不良八幡の学校生活   作:雨雪 東吾

28 / 52
ギリギリセーフ!(アウト)

バイトがあってだな・・・。


邂逅

 息が苦しくなる。動悸が激しくなる。自然と背筋が伸びる。彼女を前にすると言いようもない恐怖に駆られるようになったのはいつからだろうか。

 

 彼女の才能は俺の知っているところでもかなりのものだ。特に社交性なんて、種類に差はあれど、我が妹の小町に匹敵する。差というか真逆と言っても差し支えないと思うレベルだが。

 

 小町は人懐っこく振る舞い、他者のプライベートゾーンに割り込み割り込ませていく〝領地共有型〟なのに対し、彼女は絶対に自分を侵させない。他者のバリケードを無視し、勝手に破壊して進んでくる。にもかかわらず、彼女自身の領地には一歩も踏み込ませない。言わば〝領地侵略型〟。それでも彼女は相手に嫌われない振る舞いができるし、その明るい外面は好意を抱かせる。並のぼっちには非常に厄介な性格してるよ、ホント。

 

 社交性だけでなく勉強、運動、リーダーシップなど、どれをとっても非の打ちどころがなく、間違いなくトップカーストのトップで、周りを牛耳っているはずだ。

 

 そんな生まれた時から勝ち組である彼女の放つ光は、俺のゾンビのような目にきついらしい。雪ノ下の言うこともあながち間違ってねえな。あいつはいつも正しい。でも俺は悲しい。

 

 さて、相手は俺の中で唯一のS級厄介人物だ。彼女の前には戸塚のあしらい辛さも材木座のうっとおしさもかわいいものだ。・・・いや、やっぱ材木座は可愛くねえわ。

 

 閑話休題。遁辞を考えるため、相手を恐れていては正常な思考はできない。だから感情を殺す。

 

 スーッと長い溜息を吐き、完全なる客観視を実現する。急務は現状の確認だ。小町を待たせるわけにはいかない。

 

 現在目の前には雪ノ下陽乃一人が駆け寄ってきている。後方には彼女の〝お友達〟が複数いるが、雪ノ下陽乃が静止させていたため、こちらに来ることはないだろう。一日二日の付き合いならまだしも、それ以上一緒にいれば、雪ノ下陽乃の不利益になることをすることがどういうことかを理解しているはずだ。

 

 俺の隣にいる雪ノ下は姉の姿を見て固まった後、俺と顔見知りであったことに驚いている様子。恐らく使えない。苦手意識を持っているのだと類推してみるも、そこで思考を閉ざす。今考えても詮無きことだし、時間は有限である。タイムリミットはすぐそこだ。

 

 雪ノ下陽乃が口を開く前に一歩出る。相手にペースを掴ませてはいけない。

 

「お久しぶりですね、陽乃さん」

 

 努めて平坦な声で挨拶する。ここから一気に畳みかけることが大切。

 

「申し訳ないのですが、僕はこれから妹とご飯を食べに行くのでここでお暇させていただきますね。姉妹水入らずでどうぞ」

 

 完璧な流れ! これは引かざるを得ない。このまま気配を消しつつフェードアウ・・・体が動かない。

 

「・・・私も一緒に行くと言わなかったかしら? それとも目だけでなく耳まで腐っているのかしら?」

 

 ・・・雪ノ下雪乃を生贄に捧げる案は失敗だったか。

 

「それに比企谷君もそんな理由で逃げられるとは思ってないよね?」

 

 前門の虎後門の狼より確実に恐ろしい事態に陥っている件。まあ雪ノ下は敵ではないと思うが、味方でもないことは確かだ。

 

 妹との食事をそんな理由と一蹴されたことに少し反応しかけるが、そこでアクションを起こしてはいけない。この人は俺が妹を好きであることを知っている。

 

 人の癇に障ることを言って相手のリアクションをもらうことは雪ノ下陽乃の得意手段だ。冷静に、何の情報も与えないことが肝要。

 

「とは言っても人を待たせるのはよくないと思いますが」

 

 遠方を見やることで彼女に待たせている存在を意識づけつつ、逃げを打つ。それでも魔王は動じない。

 

「少しくらい大丈夫だよ。比企谷君が最近道場に顔出さないから全然会えてなくて」

 

 グイッと肩を引き寄せられ、甘い匂いでまわりが満たされる。

 

「寂しかったんだよ~?」

 

 すぐ耳元で囁くように言われるも、何も感じない。からめられた右腕を払いのけ、俺は距離をとった。

 

「つれないな~。彼女の前じゃあやっぱ無理だよねえ」

 

「・・・別に付き合ってるわけではないわ」

 

 ようやく雪ノ下が口を開く。キッと雪ノ下陽乃を睨みつけながらも、声はそこまで激しくない。

 

「えー? デートじゃないの?」

 

「違いますよ」

 

 視線を俺に向けられたが、合わせることなく返事をする。雪ノ下陽乃はつまらなさげに「ふーん」と呟くと、大袈裟に溜息をつく。

 

「やっと雪乃ちゃんもいっちょまえの女の子になったかと思えば・・・」

 

「別に私がどう生きようが姉さんには関係ないわ」

 

「そういうこと言うんだ。雪乃ちゃんの一人暮らし後押ししたの誰だっけな~? お母さんまだ納得してないみたいよ?」

 

「っ!」

 

 弱み握られてんな・・・。優位な立場に立つことに置いて雪ノ下陽乃の右に出る者はそういない。それは雪ノ下雪乃相手と言えども変わらないようだ。

 

「それとも比企谷君が私を追って雪乃ちゃんに近づいたのかな?」

 

 相手を嘲弄するかのような不敵な笑みを浮かべながら、顔をぐっと近づけてくる。本来ならばその蠱惑的な仕草で懐柔されるのだろうが、生憎と今の俺には効かない。

 

「そんなわけないでしょう」

 

 一歩も引かずに返答すると、心底つまらなさそうな表情を浮かべる。

 

「ほんと、比企谷君は面白くなくなったよね。昔はすることすることに一々反応してくれたのにさ」

 

 でも、と彼女は続ける。

 

「その状態になるってことは少なくとも私を意識してくれてるってことの裏返しだよね?」

 

 言葉に窮することを相変わらずこの人は・・・。

 

「ま、今日は連れもいることだし、そろそろ行くね。また今度」

 

 最後にじっくりと諦観し、邂逅した嵐は過ぎ去った。まさかこんなところで会うとはな。また今度という言葉が酷く心に残る。そのうちひょっこり現れそう。

 

「じゃあ行くか」

 

 何気なく雪ノ下を見ると、彼女はビクッと肩を震わせ、後ずさる。

 

「どうした?」

 

「い、いえ。何でもないわ」

 

「そうか」

 

 雪ノ下さんもいなくなったことだし、さっさと移動しよう。さーて、小町とサイゼでご飯だ。




雪ノ下陽乃さんがとうとう登場しました。
八幡と知り合いという事実をしってから読み直すと新たな発見があるかも知れません(ダイマ)

今回のは書き直すかも・・・何か忘れてる気がする。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。