由比ヶ浜の荒らした台所を片し終えたところでオーブンが焼き上がりの合図を出した。そこで由比ヶ浜の提案により一旦休憩を挟むこととなった。
「おまちどうさま」
雪ノ下が綺麗に皿に盛り付けてクッキーを持ってくる。由比ヶ浜と雪ノ下、それぞれのクッキーが山を形成しているが、どちらのものかは一目瞭然で、まず色からして違う。
雪ノ下のはこんがりきつね色をしており、市販のものと変わらず、食欲を引き立てる。反対に由比ヶ浜のは、チョコクッキーかよ! ってくらい黒い。まあコーヒーの元のせいで生地からして黒かったんだがな。この苦い臭いも完全にそれのせいだよな。隠し味って言ってたが全然隠れてないんだが、どうすんのこれ。
「じゃあ食べ始めましょうか」
いつのまにやら紅茶がいれられており、ユラユラと湯気を立てている。冷まる前に飲みたいし、さっさと食べるか。早く帰りたいし、雪ノ下がめっちゃ見てくるし。
俺がクッキーの山に手を伸ばすと由比ヶ浜がピクンと反応する。雪ノ下の山に手を伸ばすと、ふくれた顔をしてくる。・・・どうでもいいが雪ノ下の山ってなんかエロくね? いや、やっぱエロくねえわ。だってゆきのん山ないし。
仕方ないので由比ヶ浜のクッキーを食べることにする。俺が食べる所作を二人が一生懸命見ているため、居心地が悪い。つうか雪ノ下さん、完全に僕に毒見させてますよね? 僕の反応見て自分が食べるかどうか決めようとしてますよね?
俺が動かないと周りは動きそうにないので、一先ず黒ずんだ歪な形のクッキーを手に取ってみる。近づけるときつくなった臭いが口に入れた瞬間さらに濃くなる。じゃりっとした感覚と共に口いっぱいに苦味が広がり、余すところなく蹂躙してくる。が・・・
「・・・・・・思ってたより不味くない」
「ホント!?」
なんか目を輝かせていらっしゃいますがね、由比ヶ浜さん。別にあっしは褒めてるわけじゃあねえんですよ。貶してるまであると思ってたんだが・・・まあ本人が喜んでるのならいいか。
「じゃああたしも!」
そう言って由比ヶ浜が手に取るのは雪ノ下作のクッキー。おい、流れ的に自分の食べる感じだろ。雪ノ下も自分の食べてるし。・・・え、まさかこの失敗作全部俺が食べろってんじゃないよな?
~~
見た目どおり雪ノ下のクッキーはおいしかった。由比ヶ浜のクッキーの後だとなおさらなのは言うまでもない。雪ノ下の山は既に平らになってるが、由比ヶ浜の山は未だに形を残している。・・・いや、二度も同じネタは使うまい。
さすがに全てを食べきるのは物理的にも精神的にも無理だったので、各自持ち帰ることになった。量的にはやはり俺が一番多くなっているが、雪ノ下も由比ヶ浜もちゃんと食べていた。雪ノ下はなぜだめだったのかを考察しながら、由比ヶ浜は普通に。苦味に顔をしかめながらも、
「なくは・・・ないかな?」
と、首を傾げながらではあるが。まあ確かに苦いのが好きな奴ならいいのかもしれんが、残念ながら俺は甘いのがすきなんだよな・・・。まあ俺に渡すわけじゃないだろうし、いいか。
「そういや、お前が渡したい奴の好みってわかるのか? 甘いのが好きとか、苦いのが好きとか。苦いのが好きなら最悪このまま渡しても」
「いいえ、だめよ」
何でお前が答えるんだよ。とか突っ込む間もなく雪ノ下は続ける。
「一度依頼を引き受けた以上は完璧を目指してもらうわ」
「何でだよ。相手の好みに合わせられるならそっちのが良いに決まってんだろうが」
「それでも、これをもらって嬉しい人がいるかしら? もう少し形がよければ・・・」
「ああ、いるよ」
二人の目が驚きに見開かれる。確かに見た目は酷い。臭いは苦いし、味も触感もよくはない。でもな・・・。
「男ってのはな、単純なんだよ。女子の一挙手一投足に一喜一憂し、話しかけられただけで好きになるような奴もいる。ましてや由比ヶ浜のようなやつにプレゼントなんてもらった日には惚れちまうだろうな。例え中身がこんなのでも、一生懸命作ったことが伝われば、な」
「・・・なるほど。私には想定しえない考えね」
「じゃ、じゃあ、ヒッキーも?」
由比ヶ浜がもじもしと、頬を染めながら聞いてくる。
「いや、俺は・・・」
ここで仕事を終わらすためには、由比ヶ浜に自信を持たせるために、肯定しておいた方がいいのだろう。でも、それでは自分を曲げることになる、嘘をつくことになる。俺の嫌いなまやかしを自分で体現なんざ、真っ平ごめんだ。
「まず疑ってかかるだろうな。そもそも知り合いがいないからな、この学校には。得体のしれない奴から得体のしれない物なんて受け取って何があるかわからねえし、どうしてもというなら貰って即座に見えないところで捨てるな」
「あなた・・・最低ね」
「自己防衛の一種だ。俺を守ってくれる奴なんざいないからな。自分で自分を守るしかない」
そう、信じられるのは自分だけ。俺はそれを痛いほど理解している。理解させられた。
「もし・・・」
「あ?」
「もし、ヒッキーが知ってる人が、そうしたとしても、ヒッキーはそうするの?」
「そうだな・・・」
仮定に意味はない。更に俺の知り合いなんざ碌な奴がいない。それでも。
「もしそいつが、信用できる奴なら、まあ贈られるのはやぶさかじゃあないだろうな」
そんなん今のところ小町ぐらいしかいないけどな。ああ、あと忘れがちだが社畜の両親だな。
「ホント!?」
「嘘つくメリットがねえだろ」
そっか、と笑顔を浮かべる由比ヶ浜は、さっき俺に押し付けた由比ヶ浜製クッキーの入った袋を奪うと、キッチンに戻って行った。
「なんだ、あいつ」
「さあ?」
雪ノ下も訳が分からないという表情を見せている。
やがて、彼女が戻ってくると、さっきのクッキーの袋にはかわいらしいリボンにシールが張られている。
「え、なに?」
結局俺に押し付けるのかよ。解放されるかもしれないという一縷の望みを抱いたのだが。
「ありがとうって、伝えたくて」
「・・・俺は何もやった記憶がないが」
こいつにやったことと言えば、初日の説教と、今日の説教・・・あれ、俺説教しかしてねえじゃん。もしかしてこいつドMなのん?
「入学式の日、私の犬を助けてくれたじゃん」
「!」
俺の脳裏にフラッシュバックするのは黒い高級感の漂う車と茶色い犬。そうか、あの犬はこいつのだったのか・・・。
「そういや今日は見当たらないな」
「今日はお父さんとお母さんが連れてってるから」
「元気にやってるのか?」
「うん! そりゃもうピンピンしてるよ」
「そりゃよかった。・・・もうリード離すなよ」
「うん。わかってる」
「・・・ありがとな」
由比ヶ浜の手からクッキーの袋を奪うと、いそいそとカバンにしまう振りして顔を下に向ける。なにこれすげえ恥ずかしいんだけど。まあ、俺を陥れるためじゃないってんならもらってやってもいいか。どうせ、俺が処理しなきゃいけなかったんだし、見てた限りでは変なものも入れていない。その点は信用できるしな。
「雪ノ下、依頼は完了したっぽいぞ。・・・雪ノ下?」
「え? あ、そうね。もう渡し終えたならもうクッキー作りを教える必要もないものね」
何かこいつ覇気がねえな。どうしたんだ?
「えー!? あたしまだ納得いってないし、教えてよゆきのん!」
「・・・一応依頼はクッキーの作り方を教えるということだから、付き合うわ。それじゃあキッチンに行きましょうか」
「うん!」
また悲しい食材を出すことになってしまうのか・・・。まあ、雪ノ下がついてるならそこまで酷いことにはなるまい。
「依頼が完了したなら俺帰るわ」
「ええっ!? ヒッキー帰っちゃうの?」
「だめよ比企谷君。あなたがいなかったら誰が由比ヶ浜さんのクッキーを食べるの?」
なんか俺残飯処理係になってませんかねえ・・・。
「つまりお前じゃ由比ヶ浜にまともなクッキー作らせることはできないから俺に頼むってことか?」
わざと挑発的な物言いをする。数日の付き合いだが、雪ノ下は負けず嫌いなようなことは既に知っている。俺との言い合いに超ムキになってくるからな、あいつ。
「・・・いいわ。月曜日に由比ヶ浜さんのクッキーを持っていくから楽しみにしてなさい」
「・・・あれ、あたしなんかバカにされてない?」
雪ノ下の闘争心に火をつけられたのなら、由比ヶ浜がバカにされているのを自覚することなんざ些細なことに過ぎない。所謂コラテラルダメージというやつだ。
「期待しとく。じゃあな、お邪魔しました」
「あ、ヒッキーばいばい!」
「さようなら」
俺は帰路に着き、ひとつだけ気がかりなことがあった。・・・雪ノ下は一人で家に帰れるだろうか。まあ俺には関係ないことだし、さっさと帰ろう。
今回でガハマさんの依頼は終了!
次回からは学校のイベントへと突入していくわけですが、基本は自分の母校のイベントで書いていこうと思います。
文化祭はさすがに合わせますがね。