艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 その閃光は味方すら察知出来ぬほど素早く現れた。

 

「──追い付いたぜぇ! ハッ……硝煙の匂いが最高だなぁオイ!」

 

 立ち昇った硝煙と轟く砲撃音。空を舞う黒い影。それを狙い、天へと伸びる緋の砲弾。炸裂する汚い花火。それでも尚、黒い空は晴れない。絶望を払うには、希望という名の起爆剤が必要だ。ならば──

 

「気合い入れろ、テメェ等! シケた面じゃあ勝てねぇぞ! ヤベェ時ほど笑うもんだ! アーハッハッハッってな!」

 

「恥ずかしいから私はパス」

 

「僕も遠慮しておくよ」

 

「お前等な、人がせっかく士気を上げようと頑張ってんのに水を差すんじゃねぇよ!」

 

 ──彼女達がそれだった。

 現れるや否や、天龍は激励し、満潮と時雨は次々と敵艦載機を撃墜させていく。僅か三人の援護部隊。だが、その根拠のない自信に溢れた余裕綽々な雄姿は士気が下がりつつあった攻略部隊を奮い立たせるのには十分であった。

 

 輪形陣の中心に入った天龍率いる援護部隊は旗艦の青葉とコンタクトを取る。

 

「天龍さん、来てくれたんですね!」

 

「ったりめーだろ、青葉。ちっと人数は少なくなっちまったが、援護部隊ただいま合流したぜ。……状況はだいたい把握してる。満潮と時雨を祥鳳の直衛に付けるから、お前は祥鳳のフォローをしながら指揮をしろ」

 

「わかりました。天龍さんはどうするんです?」

 

「俺は……新しいお客さんの相手だ」

 

 厳しい眼光で天龍は後退している進行方向とは逆──つまりは棲地MO方面へと目を向ける。先程まで進攻していた方向から敵駆逐隊が迫ってきていた。数はイ級が四。強敵ではないが、この状況では脅威となる。

 

「俺等が到着した途端に援軍とは……、いよいよもってキナ臭い戦いになってきやがったな」

 

「天龍さん、一人で駆逐隊を相手する気ですか!?」

 

「俺以外に割ける戦力はねぇだろ。幸い俺は空の相手は不得手だ。居ても居なくても大して変わらねぇよ」

 

「そうじゃなくて、天龍さんの負担を考えて──」

 

「──考えた結果だよ。雑魚がいくら集まったところで俺は負けねぇさ。……安心しろ、きっちりケツは守ってやっからよ!」

 

 そう言って不敵に笑った天龍は、刀を片手に輪形陣の輪を抜けて最後尾に移動する。青葉が心配そうに見送る中、満潮もまた一人で戦いに行く天龍を横目で見送った。

 

「青葉さん、援護部隊と合流したのなら再度号令をお願いします!」

 

 後退する先頭に立っている駆逐艦 漣が進言する。その声に普段のおちゃらけた様子はない。

 

 青葉はそれに頷き、目的と指示の確認の為に号令をかける。

 

「我々は作戦行動を中止し、鎮守府へと退却します! 大破した祥鳳さんを中心に輪形陣! 天龍さんを除き、全艦対空戦闘を徹底! もう一撃たりとも祥鳳さんに直撃を許さないでください、お願いします!」

 

 青葉の号令に、全員がそれぞれ肯定の意思を表す。気持ちは皆同じだった。

 沈みかけた気持ちを振り切って、衣笠、古鷹、加古の三人は重い艤装を空に向け、絶え間のない砲撃を放つ。もう既に延々と続けてきた事を、彼女達はひたすらに繰り返す。腕は痺れ、消耗した体力が表情を険しくする。それでも続けた。でなければ失われる仲間がいる。それを看過する事など出来る筈もなかった。

 

「加古、今だけは眠っちゃダメだよ?」

 

「この状況で眠ったら、あたしは一生自分を許せないっての! やる時はやる。そのやる時ってのはきっと今だ!」

 

「うん、そうだね。重巡洋艦の力、いっぱい見せてあげよう!」

 

 言葉を交わし士気を高め合う古鷹型二人を眺めつつ、衣笠は心配そうに青葉と祥鳳にも目を向ける。ふらふらと蛇行する祥鳳のフォローをしながら、空にも意識を向けなければならない青葉は忙しなく動き続けている。肉体的にも精神的にも、最も負担を背負っているのは間違いなく旗艦である青葉であった。

 

 その事に気付いていたのは近しい間柄である衣笠だけでなく、もう一人だけ存在した。──満潮である。時雨と共に祥鳳の直衛に就いた彼女は青葉を捕まえて言葉を投げ掛けた。

 

「青葉、一人で気を張る必要はないわ。空は私達が守るから、アンタは視野を広く持って、祥鳳の支援と全体の指示に注力しなさい」

 

「満潮さん……」

 

 その言葉に元気をもらったのか、青葉は一度自分の頬を叩くと力強く頷いた。そうして祥鳳の前に移動すると彼女の手を取る。

 

「祥鳳さん、手だけは引かせてください」

 

「ごめんなさい、青葉。さっきから目が霞んで……」

 

「…………、大丈夫ですよ、ちゃんと鎮守府に近付いてます。大丈夫です」

 

 自分に言い聞かせるように祥鳳に返答して、青葉は手を引いて進む。早く鎮守府が見える事を誰よりも願って。

 

 

  -◆-

 

 

 先を進む青葉と祥鳳を後ろから見つめながら、満潮と時雨の二人は隠していた焦燥感を口にする。

 

「満潮、わかっているね?」

 

「わかってるわ。アンタの夢の通りにはさせないわよ」

 

 嫌な予感。抱く不安。それはほとんど確信に変わっていた。

 確証はなかったが、ざわつく魂を二人は信じる。信じた上で、自らの不安に対して反旗を翻す。

 

「とにかく祥鳳を守り抜く! それで済む話よ!」

 

「うん、単純でわかり易いね」

 

 二人は祥鳳の左右に位置し、彼女に襲い掛かる敵艦載機をその視界に捉える。

 時雨は艤装を展開し、両舷の砲塔を持ちあげ、仰角を上げる。視覚情報と対空電探による観測射撃。時雨が有する四基の砲塔が別個に稼働し、それぞれに狙いを付けた。

 

 情報の並列処理。思考を四分割して膨大な情報量を瞬時に把握し、そして各砲塔へと指令を飛ばす。驚異的な速度と正確さで導き出された指令は艤装を伝播し、彼女は自在に砲塔を操る事を可能にする。先の戦闘を経て、第二次改装を施された自身の全てに順応していた。

 

 ──その性能の限りを今、時雨は解き放つ。

 

「時雨、いくよ」

 

 四基の砲口が同時に、尚且つそれぞれの方向へと火を噴く。

 天に昇った全ての砲弾は我が物顔で大空を飛び舞う羽虫を容赦なく撃ち抜いた。息の吐く間もなく時雨は砲撃を続ける。黒い羽虫は次々に炎と共に墜ちていった。

 

 正確な計算による照準。複数の砲塔を自在に使いこなせる技巧。それから生み出される高命中率・広範囲の対空砲撃。改二となった駆逐艦 時雨の真骨頂であった。

 

「……すごい」

 

 周囲の誰かが呟く。言葉に出さずとも、その場の誰もが思っていた。空に紅蓮の華を咲かす今の時雨はそれほどに圧倒的だった。

 

 時雨自身も自分の力に驚いていた。

 不慣れだった身体は徐々に馴染み始め、そして今、慣熟を迎えた。昨日の慣熟航行が嘘のように体が動く。伸びた手足、高くなった視点、新しくなった艤装。その全てが当たり前のものとして受け入れられた。

 

 夢の中では空を飛ぶ敵に対して出来る事はほとんどなかったけれど、今は違う。立っている舞台もまた異なるが、それでも自分は航空戦力と戦えている。かつての『時雨』が珊瑚海で戦った時には持ち得なかった力。それを今、時雨は有していた。

 

「もう全部アイツ一人でいいんじゃないの?」

 

 時雨の反対側で地道に対空射撃を続けていた満潮は冗談半分で呟く。もう半分は本心だった──が、すぐにその考えは消え失せた。

 

「なっ──九時の方向から大編隊! 推定二十機!」

 

「えっ──三時の方向からも大編隊! 推定三十機!」

 

 輪形陣の両翼を担っていた加古と古鷹が声を荒げて報告する。

 攻略部隊を挟撃するように、敵の艦載機が左右より出現し、間もなく到着する距離まで達していた。

 

「そんな……! 元から百機相当いたのに、更に五十機増えるんですか……!?」

 

 その事実に堪えらず青葉は弱気な言葉を漏らす。

 無理もない。既に数十分戦い続け、多少なりとも百機から減らし、援護部隊の到着でようやく活路が見えた時に更なる増援だ。弱音でなくとも、文句の一つは零れるというものだった。

 

「そもそもどうしてこんな数の艦載機が……。敵空母は主力機動部隊が叩いているんじゃないんですか……! 落ち付け……、落ち着いて考えるんですよ、青葉……!」

 

 この数十分を守り抜いてくれた祥鳳が放った艦載機達はもはや数えられるほどしか残っていない。制空権は消失したものと考えていい。敵の数は最初と同等か、それ以上。水上戦力は天龍が抑えており、しばらくは大丈夫だろう。目下、排除すべきは航空戦力であるのは変わらない。味方の航空戦力は風前の灯火だが、援護部隊の駆逐艦二人の活躍は期待できる。不安要素はここまで戦闘を続けてきた自分を含めた全員の疲弊だが──

 

「──そんなの踏ん張るしかないじゃないですか」

 

 でなければ祥鳳を守れない。

 祥鳳に「大丈夫」と言ってしまった。何度も言ってしまった。だからその責任は果たさないと。彼女を戦いに駆り出した責任を果たさないと。

 

 その責任が自分にはあるのだと青葉は両足に力を込めた。

 

「皆さん、疲弊してるのは重々承知しています! ですが、踏ん張ってください! もう激励しか送れませんが、どうかお願いします! 皆で帰る為に、皆の力を貸してください!」

 

 青葉は叫ぶ。涙声が混じるほど必死な叫び。けれど────そんな事を言われるまでもなく、皆の想いは一緒だった。

 

「────」

 

 突如、砲撃音が響く。先頭を進む漣が言葉もなく真上に向けて砲撃を放った。それは青葉への返答。“言うに及ばず”──先行する漣の背中はそう告げていた。

 

 それに輪形陣の外周を担っていた全員が続き、一度だけ虚空へと砲撃を放つ。その意図は青葉へと伝わった。

 

「ふん、あのピンク色ったら格好付けちゃって」

 

「皆、同じ気持ちだよ。だから頑張ろう、青葉」

 

 近くにいた満潮と時雨がそれぞれ呟く。青葉はそれを受け止めて、少しだけ表情を柔らかくした。

 

「青葉……」

 

 手を引かれる祥鳳が青葉を呼ぶ。

 辛うじて浮き、辛うじて進めているだけの祥鳳には自分の為に皆が頑張ってくれているのは嬉しく、そして苦しいものだった。

 

「ありがとう」

 

 でも、だからこそ感謝を言葉にした。

 その言葉に青葉は笑みを返す。

 

「鎮守府に帰ったら、皆にも言ってあげてくださいね」

 

 

  -◆-

 

 

 その刃は刹那に閃く。黒き装甲は両断され、粘着質な青色の血液を吹き上げる。必殺の刃。それを重ねる事、三度。即座に三体もの死体を築いた隻眼の阿修羅は最後の獲物へと喰らい付いた。

 

「──オラァッ!」

 

 切先を口内に突き入れ、砲塔と魚雷発射管を砕き、そのまま真横に切り裂く。続けて、傷付き暴れる巨躯の怪物、その鼻っ面を刀を握らぬ右の拳で殴り飛ばし、ひび割れた鼻っ面にトドメとして単装砲を叩き込んだ。黒の身体は崩壊し、疾く水底へと沈んでいった。

 

「ハッ……、他愛もねぇな。食い足りねぇくらい──」

 

 追撃してきた駆逐隊を一方的に殺戮した天龍は一息吐き、顔をあげた瞬間、凍りついた。

 

「──……オイ、マジかよ」

 

 彼女が見つめる彼方。棲地MO方面からやってくる更なる追撃部隊が見えた。艦種は全て駆逐艦。だが、その数は計十二。駆逐隊が三つも編成できるほどの戦力が迫ってきていた。

 

「千客万来ってか……。流石に喜べねぇな。チッ、深海棲艦共が……、どうしても逃がさねぇつもりかよ」

 

 百戦錬磨の天龍をして、そこに不安が生まれる。

 底の見えない敵戦力。謀った様にやってくる増援。異様にまとわりつく嫌な風。その全てが神経を逆なでし、魂をざわめかせた。

 

「上等だ」

 

 肩にかけた刀を下ろし、天龍は疾走する。

 本隊に近付かれる前に自分だけで片付ける。その目的だけを胸に刻み、それ以外の思考は削ぎ落した。

 

 自分が殺し、仲間を守る。仲間が無事ならそれ以上は望まない。それが天龍の闘争理念。彼女が戦いに求めるモノは、たったそれだけの小さな願いだった。

 

 


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