八雲 紫side
あれからいくら時間が経ったのか、私にはわからない。
降りしきる雨に打たれながら、私は木に寄り掛かりながらそんな事を思った。
優夜さんの元から離れ、自ら掲げた理想郷設立の為に、私は日本全土を東奔西走した。
でも、誰も私の話に耳を傾けてはくれない。人間も妖怪も、誰一人………。
それどころか逆に攻撃され、反撃したら恐れられて、はいお終い。
それもそうだ。私は人間から嫌われ、妖怪からも蔑まれれた存在だったのだから。
私がやっていることは無駄かもしれない。
人間と妖怪が共に暮らせる世界なんて、幻想物語(ゆめものがたり)なのかもしれない。
でも、諦めるわけにはいかない。
あの人と約束したんだ。いつかその理想郷をその目で見せると、実現させてみせると。
すべてを受け入れるというのは、とてもとても残酷な話。
それでも、拒絶された者達の心の拠り所になれるのなら、私は耐えてみせる。
それが、私があの人にできる唯一の恩返しなのだから………………。
そこで私の意識は途切れた。
少 女 祈 祷 中
「………ここは?」
目を覚ました時、私がいたのはあの雨の森の中ではなく、どこかの屋敷の一室だった。
寝かされていた布団から起き上がると、私は自分の服装が仕立ての良い着物に変わっていることに気付いた。
「どうなってるのよ………?」
私は今自分が置かれている状況に混乱していると、何の前振りもなく襖が開いた。
「あら、お目覚めになりましたか?」
襖を開けて現れた少女は、私を見て微笑んだ。
私は少女の姿を見て目を見開き、そしていつか出会った少女の名前を口にした。
「あ、阿礼……!?」
「え?」
「あ、いえ………何でもないわ」
少女が目を丸くした直後、私は適当に笑って誤魔化した。
なんてことを言いだすのよ、あれから百年も経ってるのに阿礼がいるはずないのに。
でも、目の前の彼女はあの日一緒に居た稗田阿礼の面影を重ねてしまう。
「ところで、ここは何処かしら?」
「ここは私の屋敷です。森で倒れているところを、屋敷の人間が見つけました」
「そうなの。悪いわね」
「いいえ。困っている人を見捨てられなかっただけです」
「優しいのね。でも、気を付けないといけないわよ」
「なぜですか?」
「もしもその助けた人間が妖怪だったら、今頃貴女も食べられてるだろうから」
「それは怖いですね」
言葉ではそう言っているが、彼女は一切怖がってなどいない。
怖さを知らない子供だからというわけじゃない、本当に妖怪を恐いと思っていないようだ。
肝が据わってる。そんな言葉が私の脳裏をよぎった。
「そういえば、私の服は………」
「はい。雨で汚れているようだったので、洗ってあります」
「何から何まで悪いわね」
「気にしないでください。ところで、あの服はどこで仕立てられたんですか?」
「大事な人からの贈り物よ。私の命の次に大事なものよ」
「………それは、素敵ですね」
彼女はそう言って微笑んだ。
あの人から受け取ったもの、失くしてなくてよかった。
「あの………」
「なに?」
「お名前、お聞きしてもよろしいですか?」
「……八雲 紫よ」
私がそう答えると、彼女は目にも止まらぬ速さで私に近付いた。
「やっぱり‼ 記憶にある通りだったんですね‼」
「え? どういうこと、記憶? いえ、それより何で私の名前を………」
興奮して私の手を握ったまま目を輝かせている。
なんだか、見れば見るほど阿礼と同じね。まるで他人とは思えないわ。
「ねえ、色々と聞きたいことはあるのだけど」
「はい。何でしょう?」
「貴女、名前は?」
「これは失礼しました。私、稗田家の今代当主をしております、稗田 阿一と申します」
彼女、阿一は私から離れると礼儀正しく頭を下げた。
稗田家の当主、阿一…………やっぱり、阿礼の子孫だったのね。
「通りで、よく似てるわけね」
「そんなに阿礼様と似てますか?」
「ええ。よく似てると思うわ」
「何だか照れますね」
阿一は照れ臭そうに頭を掻いた。
でも、やっぱり私にはいくつも疑問に思うところがあった。
「そういえばさっき、記憶にある通りって言ってたけど、どういう意味かしら?」
「あ、それはですね。私、どうやら先代様の生まれ変わりみたいで、その記憶を受け継いでいるみたいなんですよ」
「本当かしら? 実は阿礼がこっそり書き残した書物を見たとかじゃないでしょうね?」
「本当です‼ その証拠に、紫さんと先代様しか知らないことも覚えているんですよ」
「たとえば?」
「………優夜さんがかぐや姫の難題で旅に出ていた時、ルーミアさんを加えた三人で夜に」
「わかったわ。貴女の話を信じましょう」
私は阿一の肩に手を置いてその後の言葉を止めた。
何故だか分からないけど、これ以上言われると私たちの存在が消されそうだわ。
でも、どうやら本当みたいね。わざわざあの子がそんな出来事を書き残すなんてことしないでしょうに。………でも、ある意味忘れたい出来事よね。
「その記憶、どこまで覚えてるの?」
「途切れ途切れですけど、優夜さんという方との記憶が一番鮮明に覚えていますね」
「ふふ。それは面白いわね」
「私もいつか会ってみたいです」
「そうね………都合がいい時に会わせられるかもね」
「是非‼」
「はいはい。解ったから、そんなに顔を近付かないで」
阿一を遠ざける時、私はある事に気付いた。
「ね、ねえ。貴女、私のことを知っていたのよね?」
「だからそう言ってるじゃないですか」
「……なら、何で私を“受け入れたの”?」
私は阿一にそう尋ねた。
私を妖怪だと彼女は知っていた。それなのに、何で彼女は私を受け入れたの?
その屋敷の人間も、私の特徴くらいは知っていたはずなのに、何で助けたの?
今まで拒絶され続けてきた私には、目の前の優しさが怖かった。
私の不安をよそに、阿一は呆気ない声で答える。
「そんなの、紫さんが優しい妖怪だって知ってるに決まってるじゃないですか」
「え?」
「周りの迷惑なんて考えない他の妖怪ならともかく、紫さんは人間が大好きな妖怪だって、先代様も理解していましたから。それを私たちは信じたまでです」
「呆れるくらいお人好しね」
「それでも、私たちは構いません。すべてを受け入れていきます」
「受け入れるというのは、残酷な話よ?」
「そうかもしれませんね」
阿一は、私の言葉を理解したうえでそう答えた。
ああ、まだ私の知らないところでは、こうやって私の事を信じてくれる人間がいたのね。
これも、あの人のお陰かもしれないわね。
「本当、敵わないわね」
「そうだ。折角だから人里の方を見ていきませんか?」
「人里?」
「ええ。先代様の頃は小さな集落だったんですけど、今では立派な村なんです」
「まさに人間が暮らす里なのね」
「たぶん、紫さんも気に入ると思いますよ」
「そうね。しばらくの間、見て周ろうかしら。でも、大丈夫かしら」
「心配ありません。私を信じてください」
無い胸を張ってそう言い張る彼女を、私は信じてみることにした。
そうね、私が他の誰に信じられないとしても、私は人を信じてもいいわよね。
「わかったわ」
「では、替えの服を」
「いいわよ。私の服があるわ」
私は『スキマ』を開いて、その中からもう一つの服を取り出した。
それを見て、再び阿一の目が輝きだした。
「何ですかそれ!?」
「ああ、これはね」
「私にも見せてください‼」
「ちょ‼ そんなに近付かないで」
「いいじゃないですか。私との仲ですし」
「一応初対面でしょうが‼」
なんというか、良い意味でも悪い意味でも、やっぱりこの子は阿礼の子孫なのね。
あの頃、阿礼に引っ付かれていたあの人の気持ちがよく分かったわ。
空亡「今回は紫さんがメインですね」
優夜「まさか俺の出番なしがまた来るとは」
空亡「まあ、今回の話は幻想郷創立への第一歩みたいな感じですから」
優夜「もう、原作無視なんだな」
空亡「今更ですよ。まあ、そこら辺は調整しますよ」
優夜「しかし、まさか紫がいる場所って……」
空亡「勘がいい人は気付くかもしれませんね」
優夜「だんだんと原作に近付いてきたな。永かった」
空亡「安心するのは早いですよ。なにせこの作品ですから」
優夜「また一波乱ありそうだな」
次回予告
少女が夢見た理想郷、それを護るも壊すも、自分が決めること。
東方幻想物語・探訪編、『まだ見えぬ理想郷』、どうぞお楽しみに。