「・・・パンさんに興味あんのか?」
バッと目を逸らすも、あそこまで凝視されてて気づかれてないと思ってんのか。
雪ノ下は今完全に店の前に陳列されているパンさんのぬいぐるみを見ていた。パンさんというのは東京ディスティニーランドの人気キャラの一つであり、むき出しの歯に血を滴らせる様が受けて人気があるのだが、如何せん俺には理解できない。あの凶暴な容姿に惹かれる感覚が普通だったら俺は普通じゃなくていい。
「見て来いよ。小町と待って・・・あれ?」
辺りを見渡すと、小町の姿はない。
「そう言えば小町さんが見当たらないわね」
「あいつ何処いったんだよ・・・」
仕方なくスマホで電話をかける。数コールで繋がり、場所を聞き出そうとするも・・・
「おい小町、今どこだ」
「今? 服屋さんだけど?」
「勝手に行くなよ。一緒に行けって言ったのお前だろ」
「二人で楽しんできなよ。信頼できる人なんでしょ?」
信頼ってお前・・・大層な言葉使うな。
「・・・まあ嘘はつかねえとは思う」
雪ノ下雪乃は常に正しい。故に虚言は吐かないのだ。それは今まで過ごしてきてわかっている。芯を貫き、自分の才能で道を切り開く。多少障害は多そうだが。
「大体お前がいないと、プレゼントが・・・」
「お兄ちゃんなら大丈夫でしょ。ギャルゲやってるし」
いやいやいや。二次元と三次元は違うから。二次元では俺に優しく微笑んでくれる女子はいるけれども、三次元にはいないからね? 何それ悲しい。まあ実際違うしな・・・。俺は桂木桂馬君ほどやりこんでないし。
「安心しなよ。きっと悪いようにはされないって。そんなことできる人じゃない」
「そりゃあわかってんだが・・・」
・・・こうなったら小町は引き下がらないからな。
「了解。お前はお前で楽しんで来いよ」
「うん。先週はお兄ちゃんのせいで一人で出かけなきゃだったし」
久しぶりにテニス魂が疼いちまってな、なんてバカなことを言っている間に通信は切れていた。わんにゃんショー行ってあげればよかったかな? しかし壁君は相変わらず強かった。
「電話は終わったのかしら?」
「ああ。見たいものがあるんだと」
「そう。休日に来てもらったんだもの。仕方ないわね」
特段残念がる様子もなく、納得はしているようだ。確かに休日だもんな。それぞれ思い思いのことをしたいに決まっている。俺もできれば今すぐ家に帰って寝たい。
「時間は無駄にあるし、少し見てくか」
雪ノ下が俺の電話中もパンさんと戯れていたのは目の端に映っていたので知っている。俺も少し見たい気もするしな。
「・・・ありがとう」
聞き取りづらいがわからないことはない。俺はラノベ特有の難聴系主人公ではない。ま、聞き返すのも野暮ってもんだしな。しかし、何故パンさんが人気なのかさっぱりわからん。これ人肉とか食べてる人相ですやん。
「妹さんにはその鋭い目付きじゃないのね」
「・・・パンさんみたいな目だろ?」
「あなたと一緒にしないでくれるかしら」
おうふ。ふざけてみたら地雷踏んだか。こいつパンさん好きすぎだろ。ぬいぐるみもふもふしまくってるし。
「意識してかせずかは知らないけれど、そうしているのは正解ね」
その話続けるのかよ。パンさん見比べてるから途切れたかと思っちゃった。会話って難しい。
「俺もそう思う」
「あなた、妹さんに向ける目は死んだ魚のような・・・もとい、腐ったゾンビのような目ですもの」
「おい、言いなおした意味ないぞ」
むしろ酷く・・・魚類から人型までなってるからまだましなのか・・・?
「そんな些事は置いておきましょう。由比ヶ浜さんのプレゼントを買う時間が無くなってしまうわ」
俺の目の事情を些事だとぉ? まあ雪ノ下にとってはとるに足らないことだとは思うが。
なんだかんだ言いつつぬいぐるみを買うあたり、こいつ本当にパンさんのこと好きなんだな。恐らくパンさんについて聞いたら、三時間くらい語れるレベルだろう。俺も好きなことならいくらでも語れる。そして引かれるわけだ。俺はあんなこと二度としない。
「何を買うべきかしら。やはり実用的なものがいいと思うのだけれど」
「俺もそう思う。いらない物もらっても置き場所に困るだろうしな」
となると、渡すべきものは何だ? 日用品なんてものはいくらでも存在する。由比ヶ浜の趣味なんて知らねえしな・・・。
「ノートなんてどうかしら。やはり学生の本分は勉強なのだし」
「お前それもらって嬉しいのかよ・・・」
「そうね。最近はノートが足りなくなってるから嬉しいわね」
そうだよ。こいつはそういうやつだよ。
「じゃあ由比ヶ浜がもらって喜びそうか?」
「・・・そうね。由比ヶ浜さんはあまり勉強好きではないし。それでも将来を見据えると」
お前はお母さんか。確かに由比ヶ浜は子どもっぽいが。それに対し雪ノ下はかなり大人っぽく見える。時折負けず嫌いが発動して年相応な面も見せるが、それでも凛とした風采は相見ることなく人を魅了し、あえかなさまは他者を惹きつけよう。肌の白さも相まって、彼女は可憐な美少女だと錯覚するのも、無理はない。
しかし、それは見た目だけであり、中身は恐ろしく、そして凄まじく強い。美麗で捷勁なじゃじゃ馬は乗りこなすのは難しいどころか一生乗り手がいないまである。
「・・・何かしら。見つめられると不快なのだけれど」
こいつが乗り手の可能性すらあるな・・・。
突き刺すような目に背筋を震わせながら明後日の方向を見る。新しい道に踏み出しそうになるのを思いとどまり、日用雑貨店へと入る。そこで一つの品物に目が留まる。
「そういやあいつ、最近料理やってるって・・・
「あれは料理ではないわ」
食い気味に言うほど!? どんだけだよ。いや、クッキーの時点で色々おかしいとは思ってたが・・・。そもそも料理下手キャラって何で自分で味見というか、鬼食いしねえんだろうな。由比ヶ浜もそろそろ殺人未遂で捕まるかもしれん。
「取りあえず料理に類する何かをしているだろ?」
「ええ、まあそうね」
「じゃあここから選んだらいいんじゃねえの?」
俺らが今いる場所は料理関連のところだ。一般的な調理につかうものは粗方そろってるし、由比ヶ浜に凝った料理は無理だ。ここら辺の安物で十分だろう。
「あなたにしては良い考えね」
一応アドバイザーとして連れてこられたわけですからね。褒められてる気は不思議としないが。
さてと、俺は俺で由比ヶ浜のプレゼントでも見ますかねえ・・・。
「比企谷君」
「・・・何だよ」
俺の見る時間は取ってもらえるんですよねえ? 振り返るとそこには黒いエプロンを身に着けた雪ノ下がいた。機能性を重視したようで、装飾は一切なく、真ん中にポケットがついているだけだった。
「似合ってんじゃねえの?」
「・・・私にじゃなくて由比ヶ浜さんに、なのだけれど」
「え?」
だったらお前が着る必要ねえだろ・・・。普通に考えて雪ノ下が自分で買うのかと思っちゃうじゃん。
「由比ヶ浜には違うだろうな。あいつは・・・もっとふわふわした、頭空っぽのやつがいいんじゃねえか?」
「酷い言いようだけれど、正鵠を射ているのが厄介ね」
お前だって似たようなもんだろうが。俺に対しては酷い通り越して殺しにかかってるのかと思うほどなんだが。風呂場で雪ノ下の声真似をしているのだが、大抵俺への暴言しか浮かんでこないからな。俺に対しては罵詈雑言しかないし、その他の会話には混ざらないし、聞いてない。
雪ノ下は俺の助言通り、浮華なエプロンを購入し、何故か先ほどの黒いエプロンも買っていた。俺はというと、二度と犬を逃がすなという意味合いを込めて、首輪を贈ることにした。折角助けたのに、命を散らしてもらっても困るしな。あれ? これ犬へのプレゼントになってない? まあいいか。
次は久々に書きたいところを書けるのでノリノリで書けそう!
これからは原作にあるところは概略だけにしてすっ飛ばしていこうと思うのでよろしくです。