東方幻想物語   作:空亡之尊

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幕間『東奔西走なんのその』
とある少年の記憶回想・愛き光


神無 優夜side

 

 

夕暮れに染まる街に、パンダマストと放課後のチャイムの音色が鳴り響く。

二つの音色が合わさった不協和音が俺の耳を劈くように鳴り響く。

不本意ながら俺はその騒音に目を覚ました。そこは俺がよく知る教室だった。

もう放課後ということで誰も教室には居なかった。残っていたのは俺だけだった。

どうやらHRに眠りこけてしまい、そのまま取り残されてしまったようだ。

 

 

「………帰るか」

 

 

俺は席を立つと、教室を出ようとドアを開けた。

その時、目の前に見覚えのある少女が立っていた。

 

 

「お前……」

「待ってましたよ。優夜さん」

 

 

そう言って愛識はニコッと笑った。

彼女は『愛識――』、俺よりも学年は一つ下で、入学した時から面倒を見ている手の掛かる後輩だ。

掴みどころのない性格で、突拍子もない発言をすることを除けば、それなりに可愛いと思っている。

 

 

「なんで愛識がいるんだ?」

「なんでって、今日は私の用事に付き合ってくれる約束だったじゃないですか」

「そうだっけ……?」

「やっぱり、あの時私の話を聞き流していたみたいですね」

「ごめん」

「まあ、今回だけは許してあげますよ」

 

 

愛識はそう言って笑った。

なんというか、彼女を見ていると俺より年下とは思えない時がある。

そういった雰囲気の所為か、一部の男女からは人気が高かったりする。

 

 

「それじゃあ、さっそく付き合ってもらいますよ」

「失礼ついでに、その用事って?」

「演劇部の舞台装置の修理ですよ。まったく、面倒な用事です」

「それ、俺が行く意味あるのか?」

「一人でいてはつまらないでしょう?」

「……そうだな」

 

 

俺は諦めるように溜息を吐いた。

経験上、彼女にこれ以上口答えしても勝てる気はしない。

 

 

「行きますよ」

「はいはい」

 

 

俺は彼女に手を引かるまま、舞台装置がある体育館へと向かった。

今日は室内の部活動がいない所為か、誰もいない体育館が少し物寂しく思えた。

 

 

「そういえば、今度の演劇ってどんなのやるんだ?」

「竹取物語ですよ」

「あれって演劇にする意味ってあるか?」

「なんでも、今年は少しアレンジするみたいですよ」

「それはそれで楽しみだな」

「私は興味ないのであまり期待はしないですよ」

 

 

素っ気ない会話をしながらでも、愛識は舞台装置を無事直した。

どうやら背景を吊るすワイヤーが壊れていたらしいが、彼女には朝飯前だったようだ。

 

 

「これで私の用事は終わりですね」

「そうだな」

「ところで、演劇で少し思い出したことがあったんですけど」

「なんだ?」

 

 

愛識は舞台の上に立ったまま、俺を見下ろした。

 

 

「第四の壁、って言葉を知ってますか?」

「ああ、知ってるさ。舞台の役者と観客を永遠に隔てる透明な壁の事だろ?」

「そうです。役者は舞台の上の物語を演じ、観客はそれを見て楽しむもの」

 

 

愛識は舞台の上をゆっくりと歩き回りながら話しを続ける。

 

 

「観客は舞台に上がることを許されず、目の前の役者とは違う世界だと自覚する。

 役者は舞台を降りことを許されず、目の前の観客を決して意識してはいけない。

 互いが互いに干渉することを禁忌とした。その暗黙の了解が第四の壁ということです」

「まあ、確かに恋愛ゲームだと次元の壁を感じることがあるよな」

「それと同じですよ。ゲームのキャラは私たちを認識できない。そういう設定ですから」

 

 

愛識はそう言って立ち止まると、舞台の上を見上げた。

 

 

「優夜さん、貴方は自分がどっちの立場だと思いますか?」

「ただ見ているだけの観客か、それとも舞台を演じる役者か、ってことか?」

 

 

俺がそういうと、愛識は舞台の上から俺に視線を向ける。

 

 

「私は思うんですよね、今この瞬間も私たちは観客に見られている役者ではないか。

 パソコンに台詞が書きこまれ、それをただ喋っているだけの、一人のキャラクター。

 もしも、一つのパソコンに刻まれたデータが自分の全てだとしたら、どう思いますか?

 それを自覚してしまった一人の役者は、一体どうすればいいと思いますか?」

 

 

愛識の言葉に、俺は迷い無く答えた。

 

 

「もしも俺らが物語の登場人物に過ぎないのなら、俺はそれを演じ切るだけだ」

「単純ですね。もし、その先に避けられぬ結末があったらどうするんですか?」

「乗り越えてやるさ。この物語の作者がどんな奴だろうと、俺は最後まで付き合うさ」

「たとえその先が救いようのないBAD ENDでもですか?」

「そこで物語が終わるのなら、作者の物語がそこまでだったってことだ」

「それが、貴方の答えですか」

「ああ」

 

 

愛識は小さく笑うと、舞台の上から飛び降りた。

 

 

「第四の壁が破れるということがありますが、果たして優夜さんにできるでしょうか」

「さあな。それさえも作者の演出だったらどうする?」

「その時は、大人しく掌の上で踊りましょうか」

「ダンスは苦手だ………」

「今度お教えしましょうか?」

「断らせてもらう」

「つれない人ですね」

 

 

夕暮れに照らされる体育館に、二人の笑う声が響く。

 

 

 

 

 

???side

 

 

「………これで、記憶が三つか」

 

 

暗闇に包まれた屋敷に一人、彼は静かに呟いた。

 

 

「………深紅、なんでお前達が手を貸すんだ」

 

 

彼は頭を押さえながら怒りを露わにする。

いつも人間を嘲笑う邪神は、怒りを抑えるのに必死だった。

 

 

「邪魔はさせない………“最後の一人”になるのは俺だ」

 

 

彼は立ち上がると、小さな声で口遊んだ。

 

 

役者よ

役者よ

なぜ抗う

作者の心が分かって

おそろしいのか

 

 

 

 

 

 

???side

 

 

………神無優夜………記憶修復率………39%完了………

 

 

『愛識――』に関するすべての記憶………Code:【愛き光】

 

 

………記憶の回収………最優先………邪神の排除………最優先

 

 

本当の記憶…………役者と観客………空想の産物…………忘れた名前

 

 

………現実と幻想を隔てる壁は、壊された

 

 

 

 

 




空亡「記憶回想二回目、いかがでしたでしょうか」
優夜「やっぱり、解るのはここまでか」
空亡「いくら記憶を受け告げるといっても、重要な部分は隠しておかないと」
優夜「それにそても、第四の壁か」
空亡「結構重要なんですよね。なにせ、現実と幻想を隔てる壁ですから」
優夜「まあいいさ。どちらに背よ、全部思い出してスッキリさせる」
空亡「その果てに待つのは、果たしてどんなエンディングでしょうね?」


次回予告
旅での出会い、しかし、稀に奇妙な出会いというものもあるそうで……?
東方幻想物語・探訪編、『鯉は故意に恋に落ちる』、どうぞお楽しみに。


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