明日は由比ヶ浜の誕生日・・・らしい日だ。祝う旨は彼女には伝わっていない。俺が見た限りではあるが。雪ノ下が秘匿としておきたかったのか、それともそこまで気が回らなかったかというのは俺に知る由もない。
今日も部活を頑張るかー。頑張るといっても本読むか、課題をこなすかの二択になる。今日は本でも読むか。ガラリとドアを開けると、いつもより落ち着かない様子の雪ノ下。俺を由比ヶ浜かと思ったのだろう。まあ何かしらの前日というのはテンションがあがったりするがな。久しぶりに彼女の人間臭い一面を見た気がする。常に悠揚せまらぬ態度をしているが、ごく稀にこういった側面を見せる。
「こんにちは、比企谷君」
「うす」
だからといってどうということもないが。俺らはいつもと変わらず日常を過ごすのみ。昨日来なかった由比ヶ浜は今日は来るのだろうか。明日こればいいか。
恵風に窓がガタガタ揺れ、陽はどんどん強まっていく。夏の大会に向けて野球部の練習が激化するこの時期、日本はどんどん気温を上げ、住みにくくなっていく。
つまりは手に汗をかきやすくなり、本を読むときに気を付けなければ萎れてしまう。湿気が多くなるのもマイナス。今日は幸い雨が降っていないが、梅雨の時期というのは傘が手放せないのも面倒だし、本の管理にも気を使わなければならない。
雨の日は本は持ってこない方がいいな。鞄に雨が染みたら最悪だ。それにもうすぐ期末テストが開始する。部活がなくなるため、本を読む時間と言えば、授業の合間を縫うか、つまらない授業を投げ捨てることになる。品行方正を目指す俺としては授業は真面目に受けなければなるまいが、温い先生というものは存在するものだ。
万人に対して差別を行わないことに(俺の中で)定評のある俺だが、やはり区別というものはしてしまうし、した方が効率がいいと思うので、仕方ないと思います。
斜陽がきつくなってきたところで雪ノ下がパタリと本を閉じる。定型化されたこの終焉を奏でる音も、今となっては無いと部活が終わった気がしない。順調に調教されてるみたいで怖い。
「じゃあな」
「ええ」
いつもはこれで終わるところだが、今日は少し違う。それは恐らく明日が特別な日になるだろうから。
「その・・・この間はありがとう」
太陽の光が影になっていて雪ノ下の表情は詳細にはわからない。それでも皮肉った言い方ではないのはわかる。
「・・・別に。大したことはやってねえ」
俺がしたことと言えば、日用雑貨店に連れて行って、どんなものを買うかを指示した程度・・・殆ど俺決めてるじゃん。
「・・・そうね」
「おい。そこはお世辞言うとこだろ」
クスリと雪ノ下が笑った。今まで彼女が笑ったところなど見たことはない。由比ヶ浜ですら引き出せていなかったのではないだろうか。だから何だと言う話だが。
「明日はプレゼントを忘れないように」
「わかってるよ」
「それではまた明日」
「・・・また明日」
こりゃあ明日は雨かもしれんな・・・なんてさすがに酷いか。