神無優夜side
忌まわしき狩人を倒した後、俺は満身創痍の状態で洩矢神社へと辿り着いた
道行く人達から心配の声を掛けてもらったが、俺は一目散にみんなが待つ神社へと向かった。
守矢神社へと辿り着いた俺は、境内にルーミアが立っていることに気付いた。
「ルーミア……」
「二人なら部屋よ」
「ありがとう……」
俺がルーミアの横を通り過ぎる時、彼女は俺の肩に手を置いて引き止めた。
「なんだ」
「言っておくけど、希望は持たないことね」
「わからねえぞ。奇跡も魔法も、いつの時代はあるもんだからな」
「え?」
俺はルーミアに優しく微笑むと、二人がいる部屋へと向かった。
少 年 祈 祷 中
俺は二人がいる部屋の前へと辿り着いた。まるでそこだけが別の空間のような冷たさを感じた。
襖を開けると、そこには二人が布団に眠るように横たわっていた。
二人の傍に近寄り、冷たくなった頬をそっと撫でた。
眠るように死んでいるその表情は、無神経にも美しいと思ってしまった。
振り返ると、そこには傷だらけとなった諏訪子が呆然と立ち尽くしていた。
「諏訪子……」
諏訪子はおぼつかない足取りで二人に歩み寄ると、崩れるように膝を着いた。
その瞳からは涙が零れ、畳に一滴づつ落ちていく。
「叶恵……星羅……私は」
「諏訪子の所為じゃないだろ」
「ユウヤ……でも私は、この二人を守れなかった」
「それを言うなら俺も同じだ。忘れていたからな」
「なんで、この二人なんだよ……」
「アイツは見たいんだよ。人が絶望した表情を、その時の殺気を」
「歪んでるね」
怒り、恨み、呆れ、それらがその一言に尽きた。
だが、俺にはそれだけではないような気がしてならない。アイツにはまだ裏がある気がする。
「ねえ、ユウヤ」
「なんだ?」
「もう、二人は起きないのかな」
「……諏訪子」
「もう、優しく起こしてくれたり、口煩く説教もしてくれないのかな」
「星羅が聞いたら怒るぞ」
「それでもいい。それで二人が起きてくれるのなら」
諏訪子は涙を浮かべながらそう呟いた。
家族を失う悲しみは良く知っている。それは神様でも人間でも変わらない。
「なあ、諏訪子。奇跡は信じるか?」
「なに、言ってるの?」
「神様でも奇跡は信じるのかなって思ってな」
「そうだね。この二人が起きてくれるのなら、私は奇跡を信じるよ」
「決まりだな」
俺はスマホを取り出して操作すると、『早苗』を選択した。
「何してるの?」
「できるかどうかは分からないが、とりあえずやってみようかなって思った」
「だから何を!?」
「見せてやるよ。こんなご都合的な奇跡もあるもんだってな」
紙幣の付いた日本刀が手元に現れると、俺はそれを床に突き刺した。
その瞬間、眩い光が周囲を包み込むと共に優しい風が俺の頬を撫でた。
しばらくして光が納まると、刀は淡い光となって俺の手元から消えた。
「何が、起こったの?」
「やっぱりか……」
「え?」
その時、二人の瞳がうっすらと開いた。
二人はゆっくと起き上ると、諏訪子に向けて一言。
「「おはようございます」」
それは彼女がもう聞けないと思っていた言葉だった。
彼女は歓喜や困惑だったりと感情が迷子になっているが、瞳からは溢れんばかりの涙が流れていた。
「叶恵……」
「はい」
「星羅……」
「なんですか。そんなだらしない顔して」
「う、うあああああああああああああん」
諏訪子は感極まって二人に抱き着いた。
叶恵は優しく微笑み、星羅は恥ずかしそうに頬を赤く染めている。
その光景を見て俺も涙が出そうになるが、俺には伝えなければいけないことがある。
「星羅……」
「ユウヤ、解ってますよ」
「そうか。すまないな」
「いいですよ。こうやって“最期”に会えただけ、私は満足ですから」
「“最期”? どういうこと」
諏訪子は不安に瞳を揺らしながら俺へと尋ねた。
叶恵はその事に気付いているのか、哀しそうな瞳で俺を見つめていた。
「諏訪子、悪い。さっきの失敗したみたいだ」
「え? でも、二人はちゃんと」
「星羅だけ、もう命が残ってないんだ」
「それって、どういうこと」
星羅はあっさりと言い放った。
「私は本来存在してはならない人間。だから奇跡も見放した」
「そんなの、星羅は関係ないじゃん!?」
「そうかもな。でも、叶恵は生き返られたんだ」
「え?」
「奇跡は気紛れだからな。星羅は無理でも、叶恵を選んだ」
「そんな……」
二兎を追う者は一兎をも得ず、嫌なくらい胸に来る言葉だ。
穢れの巫女である星羅が今生きてるのは、その奇跡のほんの少しの気遣いかもしれない。
こんな中途半端な奇跡で満足できるはずもないが、今は少し感謝している。
「諏訪子、叶恵、すまないが」
「言わなくてもいいよ。ただ、少しだけでも話をさせて」
「ああ」
「洩矢様。ごめんなさい」
「何でアンタが謝るんだよ」
「巫女の役目も果たせず、今までの恩も返せずに先逝くことへの謝罪です」
「そんな事か。私はそんなの今まで求めたことないよ」
「そうですね。でも、母親の役に立ちたいと思うのは娘として当然ですから」
「だったら、親より子供の方が先に死ぬんじゃないわよ。馬鹿」
「ごめんなさい。お母さん」
「星羅」
「姉さん」
「……言葉は、いらないわね」
「はい。もう、解ってますから」
「……勝ち逃げなんて、ズルいわよ」
「ごめんなさい。お姉ちゃん」
諏訪子と叶恵はそれぞれ話し終わると、俺の横を通り過ぎていった。
二人は俺に微笑みかけると、声にならない言葉で『頼んだ』と言っていた。
「頼んだ、か」
「好き勝手ばっかり言ってくれますね。あの人達は」
「まあ。でも、俺は星羅と二人きりで嬉しいからいいけど」
「正直ですね。羨ましいです」
「星羅も十分素直になったよ」
「そうですかね」
「ああ」
「それなら良かったです」
星羅はにっこりと笑った。
この会話をしている間に、残された時間は少ないというのに、彼女はいつもと変わらない。
まるで死ぬのが怖くないみたいじゃないか。まるで、アイツみたいじゃないか………………。
「あ~あ。なんで、俺はアイツを愛してしまったんだろうな」
「ユウヤ?」
星羅のことも好きなのに、俺の記憶に月美の影がいつも見える。
アイツの事を一生愛そうと想ったはずなのに、星羅のことも愛したい。こんなだと、どっちかを傷付けてしまう。それだけは嫌だ。
「こんなんじゃ、星羅を愛せないな…………」
「……別に、それでも良いんじゃないんですか?」
「え?」
「どっちか選ぶのが嫌なら、どっちも選べばいいんですよ」
「でも、それじゃあ」
「ユウヤは、私とその人の事を愛しているんですよね?」
「ああ」
「なら、どっちも愛してください。少なくとも私はそれでかまいませんから」
「星羅」
「そして、貴方の事ですからこれからも誰かを愛すことがあるでしょう。
その時は、その人の事も愛してやって下さい。
優しい貴方ならできるはずです。全員が幸せになれるような、そんな選択を」
星羅は俺の手を握りながら優しく励ましてくれた。
全員が幸せになれるような選択。それはいつかルーミアに話したギャルゲーのハーレムエンドそのものだ。誰一人傷付くことなく、みんなが笑って終れるような結末。
現実だからって諦めていたが、もうそんなもの関係ない。
「常識に囚われるのはこれで終りだ」
「その目を見て安心しました」
「ありがとう。星羅」
「いいえ。こちらこそ、ユウヤには感謝しきれません」
「言うな。……別れが辛くなるぞ」
「構いません。私は、貴方を愛したことに後悔を残したくはしたくありませんから」
「……ったく、こんな時に…っ素直になるな…よ」
俺は涙を隠すように星羅の前に跪くと、彼女の手を取り、掌に口付けをした。
彼女の身体は、もうすでに光に包まれ始めているが、彼女にはどうでもいいことのようだった。
「掌への口付けは懇願、貴方らしいですね」
「約束する。絶対にお前を幸せにしてやる。必ず」
「ありがとう。でも、復讐にだけ生きないでください」
「解ってる。お前は、傍で見守っててくれ」
「はい。それでは」
「ああ」
「「さよなら、愛おしい人よ」」
星羅は最期に微笑むと、光となって消えていった。
光は優しい風に乗って天高く舞い上ると、流れ星のような軌跡を描きながら俺に吸い込まれた。
それと共に流れ込んでくる星羅の今までの記憶、二度目になるともう慣れてきた。
そして、俺の手には彼女の星の首飾りだけが残った。
「残るのは一つだけ、なんとも寂しいな」
俺は首飾りを強く握りしめると、俺はあらん限りの声で嘆いた。
それは諏訪の国に響き、夜空の星が一つ、流れ落ちたらしい。
次回予告
東方幻想物語・大戦編、『想い風と共に』