来週は多分大丈夫かと
人ごみを縫うようにしてサイゼに向かう。六月も既に中旬。人口密度も高く、それなりに暑いため気が滅入る。人ごみもうっとおしいし、雪ノ下も疲れている様子だ。まあ、それが暑さや人ごみのせいだけかと言われるとイエスとは言えないが。
サイゼに到着するも、小町はまだ来ていない様子だ。携帯に連絡が来ていない。仕方ないので小町に返信をして、雪ノ下と席に着くことにする。
「・・・すごく安いのね。どうやったらこんなに安くできるのかしら。何か不正を働いたりとか・・・」
「ねえよ。一応全国チェーン店だぞ。んなことあったらとっくに問題になってるはずだ」
しかし改めてメニューみるとすごく安いな。やっぱ学生の味方だわ。サイゼ万歳!
携帯が唐突に振動し、恐らく小町のメールだと開くとやはりそうだった。なになに・・・。
「・・・小町来ないってよ」
「・・・理由は?」
「何でも友達と偶然会ってそのままご飯に行くらしい」
あいつ・・・これもわざとか? いらん知恵働かせやがって。これで雪ノ下来てなかったら一人で飯食うことになるんだぞ。何だ、いつものことじゃないか。
「そう。でも何も頼まず出るというのも不義理だと思うし、昼食はここで食べていくわ。あなたは?」
「ふっ、愚問だな雪ノ下。この俺をサイゼリヤンと知っての言葉か?」
「私はあなたのことなんか何も知らないし、知ろうとも思わないわ」
俺から滲み出るサイゼリヤンオーラを理解できないとは・・・。全く、雪ノ下は残念なやつだ。
「もう注文決まったか? そうなら店員呼ぶが」
「いえ、もう少し待ってもらえるかしら」
って言っても結構な時間見てると思うんだがな・・・。それも当然と言えば当然か。雪ノ下はここの安さを不正を疑う安さと言うくらいだから、ファミレスなんて入ったことないだろう。何せ実家はあの雪ノ下家だ。いつもいいもん食ってるに決まってる。
雪ノ下が決めたのを確認してから、店員を呼ぶ。若干声は震えていたが、普通の対応してくれてるあたり、さすがサイゼだぜ。教育がしっかりしてる。
「ねえ」
注文し終わると、雪ノ下が話しかけてきた。話題については見当がついている。恐らくさっきのことだろう。
「あなた、姉さんと知り合いだったのね」
「・・・まあな。合気道関係で少し」
あれは確か俺が中学二年の時だったか。近くの道場で会ったんだっけ・・・。
「・・・それと、さっきの表情」
「ん?」
「いえ、なんでもないわ」
「ああそう」
本人が言いたくないなら無理に聞く必要もないだろう。表情についてとかどうせ罵倒が飛んでくるに違いない。それでも彼女が許されるのは美人だからだ。全く、酷い話だ。
「ようやくあなたがあの店を知っていた理由がわかったわ。姉さんに聞いたのね」
あの小道の店か。
「そうだよ。昔はあの人に引っ張られて色んなとこに連れてかれてたからな」
「よっぽど気に入られてるのね。珍しい」
「・・・どうだか」
雪ノ下が本気で言っているかどうかは定かではないが、俺はただ遊ばれているだけだ。少しばかりの切っ掛けであそこまで関わられるとは思っていなかった。当時を思い出すと振り回されていた記憶しか残っていない。それでもその断片には楽しいと感じていた残滓が点在している。
でもそれは二度と現れることはないだろう。俺は自ら手放した。安寧のために、自分の心の平穏のために。彼女には常に変化が付きまとう。それを彼女が望んでいるからだ。自由奔放でエゴイストで、でも自らの器量で周囲も楽しませ、納得させるその才能が、俺にはとてつもなく眩しかったから。だから俺は彼女の元を去った。雪ノ下陽乃の機嫌を損ねるという意味を知りながら。
なんだかんだ言って結局書き直さないなあ、俺。