神無 優夜side
諏訪の国から随分と歩いた先に、広い草原があった。
そこにはかつて月の民の街があったが、民はそれを捨てて月へと旅立った。
邪神との出会い、愛するとの別れ、そして俺自身の始まりの地だ。
「またここに戻ることになるとは」
何も無い草原、夜の風が静かに草を揺らしている。
何で俺がここに来たのか、それは俺でも解らない。
ただ、何かに誘われるように、俺は無意識にここに来てしまった。
感傷に浸るのもいいが、今はやるべきことをしよう。
そうじゃないと、あの時の事を思い出してしまう。無力な自分を………。
その時、目の前にいつの間にか男が立っていた。
障害物もないこの草原で、俺が気配を察することもなく、男は突如として現れた。
「……誰だ?」
「…………………………」
男は俺をじっと見つめたまま微動だにしない。
オールバックにした黒髪、この時代には似つかわしくない燕尾服に黒い帽子を被っている。
表情は視えないが、人間味が無い。まるでショッピングモールに置いてあるマネキンのようにも見えた。
男は帽子をくいっと上げると、ガラスのような無機質な瞳で俺を睨みつけた。
「……貴様ガ、神無 優夜」
「ああ、そうだ。そっちこそ誰だ」
「“ロード・アヴァン・エジソン”……ソレガ名前」
その名前に、俺は心当たりがあった。
桜井光の作品『紫影のソナーニル』に出てきた発明王の名前。
経歴はトーマス・エジソンとほぼ同じだが、機械の様に冷酷な男として描かれている。
だがその実の正体は………!?
「お前、まさか……!?」
「……任務開始(ゲームスタート)」
アヴァンはそう呟くと、問答無用で俺に向かって殴りかかってきた。
俺はそれを横飛びで避けるが、奴の拳が地面に叩き付けられた瞬間、大きな地響きと共に奴を中心からクレーターが広がった。
薊との喧嘩である程度の耐久力があるとはいえ、いくら俺でもあれは耐えきれない。
「問答無用ってわけかよ」
「……私ハ、アノ方ノ命ヲ実行スルダケ」
アヴァンの手元が月明かりで光ると、俺は咄嗟にその場から離れた。
その直後、見えないワイヤーが俺の居た場所へと一斉に伸び、空気を斬り裂いた。
見えないワイヤーはそれだけで行動をやめるわけもなく、まるで生き物のように俺を追いながら草を斬り裂き、空気を縛る。
「無表情な男……ワイヤー……やっぱりお前は」
「……私ノ本当ノ名ハ」
「「チクタクマン」」
ニャルラトホテプの化身の一つにして、機械の身体を持つ邪神の一柱。
その時代に合った機械の姿を形取り、ありとあらゆる機械を自由自在に操るモノ。
ワイヤーの巣を張る機械の蜘蛛、『I Dream of Wires』ではそう表現されている。
ちなみに、TRPGのデータでは金力は人間の数十倍もある。文字通り化物だ。
「よりにもよって、次にあったのがお前かよ」
「……目障リナバグ、ココデ排除スル」
「ったく、俺だけを殺す機械かよ」
俺はワイヤーを避けながら『月美』を手元に召喚した。
月明かりを頼りにワイヤーの姿を捉えると、それを刃で弾き返す。
その隙に俺は奴と距離を一気に詰めると、横薙ぎに振り払った。
しかし、奴は斬撃が当たる寸前に俺の上を飛び越えて避けた。同時に『月美』の刀身に何本ものワイヤーが巻き付いていた。
「なっ……!?」
アヴァンがワイヤーを手繰り寄せると、『月美』は俺の手から離れて空中高くへと放り投げられた。
俺は咄嗟に『星羅』を取り出し、奴に向かって銃弾を放つ。
銃弾は真っ直ぐ飛んでいくが、目の前に広げられたワイヤーがそれら全てを防いでしまう。
どこぞのゴミ処理係みたいなことしやがる………‼‼
「なら‼」
『星羅』から無数の銃弾が放たれると、それぞれが各々の軌道を描きながらアヴァンへと向かう。魔力を宿した銃弾の全方向同時射撃、避けれる物なら避けてみろ…………‼‼
「……クダラナイ」
奴は無機質な声でそう呟いたまま、その場から微動だにしない。
避けるまでもない、俺にそう言っているように見える。
全方向から迫る銃弾が、奴の身体を捉えた。しかし、銃弾は奴に届くことは無かった。
月明かりにワイヤーが一瞬だけ照らされると、すべての銃弾を同じタイミングでワイヤーが真っ二つに斬り裂いた。斬り裂かれた銃弾は奴の殻を避けるように地面に着弾する。
「……無駄」
「マジかよ」
呆然とする俺に向かって、アヴァンは距離を詰めて拳を放った。
俺はそれを何とか受け流して体勢を崩させるが、奴は崩れた体勢から回し蹴りを放ち、俺の身体を見事に捉えた。
言い様のない痛みが全身を駆け巡るが、俺は足を踏んじばってその場に留まる。
その場で膝を着く俺に、奴は無表情で俺を見つめる。
奴はそう言うと、ポケットから一本のUSBメモリを取り出し、自分の首に差し込んだ。
すると、メモリは光の粒子となって奴の身体に吸い込まれるように消えた。
「今のは……!?」
「……先に地獄に行って、遊んで来い」
その瞬間、奴を中心に蒼い炎が広がった。
炎は俺の下まで飛んで来たが、熱くはなかった。だが、同時に全身の力が抜けた。
なんとか倒れそうになる身体を必死に支えるが、奴は左脚に蒼い炎を纏わせながら俺に向かって飛び蹴りを放った。
まともな防御も出来なかった俺は、その力に負けて吹き飛ばされる。
「くっ……今のは……」
「……シブトイ。マダ生キテイルノカ」
「今の感じ……薊と同じ……」
「……厄介ナ能力ヲ使ワレル前ニ潰シタマデダ」
「マジかよ……まんまエターナルじゃねえか」
俺は何とか立ち上がるが、さっきの攻撃の所為で身も心もボロボロだ。
防御力ゼロの相手に必殺技ぶつけるなんて、結構えげつないことしやがるぜ。まったく。
さて、思った以上に絶体絶命だな。
こうなったら、咲夜の能力で逃げるしか………。
そう思ってスマホを取り出すが、なぜか電源が入らずに画面は真っ暗なままだ。
「……!?」
「……スマートフォンガ使エナケレバ、貴様ノ能力ハ封ジレル」
「そこまで……お見通しかよ」
「……所詮、貴様ハソノ程度。アノ方ノ足元ニモ及バナイ」
あの方か………確かにそうかもな。この程度に負けるようじゃ、あいつには勝てない。
でも………………だからって………‼‼
「だからって、ここで諦めてなるかよ………‼‼」
「……復讐ノ為ダケニ、命ヲ無駄ニスルノカ」
「復讐じゃない。ただアイツを一発ぶん殴りたいというただの我が儘だ」
「……ナラバ、ソノ願イニ果タセヌママ、死ネ」
アヴァンをそう告げると、ワイヤーを俺に向かって放った。
空気を斬り裂きながら、網目状に織り込まれたワイヤーが俺に迫ってくる。
ご丁寧に俺がギリギリ逃げられない範囲まで広げている。完全に息の根止めるつもりだ。
「……どうしようかな」
「――まだ諦めてないの?」
「誰が諦めるか‼‼」
「――気に入った。今回は特別だよ」
「特別……? いや、それよりもだr」
次の瞬間、指を鳴らす音と同時に一陣の風が吹いた。
風のお陰でワイヤーの軌道が若干ズレた。その隙に俺は咄嗟に範囲外へと逃げた。
「……ッ、逃ガスカ」
「邪魔はさせん」
アヴァンが再びワイヤーを放とうとする時、突如奴の目の前に火炎弾が放たれた。
燃え盛る炎が奴の行く手を遮るが、俺の頭は今の状況に追いつけていなかった。
「どうなってる………」
「惚けてるのもいいけど、今は逃げるよ」
「え?」
声のした方へと視線を向けようとすると、俺は腕を掴まれた。
その瞬間、吹き荒ぶ様な風が俺を包み込んだ。
「……貴様等ガ、何故」
「悪いけど、こっちの“切り札”をそう簡単に殺させないよ」
愉しげな少女の声がそう答えると、風が勢いを増した。
奴がワイヤーで炎と風を振り払うと、そこには誰もいなくなっていた。
少 年 祈 祷 中
俺が次に目を覚ましたのは、月明かりに照らされる湖の畔だった。
俺が初めてこの世界に来た時と同じ場所、そしてルーミアと出会った場所。
だけど、俺の目の前に居るのは、知らない少女達。
“炎のように燃え盛るような紅い髪の少女”と“黄色の衣に身を包んだ少女”だった。
空亡「さて、突然乱入したこの話、どうでしたか?」
優夜「これ、次の蓬莱編のじゃなかったっけ?」
空亡「そうしようと思ったら、話と脱線してしまうのでこっちに持ってきました」
優夜「ああ、後で次回予告の方も書きなおさないとな」
空亡「そうですね。ああ、次回は少し面白い話になりますよ。きっと」
優夜「話の最後で如何にも邪神っぽい二人がいる時点で察してる」
空亡「それでは、楽しみにしていてくださいね」
優夜「原作迷子、まだ続きますってか」
次回予告
明かされる衝撃の真実、邪神たちの思惑とは?
東方幻想物語・幕間、『這い寄る渾沌の影』、どうぞお楽しみに。