東方幻想物語   作:空亡之尊

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邪神と覚悟と受け取った力

神無 優夜side

 

 

桜吹雪が舞う広場で、二つの影は対峙する。

二柱の邪神を纏った俺は、その手に双振りの刀を構える。

血染めの西行妖を背にして笑う黒扇は、その手に黒い扇子を構える。

遠くでは妖力のぶつかり合いが繰り広げられ、ここにまでその余波が伝わってくる。

 

 

「あっちもこっちもお祭り騒ぎだな」

「随分と余裕ね。一度私にボロ負けしてるくせに」

「そう言うなよ。そこからのリベンジ戦はむしろ王道だろ?」

「……漫画の様に、現実は甘くないのよ!」

 

 

黒扇が扇子を俺に向けて振り下ろすと、赤黒い触手が地面を突き破って俺に襲い掛かってきた。

俺は直前まで触手を引き寄せると、左の刀で触手を受け流し、右の刀で触手を斬り裂いた。触手は斬られたところから血飛沫を上げると、黒い塵となって消える。

以前戦った時は鋼のように硬かったあの触手が、今はいとも簡単に切断できた。

 

 

「まさか、それを斬るなんて」

「嘗めるなよ。この刀には、二人の想いがこもってるんだ」

「……それだけじゃないみたいね」

「ああ。察しの通りだよ」

 

 

スマホの画面には『妖夢』の名前と能力が表示されている。

俺は双振りの刀を逆十字に重ね合わせると、彼女に向かって言う。

 

 

「散刀『桜良』と咲刀『菖蒲』に、斬れないモノなんてねえんだよ」

「なら、その言葉がどれだけ本当なのか………」

 

 

黒扇は笑うと、彼女の周りから無数の触手が這い出てきてその先端が俺へと向けられる。

 

 

「試してあげるわ」

 

 

黒扇の合図で、無数の触手が俺に襲い掛かる。

彼女の能力は『剣術を扱う程度の能力』、これを双振りの刀に付与させることによって発動させた。

活人剣と殺人剣を極めた二人の剣技を合わせた攻防一対の型、ありがたく使わせてもらうぜ。

俺は『菖蒲』で向かってくる触手を受け流し、『桜良』で次々とその触手を真っ二つに斬り裂く。

斬り裂かれた触手は血飛沫をあげ、黒い塵が桜吹雪と一緒に舞う。

それを見て、彼女はなぜか笑っていた。

 

 

「それでいい……でも、まだまだよ」

 

 

次に黒扇は扇子を振り上げると、背後の血染めの西行妖が妖しく光りだす。

すると、風が吹き荒ぶようにその花びらが散ると、風に乗って花びらが俺へと降り注ぐ。

嫌な予感を察した俺は花びらを避けるように移動すると、次の瞬間、血染めの西行妖から全方向へとレーザーが放たれた。

直前で俺はそれを避けると、その衝撃で地面に落ちた花びらが再び舞い上がった。

 

 

「本家本元と同じかよ」

『――まあ、別個体とはいえ同じ「西行妖」だからな』

『――いや、むしろこっちの方が厄介ですよ。何せ取り込んででいるのは怨念ですから』

「その上、八分咲きでもない満開。避けるのに苦労しそうだ」

「なら、そのまま当たって死んでくれるかしら?」

「ご冗談を。俺はまだまだ死ぬ気なんてねえんだよ」

 

 

桜吹雪の弾幕を切り払うと、俺は黒扇に向かって走り出した。

だが、その行く手を阻むように無数の触手がその先端を槍の様に尖らせながら俺に襲い掛かる。

 

 

「風歌、頼むぜ」

『――解りましたよ』

 

 

風歌と意識を交代すると、俺の脚に風が纏った。

瞬時に触手を避けるルートを頭で構築すると、風歌はニヤリと笑った。

 

 

「振り切る!」

 

 

地面を蹴ると同時に風が巻き起こり、その風圧で周りの花びらが再び舞い上がる。

風歌は触手が攻撃してくるタイミングを把握すると、まるでそよ風の様に触手の隙間を容易く通り抜けていく。

風を司る邪神なだけあって、その身のこなしは捕まえられぬ風のように滑らかだった。

 

 

『――このまま一気に……!』

「無駄よ。その刀じゃ私を殺せない」

 

 

黒扇のもとまで辿り着くと、俺(風歌)は双振りの刀で彼女を『×』に斬り裂いた。

だが、刃は彼女の身体をすり抜けるように通り過ぎる。すると、彼女は扇子を大きく扇ぐように俺を薙ぎ払うと、その衝撃で後ろに吹き飛ばされた。

受け身をとって彼女へと目を向けると、やはり以前のように傷一つ負っていなかった。

 

 

「どういう手品なんだよ」

『――さあね。僕たちもこれがよくわからないんですよ』

『――手応えがねえから、幻かなんかか?』

「多分な。………ん?」

 

 

その時、懐にしまったっていたスマホが光っていることに気付いた。

取り出すとそこには、一人の女性の名前が表示されていた。

 

 

「こいつは………」

『――どうやら、打開策はありそうですね』

「ああ。こいつの能力ならいける気がするぜ」

『――なら、次は俺が行くぜ』

 

 

深紅と意識を交代すると、再び前へと向かって走り出す。

 

 

「何度来たって無駄だと……」

 

 

触手が襲い掛かるが深紅は力任せに斬り裂き、桜吹雪の弾幕も炎を飛ばして燃やし尽くす。

そうこうしてる間に、黒扇の下へと辿り着く。

 

 

「さて、次はどうするのかしら?」

 

 

余裕綽々と両手を広げる黒扇に、俺はニヤリと笑う。

意識を俺に戻し、風歌の力で双振りの刀に風を纏わせる。

 

 

『西行寺幽々子:死を操る程度の能力』

 

 

能力を発動させると、モノクロに映る光景の中に赤く光る『点』が見えた。それは有機物・無機物が持つ死、幽々子の能力ならそれを観ることができる。要するに直○の○眼だ。

 

 

『Final Joker―――Code:【散桜、旋風慚悔】』

 

 

風を纏った刀身で、俺は『点』に向けてありったけの斬撃を叩き込んだ。

真空波となった風が双振りの刀の斬撃と折り重なり、彼女の『点』を隅々まで切り刻んだ。

 

 

「『――――――――――!?!?!?!?!?』」

 

 

声にならない悲鳴が、血染めと西行妖と黒扇と重なって反響した。

血染めの西行妖には、彼女の身体と同じ傷が刻まれ、俺のことを恨めし気に睨んでいた。

 

 

「まさか、その方法で来るとはね」

「幽々子からの最後の助けだ。ありがたく使わせてもらったぜ」

「ふふ。でも、私を殺すには至らなかったわね」

「殺さねえよ。本気でかかってこねえアンタに、全力も出せるかよ」

「なんですって?」

 

 

黒扇は傷跡を抑えながら俺を見る。

 

 

「さっきから妙なんだよ。以前戦った時と違って覇気がねえ」

「ふふ。そうかしら?」

「ああ。俺を殺す気で来てるってのに、アンタの心はここに在らずだ」

「気のせいよ。私は……」

「自分を犠牲にしてでも何かを果たそうとしている。俺にはそう見えるぜ」

 

 

俺の言葉に、黒扇は言い返そうとはしなかった。

 

 

「知ったような口を……私は貴方を殺そうと」

「そこからがおかしんだよ」

 

 

邪神たちにとって俺は忌むべき存在、殺すべき対象だ。

だが彼女は俺に余裕で勝っておきながら殺そうとはしなかった。

それに今思えば、あの時俺に言った言葉は、どれもこれも悪意に満ちていなかった。

まるで、俺の悪いところを言って、それを反省しろとでも言っているようだった。

始めから殺す気ならば、こんな回りくどい手なんて使わない。なら、彼女の目的は何なのか?

 

 

「教えてくれ、アンタは俺に何をさせようとしている」

「……うるさいわね」

「黒扇」

「何も知らない貴方が、すべての始まりである貴方が、勝手なことを言わないで!!!」

 

 

黒扇は激昂するように叫ぶと、その身体は黒い液体となって地面に溶け始めた。

彼女は解け始めた自分の手を見て乾いた笑みを浮かべた。

 

 

「そういうこと……通りで私を野放しにしてたのね」

「黒扇!!」

「結局、私も『美命』の道具だったのね。……あゝ、ニャルラトホテップ様」

 

 

液体となった彼女は地面を這って血染の西行妖へと吸収されると、地面が激しく揺れだした。

俺は咄嗟に血染の西行妖から距離をとると、その姿が異形のモノへと変わり始めた。

 

大樹は地面から浮き上がり、血に染まった花びらはすべて散り、その枝はあの赤黒い触手のように変わり、一本一本が意思を持ったようにうねうねと蠢き、その姿を本来のモノへと変えていく。

西行妖だったものはやがて触手で埋め尽くされ、本来あるべき姿へと変わり果てた。

上半身には無機質のように白く、黒い目に瞳孔は紅く染まっている女性。その下には赤黒い触手が絶えず蠢き、左右には鎌の形をした一回り大きい触手が数本生えていた。

女性は俺を見るとニヤリと笑い、両腕と胴体に五つの切れ目が入り、そこが口のように裂けた。

ギラリと光る鋭い歯、その奥では充血した目が見える。まさに五つの口を持つ邪神そのものだ。

 

 

「これが、膨れ女の本当の姿」

『美命……殺ス……』『ニャル様……救ウ……』『暁月……オ願イ……』

『桜良……ゴメンネ……』『優夜……助ケテ……』

 

 

五つの口からそれぞれ言葉が奏でられる。

恨み、愛、願い、懺悔、そして救いを求める声がこだまする。

これまで彼女がため込んできた思いが、理性という制御から解放され、絶え間なく繰り返される。

自分のことを『美命』の道具だと言っていた彼女は、最期に愛した者の名前を口ずさんだ。

 

 

「あれじゃあ、まるで」

『――暴走してますね』

『――あの野郎、黒扇に仕掛けてたな』

「無理矢理にでも戦わせるってか」

『――でしょうね。美命ならやりかねません』

「美命なら、ね……」

 

 

俺は『桜良』と『菖蒲』を構え、暴走する膨れ女と対峙する。

彼女の瞳には何も映っていない。あるのは抑え切れる感情の衝動だけ。

 

 

「終わらせてやるよ。お前らの永い夢を」

 

 

俺は膨れ女へと走り出した。

膨れ女は左右の鎌の形をした触手を振り上げると、俺に向かって振り下ろした。

俺はその場で飛んで避けると、その上に乗って本体へと目指す。周りの枝分かれした触手を伸ばして俺を狙い撃ちしてくるが、俺は大きな触手の上を飛び移りながら駆け抜ける。

やがて本体を目の前にとらえると、俺は双振りの刀を構える。だが、膨れ女はニヤリと笑う。

彼女の五つの口がそれぞれ大きく開くと、俺の中の深紅が叫ぶ。

 

 

『――ユウヤ、来るぞ!』

 

 

その瞬間、目の前から観えない何かが放たれた。

俺は咄嗟に大きく横っ飛びに避けると、俺の背後にあった桜の木が丸ごと消失した。

まるで食われように、跡形もなく、その場にはそれがあった痕跡一つ残っていない。

 

 

「グラ○ニーかよ……」

『殺ス……』『殺ス……』『殺ス……』『殺ス……』『殺ス……』

 

 

膨れ女は鎌の形の触手を再び振り下ろす。

今度も飛んで避けると、なんと横から別の触手が俺を薙ぎ払う。俺は『桜良』を盾にして防ぐが衝撃で飛ばされ、何とか受け身をとるも、更に別の触手によって今度は逆側から追撃される。

その追撃も咄嗟に『菖蒲』で受け止めるが、残り全ての鎌の触手が俺に振り下ろされた。

双振りの刀ですべて受け止めるが、膨れ女はまた五つの口を大きく開き始める。

 

 

「まず……っ!?」

 

 

気付いた時にはもう遅く、一瞬で俺の視界はブラックアウトした。

膨れ女は自分の触手ごと、俺を飲み込んだのだ。

 

しかし、不思議なことに俺はまだ生きている。

目を凝らしてみると、俺は真っ暗な空間に立っており、周囲には肉片や桜の残骸、鎌の形の触手など、これまで彼女が食らってきた物がそこら辺に散らかっていた。

どうやら本家と同じように、ここは膨れ女の腹の中らしい。なんとも不気味だ。

 

しかし、このままではどうにもできない。

そんなことを考えていると、俺の目の前に光る物が見えた。

刃が砕けたボロボロの二振りの刀、俺がそれに手を触れると、わずかな温かさを感じた。。

 

 

「まだだ。まだ終わらねえよ!」

 

 

俺を中心に、風が吹き荒び、炎が舞い、それらは混じり合い、真っ暗な空間を明るく照らした。

コートが黒に染まり、その背中に黄色い風と揺らめく炎の模様が描かれる。

 

 

「風歌、深紅、行くぞ」

『――二柱同時使用なんて、無茶しますね』

『――反動で動けなくぞ?』

「知るかよ」

 

 

俺はスマホを取り出すと、『幽々子』の能力を選択した。

目の前には、紅く光る彼女の『死』がある俺はそれに向かって走り出す。

 

 

「こいつで終わらせる」

 

 

『Final Joker―――Chord:【バーストストリーム】』

 

 

『桜良』に風が、『菖蒲』には炎が纏った。

風と炎を纏った斬撃が乱舞し、間髪入れずに同じように纏った蹴りを入れる。

最後に『×』に交差させて斬り裂くと、『死』は消え去り、暗い空間が徐々に崩壊し始めた。

 

 

「参ったわね。ここまでやるなんて」

 

 

振り返ると、そこには満足そうに微笑みを浮かべる黒扇が立っていた。

 

 

「やっぱりすごいわね。人間ってのは」

「アンタは、なんでこんなことを」

「さあ? 私たちはただ、絵空事の世界で気ままに生きたかっただけよ」

「都合のいいことを」

「そうね。でも、私も解放されるわ」

 

 

黒扇は笑う。それは悪意のない無邪気な笑みだ。

 

 

「教えてくれ、アンタたちは一体」

「悪いけど、私からは言えない。それを知るには、まだ貴方は弱い」

「言ってくれるな」

「それほど、貴方にとっては残酷な話なのよ」

「そうかよ」

 

 

俺はこれ以上聴くことを諦めた。

まあ、俺には無駄に永い時間が残ってるんだ。ゆっくりと探すとしよう。

 

 

「そうそう、私、占いが得意なのよね」

「初耳だな」

「どうせだから最後に貴方の次の行き先を占ってあげる」

 

 

黒扇はカードの束を取り出すと、適当に一枚引いた。

 

 

「あら、貴方地獄に行くみたいよ」

「遠回しに死ねってことか?」

「いえ。ただ、面白いことになるのは必須ね」

「なんだよそれ」

 

 

あきれて笑っていると、黒扇の身体が光に包まれていく。

 

 

「ユウヤ」

「なんだ?」

「私は多くの罪を犯した。私利私欲のために多くの人を殺したわ」

「そうだな」

「でも、私は後悔していない。あの方のためなら、私はこの命すら惜しいから」

「そこまで愛してるのか」

「ええ。だから、貴方に頼みたいのよ」

「頼み?」

「……あの方を、ニャル様をあの『嘘吐き』から救って」

 

 

彼女はそう言い残し、光となって消えた。

彼女が最期に流した涙が暗い地面に落ちると、そこから闇が晴れていった。

眩い光に目を覆うと、気付いたらあの桜舞う広場で一人で立っていた。

 

 

「これにて一件落着………か」

 

 

終わりを告げるように、東の空から太陽が昇っていく。

悲しみの夜が明け、その光は地面に突き刺さったボロボロの二振りの刀を照らした。

 

 

 

 





次回予告

戻ってきた日常、だが失ったものは二度と返らない。

それでも、彼らは前に歩き出さなければいけない。

狂っていた少年は、思い出に別れを告げ、旅立つ。

東方幻想物語・妖桜編、『出会いと別れとそれぞれの旅立ち』。


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