話の都合上デジモンたちの進化に関してはデジタマ→幼年期→成長期・・・となっていて幼年期にⅠ、Ⅱの概念はありません。
第1話 謎の世界 デジタルワールド
森の中を猛スピードで駆け抜けていく一つの卵。完全な球ではないので蛇行しながら森の土の部分を進んでいく。ブレーキをかけることは出来ないのか、急いでいるからか坂道はさらに速く勢いよく転がり落ちていく。だが、不思議なことに全く傷はついていない。甚だ異常な光景だ。
しばらくそのまま転がっていくと突然ある場所でピタリと止まる。
停留所のような雰囲気の場所。長く、もしくは一度も使われていないのか周りは雑草だらけで周囲の木から伸びる蔦は屋根を覆っている。
卵は、まるで目があるかのようにその停留所に置かれたベンチの方を向く。
木で出来たそのベンチには座って寝ている少年が一人居た。それをとらえた卵は勢いよく彼の膝めがけて、跳ねた。
「いっ!ててて……ってうわぁぁぁぁぁ!!」
鳩尾に飛び込んだ衝撃に少年、達基は目を覚ます。そしてその目に飛び込んできた光景は寝起きの脳により驚きと困惑の対象と処理され、それを叫ぶという行動で示すことになった。そりゃあ自分の頭ほどもある卵が知らぬ間に膝にありその上動いていたら誰でも驚くだろう。
そして、反射的に立ち上がる。もちろん卵は膝から落ちていく。
割れる。そう達基が考えたときにはすでに卵は地面に接触していた。両腕で顔を覆い、飛び散ると思われた飛沫に備える。
しかし、卵は割れることなくそのまま地面を転がり、さらにあり得ないことに垂直に立った。
そこでようやく奇特さを感じた達基は自分の座っていたベンチを振り返り、そのままあたりを見渡し絶句する。
あたり一面木々が生い茂っている。言わずとも森だとわかる。そう認識してしまうと血の気が引いていくのが言葉通りにはっきりわかる。生粋の都会っ子の達基にとって森なんて物はどこかファンタジー世界なんかの空想に存在するものだと感じていたから余計だ。
混乱に混乱を重ねたこの状況に至るまでに何があったのかパニックになりながらもゆっくり記憶を遡る。
最後の記憶は白だった。その前には何かにわくわくしている自分。そうだ、ゲームをしていた。スマホで、デジモンをしていたんだ。その前は?
そこまで遡ってハッと顔を上げ再び森を見回す。この森に既視感を覚えたのである。それもかなり最近。だが、見たといっても生でじゃない。
画面越しに、だ。
驚くことにこの森は昨日良平と英雄とでこなしたクエストの舞台と酷似しているのだ。
そうやってこの異常な状況の把握を進めていた達基の耳に初めて音が届いた。混乱の中で外界の音を断ち切っていたのかもしれない。その音は台所で聞いたことのあるような、しかしそれよりとはっきりしていて長い。
音の出所を探して達基の目は一点に吸い寄せられた。この状況で一番異常とも言えるあの卵にひびが入っている。
息すら忘れたように卵だけをただ見つめる。ひびが一周して上の殻が草むらに転がって達基の足元で霧散した。中では黒い何かがごそごそと動いている。
目が合った。
黄色のつぶらとも何とも言えないおそらく目と。
そのまま両者は固まる。達基は相変わらず困惑顔のまま。黒い生物は顔らしき物に黄色が張り付いているだけなので表情を読みとることは出来ない。
先に動いたのは黒い生物だった。先程の卵と同じように達基の胸めがけて跳んできたのである。咄嗟にそれをキャッチした達基はそいつの柔らかさに思わず小さい頃友達の家で出会ったハムスターを思い出す。可愛い見た目だと好感を持っていたのだが手に乗せた途端に気持ち悪い動きをする不気味な生き物に変貌を遂げたあの瞬間の感覚。
つい落としてしまいそうになったがはたとあの黄色と目があった。達基はそこで思い出した。こいつはボタモンというデジモンだということに。そして自分のパートナー、スカルグレイモンの昔の姿であることに。
ボタモンの第一印象ははっきり言って怖いの一言だった。それに、モンスターとつくだけにもっとかっこいいのが生まれると思ったのだがやけに弱々しい。ゲームを始めた当初はハズレとさえ思ってしまった。もちろんそんな感情は触れ合っていくうちに掠れ、いつしか消えていたのだが。
それが今、自分の手のひらにいる。達基の感触を確かめるようにすり寄ってくる。嬉しそうに黄色の目を細めて達基に笑いかける。なんて可愛いんだ。
それと同時に、これはゲームの中なのだと判断し、なんてリアリティのあるゲームだと考えることにした。再現された世界に立つことが出来るだけでなく五感に働きかけるものが揃っている。科学はここまで発達していたのか。
ゲームの中ならば安心だと達基はベンチに座りボタモンとじゃれあうことにした。頬をつつけば目を細めて嬉しそうにする。耳のようなものを触れば嫌がっているのか目をつり上げる。
しばらくボタモンの観察のような遊びを続けていると聞き慣れた機械音が自分のズボンから聞こえてくる。存在を忘れていたスマホだった。一応、元凶となった物質だ。
そもそもこの状況はあのゲームの創り出した仮想空間。管理人からの説明だろうと急いで取り出して確認するとゲームへの通知ではなくメールが届いていた。開けていいのか少しためらったのだが圏外だから少なくとも変なサイトに飛ばされたりはしないだろうと開く。
『件名:Re:Re:タスケテ
本文:ヨウコソ、デジタルワールドヘ!
来テクレテアリガトウ!
詳シイ事ハ案内役ヲ派遣シテオイタカラ、ハジマリノ街デキイテネ』
カタカナと漢字だけの何とも読みにくい文章だったがおそらくクエストの依頼人と同じなのだろう。
読み終えてホーム画面に戻った直後、スマホの画面から目映い光があふれ出す。またホワイトアウトするのかと身構えていると本体がどんどん熱くなる。耐えきれなくなった達基は手放して足元に落とす。
十秒か一分か、それ以上かはわからないがそれくらいして漸く光が収まる。
恐る恐る熱さを確認するとすでに収まっているようなので拾い上げて何が起こったのか確認してみる。
見るからに変わっているのが色と模様。黒一色だった本体は赤めの茶色に染まっていて見慣れたパイナップルのマークの下には“D-phone”と印字されている。
画面をつけると見慣れた画面が広がっている。ただひとつデジタルモンスターオンラインのアプリだけが画面から消えていた。
こうした機能も全部ゲーム上の演出だと思いこんでいる達基はとりあえず指示通りにはじまりの街とやらを目指すことを第一目標にして辺りを見渡す。
しかし、初めての場所でいきなりどこそこへ向かえなどといわれても余計に迷ってしまうのではないかとまずは他に誰か居ないか探すことにした。少なくとも一緒にクエストを始めたギルドメンバーなら居るに違いない。
ボタモンを抱えて停留所を後にし左右前後を確認しゆっくり歩を進める。
やけに静かな場所だった。他のデジモン達も姿を現さない。風の音だけが木々の隙間を抜けていく。
歩いても大丈夫なのかという不安が湧き出す。
そんな静寂と不安を破ったのはやけに荒々しく掻き分けられた草むらの音だった。
「り、良平!」
「え、た、達基か!? 良かった、助かった!」
何かデジモンの一匹でもでてくるのかと思い身構えていたのだが出てきたのはよく見知った人物、良平だった。
その腕には黄色い猫のようなデジモン、ニャロモンが抱えられている。
「助かったってどうかしたのか?」
「いや、なんか知らないけどでかいデジモンに追いかけられてさ。撒いてきたけど、かなり怒ってた。まだ探してるかも」
案外良平はこの状況に適応しているようだった。もしくはそんなこと考えている暇すらなかったのかも知れない。互いにこちらに来てからのことを報告しあう。
良平はこちらに来てすぐ卵から生まれたニャロモンと出会い、やはり状況を把握するまもなくそのでかいデジモンに追いかけられていたらしい。おかげで達基の話を聞いてようやく事の異常に気づいたようだった。
「んで、こういうメールが来たから皆を探しに行こうと思ってたんだよ」
達基も一通りこちらに来てからのことと考えていることを伝えると良平は腕を組みしばらく黙ったまま考え込む。達基も邪魔をするまいと黙っていると考えが纏まったのか話し出す。
「そうは言っても、俺たちはギルドメンバーの顔なんてしらねぇし、そのはじまりの街ってのが何処にあるのか全く見当もつかないのに無闇に動いていいのか?」
「あ…」
良平にしては随分と真面目な意見だった。
達基も良平も普段は猪突猛進で思いついたら即行動、という考えのもと動いている。もちろんその被害者は英雄だ。
そんなことまでは全く考えていなかった達基は良平に其処まで言われてしまえばなんとなく惨めな気持ちになるが言っていることは正論そのもの。
しかし、話し合いはそこでストップした。
地響きがするほどの足音が響きわたったのだ。
良平はその音に聞き覚えがあるようで音のする方と逆を向き達基に逃げることを促す。
二人で顔を見合わせて一斉に駆け出す。しかし、足音が聞こえたのか追いかけてくるデジモンの足音も速くなる。二人はできる限りの早さで足を動かす。特にクラストップの瞬足を誇る良平はともかく後れをとらないようにと達基は平々凡々の割に今までを凌駕してしまいそうなほどのスピードがでていた。
やがて二人は少し開けた広場のような所に出る。
しかし、眼前にそびえ立つ崖。行き止まりだ。足音はすぐ後ろまで来ている。咄嗟に二人は向きを変え形だけの迎撃体制になるが人間がデジモンに適う訳がない。
そのデジモンがとうとう姿を現した。
紫色で鼻の辺りに鋭いドリルのついたモグラ、達基の記憶か正しければドリモゲモンとかいう名前。
やけに怒っていて話を聞いてくれそうもない。じりじり詰め寄ってくるが同じように達基たちも後ろに引くから距離は変わらない。
すると、二人に抱えられているボタモンとニャロモンが二人の腕から飛び出しドリモゲモンに向かっていく。
「ボタモン!」
「ニャロモン!」
二人の声が重なる。それとほぼ同時に二匹はドリモゲモンに弾かれ足元に転がってくる。それでも二匹は再びドリモゲモンを見据え立ち向かう。また弾かれる。その繰り返し。
達基と良平は止めなければいけないという意志はあるのに金縛りにあったかのように体が動かずそれを眺めることしかできない。
何度目かの攻防の末とうとうボタモンとニャロモンが倒れて動かなくなる。
二人はあわてて駆け寄って二匹を抱き寄せるがそうすると二匹はまだまだやれると見栄を張るように立ち向かおうと腕から抜けようとする。
「ボタモン、もうやめてくれ!」
達基は叫びながら必死に抜けようとするボタモンを止める。それでもボタモンは聞かずにボロボロの体で立ち向かおうとする。ニャロモンも同じだった。
そして二匹は同時に飛び出し、二人の叫びが重なった。
──それと共にスマホから光があふれ出す。
光は線となり二匹を染める。光に包まれた二匹はどんどん姿が変わっていく。腕、足、顔がはっきりわかる形になり変化が終わると二匹は体を震わせて光を払う。
「ボタモン進化! クロアグモン!」
「ニャロモン進化! レオルモン!」
其処に立っていたのはゲームでそれぞれのパートナーだったレオルモンとアグモン。しかし、アグモンは黄色ではなく黒色で自らクロアグモンと言っていた。
レオルモンとクロアグモンは顔を見合わせると勢いよくドリモゲモンに突っ込んでいく。先程までとは段違いに速く、飛び跳ねるだけだったのに対し足で地面を蹴る様子はとても安定している。
ドリモゲモンはクロアグモンに爪を立てられレオルモンに噛みつかれ雄叫びをあげる。
虚を突かれ攻撃をくらったもののドリモゲモンも負けじと腕を振り回し反撃する。
しかしドリモゲモンに比べ小さな二匹は軽々とよけ、距離のあいたクロアグモンは口から火の玉を放つ。
顔に直撃したドリモゲモンは逆上しさらに足も使って暴れ出す。その蹴りはレオルモンに直撃するがなんてこと無いようにすぐ反撃に移る。
幼年期での戦いが嘘のようにドリモゲモンを圧倒する二匹に達基と良平は唖然と口を開いたまま見ることしかできなかった。
「待って!!」
とうとう佳境といったところで戦いはある声でピタリと止まる。その場にいる誰の声でもない、少し高めの声。皆が声のした方向を見ると紫色をした犬のようなデジモンが立っていた。
「ド、ドルモン」
焦ったようにドリモゲモンがぼそりと呟く。
「何があったのかは分からないけど暴れすぎだよ。森のデジモン達が怖がっている」
ドルモンと呼ばれたデジモンは悠々とした足取りで戦いの間にはいるとドリモゲモン、クロアグモン、レオルモンと目を合わせ諫める。
「でも、コイツはオレのパートナーを困らせてたんだぜ? 追いかけ回してきてさ」
臆しているドリモゲモンとは違いレオルモンはむすっとした表情でドルモンというデジモンに言い返す。それに対しドルモンが何かを言おうとしたがそれを制してドリモゲモンが口を開く。
「わ、悪いのはそっちだろ! おいらの縄張りに入ってきたじゃないか!」
震えてはいるもののしっかりとした声量で主張する。
なるほど、それで怒っていたのか。と達基は納得して言い争うデジモン達に近寄る。それに気づいたドリモゲモンは目をキッと細め睨み威嚇する。
「ドリモゲモン、それで怒ってたんなら謝るよ。でも、俺たちはそんなこと知らなかった。その事は分かってほしい」
達基はドリモゲモンの前に立つと話しながら頭を下げる。
そんな達基の様子と言葉にドリモゲモンは驚いた様子でそうだったの。と、つぶやき申し訳なさそうにしゅんとしてから達基と良平を見やって頭を擡げる。
「そういえば、おいらはどうしてあんなに怒ってたんだろう……。ごめんよ」
ドリモゲモンは先程あんなに暴れていたのが嘘のように落ち着いて謝る。その声にはもう怒りは含まれていなかった。よかったと顔を見合わせ達基と良平は笑う。
「よし、仲直りが出来たんならドリモゲモンは住処に戻りなよ」
「うん、ありがとうドルモン。君たちもごめんね」
ドルモンに促されドリモゲモンはそう言うともそもそと来た道を帰っていく。姿が見えなくなるとクロアグモンとレオルモンは流石に疲れたのかその場に座り込み深く息をついた。
「ありがとな、クロアグモン。助かったよ」
達基はクロアグモンに寄り抱きしめるとクロアグモンは照れたように頭を掻く。
「そりゃあ、タツキはパートナーなんだから助けるに決まってるよ~」
語尾が間延びしたその口調からは先ほどまでの頼もしさはなくどこかボタモンを彷彿させる。
「さて! それじゃはじまりの街に帰るよ!」
ドルモンが嬉しそうに言う。その言葉に疑問を浮かべた達基と良平は今までつもり積もっていた疑問がどっと頭をよぎる。
良平はとりあえず今のドルモンの言葉について言及することにした。
「え、っとドルモン…だっけ? それってどういう…」
「あぁ、ボクがここに来たのは君たちを迎えに来たんだよ。メール行ってない?」
「じゃあ、依頼主の言う派遣した案内役ってのが…」
「うん、ボクだよ」
相変わらず愛くるしい笑顔で話し続けるドルモンにつられ達基と良平も笑顔になる。
まずは、第一目標、達成できそうだ。
ようやく冒険が始まりました。
クロアグモンという表記についてですがブラックアグモンやアグモン(黒)の方がメジャーかとは思いますが、呼ぶのに長い(ややこしい)という自分勝手な理由でチャンピオンシップ準拠にしました。
感想、批評、誤字脱字報告等お待ちしています。