不良八幡の学校生活   作:雨雪 東吾

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遠足 5

 昼食を食べ終えたので、俺たちは簡易水族館の方へ移ることになった。編成的には一人と三人。言わずもがな一人は俺だ。何それ俺が一人でいるのは世界で共通認識なの?

 

 戸塚は時折後ろを振り返り、申し訳なさそうにこちらを見てくる。俺としては今の方がしっくりくるんだが。小・中とずっとこんなんだったからな。

 

 矢印にそって、大量の魚が渦巻いたり、スタッフが餌やりするところを見たりし、中盤に差し掛かったところで、戸塚がトイレに行くと言った。自ら班員の足を止めることは迷惑をかけると思い、俺は遠慮していたのだが、これ幸いにと俺も戸塚に続く。ラーメンのスープも全部飲み干したからな。それでこそラーメン好きよ。ただ店内に偶然いた平塚先生も最後に一気飲みしてたな・・・。やっぱりあの人は女としてはどっかずれてるのかもしれない。あの人の言動を見るといつも男らしいと感じずにはいられないからな。

 

 他の班員二人はトイレの前で待つらしく、着いては来なかった。まあ俺がいる時点でわかりきってたことだが。しかし・・・俺がいないと水を得た魚のように喋り出すな。しかも大声で。その大きさはリア充に匹敵するのではないだろうか? トイレ内でも余裕で聞こえてすごい迷惑なんですが。

 

「あの金髪野郎、不良ぶってるつもりかよ」

「だよな! 戸塚に話しかけられて調子乗ってるよな!」

「もしかしたら戸塚を狙ってるんじゃねえの? 戸塚かわいいしな」

「それ言えてる」

 

 二人でものすごい爆笑してるんだけど。よくそんなくだらない話で盛り上がって大笑いできるな。つうかそれ俺ホモじゃねえかよ。・・・まあ、戸塚がかわいらしいのは認めるが。

 

 用を足し終え、手を洗おうと洗面器に向かうと、鏡に浮かない表情の戸塚が映っていた。まあ今まで積極的に話しかけてきたのに、今そうしなかったからおかしいとは若干思ってたけど。

 

「・・・手、洗わないのか?」

 

 俺が洗い終えたのに、戸塚は未だ隣でボーっとしてたので声をかける。トイレでは話さない奴かと思ったんだが、違うみたいだな。

 

「え、あ、ごめん。考え事してて」

 

 一目で愛想笑いとわかる笑みを浮かべ、慌てて手を洗い出す。こういうところがコミュ強たる所以なんだろうな。たまに教室で目に入ると誰かしら人が近くにいるし。・・・それで目が合ってすっげえびびったこともあるが。

 

 壁に取り付けられたエアータオルで手を乾かし終えると、戸塚は自前のハンカチで手を拭いていた。

 

「あ、終わった? じゃ、行こっか」

 

 先ほどの取り繕うようなものではないが、どこかしら影を感じさせる笑顔で、戸塚はトイレを出て行く。大笑いしてた連中が一気に静かになり、目を反らす。また一対三になるのかなと思いきや、何故か戸塚が積極的に話しかけてくる。

 

「そう言えば比企谷君はどこの中学なの?」

 

 何だ、トイレで黙ってた反動か? 他の班員はお前がいないと萎縮しちゃって、二人の間ですら会話がないぞ。まあ、俺もああいうやつらは好きじゃないし、少しだけ付き合ってやるか。

 

~~

 

 ・・・まさかはぐれるとはな。水族館も終わりになったので、何気なく後ろを見てみると、そこにいるはずの班員がいなくなっていた! 何それコナン君いたら間違いなく事件になってる。

 

「どこいったんだろ・・・」

 

 じっちゃんの名にかけて! ここまでの道のりはほぼ一本道。つまり事件に巻き込まれたんじゃなければ、自主的に離れて行ったと考えるのが妥当だな。まじ俺名探偵。この謎はもはや吾輩の舌の上だ。

 

「まあ、トイレかなんかじゃねえの」

 

 それにしたって一言言うのが筋ってもんだが、それを言うのは酷だろう。何せあいつらは下位カーストの人間だ。一部を除き、トップカーストの人間でも俺に対し恐怖を抱くのに、ましてや彼らが割って入るのは難しいだろう。さっきのときも俺が行ったから行けなかっただろうしな。

 

「ここで待ってりゃそのうち来るだろ」

 

 総武生だけでなく、他校の生徒もいるみたいで、知らない制服やジャージの生徒も大量に通っていくが、ほぼ全員等しく、俺の方に目を向けないようにしてる。と、そこで見知った顔が俺を見る。髪をお団子にしているのが特徴的なビッチ代表・・・間違えた。コミュ強代表の由比ヶ浜結衣だ。

 

「あ、由比ヶ浜さん!」

 

 戸塚と目が合った由比ヶ浜は、周りを見渡し、逡巡の後、俺らに駆け寄ってきた。

 

「やっはろー、さいちゃん、ヒッキー」

 

「こんにちは。久しぶりだね」

「・・・おう」

 

「・・・」

 

 なぜか由比ヶ浜が俺を凝視してくる。何だこいつ。

 

「・・・何だよ」

 

「え、ああ。ヒッキーにもクラスに話す人いるんだなあと思って・・・。まあさいちゃんなら優しいし、納得」

 

 こいつは本当に無自覚に人の心を抉るような言葉を投げてくるよな。

 

「別に。遠足の班が同じだったからな」

 

「あはは・・・。それより由比ヶ浜さん、班員の人は? 一人のようだけど」

 

「ちょっと一人で見に来ようかなと・・・」

 

 へえ。こいつはずっと友達と一緒に騒ぐ典型的なリア充かと思ったけど違うのか? つうかまた俺のこと見てるけど、俺のことでも見に来たのかお前は。

 

「さいちゃんの班も少なくない? 班は四人一組だったと思ったけど」

 

「あー、ちょっとはぐれちゃってね。多分後ろにいるからここで待ってるんだ」

 

「そうなんだ。じゃああたしは自分の班のところ戻るね! また!」

 

「またね! 由比ヶ浜さん!」

 

 二人で手を振り交わして、さすがリア充。周りから見ればこいつらは同性の友達に見えるんだろうな・・・。しかし、由比ヶ浜の交流範囲には恐れ入るな。他クラスの男子とも話すのか。まあ戸塚は特別だろうな。葉山とかいうやつの取り巻きも知ってたし。

 

「比企谷君、由比ヶ浜さんと仲いいんだね」

 

「部活が同じだけだ。それにあいつは大抵の奴と話すだろ」

 

「そうだね。由比ヶ浜さん、人当たりいいもんね」

 

 不意に、俺らの前を通ったやつが、ごみを落としていく。総武生ではないが、ジャージ姿から、まあ高校生だろう。

 

 どこにでもこういうやつはいるんだよな。総武生も校内に捨てていくやつもいるし。

 

 文句の一つでも言ってやるか。今の見た目なら間違いなく逆切れはない。そう思い、ごみを拾おうと、手を伸ばす。しかしそこにはごみはなく、既に戸塚が拾っていた。

 

「・・・拾いたかった?」

 

 イタズラが成功したかのような笑顔で、立ちあがる。

 

 こういうのを、自然にできるからこそ、戸塚の周りには人が集まるのだろう。何の文句も言わずに、ごみを拾うなど、並大抵の人間にはできない。事実、俺が拾おうとしたのは酷く打算的な理由だ。それを思うと自分が歪んだ人間のように思える。でも、そのことに俺は目を向けようとは思わない。そうすれば俺は俺でなくなってしまうだろうから。

 

「・・・いや」

 

 出鼻を挫かれたし、文句を言うのは止めるか。戸塚に救われたな、ポイ捨て野郎。恐喝と間違われて警察沙汰も困るしな。そう考えると戸塚は俺を救ってくれたのかもしれない。まあそうなったらそうなったで俺は後悔はしないだろう。だって俺がやったことは間違いはないと俺は思うからだ。

 

「僕ってさ、男らしくないよね」

 

「・・・いきなり何の話だ」

 

「さっきのトイレで、聞こえてたでしょ? 僕は背も低いし、筋トレしてもなかなか筋肉は付かないし、顔もよくて中性的。酷い時なんて女の子に間違われちゃう」

 

 だからさっき浮かない表情してたのか。

 

「かわいいって言われることはあれど、かっこいいって言われることはない。周りからは子どもみたいって思われてて、それを望まれてて。でも友達だから僕はそれを裏切れない。・・・まあ普通に生活してるだけなんだけど」

 

 グシャリと袋が握られる。

 

「時たまそれが嫌になっちゃって。高校に来れば何か変わるかもって思ったけど、何も変わらなくて。・・・まあ僕が悪いんだけどね」

 

 ・・・リア充にはリア充なりの悩みがあるんだろう。由比ヶ浜も、似たような事言っていたな。

 

 俺は友達がいない。略せば『はがいない』。老人ホームのラノベかな? 何それ新しい。まあ、そういうわけで、いや、どういうわけかは知らねえが、俺には気を使う相手はいない。戸塚や由比ヶ浜の悩みはわからない。それでも、自分を押し殺すっていうのはすごく辛いのだろう。戸塚のトイレでの表情、そして今の表情を見ればわかる。

 

 その原因となるのは、戸塚の周りの反応だろう。きっと戸塚は男らしくあろうとしているのに、周囲の反応はかわいいというもの。今日のアスレチック踏破も、そいつらからしてみれば微笑ましいものだろう。小さい子供が頑張って遊んでいるような、そんな感覚。

 

 戸塚の頑張る方向性もまあ若干おかしいと思うが、それでもこいつは一生懸命だ。自分の理想の、かっこいい男になるために。

 

「・・・お前は十分かっこいいと思うけどな」

 

「え?」

 

「毎昼休み、誰が見てるわけでもないのに一人で素振りして。並大抵の情熱じゃねえだろ。一つのスポーツに対してそれだけ集中できるのは世辞なくすごいと思う。今だって、他人が捨てたごみ、嫌な顔せず拾ってるしな」

 

 俺には無理なことを戸塚はやっている。ただ単純に好きだと言うだけで、ひとつのスポーツを続ける。それも休みを返上してまで。俺には到底無理だ。

 

「・・・ありがとう。君にそう言われると、すごいうれしいな」

 

「・・・ただ普通に思ったことを言っただけだ」

 

 満面の笑み向けられてもこっちは困るだけなんだがな・・・。不意に来るとドキッとして心臓に悪いから止めて欲しいまである。しかし、俺に言われてもいいなんて、こいつ相当参ってたんだな。

 

「それでも・・・いや、だからいいんだ。・・・君は僕の憧れだから」

 

 ・・・いきなりこいつは何を言っているのだろう。

 

「最初に見たときはすごく怖かった。正直関わらないようにしようって思ってたんだ」

 

 まあだろうな。

 

「でも君は周りにおびえられてるのに、我関せずって感じで。次は少し頭がおかしい人なのかなって思った」

 

 随分な言われようだ。よく本人を前にそんなこと言えるな。まあ俺も戸塚は十分頭がおかしい部類に入ると評してたからお相子だが。

 

「それで次は昼休み。いきなり現れて、一人でパン食べてて。僕を見てるわけでもなく、ただボーっとテニスコートを見てて、スマホを弄って。クラスに友達がいないのは知ってたけど、校内にもいないんだなって、そこでわかった。でも全く哀れには思えなかった」

 

 余計なお世話だ。

 

「自然体だったんだよ。何にも縛られず、周りも何も気にしない。まるで一人でいるのが当たり前なように、君は毎日を過ごしてた」

 

 そりゃぼっちがデフォだったからな。いや、今もだが。

 

「不思議に思ったんだ。僕は絶対人には良く見られたかったし、だから自分の意見を飲み込んで、周りに合わせたりもしてた。だから、興味がわいた」

 

「昼休みも素振りしながら、それにクラスでも君を観察してたんだ。気づいてた?」

 

 やたら教室で目が合うと思ったらそういうことか。

 

「そこで君は、ごみを拾った」

 

「・・・見られてたのか」

 

「うん。誰の物とは知らないごみを、誰も見ていないのに比企谷君は拾った。それで僕は、君はいい人なんだろうなって、思った。今日こうやってたくさん話してみて、それは確信に変わった」

 

 屈託のない笑みで、戸塚は続ける。

 

「僕が今日これを拾ったのは君の影響なんだ。君に憧れて・・・」

 

 スッと一歩寄ってきて、俺と目を合わせる。

 

「・・・一つ聞きたいことがあるんだ」 

 

 戸塚は笑顔を引っ込め、真顔になる。身長差的に俺が見下ろす感じになるのだが、何故か俺は戸塚が同じ目線に立っているような感覚がした。

 

「ねえ、何で君は人を避けようとするの?」

 

「・・・周りが、避けてんだろ」

 

「・・・そっか。そうだよね。変なこと聞いてゴメン」

 

 そう言うと、戸塚は一歩下がった。

 

「だったらさ。僕と、友達になってよ。僕はもっと、比企谷君のことが知りたい」

 

 ・・・こいつは俺を嵌めようとしているのだろうか? だったら俺が戸塚をかっこいいと言ったところでネタばらしをしていいと思うのだが。正直その覚悟はしていた。まあ今の見た目で意味なく敵に回すとは思えないが。

 

 しかし、わからない。

 

 そもそも俺は戸塚ではないので仕方ないことではあるのだが。周りを窺っても、そもそもこいつの交友関係を知らない俺には判断のしようもない。こういうときは単独ではありえないからな。因みに他の班員は見当たらない。

 

 こいつは厄介人物だ。安穏な生活を脅かす存在だ。しかもそいつと・・・友達ねえ。

 

「言っておくが、俺はお前が憧れるような存在では決してない。それに・・・友達って何だ?」

 

「え?」

 

「お前の言う気を使わなきゃいけないようなものなら、俺はいらない」

 

「・・・」

 

 戸塚には酷なことを言うようだが、俺は自分を曲げないよ! あれって曲げないにゃ、の方がキャラ的にあってるような気がしないでもないが。まあかわいいからなんでもいいか。

 

「・・・そうだね。僕も最近友達ってよくわからなくてさ。だから、君の意見が欲しい。比企谷君なら遠慮もしてこないだろうし」

 

 本当こいつはこいつで折れないな・・・。

 

「だから、友達って何なのか、一緒に探そうよ! 君となら、見つけられる気がするんだ」

 

 何でこいつは俺のことをここまで? 殆ど話したこともないのに。目をキラキラさせて、何の疑いもないような目を向けてくる。

 

「・・・好きにしろ」

 

「やった! これからよろしくね!」

 

「・・・おう」

 

 はあ、仕方ない。これは俺がこいつを信じたとかじゃなく、ただ単にこいつとこれ以上話してても平行線の一途を辿るだろうからだ。本当に、面倒な奴に目を向けられたもんだ。

 

 これを好機と捕えて、近くでじっくりと観察してみるか。いつ壊れるかわからない繋がりだが、その時のために。ここで断って敵にされても、俺の望むところではないしな。

 

 もうしばらくして、俺らは班員と合流した。どうやら人ごみに紛れてはぐれた後に、先に出ていたようだ。バスに揺られて戸塚は爆睡。はしゃぎまぐってたカースト上位のやつらも軒並み撃沈。俺としてはかなりありがたかった。

 

 こうして今年の総武生の遠足は終わった。そしてやってくるのは高校初めての定期テスト。好成績を目指し、俺は最後の仕上げを家でするのだった。




前回短いとの感想をいただき、今回は遠足完結編なのも相まって前回の五倍の文量となりました。だからといって次週以降も文量が増えるとは限らないのであしからず。

・・・いや、だって読み返すの辛くなるじゃん?

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