東方幻想物語   作:空亡之尊

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渾沌の邪神

神無 優夜side

 

 

月移住計画が始動する中、俺は月美の下へと急いでいた。

彼女がいるという高原まで、俺はがむしゃらに走り続けた。

 

 

「月美……!!」

「よくもまあ、無駄なことをしますね」

「――っ!?」

 

 

そう言って俺の前に現れたのは、ついさっき森で出会った青年だった。

彼は帽子を脱いで俺の方へと向くと、張り付けたような笑顔を浮かべた。

 

 

「どうも。そんなに急いでどこへ行くおつもりで?」

「てめぇには関係ないだろ。死にたくなかったらすぐにでも街に戻りな」

「そうですか。ご親切に、ありがとうございます」

「……悪いが、俺は急いでるんだ」

 

 

俺はそう言って青年の横を通りすぎた。

すれ違う一瞬、彼は口の端を釣り上げて楽しげな声で俺に言った。

 

 

「無駄ですよ。どうせ彼女は助からない」

「……なんだって」

 

 

俺は咄嗟に足を止めると、背中合わせに青年に尋ねた。

まるで何かを知っているような口ぶり、もしかしてこいつが隊長の言っていた………。

 

 

「まあ、その隊長という人の言っていた人物であることには間違いないですね」

「……っ!? なんで」

「貴方の考えなんて、まるっとお見通し、ってやつですよ」

 

 

顔だけこちらに向けた青年はニコッと笑う。

嘲笑うようなその言動に、俺は妙な不気味さを感じていた。

 

 

「しかし哀れですよね。人と少し違うだけで、同じ人間から化け物を見るような目を向けられる。

 やっと掴んだ幸せというものも、人間の手によって奪われ、そして殺されて果てて無くなる。

 まったく、こんな筋書きを考える人は一体どんな思考をしているのでしょうね?」

「何が言いたいんだ、てめぇ」

「要するに、決められた運命は変えられないってだけですよ」

「長々と駄弁りやがって、五文字で説明しろ」

「彼女は死ぬ」

 

 

その瞬間、俺は振り返ると同時に奴の顔面めがけて殴り掛かった。

しかし、まるで見えない壁に阻まれているように、俺の拳は奴の目の前で止められた。

 

 

「くそ……!」

「暴力はいけませんね。貴方らしくない」

「てめえは何なんだ。月美に何をする気だ………答えろ!!」

「知りたければ教えてあげますよ」

 

 

青年は俺の目の前まで顔を近付かせると、狂気に歪んだ瞳で語った。

 

 

「夢燈月美は郊外の森で街の調査隊によって“偶然”見つかった。

 そして“偶然”彼女が持つ穢れに妖怪が惹かれることが解った。

 その所為で彼女は孤独になり、それを“偶然”知った八意永琳が引き取った。

 それからしばらくして、彼女は“偶然”君と出会い、そして恋に落ちた。

そして今、月へと移住しようとする人間の前に“偶然”妖怪の軍団が押し迫ってきている」

 

 

繰り返される偶然という一言に、俺は嫌な不安を抱いた。

それさえも読み取ったのか、青年は微笑みながらこう告げた。

 

 

「けれどこんな言葉もありますよね。『偶然はそもそも存在せず全てが必然である』と」

「てめぇ、まさか……!?」

「その“まさか”、ですよ」

 

 

青年は口端を三日月の様に釣り上げる。

 

 

「筋書きはここまで順調に進んだ。後は彼女が死ぬことでこの物語は完成する」

「ふざけるな!!!」

 

 

俺は再び奴に殴りかかるが、拳は届かない。

諦めずに何度でも拳を放つが、どれもこれも奴の目前で止められる。

息も絶え絶えになり、俺は力尽きてその場に膝を着いてしまった。

 

 

「呆気ないですね。まあ、今の君ではそれが限界ですか」

「黙れよ……」

「はいはい。しかし、ここで終わってはいずれにせよ彼女は死にますよ」

「そんなことは解ってる……てめえの目的は何だ、答えろ」

「黙れと言ったり答えろと言ったり、自分勝手なお人ですね」

「ふざけるなよ……!!!」

 

 

俺は睨みつけるように奴を見上げた。

対して、青年は俺を蔑むように見下している。

 

 

「暇つぶしに付き合ってもらっているだけですよ」

「なに?」

「人が小説を書くように、僕も筋書きを描いてそれを演じてもらっているだけですよ。

 もっとも僕が描くシナリオのほとんどは、BADENDで終わる三流の脚本ですけどね」

「貴様ぁ!!!!!」

 

 

俺は激昂し、刀を取り出して奴の身体へと斬りかかった。

しかし、奴も同じ刀を出して容易くそれを受け止めた。

 

 

「甘い」

 

 

その一言と同時に、奴は懐からデザートイーグルを取り出し、銃口を俺に向けて引き金を引いた。

俺はその場で身動きできなかったが、銃弾は俺の頬を掠めて横切った。

 

 

「冗談です。君は殺しはしませんよ、まだね」

「どこまでコケにすれば気が済むんだよ!!」

「無論、僕が飽きるまで。だから僕を退屈させないでよ?」

「ふざけやがって………何様のつもりだ!!」

「神様だよ。君が最もよく知る外なる神、這い寄る混沌だよ」

「なに……!?」

 

 

這い寄る混沌、俺はその名前をよく知っていた。

旧支配者の一柱、顔がない故に千の貌を持ち、狂気と混乱をもたらす為に自ら暗躍し、人間や他の邪神さえも冷笑するなど、クトゥルフの邪神の中でも特異な地位に属する邪神。

それが今、俺の目の前にいるというのか?

 

 

「ありえないって顔をしてるね」

「まあな」

「でも、今はそれを確かめる時間もないよね」

「……そうだな」

「せっかくだから、最後にお別れの言葉でも伝えてくるといいよ」

 

 

そう言って奴は俺の目の前から姿を消した。

どこを見渡しても、そこに奴の姿はなかった。

 

 

「余裕なのが余計に腹立つぜ……!!!」

 

 

俺は奴に対する怒りを一度鎮めると、再び走り出した。

奴の言葉がどこまで本当なのかはわからない。でも、今はそんなこと関係ない。

月美の下へ急がなければ、もう妖怪の気配がすぐそこまで迫ってきているのだから。

 

 

「月美……」

 

 

 

 

 

???side

 

 

かくして役者は舞台へと上がった。

穢れた少女は自らを犠牲にして民を救おうと決意する。

少年は愛した少女を救うために走り出した。

けれどそれは報われぬ悲しき物語。

気紛れな邪神が描いた救いようのないBADEND。

報われぬ最期に、少女は何を想って死んでいくのだろうか?

精々その結末に絶望してくれ、僕の愛しき友よ

 

 

 




次回予告

孤独に生きてきた少女、

彼女はこの短い物語(じんせい)の中で、

かけがえのない者たちに出会い、

最期に、愛する者の腕の中で何を想うのだろう?

東方幻想物語・神代編、『穢れの少女』

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