艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 時間は僅かに遡る。

 トラック島より発進し、北上する大和率いる主力艦隊は、中央の鎮守府より遣わされた戦力と合流する地点の手前まで来ていた。これまでの航行は順調。不安要素は何一つない。

 

 合流地点はAL方面とMI方面のちょうど中間に位置している。更に北上すればALへ続き、東に舵を取れば目的地であるMIへと辿り着く。主力艦隊の航路は後者。先行する機動部隊に続き、MIを制圧するのが役目である。

 

 その重大な役割を持つ艦隊の旗艦である大和に通信が送られてきた。扶桑達もその電波を捉え、耳を傾ける。

 

『こちら鎮守府指令室──司令官代理の長門だ。大和、そちらに問題はないな?』

 

「ええ、ここまでは快調に進めています。……わざわざ無線を使ってまで安否確認だなんて、そんなに心配ですか?」

 

『いや、すまない。なにぶん艦隊の切り札であるお前の初実戦を指揮する事になろうとは思っていなかったのでな。お前に万が一の事があれば人類にとって大き過ぎる損失だ。あ、いや……重ねてすまない。こんな事、お前に言うものではなかったな』

 

「大丈夫です。今更プレッシャーは感じません」

 

『そうか、頼りにしている。もうじき榛名達も合流地点に辿り着くだろう。それまで──』『──こちらAL方面陽動部隊! 棲地MIへ向けて南下中に敵の大戦力と会敵した! 合流に支障が出る可能性がある!』

 

 突然長門の声の奥から、別の声が聞こえてきた。続いて『鎮守府の大淀です。敵の戦力を述べてください』という声が聞こえる。どうやら指令室のスピーカーから別の通信が聞こえているようだった。

 

 声だけではない。砲撃音と水飛沫があがる音まで三人の耳に届いた。緊急性を感じたのか長門が椅子から立ち上がる音が聞こえ、向こうでのやり取りが優先される。

 

『戦艦級が十隻。既に数体へ損害を与えているが、精々小破程度だ。撃ち合いになれば、こちらが先に果てる』

 

『十隻も……。長門秘書艦!』

 

『──聞いていた。那智、長門だ。まずは現場の判断を聞こう』

 

『余裕もないので手短に。我が艦隊は打撃力において劣っているが、速力と小回りに関しては戦艦のみの相手より勝っている。その為、敵の横をすり抜ける事ができれば、棲地MIへの航路を外れずに逃げおおせられるはずだ』

 

『だが、一定時間は正面から敵と撃ち合わなければならない。勝算はあるのか?』

 

『上手くいく確率は高くない。しかし、貴方がやれと言うのなら。そのリスクを冒してでも、私達がMIへ行く意義があるのならば、その指示に従おう。だがもし、我々を重要な要素でないと考えているなら、このまま退却させてほしい。艦隊を率いている以上、彼女達の命を賭けた安いギャンブルはできない』

 

『もっともな意見だな。──ならば命じる。陽動部隊は敵戦力の側面を抜けて棲地MIへ向かえ。お前達はこの作戦において重大な意味を持っている。必ず棲地MIまで合流して欲しい。……それから急ぎ支援部隊を編成し向かわせる。もし不測の事態が起こっても最後まで諦めずに生存を優先してくれ』

 

『了解した。安心してくれ、上手くやるさ」

 

『ああ、頼む』

 

 やがてその通信は終わり、重い雰囲気の長門が再びこちらの応対をする。

 

『すまん、少し席を外して──』

 

「──陽動部隊は無事なんですか?」

 

 真っ先に質問したのは山城だった。冷静を装っていたが、声には緊張が混ざっていた。

 

『その声……扶桑、いや山城か。久しいな──などと挨拶している場合ではないな。どこまで聞こえていたかは知らんが、戦艦十隻からなる大戦力と会敵したらしい。今は被害がないようだが、そんな戦力と遭遇した時点で“無事”とは言えんな』

 

 それを聞き、山城は言葉を詰まらせた。陽動部隊には時雨と満潮がいる。そう彼女は認識しており、故に焦燥した。

 

「長門司令官。そもそもなぜAL方面の陽動部隊が棲地MIへ向かっているのですか?」

 

『敵を撹乱し、MIへ戦力を集中させる為にそういう指示を出しておいたんだ。事前に知っていたのは極少数の人間のはずなのだが、こんな妨害を受けるとは……。とにかく間に合うかはわからんが、今から支援艦隊を編成し、AL方面に派遣する。お前達はお前達の役目を果たしてくれ』

 

 大和の問いに長門は返答する。大和は納得したが、山城はそれに反論しようとして、姉の扶桑に止められた。そして代わりに扶桑が口を開いた。

 

「長門。その援軍、わたしと山城にやらせてもらえないかしら」

 

『なに?』

 

「今から鎮守府近海を警備してる艦娘で支援艦隊を編成しても間に合わない。けれど速力の低いわたし達でも、この地点からなら間に合う可能性がある」

 

「扶桑さん、何を言っているんですか! ワタシ達は棲地MIに向かい、運命を──」

 

「──少し黙っていて大和。わたしは長門と話をしているの」

 

 今までにない扶桑の強い眼光を見て大和は言葉を失う。その厳格な雰囲気に山城も息を呑んだ。この場にいない長門だけが言葉を続ける。

 

『確かに扶桑型戦艦の速力でも、そこからならば救援に間に合うかもしれない。だが、お前達は主力となる戦力だ。欠く訳にはいかん』

 

「だからわたしと山城だけで行くと言っているのよ。大和は代替がないでしょうけど、わたし達はそうでもないでしょう?」

 

『…………しかし、一度ALに向かえばお前達の速力では棲地MIでの決戦に間に合わない』

 

「そうね。でも単純な話よ、長門。陽動部隊とわたし達。どちらが戦略的に価値があるのかどうか。これはそういう話ではなくて?」

 

 このままならば陽動部隊が無事に棲地MIへ辿り着ける可能性は低い。もしかしたら敵戦力を引き連れて来る事で味方を窮地に落とし込む危険性だって存在する。その可能性を主力艦隊から扶桑と山城が欠ける代わりに解消出来るのだ。戦艦とはいえたった二人の艦娘と、急襲を役目とする陽動部隊。陽動部隊に属している艦娘の命も考慮すれば、どちらが戦略的に価値があるかは長門も自明だった。

 

『……扶桑、頼めるか?』

 

「ええ、任せてください」

 

『わかった。では扶桑、山城の両名に命じる。その場よりAL方面へ急行し、戦闘中にある陽動部隊の支援にあたれ』

 

「了解!」

「同じく了解です!」

 

 長門の命令を受け、扶桑と山城は満足そうに答えを返す。その様子を大和は不服そうに見つめた。そして抑え切れずに彼女は想いを訴える。

 

「なんで……ですか。仲間を助けたいと思う、お二人の気持ちは立派です。ワタシだって叶うなら誰かを直接助けられる道を選びたい。ですが、それよりも優先すべき事があるんです。運命が……。全ての艦娘の運命が、ここで決定するかもしれないんですよ? それを変えられるのは運命の存在を知り、他者より強い力を持って生まれたワタシ達のはずなんです。その為に、この力があるはずなんですよ、きっと……」

 

 自分が纏う鋼鉄の艤装に触れながら大和はそう言葉にする。

 この一戦の為に。この戦いで運命を変える為に。自分は長い間、誰とも共有出来ない寂しさを抱えてきた。過剰な庇護という檻の中、他の艦娘とは異なる扱われ方をされてきた。その生き方は楽でもあった。けれど決して幸福ではなかった。カゴの鳥と揶揄され、哀れに思われ、孤独に涙し、悔しさに震えた。それが全部この一戦の為だったと。運命を変える為の代償だったと思えば、その辛さは報われるものとなる。だからこそ大和は胸の内を吐露する。似たような経験をした扶桑達ならば理解してくれると信じて。

 

 大和の懸命な言葉に扶桑は答える。飾らない、本心からの言葉を。

 

「そうね。もしもAL方面に行った部隊の中に時雨と満潮がいなかったら、こんな事は言い出さなかったかもしれない。他の顔も知らない誰かだったら、運命を変える事を優先したかもしれない。でもあの子達が危険の中にいるのなら、運命なんかよりもわたしはそちらを優先するわ」

 

「……え」

 

 大和にとって、それは予想外な発言だった。扶桑達が支援に向かうのは人命を慮ったからだと思っていた。危機に瀕した仲間を救おうとする人道に則した尊い行為だと思っていた。けれど彼女は言う。親しい個人の為に、運命を変える事を放棄するのだと。

 

「待って……、待ってください。扶桑さんはそんな利己的な理由で運命を蔑ろにするんですか……?」

 

「利己的? 大切な人を失いたくないと思うのは当然でしょう? それにわたし達が支援に行く事はこの作戦にとって利益にもなる。だから長門も承諾したはずよ。決して戦局を無視して我儘を言っている訳ではないわ」

 

「それはそうですが、でも一緒に運命を変えようと約束をしたではないですか」

 

「それに関してはごめんなさい。やっぱりわたしは“運命を変える為だけ”には戦えないわ。朝に気付いたのだけど、わたしと大和では見えているものが違うのよ」

 

 運命を変えるべきというのは扶桑とて同意見だ。その点において扶桑と大和の意思は一致している。しかし、ただ一つ確執があるとしたら、それは見据えているものの差。大和は運命を変える事に目を向け過ぎている。扶桑は運命を変えてどうしたいのか、そのヴィジョンがあった。

 

「大和。あなたに夢はある?」

 

 必死な大和に対して、そう問い掛ける扶桑の顔は穏やかだった。戸惑いながら大和は首を横に振る。

 

「わたしにはあるの。──戦いが終わった世界で普通の人間として生きていきたい。艦娘の使命を終えて、人としての生を謳歌できる世界よ。その世界には山城がいて、あなたもいて、そしてあの子達もいて……、みんな普通の幸せを得られるの。普通の、人間として当たり前な幸せを手に入れる事が出来る世界。そんな未来を描いて、そんな夢を見ているの」

 

 自身の想いを説く彼女の瞳は輝いていた。未来を夢見ている。その眩さに大和は視線を逸らした。

 

「そんな先の事なんて……」

 

「けれど届かない未来ではないでしょう? 戦いの先にきっとそういう未来だってあるはずなのだから」

 

「…………」

 

「運命に固執するあなたの言葉はわかる。それを変えるべきという意思も尊重する。でもね、わたしは夢の為に戦うと決めた。そしてわたしの目指す未来にはあの子達が──満潮と時雨がいてくれないと困るの。いてくれないと嫌なの。だから、わたしは二人を助けに行くわ」

 

 わからない。大和には扶桑の言う事がわからなかった。運命の存在を認識して、なぜそんな選択が出来るのか。艦娘ならば悪しき運命を変える事こそを優先すべきではないのか。例え親しい誰かを失う可能性があるとしても、全ての艦娘の為、全ての人類の為に最善を尽くすべきではないのか。滅私奉公こそ艦娘として生まれた自分達の使命ではないのか。

 

 大和はそう自問する。

 清廉潔白な彼女だからこそ、そう自分に問い掛ける。

 

 少なくとも大和にとって、それが全てだった。生まれた時から期待され、人類を救う希望ともてはやされ、その夢を背負わされた。そこに個の意思など求められていなかった。望む物、望む事はなんだって与えられたけれど、そこに温かさなどない。扶桑の言う普通の人生というのも理解できない。普通の人間とは艦娘よりも多く交流を持って、その生き方を目にしてきたが、そんなものに憧れなど抱いた事もない。自分はただ人類最大の切り札として飾られ、決戦の時に力を振るえばいい存在。運命を認識してからは更にそう思うようになった。運命を変える事こそ自分の存在理由だと、そう思うしかなかった。

 

 故に大和こそ艦娘の使命。その権化と言えた。

 そんな彼女に、人間としての幸せを夢見る扶桑は微笑みかける。

 

「がっかりさせてしまって申し訳ないのだけれど、わたしはあなたが思うような人間じゃないの。清廉潔白ではないし、聖人君子なんかでもない。欲深く、我が強い。そういうありふれた女よ」

 

 自虐のような言葉。けれど胸を張って扶桑は言った。

 

 それを聞いて大和は気付いた。彼女と自分は違うのだと気が付いた。

 似た境遇の艦娘。けれど境遇が似ているだけで中身が違うのだ。──共に生きる妹がいる。望まれたものが違う。求められたものが違う。出会ってきた人が違う。培ってきた経験が違う。歩んできた道が違う──そんな当たり前の事を思った。境遇が似ているだけで同じ人間は出来上がらない。それぞれ環境が異なれば、『戦えずにいた』という境遇など些細な接点でしかない。その事に気が付いた。

 

「…………」

 

 大和は口を閉ざし、下を向く。

 扶桑型戦艦。自分と同じ境遇にあった彼女達に興味を引かれ、いつしかファンのような気分になっていた。自分を理解してくれる人達だと、そう思っていた。けれど、それは違っていたらしい。力を込めていた肩が落ちる。その気持ちは失望とは違っていた。期待を裏切られた訳ではない。自分は勝手に期待していただけなのだ。彼女達はきっと自分を理解してくれて、自分と同じ道を進んでくれる人なのだと決めつけていた。憧れは無理解の別称であり、全ては虚像。勝手に抱いた期待が見せた蜃気楼だ。自分の気持ちを押し付けていただけで、今の今まで扶桑という“人間”が見えておらず、あまつさえ彼女を理解しようとも思わなかった。そんな自分を彼女が理解してくれるはずもない。

 

 扶桑を直視できずに彷徨う大和の視線は山城へと辿り着く。不意に目が合い、両者の視線が交差した。そこに敵意はなかったが、同時に迷いもない。返答などわかり切っていたけれど、それでも問わずにはいられなかった。

 

「山城さん、アナタもなのですか? 敬愛する扶桑さんの意見だから迎合しているだけで、アナタの真意は違うのでは──」

 

「──扶桑姉様は関係ないわ。もしも姉様がおっしゃっていなければ、わたしが同じ意見を進言していたわよ」

 

「……アナタ達をALに向かわせるのも運命の強制力かもしれません。ええ、確かそうでした。前世においても、お二人はワタシと別れてAL諸島へ──」

 

「──だから何?」

 

 山城は有無を言わせない。彼女の心は既に固まっている。何人もその意思を曲げさせる事は出来ないと、目が合った時から大和にはわかっていた。その一直線な眼差しは夢を語る扶桑の眩しさと同じだった。

 

「これが運命だろうと知った事じゃないわ。これはわたしの意思。わたしの選択。わたしの決断。何かの力に流されたわけじゃない。全部わたしが決めた事よ」

 

「ワタシだって……自分で運命を変えてみせると決めました」

 

「それは“艦娘として”でしょう。前世の記憶──運命と呼べるモノを感じるから、そう思っただけよ。……大和、あなたは運命を意識するあまり、自分を軽視しているんじゃないの?」

 

 その在り方は時雨ともまた違う。暗い未来を照らす為に運命を変えようとする時雨は結局として自分の為に戦っている。対して大和は自分が人類の希望だから、自分が艦娘だから、そういう使命だから誰かの為に戦っている。その想いで戦える精神は高潔にして高尚。しかし、人としては正しくない。我欲こそ人の性。欲望なくて人は人たりえない。

 

「確かにわたし達は艦娘で、かつての艦艇から引き継いだモノを多く持っている。でもね、わたし達は人間なのよ。艦娘である前に、一人の人間なの。過去の記憶とか前世の因縁とか定められた運命とか、そんなもの関係ない『山城』って人間がいるのよ。そのわたしが決めたの。人としてのわたしが決めたの。“あの子達を助けてあげたい”と思っているのよ。だから、わたしは行くわ。……大和、あなたに人としての意思はある?」

 

 それを山城は大和に説く。優しくはない口調で、けれど最大限の思いやりを込めて。

 

 大和はそんな彼女の言葉に気圧された。人として──など考えた事がない。大和は艦娘としてすら、まともに生きていないのだ。これが初の実戦。初めての艦娘としての戦い。だからわからない。人としての意思がわからなかった。

 

「そんな……、ワタシは艦娘としてしか求められていない。最強の戦艦『大和』としてしか求められて……」

 

「馬鹿ね。誰かに何かを求められるかより、自分が何を求めているのかが大切な事でしょうに。……よく考えなさい。あなたはいったい何が欲しいのか」

 

 欲しいもの。使命感とは違う自身の望み。運命を変える事は確かに望んでいる。けれど、それはそれ以外になかったからだ。選択肢がそれしかなかったから、それだけを目指した。正しい事だとは思う。それは決して間違ってはいない。しかし、自身から零れ出た感情ではない。自ら求めたものではない。

 

 両手を開いて、その内側を覗き込む。

 戦艦 大和ではなく『大和』という一人の人間として望む事は──何一つ見付からなかった。

 

「わからない。……ワタシにはわかりません」

 

「だったら、まずはそれを見つける事ね。わたし達はそれを見つけたから、あなたとは違う道を行くの」

 

 顔をあげ、大和は扶桑型戦艦姉妹を見る。

 眩しい。どうしてあんな良い表情が出来るのか。なぜ自分とこんなにも差があるのか。それがなんなのか、ようやくわかった。

 

「それが、その時雨と満潮という方々なのですね」

 

「ええ。満潮はわたしの恩人で──」

 

「──時雨は……まぁ放っておけない子なのよ」

 

 扶桑と山城は大和とは違う。似た境遇にありながら、どうしてここまで違うのか。それは出会い。二人には素敵な出会いがあった。時雨と満潮。それぞれに大切な物を与えてくれた、掛け替えのない大切な他人がいた。

 

 羨ましい。そんな出会い、大和にはなかった。それがあれば自分も彼女達のような生き方が出来たのだろうか。眩しい夢を語り、運命を蹴り飛ばすような生き方が。

 

「ワタシもいつか出会えるでしょうか。そんな人に」

 

「出会えるわよ。あなたが求め続ける限りね」

 

「案外、もう出会ってるかもしれないわよ?」

 

 その返答を聞いて、大和は再び憧れを抱く。自分を理解してくれる扶桑達にではなく、彼女達のような眩しい生き方に憧れた。

 

「納得……出来ました。ワタシには実感がありませんが、お二人のそんな顔を見せつけられては拒み切れない。だから我儘はもう言いません。ですが、一つだけお願いがあります」

 

「なにかしら」

 

「ワタシはお二人のファンを続けてもよろしいでしょうか。……お二人はワタシが思っているような人ではありませんでしたが、その憧れは更に増しました。ワタシも、お二人のように格好良く生きてみたいんです」

 

 大和は心からそう思って口にする。

 それを言われた扶桑と山城は唖然として互いに見つめ合うと、同時に小さく笑みを漏らした。

 

 扶桑が代表して首を縦に振る。そして後に続こうとする者へと言葉を贈る。

 

「全てはここから始まるのよ、大和。だからわからなければわからないままでいい。今はただ自分が正しいと思う事。自分がそうしたいと思う事をすればいい。わたしはそう思うわ」

 

 大和の背中を押す言葉。未だ見えない暗中を進もうとする後輩に贈った扶桑の言葉は確かに大和の胸へと届いた。大和は瞳を閉じ、ゆっくりと開く。見つめる先に自分が進むべき道を見た。

 

「いってください。ワタシの指針は定まりました。戦艦 大和──いえ、『大和』はここから始めます。お二人には遅れてしまいますが、いつかきっとワタシ自身の望みを見つけてみせます。その為の未来。まずはそれを勝ち取りましょう」

 

 進路を別つ。大和は東に。扶桑達は北に。それぞれの道を行く。いずれその道が交差する事を願って、大和は先に一歩を踏み出した。語るべき事はない。扶桑と山城は大和の背を見送る事はせず、彼女達も急ぎ北上し始めた。

 

 二人が去り、東への航路には大和だけが残される。彼女の耳に今まで繋がり続けていた通信から長門の声が送られた。

 

『大和。少し遅れると思うが、二人の代替として私と陸奥も戦列に加わる』

 

「そうですか。わかりました」

 

『それから……すまない。私もお前の事を艦隊の切り札としてしか見ていなかった』

 

「いいですよ。それも“ワタシ”ですから」

 

 空に陰りが見え、光は遮られる。そんな空を真っ直ぐに大和は見つめた。運命を越えた先にある未来。これからの自分に想いを馳せて最強の戦艦は戦いの海をゆく。

 

「……待っていたかのようですね」

 

 扶桑達と別れた途端、彼女の眼前には無数の深海棲艦が出現した。軽巡以下の雑多な戦力。しかし、その数はなかなかに多い。

 

「長門さん、敵が出現しました。数はおおよそ二十。恐らくワタシの足止めが目的でしょう」

 

『なんだと……、わかった。榛名達を合流地点ではなく、そちらへ向かわせる。それまで耐え──いや、それは聞くまでもないか』

 

「ええ、愚問です。『大和』は最強の戦艦なんですから」

 

 艤装を稼働させ、身体よりも巨大な砲塔を回転させる。砲塔の数は他の戦艦と比べるべくもなく圧倒的。しかして、その一撃一撃はどの戦艦よりも強力無比。彼女に比類し得るは同型の妹のみ。故に最強。故に無敵。鋼鉄の乙女は威風堂々と砲口を掲げた。

 

「敵艦捕捉、全砲門──薙ぎ払え!」

 

 砲撃一閃。放たれた砲弾は一撃の下にその半数を死に至らしめる。対して敵より放たれた砲弾は彼女の『装甲』を貫けず、無様な花火を弾けさせるだけだった。

 

 戦いの中、大和はふと扶桑達が去った北に目を向ける。

 彼女達が離れるまで深海棲艦が出現しなかったのを見るに、やはり二人はAL方面に向かう運命だったのだろうと大和は思う。在るべきものを在るべき形に押し留めようとする力。その思惑通り、彼女達は誘導された。──否、それは違う。彼女達は誘導などされていない。二人は自分で選んだのだ。運命など関係なしに、ただそうしたいと思うから、それを選択した。結果的には同じでも、彼女達は自らが信じる光へと進んだ。

 

「ワタシも後に続かないと……!」

 

 それを眩しいと感じた大和は、その背中を目指す。彼女にはまだ見付からない望み。それを探す為に、今はただ道を阻む運命を薙ぎ払う。自分の意思で、自分の為に、“大和”は見えない明日へ向けてその巨砲を放った。

 

 侮るなかれ『運命』よ。人が持つ我欲こそ意思の力。その前に必然などは存在しない。あるのは未知。誰も知らない未来だけなのだから。

 

 

  -◆-

 

 

 指令室に坐していた長門が立ち上がる。そして隣にいた陸奥に視線を送った。

 

「聞いていたな、陸奥。我々も出撃するぞ」

 

「うふふっ。最初から行くつもりだったくせに」

 

「フッ、まあな。むしろいい口実が出来たよ」

 

 扶桑と山城を欠いた主力艦隊の補充として彼女達もまた戦場へと馳せ参じる。

 

「でもいいの? 貴重な戦艦をAL方面に向かわせるのはやっぱりちょっとした賭けよ?」

 

「だろうな。だが構わん。時雨と彼女達を接触させた時点でこうなると提督にはわかっていたのだろう。ならば私は提督の期待に応えるだけだ。それに──」

 

「それに?」

 

「──私も扶桑の言う未来が見てみたい……、そう思ってしまった」

 

「あらあら。……でもそうね。そんな未来の為なら、どんな相手とでも戦える気がするわね」

 

 戦いが終わった世界で普通の人生を歩む。それは夢物語だったが、しかし、扶桑が言った通り届かぬ未来ではない。それが何年、何十年先の事になるかは全くとしてわからなかったけれど、諦めなければ叶う可能性のある夢だった。

 

 長門達は果て無き戦いの中で忘れていた。そういう明るい未来の為に自分達は戦っていたのだと。艦娘として戦い始めた原初の理由はきっとそんな遠い未来への希望だった。

 

「大淀、後の事は頼む」

 

 長門の言葉に大淀は力強く頷き返す。それを見届けた戦艦 長門と陸奥は指令室を出て、本来の艦娘としての役目につく。ただ戦う為でなく、未来を切り開く為の力として。彼女達も未来を夢見て、果て無き海に足をつけた。

 

 


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