神無 優夜side
里へと辿り着いた俺の目の前に広がっていたのは、信じられないような光景だった。
いや、四凶の奴等が暴れ回って家々が壊されているのはある程度予想は付いていた。それについては巻き込んでしまって悪かったと思っている。
だが、俺の目の前にはそんな事すら霞んで見えてしまうような出来事が起きていた。
「おねーちゃん遊んでー♪」
「ぼくもー」
「私もー」
「い、いや、ちょっと待って………‼」
ルーミアの周りに子供たちが群がり、影に乗って遊んでいた。
普段から人とある程度距離を、特に子供には自分から近付こうとしなかった彼女が困りながらも子供たちの相手をしていた。
「これはまた、鳩がマスパを受けた気分だぜ」
「どういう意味じゃよ」
「驚きすぎて目の前の光景が理解できてない」
「ああ~あれは私たちも見て驚いたわね」
いつの間にか隣に居た蒼香と木ノ葉は微笑ましい顔でルーミアを見ていた。
「そういえば、ここに居た化け物はどうなった?」
「彼女が一人で片付けたわ。私たちはその間怪我人の手当てをしてるだけだった」
「流石ルーミア。やっぱり俺より強いな」
「そっちはどうだった?」
「一匹居たが逃げられた。まあ、もうここには来ないから心配するな」
「そう何度も来られてはこっちが困るわい」
木ノ葉はそう言うと、怪我人の手当てへと戻った。
「彼女、凄いわね」
「ルーミアの事か?」
「ええ。いくら最古参とはいえ、三体の化け物を瞬殺、私には彼女が怖いと思ったわ」
「だろうな。俺からすれば、目指すべき目標でもあるんだけどな」
「肝が据わってるわね。いつか、彼女の闇に食われるわよ」
「全てが終わった時は、そういう終わり方もいいかもな」
俺はまんざらでもないように呟くと、子供たちと戯れるルーミアを見つめる。
「不思議よね。あの子たち、彼女の闘う姿に見惚れちゃったそうよ」
「なるほど。カッコいいお姉さんは子供には人気だからな」
「そうだけど。私と木ノ葉は恐怖を抱いたのに、あの子たちとは何が違うのかしら」
「無知は恐れを知らず、博識は恐れを知りすぎる。多分この言葉のままだよ」
「なんとなく理解できるわ」
蒼香は小さく笑うと、その場から立ち去った。
この世の黒く汚れた部分を見てきた俺たちは恐れを知り、それに恐怖を抱く。逆に恐れも悪意も知らぬ子供は、何も感じず、無邪気に笑う。
この世の理なんて、複雑に見えて結構単純な創りをしているものだ。
故に、たった一人の邪神の介入で壊れるほど、世界という舞台は脆いのだ。
しばらくすると、疲れ切ったルーミアが俺の隣に腰を下ろした。
「あ~疲れたわ」
「お疲れ様」
「あ、ユウヤ。無事だったのね」
「まあな。そっちは随分と楽しそうだったじゃねえか」
「楽しくないわよ。さっきの化け物よりも疲れたわ、まったく」
そう言ってルーミアは地面に仰向けになった。
「そういう割には、口元が緩んでるみたいだけど?」
「………そういうところはよく見てるのね」
「まあね。本当はどうだったんだ?」
「………楽しかったわ。とても、ね」
ルーミアは虚空を見つめながら、小さな声で答えた。
「闇なんてない純粋な心、見てるだけで気分が悪くなるわ」
「闇の妖怪に子供の光は相性が悪いみたいだな」
「ああいうのを見ているとね、自分の中でも抑えられなくなるのよ、人喰いの衝動を」
「衝動、か………」
「私は人喰い妖怪、人を喰わずにはいられない。人間が息をするのをやめられない様に」
「でも、お前は」
「もちろん、人を喰う以外にも私が生きる方法はあるわ。だけど」
「決してその性からは逃れられない」
「そういうことよ」
ルーミアは立ち上がると、木陰から影が俺の元へと伸びてきた。
影はゆっくりと俺の頬を撫でると、人懐っこそうに俺の腕に巻き付いてきた。
「塵も積もれば山となる。小さな闇でも、集まれば目の前が視えない闇を創りだせる」
「どういう意味だ?」
「この言葉の意味は、いずれ解かるわよ」
ルーミアはそう言ってその場から立ち去った。
彼女の闇はどこまで深いのだろうか、俺にはその答えを知ることはできなかった。
少 年 少 女 祈 祷 中
四凶の襲撃から数日後、里は以前の活気を取り戻していた。
主に俺の能力で復興を手伝ったが、それ以上にここの住人たちが精一杯頑張ってくれた。
里の皆に感謝される裏で、ルーミアは子供たちの遊び相手として日が暮れるまで付き合ってくれていた。
そして、佐渡を旅立つ日、蒼香と木ノ葉が見送りしてれた。
「もう行くのか?」
「ああ。これ以上世話になるわけにもいかないからな」
「ここに永住すれば退屈しそうにないのに、残念ね」
「こっちの身が持たないわよ。察しなさい」
「残念だな。ガキたちは泣いておったぞ?」
「………悪かったわね」
ルーミアはそっぽを向くと、小さな声でそう言った。
「寂しくなるわね」
「お前とはまたどこかで会いそうな気がするけどな」
「そうね~今度は日ノ本の帝でも誑かそうかしら」
「その時は俺が退治してやるよ」
「それは怖いわね。この子とは数百年後に取っておきましょう」
蒼香は面白そうに笑う。俺はそれを見て溜息を吐く。
その時、遠くの方から舟を漕ぐ音が聞こえてきた。
「さて、迎えの舟が来たみたいだな」
「別れが惜しくなるわね」
「いつかまた会えるだろ。生きていればな」
「そうだな。その時は、またゆっくりと話でもしようか」
「ええ。そうしましょう」
「じゃあ………」
「「「「また、どこかで」」」」
偶然出会った狐と狸、少しの間だけだったが、また友達できた。
さあ、次はどこへ行こうか?
???side
とある館の一室から、カードを千切る音が響いていた。
しかし、それと同時に化け物の悲鳴が館にこだましていた。
部屋には一人、黒扇が自分のカードを一枚ずつ楽しそうに千切っていた。
床にはすでにゴミとなった『窮奇』、『檮杌』、『饕餮』のカードが散らばっていた。
「さて、役立たずへの罰はこの位でいいかしら?」
『………なぜ、俺も殺さない』
テーブルに置かれた一枚のカード、『渾沌』は彼女にそう尋ねた。
『神無の始末に失敗したのは事実、それは知っているだろう』
「ええ。ずっと見ていたもの。尻尾を巻いて逃げてくる様もね」
『アンタに慈悲の心なんて無いのは知っている。どうして俺に』
渾沌の言葉を遮るように、カードを端が綺麗に裂けた。
『………!?』
「随分と勝手な事を言うわね。下僕の分際で」
苦痛の声を必死で堪える渾沌に、彼女は冷たい口調でそう言った。
「アンタたちは五百年前から変わってない。なにも分かってないわ。
私の前に現れ、調子に乗って喧嘩を売った結果が、今のアンタたちの姿よ。
あの邪仙の娘のように、大人しく尻尾巻いて逃げていれば良かったのにね♪」
彼女は三日月のように口端を吊り上げ、残酷に笑う。
「でも、まだまだ利用価値はある。それに協力してもらうわ」
『なるほど………それは、死ぬよりも残酷だ』
「ええ。素敵でしょ?」
彼女はそう言って微笑むと、渾沌のカードは瞬きする間もなく切り刻まれた。
バラバラになった四枚のカード、その破片を拾い上げる。
「さて、お次は“負け犬の狩人”にでも協力してもらおうかしら♪」
空亡「さあて、言っておきますがまだまだ続きますよ?」
優夜「珍しいな。いつもならここで終わりなのに」
空亡「あと四話程度はありますよ。いくらなんでも短いですからね」
優夜「こうやって徐々に長くなるのか」
空亡「慣れてきましたから」
優夜「ところで、次の相手が何だか不穏なんだけど?」
空亡「まあ、面白い事になるとだけ言っておきましょう」
優夜「嫌な予感がする………」
次回予告
数百年前の諏訪大戦、そこでの嫌な記憶というものは、あの大地に根付いていた。
東方幻想物語・探訪編、『因果は解かれず』、どうぞお楽しみに。