「あ~・・・負けたか」
「たりめえだ。そう何度も俺様が素人に負けてたまるかってんだ」
ラケットを肩に乗せ、神庭は言い放つ。今が球技大会であることなど、彼には関係ないようだ。それに応じて一セットやってしまう自分も自分ではあるが。
「しかしまだまだだな、俺も。圧勝にはほど遠い」
スコアは6-4。ブレイクを三度もしておいてよく言うが、かくいう自分も二度ブレイクしている。確かにあまり良いできとは言えまいか。
「部活で喧嘩してるらしいじゃねえか」
「あー、あれか。俺としては喧嘩するつもりなんざさらさらねえが、先公がそういうんなら仕方ねえだろ」
「もう少し賢く生きろよ」
「実力が物を言う世界で最後の部活動とかほざきやがる奴らが悪いね」
「だったらそういった高校行けばよかっただろ」
「・・・行けなかったんだよ」
「は?」
「あんのボンクラども! 実力見もせず俺様の背にばっかけちつけやがって! あんなところこっちから願い下げだ!」
「一応受けには行ったのか。でも総武入れるなら一般入試でも行けたろうに」
「俺様の家は裕福じゃねえからな。強豪私立は特待生でもねえと無理だ」
それとプライドもあったんだろうな。
「しかしこうも短期間で上手くなるもんか? 戸塚も驚いてたぞ、部活さぼってたのにって」
「なるほどな。お前みたいなぼっちがどっから情報仕入れてたのか謎だったが、戸塚か。ま、凡人とは出来が違うっつうことだ」
・・・こいつよく自信保ってられんな。こんなキャラだったら間違いなく嫌われてたろうに。でもおそらくは庭木戸の存在だろうな。あいつ身長高いし、神庭といつもいたならいじめはねえか。さらにスポーツできて、勉強もできて顔までいいとくりゃあ難癖つけるところもありゃしない・・・性格以外は。それを神庭自体は悪いことだと思ってねえしな。
「それにお前のおかげでもある」
「俺の?」
「ああ、忌々しいが、授業でお前に負けたのは事実だし、打ってこられたところはご丁寧に俺らの苦手なところ。だからそこを練習しやあそりゃ上手くなんだろうが」
「・・・ほう」
「・・・お前、今日はよくしゃべるな」
「・・・球技大会でテンションでも上がってるんじゃねえの」
「お前はそんなキャラに見えんが、まあどうでもいい。整備して帰るぞ」
「・・・ああ」
大分落ち着いたか。スポーツやってるときはそのことだけ考えておけばいいから楽で助かる。しかし・・・俺の目が腐っている、ね。
俺は中学の時、他人に関して絶望したし、だからこそ髪染めOKな総武に入ってわざと不良のような格好をした。髪は金髪で、道行く人を睨み付け、威嚇すれば誰も近寄ることも無く、安定した学校生活を送れると思ったからだ。
そもそも平塚先生の性で俺の予定は大崩れだ。それから雪ノ下と出会い、由比ヶ浜の依頼を受け、戸塚に話しかけられ、材木座に師匠と呼ばれ、神庭にテニスを申し込まれる。・・・こうして考えると俺の目論見って初日にすら成功していないのでは? あれ? 奉仕部に行けば雪ノ下の罵詈雑言は飛んでくるし、かと言って由比ヶ浜が来るようになると何かしら話しかけてくるし、行かないという選択肢を取ろうとすればどこからか平塚先生が現れて俺を引きずっていく。これは目だってしまった方が悪かったのでは? 逆に中学通り黒髪でおとなしくステルスヒッキーやっていればよかったんじゃ・・・。
「おい、もう終わるぞ」
「ん、ああ」
今更過去を嘆いても仕方あるまい。所詮はたらればだしな。それに・・・。
「じゃあ俺はもう行くからな」
「おう」
「またな」
・・・またテニスやって弱点探しに協力しろってか? まあそんぐらいならいいか。
「自転車置き場に戻るか」
水筒のお茶を一口含み、俺は校門を飛び越えた。
依頼?
・・・そんなものもあったね。