完全オリジナルストーリーで序章はあまりデジモンは出てきません。
前編
“デジタルモンスターオンライン”
社会現象にまでなろうとしている話題沸騰中の大人気スマートフォンアプリの名称だ。
配信から約3ヶ月経った今、もはや他のアプリの追随を許さないかの如くランキングトップに居座り続けている。
しかし、このゲームがそこまで面白いのかといわれても他と比べ評価するのなら中の上が妥当なところだ。
ゲーム開始時に自分のパートナーとなるデジタルモンスター──通称、デジモン──を選び、育てて冒険して戦う。至って単純な育成RPGだ。
──ならば、何故こんなにも人気がでてしまったのか。
答えから言ってしまえば製作会社がユーザーの心を掴むのにかなり長けているからだが、そんなこと言うまでもない。
ただ、ゲームの質はかなり高いレベルといえる製作会社は元々電脳科学というジャンルを研究する施設だったらしくスマートフォンアプリの利点を活かしきる事なんて容易だったのだろう。
例えば、デザインの良さ。
詳しく言うならデジモンのデザイン性のことで、メインターゲットである若年男子層の心をガッチリ掴む恐竜や機械、昆虫を模したものに加え女子受けの良さそうな小動物や草植物をモチーフにしたりと多方面に行き渡ったデジモンが現在確認されているだけでも約300体以上。そんなデジモン達が決まった動きではなくまるで本当に生きていてそこにいるかのように活動していたらどうだろうか。次から次に現れるデジモン達にユーザーはどんどん心を奪われていくのは目に見えている。それを実行してしまったのだから製作陣の技術は間違いなく最先端といえるだろう。
もちろんRPGらしいストーリーに冒険システムも飽きることなく楽しむことができる。
これだけのスペックが揃っていれば目論見通り、いやそれ以上にユーザーを獲得してしまった。もはや老若男女楽しんでいることだろう。
そして、学校から帰ってきてすぐに親から与えられたスマートフォンを少し大きさの足りない手で握っている少年、朝倉達基も例に漏れることなくそのゲームの虜の一人だ。
しかし、何故だかゲームを起動させるとすぐにぎらぎらと燃えていた目は曇る。
『第1回デジモンチャンピオン決定!』
達基の眺める画面にはでかでかとそんな文字が表示されている。先日まで行われていた初のPvPイベントの結果らしい。優勝、準優勝、3位…と続く画面に達基のユーザー名は見あたらない。それどころか名列順に並ぶベスト8の欄にすら載っていない。
実を言うと達基はかなり初期の頃からのユーザーでPvPでは名の知れた人物だ。一部のユーザーからは今回の大会で上位入賞は確実だと言われるほどの強さも持っている。
それが、本戦第1回戦で負けてしまうとは。
もちろん第1回戦とはいえ本戦に出場できているというのは何万という 参加者を予選で勝ちぬき、少なくともトップ50には入っているという証拠だ。達基の強さを証明するには十分だろう。
少しくらいは誇っても良いものだが期待していた者達からの反応は無情だった。メール画面を開けば無題がならんでいる。おそらくそのほとんどは大会に関するブーイングか気持ち程度の慰めだろう。
「どれもこれもこの優勝者のせいだっ!!」
家に誰も居ないからとヤケになって一際目立つ色で書かれた優勝者の名前をにらみつつ大声で叫ぶ。
そう、1回戦で達基を負かした人物こそが優勝をもぎ取っていったダークホースだったのだ。
Reaperと名乗るそのユーザーはパートナーがマタドゥルモン。達基は初めて戦うデジモンだった。
しかし、小さい。デジモン情報をみた限り達基のパートナーのスカルグレイモンと同じ完全体ではあるが比にならないほど小さい。
勝った。
何の根拠もないが達基は画面の前で浮かれていた。そもそもReaperなんて名前ちっとも聞いたことないんだから運で勝ち上がった奴だろうと余裕まみれで戦いに臨んだ。
結果、大敗。
ちょこまかとその小柄を利用してスカルグレイモンを翻弄するマタドゥルモンのスピードはもちろんの事、技も一発が重い。
達基も負けじと反撃をする。スカルグレイモンはパワー重視で育ててきたため当たれば一気に削ることもできるだろう。が、当たらない。じわじわいたぶるセコい戦法だと考えながらも徐々に焦りを感じる。それと同時に自分がいかに井の中の蛙だったかを思い知らされる。
結局、まともにダメージを与えられないままにスカルグレイモンの体力は尽きてしまった。
思い返してみればひどい試合だった。そりゃあこれだけ非難メールが来たっておかしくはない。
律儀にもメール一件一件を確認し仲の良いユーザーには返信をしていくが達基のメンタルはじりじりと削られていく。中には心無いメールもあり小学生の達基には厳しすぎるもので思わず涙が溢れそうになる。
ようやくすべてを捌ききり自分のホームに行けたのは約30分後だった。
ホームではすぐにスカルグレイモンが迎えてくれるがこいつも傷ついているパートナーを気にせずお腹すいたと訴えてくる。
このゲームの凄いところはユーザーだけでなくデジモンともチャットが出来るのだがその返答は凡そAIとは思えない程に表情豊かだ。とはいってもスカルグレイモンの進化前、グレイモンはまだ表情に見分けがつき愛嬌も湧いたのだが進化してからどれだけ話しかけても返ってくるのは沈黙だった。その上表情が全く分からない。
それでもたまにお腹すいただとか遊ぼうだなんて言ってくるのでどうしようもなく愛おしくて嫌いにはなれない。
癒しをいただいてストーリークエストに励もうとしたがフレンドチャットでしきりに呼び出されていたのに気付く。
リョー:いくらなんでも遅すぎだよ!!
たっきー:悪い。全く気づかなかった
リョー:気づかなかったって、さっき言っといただろ?来いよって
随分とお怒りの様子のリョーとは達基のリア友で本名は久保良平。達基の誘いでこのゲームを始めたのだが達基以上に夢中になっている。
達基は帰り道での会話を思い出そうと頭をひねる。確か、一緒にデジモンしようと誘われたのだがあいにく今日は母さんに留守番を任されていて断った。
その別れ際だったか。試したいことがあるから集合な! とかいって走って帰る良平の姿がじわじわと思い起こされる。
おそらくほんの30分前には覚えていたはずだ。だが、大会結果と大量のメールに悩まされていてすっかり忘れてしまっていた。
ヒーロ:まぁまぁリョーはちょっと落ち着きなよ。どうせたっきーのことだからイベントの結果に悩まされてたんじゃない?
ヒーロの本名は佐久間英雄。達基とは同じマンションということもあり幼稚園の頃からの幼馴染だ。相手の状況を言い当てられる程には分かり合っているはずだ。
三人は小学校の5年2組に在籍する親友だ。二年生のころ良平が転校してきて以来三人は学校生活のほとんどを共にしている。
帰宅したらすぐデジモンで合流。外で遊ぶにしても公園に行ってスマホで遊ぶ。達基らだけに限らず今の時代は子供にとってこの流れが基本となっていた。公園で走り回っている姿なんてめっきり見かけなくなってしまった。
たっきー:で、なんだよ。試したい事って。
リョー:あぁ、たっきーはイベント三昧でお知らせとか見てないのか。実はな今日から、新しいシステムが配信されるんだよ!
このゲームではシステム導入がかなり頻繁に行われる。人気を維持し続けられている理由の一つにはこの事も含まれるだろう。
ヒーロ:あ、もしかしてギルドシステムってやつ?
リョー:そうそう! なんかパーティの拡張版みたいなもんらしいけど楽しそうだし俺らで組んでみようぜって思ってさ。
たっきー:ギルドシステム?
良平の言う通り達基はここ最近イベントのために尽力していたためにシステム導入のことをすっかり忘れていたようで聞き慣れない言葉に首を傾ける。
ヒーロ:パーティみたいに四人までって決まってなくて何人でも入団可能、あとはギルド専用クエストとかイベントとかもあるんじゃなかったっけ?
リョー:たしかそんな感じだったな。イベント大好きな達基クンなら乗ってくれるんじゃないの~?
英雄の説明で何となく察しはついた。他のゲームで名前は違うが同じようなシステムを見かけたことがある。
煽られはしているものの良平の言うことは達基にとって図星だった。イベントがあるなら参加せざるを得ない。
達基の返事は迷うことなくイエスだった。
リョー:おっしゃ! じゃあ早速新規申請してきてくれよ、たっきー!
たっきー:え、え? 俺がすんの? リョーじゃなくて!?
リョー:いや、だって俺らん中で一番古株だし一番強いしリーダーになるならお前しかいなくね?
ヒーロ:うん。僕はそんなにログインしていられないし、リョーよりかは安心できるからね。
リョー:なんかいろいろ気に障る言い方だけどそういうこった! 頼む!
なんだかんだ言ってもリーダーをやれるならやっておきたいのは確かだ。イベントによってはリーダーの采配でランキング上がることだってあるかもしれない。
たっきー:……まぁそこまで言うなら引き受けても良いけどさ。
そんな発言をしてから達基は新しく追加されているアイコンをタップする。
必要情報を入力してください。
それから始まる登録画面にはいくつかの記入欄があり、達基の目はその中の一つに吸い寄せられた。
たっきー:あのさ、ギルドって名前どうするの?
リョー:全部たっきーに任せるよ。好きなように付けといて。
ヒーロ:相当変なのじゃなかったら別に何でも良いよ。
ギルド登録の最初の項目、ギルドの名前。それはある意味一番重要な項目かもしれない。
やるからにはランキングトップをとれるようなギルドにしたい。しかし、有名になったとき変な名前でバカにされるのなんて御免だ。なんて、イベントがどんなものになるのか未発表であるのにトップをとれたことばかりを考え、さらに危機感まで抱いてしまった。捕らぬ狸の皮算用とはまさにこのことである。
そんな考えもあり二人に相談しようと思ったのに、ほぼ同時に返ってきた言葉は丸投げでしかなかった。
達基は良平も英雄もこうなるとどう言ったって考えてくれる気がないのは数年のつきあいから分かっていたために余計頭を抱えたくなった。
実のところ、達基にだって母親が貰ってきたいかにも高貴そうな子犬のシェルティにポチと名付けようとするほどのネーミングセンスしか持ち合わせていなかった。
こういうときの名前ってのは自分たちの名前をもじったりするものだろうか。変にややこしいものをつけたら厨二病だとかでまず良平たちにからかわれるかもしれない。
辞書や手近にあった小説なんかをめくりながら試行錯誤を重ねるがぴんとくる物はないようで、画面では二人の雑談だけが虚しく過ぎていく。
しばらくして、やっぱり無理だと匙を投げキーボードに手を伸ばすが画面の、デスクトップに書かれた英単語。
たっきー:…じゃあ、“エタニティ”
どうせ笑われるならばとちょっとかっこ良さげな言葉を投下してやろうと意味も知らないのに投げやりに送信ボタンを押した。
しかし、返信はなかなか返ってこない。
焦った達基は電子辞書で単語の意味を調べる。
“永遠”
やってしまったと返信のない画面にだんだん血の気が引いていく。
今はやりの厨二病入りだ。明日から学校に行けない。
そう思うと、手は勝手に言い訳じみた言葉を打ち込んでいく。
たっきー:え-っと、これさ“永遠”っていう意味で…ま、まぁ永遠の友達だぜ!…みたいな
たっきー:…やっぱり別の考えよう! もっと良いのを三人で!
良平も英雄も絶対画面の前で苦笑いでも浮かべて、返答に困っているのだろう。しかし、変にフォローされたら今度こそ立ち直れないからと自分から逃げ道を敷いておく。
だが、反応は予想外のものだった。
リョー:いいじゃん! ギルド、エタニティ。すっげーかっこいいって!!
ヒデ:うんうん! ちょっと変なの期待してたけど普通にいいかんじ!
想像以上に好評でそれがお世辞かもしれないという思考はせず達基は大きくガッツポーズをしていた。そんな達基に横で寝そべっていた件の飼い犬は怪訝な目を向けている。
たっきー:いやーよかった。厨二とか言われたらどうしようか冷や冷やしてたんだよ
好評だったことに安心して別に言わなくてもいいようなことを口走ってしまう。だが達基は自分の案が通ったことで少し浮かれていた。
ヒデ:あ、ごめん。少しだけ思った。
リョー:実は俺もw
そんな冷たい親友共の反応に今度はがっくりと肩を落とす。
しかし、何はともあれ無事にギルド“エタニティ”は結成されたのだった。
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