艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 昼下がりの艦娘寮。修繕の済んだ一室。そこは白露型三人に割り振られた部屋だった。白露、時雨、村雨。その三人がここで寝食を共にしている。非常時は鳳翔の家に間借りしていた時雨だったが、鎮守府の機能が回復した現在はこの部屋に戻っていた。

 

 その中で時雨は、姉であり幼馴染である白露に今朝の出来事を相談していた。

 

「それは時雨が悪いよ。全部じゃないけど、だいたい時雨が悪い。うん、間違いないね」

 

 せんべいをボリボリと噛み砕きながら、行儀悪く頬杖をつく白露はばっさり切り捨てた。

 

「どうして? 僕、間違った事は言ってないと思うんだけど」

 

 ちゃぶ台を挟んだ向こう側に対する時雨が問い返す。美味しそうに緑茶を啜って白露は答えた。

 

「だって時雨、吹雪の質問にちゃんと答えてないじゃん。『改になるにはどうすればいい』って質問なのに、強さとはなんぞや──なーんて禅問答まがいな事されたら何言ってんだコイツってなるでしょーよ、フツー」

 

「でも大切な事だよ。何の為に強くなるのか。強くなってどうしたいのか。それが一番大事じゃないか」

 

「まあそれも正論だろうけどさ。でも、あたしが思うに……時雨、あんた、吹雪の質問に答える気なんかなかったでしょ? ううん、それも違うか。……答える気がなかったというかさ、他の事を考えてたんじゃないの?」

 

「──!」

 

 図星だった。

 自分は吹雪の質問にかこつけて、彼女の資質を見定めようとしていた。少なくとも彼女の問いは二の次に扱っていた。

 

「当たりだった? あー、それじゃあ尚更時雨が悪いなー。案外わかるもんなんだよね、相手が親身になってくれているかどうかってさ。助言してくれると思っていたのに、相手が真剣に考えてくれていないってわかればそりゃ気分悪いよ」

 

「……確かに僕は彼女の悩みにちゃんと向き合っていなかった気がする」

 

 それは認めなければならない。自分の落ち度は間違いなく存在したと。

 

「ま、それを抜きにしても、既に第二次改装まで済ませた奴に『焦らず頑張ろう』みたいな余裕ぶっこいた事を言われたら腹立つけどね。時雨ってば、だいたい上から目線だし」

 

「そんなつもりはないよ」

 

「そのつもりがなくても、そう感じるんだよ。長年時雨の傍にいた凡人代表が言うんだから間違いない。時雨はね、自分が才能の塊であるのをもっと自覚するべきだよ。いやホント、時雨の隣にいると自分が劣っているように思えるんだよね。そういうのをぜんぜん気にしないあたしでも、ちょっぴり劣等感を感じるくらいなんだから、自分を低く見ているような子はもっとキツイんじゃないかな」

 

 優れた者は他者から多くのモノを向けられる。それは憧れであったり、羨望であったり、称賛であったり、嫉妬であったり、反感であったり、憎悪であったり、善悪を問わずに様々だ。そして、それらを向けた者達にも形を変えて反射する。憧れには向上心。羨望には渇望。称賛には優越感。嫉妬には自己嫌悪。反感には劣等感。憎悪には殺意。優れた者はそれだけ周囲に影響を与える。そこに是非はない。

 

 吹雪もそうだった。

 自分と時雨の違いを無意識に察知し、反感を覚え、劣等感を感じた。それに焦りが混じって感情をぶつけてしまったのである。

 

「努力をしても簡単に結果を得られない、そういう自分の可能性にもがいている人がいる。時雨はそんな人達の事をよく知るべきだね」

 

 白露はそう時雨に告げる。それが恵まれた人間の受け止めるべき事実だと。

 

「ああ、キミの言う事は基本的に正しい」

 

 時雨はそれに頷く。

 頭は良くないが、そういう情緒に関して白露という少女は機敏だと時雨は知っている。数学の問題は解けない癖に、物事の本質だけは的確に見抜けるのだから、時折、自分よりもよっぽど特別なのではないかと本気で思う事がある時雨であった。

 

「吹雪に悪い所があるとすれば、それはひとえに相談する相手が悪かった──ってとこかな」

 

「したり顔で酷い事を言うね、キミは」

 

「ハッハッハッ! たまにしか時雨を言い負かす機会はないからね。勝った時は盛大に勝ち誇らないと勿体ないじゃん」

 

 快活に笑って白露はせんべいをかじる。長女としての威厳はまるでないが、それでも時雨にとって相談事にちゃんと答えてくれる頼もしい友達だった。

 

 そう、友達ならばこうあるべきだ。

 友達になろうと思うなら、しっかりと向き合って話すべきだった。親しくならねば本質なんて見えはしない。それを怠った時点で吹雪を見定める事など出来る筈もなかった。

 

 反省だな──と、息を吐く。

 自分の役割を知って、浮足立っていたのかもしれない。或いは自分が特別だからと思いあがっていたのかもしれない。いずれにせよ、戒めなければならない。慢心は隙を生み、傲慢は不和を招く。それは是正すべきものだと、時雨は思った。

 

「はいはーい。ただいまー」

 

 部屋の扉が開かれ、もう一人の住人である村雨が外から帰ってきた。それに白露が反応する。

 

「おっ、村雨おかえり。久しぶりの外出はどうだった?」

 

「んっふっふっ。今月は大漁だったわよ~」

 

 ホクホクとした顔で紙袋を大切そうに抱えた村雨が笑う。今日、村雨は非番だった為、鎮守府を出て、最寄りの書店へと外出していたのだった。

 

「へぇー、相変わらず本みたいだけど、どんなの買ってきたの?」

 

「純文学だから、白露ちゃんには難しいんじゃないかしら~」

 

 村雨は紙袋から一冊取り出して、その表紙を白露に見せる。それは著名な作家が書いた見るからに難解そうな小説だった。表紙を見ただけで白露は嫌そうな顔をして、「そういうのはいいや」と途端に興味を失った。

 

「…………」

 

 ただ時雨はそれがブラフであるのを知っている。村雨が抱える紙袋の中に、純文学と呼べるのは恐らくあの一冊だけ。買ってきたものに興味を示すだろう白露の関心を削ぐ為のフェイク。そして、残りは──男性同士の行き過ぎた友情にまつわる書籍群に違いないと、直感が告げていた。

 

 時雨はノーコメントのまま、それを見逃す。蓼食う虫も好き好き。人の趣味に口を出すほど野暮ではないし、隠そうとしているそれを暴露するほど性根が悪いつもりもない。時雨は姉として、妹の自主性に任せる事にした。

 

 そんな時雨の視線に気づかない村雨は、楽しそうに紙袋を自分の机に乗せると、時雨の目を以てしても捉えられないほどの早技で買ってきた一冊一冊に薔薇柄のブックカバーを装着していく。尚、難解そうな小説は適当に投げ捨てて放置していた。

 

「そういえば、ここに来る途中で聞いたんだけど──」

 

 その作業を片手間に行いながら、村雨が思い出したかのように語り出す。

 

「時期作戦の準備として、棲地MI方面へ調査に行った三水戦の吹雪ちゃんが大破して、意識を失ったまま入渠ドックに運ばれたらしいわよ? 幸いなことに当たり所が良かったらしくて、命に別状はないらしいけど」

 

 ちょうど吹雪の話をし終えていた時雨と白露は互いに顔を見合わせた。

 

「村雨、その話もっと詳しく教えて欲しいな」

 

「ん、時雨ちゃん気になるの?」

 

「今朝、吹雪と喧嘩したんだってー」

 

「余計な事は言わなくていいよ、白露」

 

「へいへーい」

 

 反省する気などまったくない返事だった。そんな白露を笑って、村雨は話を続ける。

 

「あらあら、それじゃあ気になっちゃうわね。……えーと、詳しくは聞いてないんだけど、吹雪ちゃんが危険行動をとったみたいなのよ。功を焦って深追いして砲火をあびた──って話だったと思う。ほら、長門秘書艦に『改になれ』って命令されてたじゃない? 多分、実戦で活躍して錬度を高めようと思ったんでしょうね。元々思い込むと視野が狭まる子みたいだけど、それとは別に重圧も大きかったんじゃないかな。名指しで命令だもの、私だったらノイローゼになってるわ」

 

 所感も含めて村雨は言った。配慮のある彼女らしい相手の目線に立った意見である。

 

「私が知ってるのはここまでよ。もっと詳しい話は川内型の人に聞くといいじゃないんかしら」

 

「いや、だいたいわかったよ。ありがとう」

 

 村雨に礼を言って、時雨は立ち上がった。そして出口に向かおうとする足を白露の言葉が制した。

 

「──時雨、どこいくの?」

 

「もう一度吹雪と話してみる」

 

 その返答に白露は笑みを浮かべる。

 

「だったら助言をしたげる。……焦って馬鹿な事をしたね──って、説教したらダメだよ。そんな事、身近な誰かがもう言ってるだろうし、言われなくても自分で気付いてるはずだから」

 

「うん、わかった」

 

「それからもう一つ。……吹雪だって頑張ってる事をわかってあげて。時雨からしたら愚かしい事かも知れないけど、本人にとっては大切な事ってあると思うから、それをわかってあげること。時雨も一回くらい経験あるでしょ? 必死な時って余裕がないくせに、意地張って色々馬鹿な事をするんだよ。それは怒られても仕方ない事だけど、一度でも経験した事があるなら、せめて理解はしてあげてね」

 

 白露の言葉に、時雨は思い返す。

 以前。扶桑と山城を護衛して西方の鎮守府へ向かっていた時、深海棲艦と交戦した。その時の事を思い出す。あの時、自分は扶桑と山城を守ろうとする為に、敵戦艦へと無謀な突撃をした。自分が彼女達を守るのだと意地を張って必要のない危険を冒した。賢くない選択をした。馬鹿な事をしたと思う。でも、その時は必死だった。必死に自分を貫けたと思う。恐らく他人から見たら愚かしい事。けれど、自分にとっては大切な事だった。その後、たくさん怒られたけれど、その選択に悔いはなかった。

 

 ──そうか。頑張るっていうのはああいう事か。

 

 時雨は納得して白露に頷き返した。

 

「ホント、キミの言う事は基本的に正しいよ白露」

 

 ときたま、腹が立つくらいだ──と時雨は笑顔で言い残し、部屋から出ていった。

 

「やれやれ、まったく。素直にあたしを褒められないのかね、あの子は」

 

 自分にだけ皮肉を言う妹に肩をすくめる姉は満更でもない表情で溜め息を吐いた。そんな姉二人を見ていた村雨は、その微笑ましさに笑みを零す。

 

「二人は本当に仲良しね」

 

 


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