東方幻想物語   作:空亡之尊

102 / 106
目先の欲と本当の俺と三つの延長線

神無 優夜side

 

 

「また失ったわね」

 

 

悲しげな声が俺の耳にこだまする。

俺の目の前には、紅く光る血染めの桜と妖艶に微笑む黒扇の姿があった。

 

 

「哀れなものね。記憶が戻っても、結果は同じ」

「同じじゃねえよ。もう、以前の俺とは違うんだ」

「何が違うの? 結局、貴方は愛する人をまた守れなかった」

 

 

怒りを孕んだその声は俺を責め立てる。

俺の手には、桜良が取り戻してくれたスマホと、彼女の髪飾りを握り締めていた。

 

 

「不思議ね。あの子の身体は骨の髄まで食らってあげたのに」

「そうだな。俺のもとまで来たアイツは、魂だけだった」

「でも、貴方はこうして彼女から受け取った。魂だけの存在となってもね」

「アイツなりのけじめだったんだろ。ご丁寧に別れの言葉まで言って消えやがった」

「そう……関係ないけど、美味しかったわよ。とてもね」

「最後の晩餐にはちょうど良かっただろ」

 

 

俺は静かな怒りを滾らせながら、黒扇を見つめる。

 

 

「いくら不老不死だろうと。いくら強い能力があろうと、貴方はただの人間」

 人間は神に勝てない。運命には抗えない。それがよく解ったでしょう?」

「たしかに、俺は今の状況に甘えていた、人間でも妖怪でもない中途半端な存在。

 護るものも守れず、私情で我を忘れる、どうしようもない馬鹿だよ」

「なら、貴方はどうするの?」

「そんなこと、前から決まってた」

 

 

俺は髪飾りを握り締め、目の前を見つめる。

 

 

「考えるのはもうやめた。俺は俺の好きなようにやるさ」

「……は?」

 

 

俺の回答が予想外だったのか、彼女は理解しがたいような声を出した。

 

 

「今思えば、途中から余計なものがどんどん増えていったんだよな。

 ニセモノの邪神とか、復讐だとか、挙句には手には俺の記憶を取り戻せなんてな。

 俺はただ、この世界で自由気ままに美少女に会えればそれで良かったのに、ほんと」

 

 

俺の言葉に、彼女は困惑していた。

それも当然だろう。愛する者を失った直後に、復讐が馬鹿馬鹿しいと言っているのだから。

いや、それ以前に、自分の使命すら余計なものだと吐き捨てている。いくら聡明な彼女でも、俺の言葉の意図を理解できない。

 

 

「だから、俺は今から目先のことしか考えないようにした」

「目先の事って……、馬鹿にしてるの?」

「馬鹿にしてねえよ。本気も本気、本気と書いてマジだ」

「だったら、なんでそうも平然としてるのよ。桜良を殺されて悲しくないって言うの?」

「悲しいさ。でもな……」

 

 

俺はそう言って、彼女を睨みつけた。

その時、彼女は俺を見て後退りをした。

 

 

「……なんなのよ、その殺気は」

「涙を流すのは後でもできる。悲しみに暮れるのも後回しだ。

 でもな、今はお前にを全力でぶん殴りたい。今はやることは、それだけで十分だ」

 

 

目先の事に必死になれば、なるようになるのが人間だ。

後の事なんて終わってから考えればいい。その先の事なんて、誰にも分からねえんだから。

それに、邪神とか復讐とか、そんなものに縛られるような人間じゃないんだよ。

 

思い出したよ。数億年も昔に置き去りにしてきた、俺自身の記憶。

 

 

「俺はアニメや漫画やゲームが好きで、コスプレ衣装作りが趣味で、守銭奴なのに甘い物好きで、美少女好きなニコ厨で、フェニミストなお人好しで、そして何より東方を愛しているただの人間だ!!

 その俺の前に、俺の幸せを邪魔する奴が居るのなら、たとえ邪神でも運命でもぶち殺すだけだ」

 

 

俺の言葉に、彼女は目を見開いた。

以前とは違う俺を見て、彼女は嬉しそうに頬を緩ませる。

 

 

「貴方、一体何者なの?」

「通りすがりの人間だ。憶えておけ」

 

 

俺の言葉に応えるように、ポケットから二組のダイスが飛びだしてきた。

深紅から貰ったダイスと、風歌から貰ったダイスだった。

 

 

――まったく、目先のことしか考えないですか。

――いいじゃねえか。そういう考え、俺は好きだぜ。

――貴女は元から後先考えない人ですから、まあ似合いますね。

――んだと!!

――二人共、喧嘩するなら後にしてくれよ。

 

 

ったく、こんな大事な場面だというのに、緊張感がない奴等だ。

邪神と云うのは、どいつもこいつも自分勝手だな。

 

 

――そうですね。喧嘩なら後でいくらでもできます。

――今は、目の前のアイツをぶちのめす。そうだろ?

 

 

紅く揺らめく炎を、吹き荒ぶ風を纏いながら、ダイスは光を帯びる。

 

 

「お前らがやれって言うのなら、それがお前らが本当にやりたいことなんだよな。

 一緒に戦ってくれ、菖蒲、桜良!! そして行くぜ、深紅‐クトゥグア‐、風歌‐ハスター-!!」

 

 

ダイスを握り潰すと、砕ける音ともに炎が巻き起こり、風が吹き荒ぶった。

桜良の髪飾りは二振りの刀となり、それぞれ鞘に桜と菖蒲の花が描かれている。

フィンガーグローブには炎のように紅く、コートは風歌と同じように黄色一色に染まる。

俺がコートをはためかせると、吹き荒ぶ風と燃え盛るの炎が周りの桜を一斉に舞わせた。

 

 

「それが、邪神の神降ろし」

「人間も邪神も助け合いでしょ」

「おっしゃる通りね」

 

 

その時、幽々子の屋敷から凄まじい妖力が感じいられた。

それと同時に、都の方から空にめがけて巨大な閃光が放たれた。

 

 

「どうやら、あっちの方でも本番に入ったみたいね」

「みたいだな。でも心配はいらねえな」

「あら、いくら常闇の妖怪と妖怪の賢者でも、あの子たちには敵わないわよ」

「たしかにな。アイツ等一人一人の力じゃ無理だ」

「どういう意味よ」

 

 

理解できない彼女を尻目に、俺は空に向かって思い切り叫んだ。

 

 

「どうしたル紫、もう終わりか? だらしないな」

「……!」

「ルーミア、お前はそこで終わりか? 俺との約束を果たすまで、死ぬんじゃねえぞ」

「貴方、何を言って……」

 

 

その声は虚空へと消えると、西行妖と都の方から凄まじい妖力を感じた。

それは彼女にも伝わったようで、驚きで目を見開いている。

 

 

「貴方、一体何をしたというの?」

「何もしてねえよ。ただ、アイツ等を焚き付けただけだ」

「……でも、もう西行妖と黄龍は止められない」

「止めてみせるさ。俺の仲間と、俺の紡いできた絆がな」

「なんですって?」

「言っただろ。助け合いだって」

 

 

俺はいつもの様に口元をニヤッとさせて言った。

 

 

「さあ、目を見開きな。ここからが延長戦だ」

 

 

 

 





次回予告

本当に自分がやりたかったこと、それを思い出した優夜。

その瞳は真っ直ぐ前を見つめ、その心には一点の曇りもなかった。

そして、彼の叫びは諦めかけていた仲間の心へと響いた。

墨染の桜、四神の長、黒い扇の邪神、それらすべてを打ち倒せ!

さあ、ここからは本当の延長戦だ。

東方幻想物語・妖桜編、『散る桜と散らぬ命と西行妖の封印』
           『五柱の神と五つの絆と完全な闇』
           『邪神と覚悟と受け取った力』


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。