黒い扇の女神、五つの口が奏でる凱歌。

華麗で気品ある女性見えるのは仮の姿、本性は人を貪る凶悪な邪神だ。

 

 

「言っておくけど、私の名前は『黒扇(くろか)』よ。憶えておきなさい」

「知るかよ……‼ それより、聞きたいことがある」

「何かしら?」

「てめえ……いったいどれだけの人間を喰らいやがった」

 

 

俺は彼女にそう問いかけた。

彼女からは異様なほど血の匂いがした。それも動物のではなく、人間の血の匂いだ。

彼女はわざとらしく考える仕草をすると、口元をニヤつかせてこう答えた。

 

 

「貴方は、今までに食べた食材をいちいち憶えているのかしら?」

「……!?」

「たしか、こう答えるのが常識なのよね?」

 

 

月明かりに照らされて、彼女の口元が露わになる。

そこには、鮮やかな赤い血が彼女の口にべったりと着いていた。それは返り血などではなく、つい先ほどまで誰かを喰らっていたという証拠だった。

見せつけるように彼女は笑うと、ハンカチで口に付いていた血を拭き取る。

 

 

「それにしても、実際に見ると意外といい男ね」

「なに……?」

「『あの人』の魅力には到底及ばないけど、わざわざ会いに来た甲斐はあったわ」

「じゃあ、なんでお前は人を……」

「ふふ。こうやって挑発すれば、貴方も本気になってくれると思ったからよ」

 

 

彼女は嬉しそうに笑いながら、触手で俺を弾き飛ばした。

仰け反った俺に追い打ちを掛けるように、鎌の形をした触手が猛攻を繰り出してきた。

 

 

「何が目的でお前は……‼」

「目的なんて無いわ。ただ、貴方と話したいだけよ」

「そんなことの為に、お前は……‼」

「手段の為なら、目的なんて選ばないどうしようもない奴が居るってことよ」

 

 

まるで簿風のように絶え間なく繰り出される鎌の連撃に、俺は徐々に押され始めてきた。

だがそれ以上に、彼女の発する言葉一つ一つが気に障って集中できていなかった。

 

 

「でも、人を食べるのは私の日常だから、意味が無いわけでもなかったわね」

「うるせえ……‼」

「その中でも女の子は特に美味しわよ。あの柔らかい肉の触感、堪らないわ」

「うるせえよ……‼」

「死に際に泣いて命乞いをする姿なんて食べちゃいたいくらい愛らしいののよね。

 まあ、そう思った時にはすでに私が食べているのよね。あゝ、なんというジレンマ」

「うるせえって言ってるだろ‼‼」

 

 

俺は触手を弾くと、至近距離で『星羅』の引き金を引いた。

銃弾は彼女の周りを変則的な軌道で飛びまわり、彼女の背後に着弾した。

だが、それでも彼女の笑みは崩れない。それどころか、銃弾は彼女の身体を突き破って俺の肩へと被弾した。

 

 

「……!?」

「言ってなかったけど、私を殺すには工夫がいるわよ」

「はあ……はあ……」

 

 

俺は息を切らしながら肩を抑える。

生暖かい血が絶え間なく流れ、腕を伝って地面へと流れ落ちていく。

 

 

「それにしても、貴方を愛した女も不幸よね」

「なんだと……‼」

「貴方が居なければ、苦しんで死ぬこともなかったのに」

「黙れ‼ 殺したのはお前らだろ……‼」

「そうね。なら、何で私達を殺しに来ないのかしら?」

「なに……」

「本気で殺したいなら、貴方のご自慢の能力で私たちを探すのなんて可能よね?」

「それは……」

 

 

思ったように声が出ない、言葉を吐き出そうとしても、本能がそれを止める。

彼女は俺に首を掴むと、近くにあった大木へと俺を叩き付ける。

 

 

「夢にまで見た人に会えて嬉しかった? 仲良くお話できて楽しかった?

 カッコ良く戦えて満足した? 悲劇の主人公を演じてみんなに同情はしてもらえた?」

「……!?」

「愛する者の命の上に立って、のうのうと生きるのは楽しかった?」

「そんな……こと……」

「ない? そうよね、貴方は人でもなければ化け物でもない。それを受け入れたのよね」

 

 

彼女の手に力が入り、ギリギリと首を絞めていく。

 

 

「人間からも妖怪からも慕われて、さぞ良い気分だったんでしょうね。

 お陰で人間の間では英雄、妖怪からは最強と畏怖されている。滑稽な話よね」

「くっ……て、めぇ……」

「貴方が戦う理由は、そこに復讐するべき相手がいるから。

 自分が周りを不幸にすることを知っても尚、貴方は復讐を続ける。

 他人の命より復讐を優先するような奴が、綺麗事で偽善を騙らないでほしいわね」

「違……俺は…」

「貴方は英雄でも最強でもない。愛する人一人も救えない、ただのちっぽけな人間よ」

「うる、せえ……」

 

 

彼女は俺に顔を近付けると、狂気に彩られた目で俺を覗き込む。

彼女の声を聴いていると、心臓を鷲掴みされたような感覚に陥った。

 

 

「愛する人を奪われた哀れな旅人。苦しみを背負ったまま、貴方はどこへ向かうの?」

 

 

『月美』『星羅』『光姫』が光となって消える。

 

 

「復讐のために生きている貴方には、あの人を殺した後に何が残るというの?」

 

 

呼吸が乱れ、目の前が霞んでいく。

 

 

「幻想のように明るい希望を抱いても、この先には絶望しか待っていないというのに」

 

 

彼女の言葉は、猛毒のように俺の心を蝕んでいく。

手も足も、刃や言葉さえも彼女には全く届くことは無い。

 

 

「全部忘れて楽になりさない」

「全部……忘れる……」

「辛い思い出も、見苦しい偽善も、無駄な復讐も、実らない恋も、全部捨てなさい」

 

 

彼女はそういうと、俺に口付けをした。

口の中に甘い血の味がすると、俺の意識が暗闇に沈んでいく。

 

彼女が口を離すと、俺はその場に力無く座り込んだ。

そのとき、彼女の手には月が描かれた黒いカードが握られていた。

 

 

「貴方から奪ったのは、今まで紡いできた人との繋がり。

 忘れたいと願ったの貴方、でも、貴方の罪が消えることは一生無い。

 まあ、今の貴方には何も理解できないでしょうね。私が何者か、自分の生きた意味も」

 

 

彼女はそう言ってその場を立ち去った。

 

 

「誰だよ……アイツは……?」

 

 

見知らぬ女性が立ち去った後、俺は後ろに倒れた。

なぜか肩には銃弾の痕、身体中には斬り裂かれたような跡があった。

どうしてここに居るのか、何でこんなに疲れているのか、何もわからない俺は眠るように目を閉じた。

 

 

 

 

 

???side

 

 

暗い暗い樹海の奥、そこに黒扇はいた。

手には先ほど優夜から奪った記憶のカードと、黒いスマホが握られている。

 

 

「何を考えているの」

 

 

彼女の背後に、赤の女王が現れる。

その表情は、どこか焦っているようだった。

 

 

「何って、ゲームよ」

「ゲーム?」

「そう。今まで単調だった物語に、少しだけ刺激を加えただけよ」

「勝手な事を……『美命』にバレたらどうするつもり?」

「そこは貴女が上手くやって頂戴。私はやるべきことがあるから」

 

 

黒扇は彼女にカードを投げ渡す。

 

 

「どうしてこれを私に?」

「私にはそんな記憶いらないわ。持ってるだけで目が痛くなるんだもの」

「要らないのなら捨てばいいでしょ」

「嫌よ。何処かの誰かがこれを見つけたら、偶然、奇跡的に彼のところに辿り着くわ」

「そんなご都合的な事は起きないわよ」

「解からないわよ。現実は小説よりも奇なり、ってね」

「くだらないわね」

「まあそれの処分は貴女に任せるわ」

 

 

黒扇は暗闇の中へと消えていく。

 

 

「それでもその記憶が彼の下に辿り着くようなら、それは奇跡だと私は思う。

 貴女が私を裏切るなんて、そんな事はありえない。少なくとも私はそう思っているわ」

 

 

黒扇はそう言い残し暗闇へと姿を消した。

 

 

「遠回しすぎるのよ。バカ」

 

 

赤の女王はそう呟きながら月を見上げた。

 

 

 

 

 




今回からはタイトルをオーズ風に、というよりバカテスですね。
まあ、そんな事は置いといて、次は居はかなりの急展開。
心を掻き回され、邪神に敗北し、記憶を奪われたユウヤ。
果たしてこの先彼を待ち受ける運命とは?
偽りの邪神たちが企む本当の目的とは?
そして僕は、この一人きりであとがきが務まるのか?
そこんところも、乞うご期待してくれれば幸いです。では、ごきげんよう


次回予告
記憶を奪われ、目覚めた場所は屋敷の中、そこで出会った少女との一波乱。
東方幻想物語・妖桜編、『忘却と出会いと双花の少女』、どうぞお楽しみに。


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