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今回から予約投稿を試してみましたが大丈夫ですかね?
よければ毎週この時間に投稿します(予定)
奉仕部から逃げようと帰りのホームルーム後にすぐさま教室から出る。目立たないように体を丸めながら、脇目も振らずに昇降口を目指す。しかし、いきなり首元が絞められる。何事かと振り帰ると、そこには俺の襟を突かんだ平塚先生がたっていた。
「どこに行くのかね?」
「・・・奉仕部部室のつもりですが?」
まあ嘘なのだが、堂々と言う。これ嘘を言うときのまめな。相手の目をしっかりと見て、自信を持って言えば、たいていの人間は信じる。まあ俺の場合こうするだけで逃げていくやつが大半だが。
「部室の方向は違うぞ」
平塚先生は相変わらずその例に漏れるようで、全く退いてくれない。
「道がわからなくて。ほら、俺って学校来てまだ二日目ですし」
つうか、さっきから道行く生徒に見られまくってんだけど。確かこの人生活指導もやってたな。不良が何かやらかしたかと好奇の目を向けてくる奴が多い。今は先生の目の前だから自分の身の安全は大丈夫だしな。それでも俺が一睨みすれば逃げていくが。
「・・・君は誰彼かまわず敵意を振りまくのは止めた方がいい」
「・・・それで、俺はこの後どうすりゃいいんすか」
「はあ・・・仕方ない。私に嘘をついたことは今回は目をつぶってやろう。ついて来い、案内してやる」
・・・普通にばれてるし。マジ何もんだこの人。国語教師だからか? いや、俺の中学の頃のは大した奴じゃなかったんだがな。つうか今回はとか言っちゃう辺りが怖い。
白衣を揺らし、ピンとした姿勢で前を歩く先生の背中を見ながら、俺はA級厄介人物へランク付けをした。
~~
「今日は来ないのかと思ってたわ」
ドアを開けると昨日の如く雪ノ下は窓側の席で本を読んでいた。
「別に帰ってもやることとか大してないしな」
まあ実際は逃げ出そうとしたところを見つかって捕まっただけだが。仕方ないし課題でもやっておこう。
「・・・あら、課題はしっかりやるのね」
「当たり前だ。俺みたいな見た目不良な奴は素行だけでも優良じゃないとな」
じゃないとちょっとしたことで難癖つけられる可能性がある。それに友達もいないから勉強を誰かに聞くこともできない。先生だと面倒だし。勉強はできるに越したことはないしな。
「・・・そういやここって基本何やるんだ?」
「・・・そうね。依頼者が来ない限りは自由にしてくれて構わないわ」
「まじか・・・」
予想以上に適当過ぎる。まあそっちの方が俺的には嬉しいし、こんなところに依頼に来るやつなんて・・・
コンコンとノックが二回される。平塚先生か? いや、あの人はノックなんてしないはずだ。もしかして・・・
「どうぞ」
雪ノ下の声にドアが開けられ、緊張した面持ちの女子が入ってきた。
「あ、あの。平塚先生から、ええっ!?」
頭にお団子をのせた少女は俺の存在を認めると、大仰に仰け反る。いやまあ一般的な反応ですけどね?
「ヒッキー、何でここに!?」
なにこれ。あんまし怖がってない感じ? つうかヒッキーってなに? 何で俺のこと知ってんの? 俺そんなに有名人? まあ金髪で目つき悪いやついたら噂にもなるか。昨日雪ノ下も言ってたし。
「へえ。あなた比企谷君のこと知ってるのね」
「え!? あ、いや~」
曖昧な笑顔を見せる。これははっきり肯定したくない時だと俺は知っている。
「そ、それより! 依頼があってきたんだけど!」
話変えるの下手か! まあいい、疑問は色々あるが関わる気はないし、さっさと話を進めさせてもらおう。
「で、何の用だ?」
「えっとそのクッキーの作り方わかんなくって。クッキーをつくって・・・渡したい人がいるから」
・・・典型的な恋愛脳か。まあ入学から二週間で髪染めるような奴なら納得だ。あ、俺もじゃん。てか何でこっち見て言うの? 俺じゃない男子高校生なら勘違いしてるぞ。
「・・・えっと由比ヶ浜さん。あなたの話を、要約するとクッキーの作り方を教示すればいいということかしら?」
「きょうじ・・・?」
こいつわかってないな。頭にはてなが見える。
「教えるってことだよ」
「あ、なるほど! そうそう! てかあれ? 雪ノ下さんなんであたしの名前知ってるの?」
「全校生徒の名前覚えてんじゃねえか? 主席合格者様だしな」
まあ俺にも当てはまるが。いや、俺は名前全く覚えてねえな。そもそも覚える気が無い。
「あ、新入生代表だったもんね。だからあたしも名前知ってるし」
「取りあえず詳しい話をしましょう。こちらに来ていただけるかしら」
雪ノ下が自分の隣の椅子を引く。それに反応し、由比ヶ浜が動こうとしたところを俺が制止する。
「ちょっと待て」
二人の視線が俺に集まる。
「何かしら? どうせお菓子作りとは無縁の世界を生きているでしょうし、無理に話に入ってこなくても構わないわよ」
いや、クッキーくらい作ったことあるからね? 小町にねだられてケーキまで作ったこともある。やってみると段々楽しくって、月に一度くらい何かしらのお菓子は作っているが今はそんなことどうでもいい。
「由比ヶ浜に少し質問がある」
ビクッと肩が跳ねる。
「な、何かな?」
「比企谷君、セクハラは止めなさい」
「いやしねえよ。どんだけ信用ねえんだよ、俺は」
てか辛辣過ぎませんかね? 逆上した俺が襲い掛かること想定しないんすかね? あ、撃退できるっつってたな。いやまあしないけど。
「お前、クッキー作るのはいいが材料は何が必要かわかってるか?」
「えと・・・小麦粉とか? あとは・・・バニラエッセンス?」
「必要な器具は?」
「レンジと・・・んー? わかんない」
「・・・はあ。帰れ」
由比ヶ浜の顔がすごく怯えている。恐らく俺はすごく冷めた目をしているのだろう。
「ちょっと比企谷君、クッキーづくりを教えてほしいと言うのが彼女の依頼よ? 知っていなくて当然じゃないかしら」
若干雪ノ下ですら引いている。まあいい、これでこそ俺だ。
「別に作り方わからないのは仕方ないが、今の時代情報に溢れている。パソコンで検索かけりゃあいくらでもレシピは出るし、本屋にもレシピ本はある。なのにそいつは碌に調べもせず、全部奉仕部任せ。一度自分で作ってみて、失敗して、問題点を絞ってからならまだしもな。これは奉仕部の理念から外れるだろ」
一歩も引かない俺に雪ノ下は押し黙る。雪ノ下は聡い。恐らく俺の言葉を理解してくれるだろう。対してそこの由比ヶ浜は・・・。
「・・・そうだよね。自分で努力もせずに全部頼ろうなんてダメだよね。・・・出直してくる」
そう彼女は震え声で言い放ち、荷物をまとめて出ていった。
「・・・あなた、意外としっかりしてるのね」
「・・・まあな」
恐らく由比ヶ浜はこの部室にもう来ないだろう。今のレシピはすごい。素人一人でもできるようになっているし、極めつけは俺の物言い。この人相にあんなにきつく言われればさすがに怖がって来なくなるだろう。できればこのままその噂が広まって誰も来ないようになればいいが・・・。