東方幻想物語   作:空亡之尊

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散る桜と散らぬ命と西行妖の封印

八雲 紫side

 

 

『どうした紫。もう終わりか? だらしないな』

 

 

ふと、そんな言葉が私の頭に響いた。

そして不思議なことに、来るはずの痛みも衝撃も一向にやってこなかった。

瞑っていた目を開けると、そこには桜吹雪が舞う中、結界を目の前に張った一人の女性がいた。

 

 

「大事なところで油断するなんて、理想郷の賢者もまだまだね」

 

 

銀色の髪を揺らしながら振り返った彼女は、そう言って私に微笑んだ。

その姿に、私は見覚えがあった。旅を始めて間もない頃、その道中で出会った狐と狸の二人組。

旅人を困らせていた二人を懲らしめて、その折に仲良くなった、自由奔放な九尾の狐。

 

 

「貴女は……たしか琥珀!」

「お久しぶりね。紫」

「どうして貴女が」

 

 

私が身を乗り出した時、琥珀の結界を西行妖の木の根や蔓が叩きつける。

 

 

「悪いけど、今はそれよりこの場を何とかしましょうか」

「……解ったわ」

 

 

私はスキマを使って西行妖から少し離れた場所へと移動し、今は琥珀が張った結界の中に集まっている。

 

 

「ざっと結界はこんなものかしら」

「衰えても、九尾の力は未だ存命のようね」

「世辞はいいわ。どうせ数分も持たないから」

「なら、早急に対策を立てる必要があるわね」

「どうする気だ? 紫殿」

「どうするもこうするも、方法は一つよ。妖忌」

「……やはり、か」

 

 

妖忌は訝しげに西行妖を、いや、西行妖に寄りかかるように眠る幽々子を見つめる。

 

 

「西行妖には幽々子の体が必要よ」

「だろうな。幽々子様も、それが分かったうえで自害した」

「反対しないのね」

「あの方が自分で選んだ道だ。拙者がどうこう言える立場でもない」

「そうね。でも、まずは幽々子を取り戻さないと」

「それじゃあ、助っ人がいるわよね」

「え?」

 

 

琥珀が向けた視線の先から、二人の少女が現れた。

一人は桃色の髪をした隻腕の少女と、もう一人は黒い髪の奇妙な羽根を持った少女だった。

 

 

「琥珀様、言われた通りに都のあちこちに結界を張りました」

「ったく、何で私達がこんなことしなくちゃいけないのよ。人間なんてほっとけば」

「そう言うなよ、ぬえちゃん。お前とは佐渡島の若狸の共通の知り合いだろ?」

「何でそこでマミゾウが出るんだよ。関係ないだろ」

「ふてくされるな。そこの鬼姫の部下みたいに素直に従っておくれよ」

「そうだ。仮にも九尾の狐、格上の相手には礼儀を払うものだ」

「よく分かってるわね、華扇ちゃん。後で美味しいお酒、一緒に呑みましょう」

「喜んで御相席します」

「あ、ずるい‼ 私も混ぜろ‼」

「調子の良い人ですね。まったく」

 

 

三人が各々話を繰り広げていると、二人の少女が私に歩み寄る。

 

 

「初めまして。茨木 華扇と申します」

「あ~、私は封獣 ぬえ。まあよろしく」

「え、ああ、よろしく?」

 

 

私はあまりにも自然に溶け込んでくる彼女たちに驚きを隠せずにいた。

それを察したのか、華扇は優しく微笑みかける。

 

 

「安心してください。私達、これでも優夜さんに少しお世話になったんです」

「ユウヤに……?」

「はい。あの人には、感謝しきれない恩がありますから」

「まあ、私としては面白そうな人間って認識しかしてないけどね」

「そう……また、面白い人達と知り合いになったのね」

「こいつらは私の旧友の身内だからな、無理いって手伝ってもらったんだよ」

「琥珀さんの防御結界を、都中に張っただけですけどね」

「お陰でこっちはくたくたなのに、何あの化け物」

 

 

ぬえは目の前に佇む西行妖を見て面倒臭そうな表情を浮かべた。

 

 

「疲れているところ悪いが、お主らに頼みがある」

「まさか、アイツを倒せとか言うのなら私今すぐ逃げるよ?」

「心配はするな。ただ、時間を稼げ」

「時間、ですか?」

「そう。紫があれを封印する準備が整うまで間、私達が食い止める」

「うわぁ……思った以上だな」

「無理強いはせん。逃げたければ逃げろ。誰も責めない」

 

 

琥珀がそう言うと、二人は前に足を踏み出し、琥珀の隣に立って西行妖を見つめる。

 

 

「そこまで言われて逃げたら、妖怪の名折れだね」

「ですね。まあ、もう私は逃げるつもりなんて無いですけどね」

「妖怪にしては、中々人情がある奴等だな」

「半分人間の癖に、生意気言うんじゃないよ」

「ははっ。それだけ活気があれば、西行妖に殺される心配はないな」

「悪いですけど、私にもやるべきことはあるんです。こんな所で負けてられないですよ」

「その意気込み、嫌いじゃないな」

 

 

妖忌、華扇、ぬえの三人は西行妖と対峙する。

琥珀は、私に歩み寄ると、そっと抱きしめた。

 

 

「……大丈夫よ」

「琥珀?」

「この子の苦しみを、終わらせてあげて」

「……解ったわ」

 

 

私はそう言うと、西行妖に立ち向かおうとする四人に向けて言った。

 

 

「お願い、私に力を貸して」

「……愚問だ。あの桜を止めるのが、我が主からの最期のご命令なのだから」

「妖忌……」

「あの子には少しだけ世話になったからね。老体の身でも、やれるところまではやるさ」

「琥珀……」

「あんな妖怪が居ては、おちおち花見も出来ませんからね。片腕でもやってみせますよ」

「華扇……」

「まあ、人間に悪戯できなくなるのは嫌だからね。手伝ってあげるよ」

「ぬえ……」

 

 

四人は結界の外へと出ると、西行妖は墨染の花びらをを舞わせながら、木の根や蔓や枝を不気味に動かしながら待って待ち受けていた。その周りには、怨霊たちも漂っていた。

 

 

「最初の時間稼ぎは拙者たちがやる。紫殿はその隙に封印の準備を」

「解った。それができ次第、私は幽々子のもとへ向かう」

「その時は道は、私たちが切り開くわ」

「それまで、頑張りますよ」

「やれやれ………それじゃあ、行くよ!」

 

 

西行妖はその木の根や蔓を地面にたたきつけると、私たちへと向かって襲い掛かってきた。

四人はそれぞれ木の根の刺突や蔓の巻き付きを軽々と回避していきながら弾幕を放つ。

妖忌は斬撃で蔓を斬り、華扇は木の根を足刀で断ち、琥珀は御札を投げつけ、ぬえは蛇のように曲がる弾幕を放つ。

西行妖は痛みを感じるのか、悲鳴を上げる代わりに怒り狂うようにその攻撃は激しを増す。

 

 

「真正面からではキリがないな」

「やはり、直接叩くしかないわね」

「でも、どうすれば?」

「それなら、私の出番だね」

 

 

ぬえはニヤリと笑うと、黒煙を西行妖の方へとまき散らした。黒煙によって四人の姿が見えなくなると、西行妖は再び花びらを収束させて黒煙を吹き飛ばした。

しかし、もうその場には妖忌だけが取り残され、他の三人の姿はなかった。

西行妖は敵を見失い木の根を傾げるが、目の前の妖忌に目標を定めると木の根を槍の様に尖らせて妖忌に向かって刺突する。

妖忌はそれを受け止め、地面を滑りながら押し込まれるが、彼はその場で踏みとどまってニヤリと笑う。

 

 

「もう少し周りを広く見ることだな。西行妖よ」

『――? ――!?』

 

 

突如、西行妖の木の根や蔓が狂ったように暴れだした。

西行妖の周りを赤い格子のような結界が囲っており、その隙間を縫うように無数のレーザーが放たれ、西行妖の本体を隅々まで痛めつけていた。

その格子の結界の上に、琥珀とぬえが腰かけて西行妖を見下ろしていた。

 

 

「よそ見はダメだよ。妖怪桜さん」

「紫、準備の方は?」

「もうできたわ。後は……」

 

 

私は結界から出ると、西行妖に捕らわれた幽々子を見つめる。

 

 

「直接、あの子に」

「道は拙者が切り開く」

 

 

妖忌は木の根を斬り策と、私と一緒に走り出した。

襲い掛かる木の根の刺突や蔓の巻き付き、花弁のような弾幕を避けながら、私たちは突き進んだ。

西行妖の目の前まで辿り着くと、妖忌は楼観剣と白楼剣を鞘に納め。居合の構えをとる。

 

 

「妖忌、幽々子を」

「解っている……!」

 

 

妖忌は地面を踏みしめすべての力を剣に込めると、西行妖へと目標を定める。

だが、その軌道上に怨霊の群れが立ち塞がり、妖忌は舌打ちをする。

 

 

「ちっ、これでは……」

「――行きなさい、芳香」

「はーい」

 

 

その声は楽しそうに返事すると、私の後ろから飛び出し、怨霊の群れをすべて喰らった。

無邪気にも食事を楽しむように、目の前のキョンシーは怨霊を平らげたると、私の横を走り去っていった。振り向くと、そこには一人の女性が立っていた

 

 

「青娥ー。言われた通り食ったぞー」

「いい子ね。美味しかった?」

「うん♪」

「貴女は……?」

「通りすがりの仙人です。お気になさらず」

「なんでここに」

「こちらにとって迷惑な存在だったから、だから手を貸したまでですわ」

 

 

仙人と名乗る彼女はそう言って微笑を浮かべると、私に背を向けて歩き出す。

 

 

「彼にもよろしくと伝えてください」

「彼……って、まさかユウヤ?」

「ふふ。飽きない人ですね」

 

 

彼女はそう言い残し、その場からキョンシーを連れて姿を消した。

まったく、私の知らないところでよく知り合いを増やすわね。

 

 

「気を取り直して………行きなさい、妖忌!!」

「言われなくても!!!」

 

 

妖忌は地を蹴って一瞬で加速すると、西行妖に向けて突進する。

花弁の弾幕が彼に容赦なく降り注ぐが、それをもろともせず、彼は目にも止まらぬ速さで白楼剣を抜刀し、西行妖を斬り抜けた。

一筋の剣閃が西行妖に走ると、幽々子を捕らえていた蔓が切れ、地面へと落ちていく。

 

私は幽々子の体を受け止めると、優しく抱きしめ、その耳元で私は封印の言葉を囁く。

 

 

「富士見の娘、西行妖満開の時、幽明境を分かつ………」

 

 

斬り抜けた妖忌は楼観剣を天高く掲げると、そこに妖力を収束させ、巨大な光の刃を創り上げる。

 

 

「その魂、白玉楼中で安らむ様、西行妖の花を封印しこれを持って結界とする」

 

 

さらに、西行妖の頭上に華扇が飛び上がり、天高く掲げたその脚に妖力を込める。

 

 

「願うなら、二度と苦しみを味わうことの無い様、永久に転生することを忘れ………」

 

 

二人は妖力を最大限まで溜めると、妖忌はその刃を横薙ぎに払ってその本体を斬り裂き、華扇は渾身の踵落としでその本体を真っ二つに切り裂いた。

まるで血飛沫の様にその身の桜を散らす西行妖は、最期に薄紅色の美しき姿へと戻った。

 

 

とめどなく溢れる涙が、私の頬を伝う。

これまでの彼女の思い出が、苦しみが、絶望が、西行妖と一緒に散っていく。

次に貴女に会う時は、私のことを憶えていない。それなら、また始めからやり直しましょう。

 

 

「そして、叶うなら………もう一度、私の友達になってください。儚き桜の姫君よ」

『――ふふ。言われなくても、そのつもりよ』

 

 

優しげな声は、西行妖の封印とともに消えていった。

その夜、西行妖と共に散った少女は、安らかな笑みを浮かべてこの世を去った。

 


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