東方幻想物語   作:空亡之尊

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穢れの少女

神無 優夜side

 

 

街から離れたところに何もない高原がある。

そこには植物は育たず、荒れ果てた大地のみが存在する。

人間どころか妖怪すらも立ち寄ろうとしないその場所に、白い着物を纏った彼女は立っていた。

 

 

「やっぱり、来たんですね」

 

 

彼女は俺に背を向けたまま、そう言った。

期待通りの喜びと、期待が外れてほしかった悲しみを含んだ声だった。

 

 

「帰るぞ。月美」

「すみません。それはできません」

「どうしてだ?」

「私は、この時のために生きてきたんですよ」

 

 

彼女はいつもと同じ声でそう言った。

 

 

「おそらく、今迫ってきている妖怪の群れは止められない。

 無理に対抗しようとすれば、尋常じゃないほどの被害が出るでしょう」

「だから、自分が囮になってみんなを助けるってか?」

「一を犠牲にして全を助ける。私をここに連れてきた人はそう言ってました」

「くだらねえ。そんなので助かっても、俺たちは」

「いいんです。これは私の運命ですから」

「そんな運命、俺が――」

 

 

彼女の下へと一歩踏み出すと、その瞬間、俺の首筋に刃が突き付けられた。

血塗られた刀身、その先には白い着物のを赤く染める返り血が、彼女の姿を彩っていた。

 

 

「どうですか? これでも私は穢れていませんか?」

「お前……どうして」

「これが私なんです。生きるために穢れて、死ぬために穢れたこの姿が、本当の私なんです」

「知るかよ……!! どんなに穢れていても、お前はお前だ。俺が愛した――」

「もういいんです。ほんのひと時でも、私は幸せでしたから」

 

 

彼女は俺にえっがおを向けると、踵を返して歩き出した。

 

 

「月美!?」

 

 

俺は彼女へと手を伸ばすが、地面から突き出した無数の刃によって阻まれた。

それは俺の能力で変化する刀の形状にそれぞれ似ていた。

 

 

「勝手ながらユウヤさんの力を使わせてもらいました」

「随分と自分勝手だな………」

「そうでもしないと、貴方が私を止めちゃうから」

「そこまでして、お前は護りたいものってなんだよ」

「大切な人を守りたい。永琳先生や輝夜ちゃん、そして貴方を。

 私には今まで何も無かった。そんな私にみんなは優しくしてくれた。その恩を返したい。

 街の人達は憎いけど、見捨てれば私は同じになってしまうから、その人たちも救いたい。

 できればユウヤさんは逃げて。それだけで、私は嬉しいですから。だから、お願い………」

 

 

月美はそう言い残して歩き出した。

向こうからは魑魅魍魎の妖怪の群れが押し寄せてくる。

俺は必死に手を伸ばすが、周りに突き刺さった刀や剣がそれを邪魔する。

 

 

「さようなら、ユウヤさん」

 

 

遠ざかっていく彼女を、俺はただ見ることしかできない。

手を伸ばしても、彼女は手を伸ばしてくれない。俺は、何もできなかった。

 

 

「素敵だ」

「え?」

「やはり人間は、素晴らしい」

 

 

俺たちしかいないはずの高原に、第三者の声が響いた。

それは喜びや怒りや哀しみや楽しさを混ぜたような、気味の悪い声だった。

 

その瞬間、一発の銃声が鳴り響いた。

銃弾は月美の胸に直撃し、血飛沫を上げて彼女は地面へと倒れた。

その瞬間、周りを囲んでいた刀や剣が光となって消えると、俺は彼女へと駆け寄り、抱き寄せた。

 

 

「月美、月美ッ!!」

 

 

何度呼びかけても反応が無い。

撃たれた箇所からはいまだに生暖かい血が流れ出てる。

 

 

「くそ………!!」

 

 

俺が殺気に満ちた視線を向けると、そこには奴が居た。

銃を構え、不敵に笑い、狂気に瞳を歪ませていた。

 

 

「哀れな少女は命を落とし、穢れた民は無事月へと逃げる。といったところかな」

「貴様……!!!」

「言っただろ。君はは彼女を助けられない。運命は誰にも変えられないって」

「黙れ!!! よくも、よくも月美を!!!」

「君はいつもそうだ。たかが人が一人死んだ程度で激昂する」

「ふざけるな!!!!!」

 

 

俺の腕の中で消えようとしている命、俺は後悔することしかできなかった。

助けることができたはずなのに、手が届いたはずなのに、俺は何も出来なかった。

そんな時、俺の頬を優しげな手がそっと撫でてくれた。

 

 

「月…美……?」

「大丈夫です。ユウヤさん、大丈夫ですから」

「でも……お前を……」

「どうせ…死ぬつもりだったんです……このくらい、平気ですよ」

「喋るな! まだお前を助ける手が……」

「もう……いいんです」

 

 

力なく紡ぐその言葉に、俺は涙を流した。

消えようとする命を助けられない無力な自分を、俺は心の底から呪った。

何が程度の能力だ………大事な時に何もできない、そんなもの今は何も役に立ちはしない。

 

 

「ごめん……ごめん………!!」

「ユウヤさんは…何も悪くないです……悪いのは……私です」

「幸せにするって決めたのに、一生愛するって決めたのに、なのに………!!」

「私は幸せでしたよ………先生や輝夜ちゃんと出会えて、依姫様や豊姫様とも仲良くできて………ずっと孤独だった私には……十分すぎるほど…幸せな時間でした。

 でも…何より幸せだったのは………こんな私でも、心から愛してくれる人に出会えたことです」

 

 

月美からだんだんと力が抜けていくのを感じた。

それは、もうすぐ彼女の命の燈火が消えようとしていることを意味していた。

 

 

「月美…」

「最後に、一ついいですか?」

「なんだ?」

「キス……してくれませんか?」

「いいぜ」

「ありがとう………ございます」

 

 

月美は嬉し涙を流すと、俺はその口に口付けをした。

鉄のような味がしたが、甘い口付けはそんな事を微塵も感じさせなかった。

そんな時、彼女の身体が光に包まれていき、やがてそれは光の粒子となって散らばった。

光は俺の中へと吸い込まれるように消えていくと、それと同時に様々な記憶が流れ込んできた。

それは月美の記憶だった。辛い記憶、忘れたい記憶、楽しかった記憶、そして俺との記憶。

取り込んだ命が俺の中で生き続けている。そう、これが俺の本来の能力、あの人と同じ能力。

 

 

「『命を受け継ぐ程度の能力』、まるでアー〇ードの旦那だな………」

 

 

腕の中には彼女の姿はもうなくなっていたが、そこには紅いリボンと一本の刀が残されていた。

鞘に月下美人が供えられた一本の刀、俺はそれを握り締めた。

 

 

「月美、受け取ったぜ」

 

 

俺は立ち上がると、目の前にいる奴へと視線を向けた。

奴は俺の姿を見て、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように目を輝かせた。

 

 

「ククク……ようやく目醒めた。神無の御子」

「黙れ……今お前と話している暇なんてねえよ」

「おお恐い。たかが刀一本で、僕に勝つ気ですか?」

「勝てるかどうかなんて関係ねえ。ただ、一発ぐらいは殴らせてもらう」

「殺れるものなら、殺ってみることですね」

「ああ、そうさせてもらう」

 

 

俺はそう言って紅いリボンを腕に巻くと、スマホを取り出した。

画面には新しいメッセージが表示されている。

 

 

『夢燈 月美:絆を紡ぐ程度の能力』

 

 

俺は一呼吸整えると、刀を握り締め、そして唱えた。

この刀の名前を、彼女から託された力を、そして俺が信じるモノを………!!!

 

 

「絆を紡げ!!! 夢刀『月美』」

 

 

 

 




次回予告

月美が残したのは、護るための刃彼女の存在の証だった。

彼女の命は優夜と一つになり、これからも生き続ける。

彼は邪神の前に立ち、その刃を振るう。

東方幻想物語・神代編、『人と妖の戦』、どうぞお楽しみに。

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