艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 MO作戦に参加する全十二人は鎮守府近海にて待機し、提督であるゴトウの指示を待つ。

 

『諸君、時間だ』

 

 通信は各艦の艤装を通じて、ゴトウの声を直接鼓膜に伝達する。落ち付いた大人の声色で、彼は短く指示を告げた。

 

『抜錨後は無線封鎖を徹底し、攻略部隊は特に慎重な行動を心掛けよ。各隊は旗艦の指示に従い、またその指示を信頼せよ。旗艦はその信頼に応えられるよう、適切な判断を導くように。だが、個人の裁量を超えた場合は迷わず私に知らせよ。必ずなんとかしてやる。以上だ。──君達全員の帰投を期待する』

 

 声が途切れ、静寂が訪れる。

 僅かな沈黙の後、攻略部隊の旗艦、青葉が全員に向けて声を張る。

 

「全艦抜錨! 援護部隊は前に展開! 攻略部隊はその後に続きます!」

 

 青葉の号令に天龍が真っ先に反応して誰よりも前に出る。

 

「よっしゃ、任せろ! いくぞ、野郎共! 俺様に続け!」

 

「天龍ちゃ~ん、私達に野郎はいないわよ~」

 

 天龍の後を龍田が続き、更にその後を扶桑、山城、満潮、時雨が追った。

 援護部隊が移動し始めたのを確認した攻略部隊は、古鷹を先頭にして援護部隊の後ろに付く。

 

 その動きを鎮守府より認めたゴトウは、直ちに中央の鎮守府に連絡を入れ、部隊の出撃を促した。

 

 そうしてMO作戦は始まる。

 見えない力に流されるように、いくつかの異分子を巻き込みながら。

 

 

  -◆-

 

 

「おい扶桑型戦艦、お前等おっせぇなぁ、ちゃっちゃとしろよ」

 

「これがわたし達の最大戦速よ! ていうかあなた達が合わせなさい!」

 

 単縦陣の先頭を走る天龍が、三、四番目に位置する扶桑型戦艦二人に向けて文句を言い、山城はそれに反論する。山城の言う事は実に正論だった。

 

 そんな言い争いをしている中、彼女達の上空を艦載機の編隊が通り過ぎていく。それは祥鳳が放った偵察機だった。

 

「綺麗に飛ばすね」

 

「そうね、かなり高い錬度みたい」

 

 時雨と扶桑の二人が艦載機を発艦させた後方の祥鳳を見つめながら感想を漏らす。矢を放ち終え、残心をする彼女の凛々しい姿は芸術的ですらあった。

 

 後方の攻略部隊は旗艦の青葉と祥鳳を中心に輪形陣を取り、漣以外の全員が空を睨んでいる。索敵機を放っている以上、水上戦力ならば先に察知できる。故に警戒すべきは航空戦力及び潜水艦。潜水艦の警戒は漣に任せ、他の人員は敵の艦載機を警戒していた。対空能力が低い事を自覚するからこそ、各艦の取り組む姿勢は真剣なものであった。

 

「ほらアンタ達、後ろの連中を見習って無駄話はやめなさい」

 

 最後尾を務める満潮が喋っている者全てに対して注意する。時雨と扶桑はすぐに黙ったが、天龍と山城はそれでも言い争っていた。それを見て満潮は大きく溜め息を吐き、時雨と扶桑は山城を微笑ましそうに眺め、そして龍田だけが珍しく笑みを浮かべぬ顔で空を見つめていた。

 

 それより数十分。天龍と山城が言い争いにも飽き、艦隊が棲地MOへ至るまでの中腹に差し掛かった頃、その知らせは届けられた。

 

「索敵機二番より入電! ここより十時の方向に敵艦を捕捉! 重巡が四に、駆逐が二!」

 

 祥鳳の報告を受け、青葉は思考を巡らせる。彼女の頭の回転は速く、指示はすぐさま口にされた。

 

「偵察機は索敵を続行! 祥鳳さん、二番機は天龍さんにも観測情報を報告するよう指示してください! 援護部隊は観測地点に急行、先手を打って、敵戦力の排除をお願いします!」

 

「そう来なくっちゃな! いくぞテメェら!」

 

 青葉の指示を受け、天龍以下援護部隊の面々は十時の方向へ舵を取る。攻略部隊は合流地点を伝えると、それを見送った。

 

 援護部隊は急ぎ観測地点へと向かう。

 先の改装で扶桑型戦艦の速力が伊勢型戦艦相当に強化されていたが、彼女達に合わせた航行速度は決して速いものではない。しかし、敵の位置がわかっている為、最短ルートで行動でき、移動にさして時間はかからなかった。

 

「索敵機より入電。観測情報更新──っと、そろそろだな」

 

 祥鳳の偵察機から観測情報を受けた天龍は、敵戦力が間もなく視認距離に入る事を悟る。速度を緩める事なく、後ろを振り向き、時雨と満潮に前へ出るよう指示をした。

 

「二人ともよく聞け。もうすぐ敵が見える。このまま直進すれば、ちょうど俺達の目の前を横切る形だ。……その横腹に魚雷をぶちかますぞ」

 

 天龍の提案に満潮が眉をひそめる。

 

「偵察機の観測を元に予測して、遠距離から魚雷を当てるわけ?」

 

「おっ、呑み込みが早ぇじゃねぇか。俺と龍田の魚雷じゃ無理だが、お前達の酸素魚雷なら余裕の距離だろ?」

 

「届くとは思うけど、当たる可能性はかなり低いわよ?」

 

「構わねぇよ。相手は重巡が四隻もいるんだから、先んじて撃てるもんは撃っておくもんだ。出し惜しみして後悔したくねぇしな。……つーわけだからよ、遠慮せず派手にばらまけ。外したって怒りゃしねぇよ」

 

 満潮より早く時雨が天龍の言葉に頷き、その後で満潮も同意した。

 ただ敵を排除するだけが彼女達の役目ではない。なるべく早く撃破し、攻略部隊に合流する事も重要な要素だ。当たる見込みが薄い方法で、切り札である魚雷を早々に消耗させるのはあまり賢い選択とは思わなかったが、しかし、目的を果たす為にはそれが最適解であると満潮は納得する。 

 

「合図は俺が出す。合図したら一斉に放て」

 

 二人は頷いて、天龍の前に出る。時雨は両足、満潮は左腕の魚雷発射管を構えた。タイミングは観測情報を受け取る天龍が計る。酸素魚雷の速度と、敵の速度、位置関係を考慮し、後の要素は運に任せて、その時を待った。

 

「──今だ!」

 

 その声を合図に、二人は魚雷を発射する。タイミングは完璧。そう天龍は判断した。

 酸素魚雷は最初こそ雷跡を残し進んでいったが、ある一定の距離からは海に溶けるように姿を消す。それを見届けて、天龍は速度を上げる。

 

「全艦単縦陣! 最大戦速で接近する! 戦艦二人は全力でついてこい! 当てられる距離だと判断したら砲撃を開始していい! 俺と龍田は敵とメチャクチャ接近するが気にせず撃て! お前達が仕事をすればするだけ早く終わるんだから遠慮すんなよ!」

 

 号令をかけて、天龍は先行した。その後は龍田、時雨、満潮の順で進み、四人に距離を離されつつ扶桑と山城が続く。

 

「あの眼帯、好き勝手言ってくれるわね……」

 

「でも言っている事は正しいわ。満潮にも言われたけれど、重責を負うのは力を持った者の責任よ、山城」

 

 強大な力は、当然として影響力が大きい。期待されるのも、失望されるのも、全ては戦艦の魂を宿して生まれた自身の運命だ。望んでそんな存在に生まれた訳ではないけれど、生まれたからには責任を果たさなければならない。

 

「まったく、……不幸だわ」

 

 山城は運命を呪う言葉を吐く。だが、それに反してその瞳は決意に満ちていた。そして、それは扶桑も同様。戦う意味を見出した二人に、もはや戦う事に対する戸惑いはなかった。

 

 先頭をゆく天龍が前方に敵の姿を認める。

 

「敵艦発見! 全艦、戦闘準備は出来てるな!」

 

 後ろに続く三人がその言葉に頷く。

 龍田は自分の背丈よりも長い薙刀を両手に持ち、満潮は右腕の連装砲を構え、時雨は艤装の右側面に設置された単装砲を手に取っていた。それを確認した天龍自身も腰に帯刀した刀を抜く。左手に持つ片刃の長剣は鈍く輝き、その鋭さを主張していた。腕の疲労を緩和するように刀の背を肩に担いで構えると、姿勢を低くして敵艦隊の側面を強襲する。

 

 敵の動きを観察しながら、天龍は不意に命令を下した。

 

「砲撃は敵艦隊の前方を狙え! 敵の足を緩めさせろ!」

 

 天龍の指示を受け、四人から放たれる砲撃は敵艦隊の先頭をゆく重巡リ級に注がれる。砲撃の有効射程には入っていたものの、未だ狙いを絞り切れる距離ではなく、砲撃自体は命中しなかった。

 

 砲撃を受け、敵艦隊は天龍達援護部隊をようやく察知する。突然現れた彼女達に混乱しながらも、先頭を進んでいた重巡リ級は更に続く砲撃を回避する為、一時的に速力を落とす。それと並行して両腕に装備された砲塔を天龍達に向け──ようとしたが、それよりも先に衝撃がリ級を襲った。

 

「ドンピシャだぜ」

 

 天龍が不敵に笑ったその瞬間、先頭のリ級の足元が爆発した。同時にもう一隻のリ級からも爆炎が上がる。先んじて発射した酸素魚雷が命中したのだ。二隻のリ級に一発ずつ直撃したそれは、二隻とも中破に陥れ、敵艦隊の統率を乱れさせた。

 

 これが好機だと瞬時に判断した援護部隊の全員は敵艦隊へと肉薄する。状況の変化に対応し切れていない深海棲艦からの反撃は少なく、各人は容易く懐へと潜り込んだ。

 

 真っ先に切り込んだのは、やはり天龍であった。

 艤装の左右に設置された単装砲を乱射しながら接敵し、格上であるリ級へ斬りかかる。間近でリ級の砲撃を回避し、その隙に刀を走らせる。砲塔ごと左腕を切り落とし、続いて逆袈裟に胴体を切り上げ、露出した体内へと単装砲を斉射した。リ級は内側から爆散し、周囲に青い体液を撒き散らすが、それを浴びるより先に天龍は次なる獲物に向かって走り去っていた。

 

「まずは一体。次は──」

 

 天龍は中破している先頭のリ級を次の獲物に定め、接近する。その頃には深海棲艦側も現状を把握し、本格的に迎撃に徹していた。中破したとはいえリ級もまた行動は可能。迫りくる天龍へ砲撃を放つ。彼我の距離は数メートル。狙いを付けるまでもなく、当てられる距離。その砲撃は確実に直撃する軌道を描き、天龍に飛来する。

 

「────」

 

 しかし、それは直撃する事なく、二つに分かれて海に落ちる。

 自身に飛来する砲弾を天龍は斬り払った。砲弾の着発信管が作動しないほどの鋭さで切り裂き、砲撃を無力化したのだ。五年もの歳月を戦いに捧げてきた歴戦の猛者たる彼女だからこその芸当。卓越した技術というのは一種のデタラメであり、常人が出来ないと思う事をやり遂げるのが一流の証明でもある。その点で言えば彼女は間違いなく一流の戦士であった。

 

「──ハッ!」

 

 隻眼の剣士は海をゆく。

 砲撃が行き交う戦場に、およそ似つかわしくない一振りの刀を手にし、顔には笑みを張り付け、ただただ目につく敵を斬り殺す。その様相はさながら阿修羅の如く。

 

「■■■■■■■!」

 

 仲間を無残に解体された深海棲艦が咆哮をあげる。

 声とはいえない空気の振動。金属が軋む音に近いそれは、怒声のようだった。

 

 今や唯一となった被害を受けていない重巡リ級が、手負いの獲物に狙いを定めた天龍を背後から狙う。天龍はその殺意に気付いていない。無防備な背中を晒し、眼前の敵しか見えていない。────否、彼女は見えていないのではなく、見ていなかった。殺意を察知する必要はなく、目の前の敵以外を見る意味もない。なぜならば──

 

「天龍ちゃんを狙うなんて……その手、落ちても文句はないわよねぇ?」

 

 ──阿修羅は一人ではないからだ。

 答えなど聞くつもりもない質問を口にして、リ級の真横に現われた龍田は薙刀を払う。刃を振り下ろし右腕を、そして、その刃を返して左腕も切断する。何が起きたのか理解できていないリ級の膝裏を、薙刀の柄で撃ち付け、膝を砕く。リ級は体勢を崩し、無様に水面へ倒れ込む。それでも尚、リ級は自分の身に起きた事を把握できない。それほどの早技。一連の動きに無駄はなく、踊りでも舞っているかのような軽やかさでそれは繰り出された。

 

 倒れ込むリ級に死を送る。龍田は三連装魚雷を構え、即座に発射した。

 三本の魚雷は真っ直ぐに進む。雷速は遅い。旧式の魚雷故に満潮達が持つ酸素魚雷とは比べ物にならないほど性能は低い。だが、それでも腕を奪われ、足を砕かれたリ級を殺すのに不足はない。

 

 魚雷は全て命中し、欠損していたリ級の身体は爆発と共に四散する。結局、リ級は自分に起きた出来事を理解できないまま海へと沈んでいった。

 

 龍田は感慨もなく、その最後を見届ける。それは撃破を確認する以外の意味を持たず、彼女にしてみればただの作業。敵がちゃんと死んだかを確かめる作業で、戦いの最終工程に他ならない。

 

 戦いとはつまり相手を殺す事。そこに喜びはなく、同時に悲しみもない。延々と続けてきたその事柄に対して感想を抱く事など彼女達にはなかった。少なくとも、それを感じる心はとっくの昔に麻痺していた。

 

「なんつー戦い方よ……あれ」

 

 天龍と龍田の戦いを見て、満潮が感心しているようで呆れているような声を零す。自分にはマネできないが、マネしたいとは思わない。けれど、やっぱりすごいとは思った。深海棲艦とあそこまで接近してチャンバラをするなんて、互いに防御せず殴り合うようなものだ。やられる前にやらないと被害は甚大。最悪死ぬ──いや、元より最善か最悪かしかない。自分が生きて相手が死ぬか、自分が死んで相手が生きるかのどちらか一つ。全てを得るか、全てを失うかのオールオアナッシング。勝つか、負けるか、逃げるか、痛み分けるか。戦いの結果は基本的に四つだが、二人の戦い方はその四つから逃走と引き分けを除外していた。それは戦いではなく、よりシンプルな殺し合いに等しい。

 

「なるほど」

 

 そんな二人を見て、時雨は納得する。五年も戦い続ければああにもなるか──と、そこに理解を示す。より手早く、より正確に、より簡単に、そんな風に心と体が最適化されていく事が戦い続けるという事なのだろう。争い、殺し、滅ぼす。それだけに特化した存在。それだけの為に存在する存在。天龍と龍田はその存在に最も近く、時雨は二人の先に自分達の末路を垣間見た。

 

 間近で見ていた満潮と時雨だけでなく、遠く後方にいた扶桑と山城からも二人の戦いは確認できた。その壮絶な光景に放心しつつも言葉を紡ぐ。

 

「あの刀と薙刀って飾りじゃなかったんですね、姉様」

 

「天龍型は現役の艦娘の中でも最古の巡洋艦で、わたし達戦艦に比べ、拡張性もずっと少ないの。きっと今の性能が彼女達の引き出せる最大限なのでしょうね。それでも足りないから、あのような時代錯誤も甚だしい近接武器に頼らざるを得ない。危険を冒し、精神を削って、それでようやく戦えるのね」

 

 同じ旧式でもキャパシティに恵まれた戦艦に生まれた分、わたし達の方が幸運ね──と扶桑は呟いた。けれど、その同情の言葉に山城は頷かなかった。親愛なる扶桑の言葉であっても、それは違う気がした。

 

「多分……あの二人は自分の境遇を卑下するような奴じゃないと思います。幸運とか不幸とか、そういうのじゃなくて、ちゃんと自分に胸を張って生きている。そんな気がします」

 

 散々自身の境遇を嘆いた山城だからこそわかる。昨日出会ったばかりで、今日初めてまともに話をした程度の間柄だが、たったそれだけのやり取りでもわかる。あの二人は自分とは真逆に生きてきた人間だとわかる。自身の境遇に苦しみ、それでも嘆かず、自分を信じ、歯を食いしばって生きてきた。そんな強さを山城は感じていた。

 

 山城の言葉に、扶桑は驚いた表情を浮かべたが、次の瞬間には笑顔に変わっていた。

 

「なら、わたし達も見習わないといけないわね。ちゃんと胸を張って生きていけるように」

 

「はい! 扶桑姉様!」

 

 そうして二人は砲撃体勢を取る。

 既に当てる自信のある距離まで近づいた。敵は味方の強襲で混乱している。絶好の機会。このタイミングで撃たぬ理由がない。

 

「全門斉射……ってー!」

 

 扶桑の合図と共に、二人の砲撃は発射された。

 二人合わせて八基十六門から放たれた砲弾は、大きく広がって敵艦隊の頭上へと降り注ぐ。無論、敵艦隊と接近戦をしている天龍と龍田にもそれは降り掛かった。

 

「うおわっ!?」

 

 自分の目の前に砲弾が着弾し、天龍は水を浴びると同時に体勢を崩す。即座に体勢を直すも、今まさに斬りかかろうとしていた中破のリ級が砲撃の直撃を受け、音もなく沈んでいた。

 

「あんにゃろう……。遠慮すんなとは言ったが、獲物を横取りしてくるとは良い度胸してんじゃねぇか」

 

 そう言いつつも、口元には笑みを浮かべて天龍は呟く。扶桑達の砲撃は敵を狙いながらも、誤射がないようにきちんと計算されたものだった。敵に突進していた天龍はともかく、同じく敵と接近していた龍田には至近弾の一つすらない事からそれが窺えた。

 

「さて、あとは消化試合か」

 

 現在、重巡を三隻沈め、加えて天龍達が派手に立ち回っている間に、満潮と時雨が共同で駆逐艦を一隻撃破していた。よって敵残存戦力は中破した重巡リ級と無傷の駆逐イ級、それぞれ一隻ずつのみ。もはや勝利は揺るがない。だが──

 

「……こういう時ってのはだいたい何かが起きるもんだ」

 

 ──長い戦歴からなる経験則で天龍は察知した。

 首筋をピリピリとした何かが刺激する。これは危険信号だと、直感的に空を睨んだ。そして、それを発見する。

 

「上空、敵艦載機! 全員対空戦闘用意しろ!」

 

 敵影を認めた瞬間、警告を叫んだ。

 前に出ていた全員がそれに反応し、空を見上げ、上空に展開された黒い影を確認する。推定で二十機。無視できる数ではない。

 

 いち早く察知した天龍が二基の中口径単装砲で迎撃を行うが、対水上艦を想定されて作られた彼女の単装砲では空中を機敏に動く艦載機を捉える事は難しかった。数を撃って補おうにも砲門は少なく、また旧式故に装填時間にもムラがある。自慢の刀も空には届かない。いくら技量を積んでも、性能の限界はどうしても存在した。

 

「チッ……!」

 

 そうしている間に追い詰めたリ級とイ級は逃走を開始する。視界の中にそれを確認しながらも、空の対応で手一杯の天龍は見逃すしかなかった。

 

「天龍、キミと龍田で逃走した二隻を追撃して。キミ達の頭上は僕と満潮で守るから」

 

 状況に対して舌打ちを零す天龍へと合流した時雨が提案を述べる。

 敵艦載機の目的は恐らくリ級とイ級の逃走の支援。あの二隻を沈めれば自ずと撤退していく可能性は高い。ましてや天龍型の対空能力は極めて低く、手数の多い小口径砲を装備する時雨と満潮の方が対空戦闘においては数段上。空は駆逐艦に任せ、自分達は水上戦力の殲滅に専念する。適材適所。それが現状においては最善か──と、天龍は判断する。

 

「その意見に乗ったぜ。お前等に空を任せる」

 

 天龍の言葉に時雨は頷き、彼女は艤装を展開する。

 背中の大型連装砲は二つに分離し、その内側に備え付けられたグリップを握る。トンファーを構えるように、二基の大口径単装砲と化した艤装を展開した。

 

 時雨改二の艤装展開形態。全ての兵装を同時に扱えるその形態の威圧感は、通常の駆逐艦とは一線を画すデザインであった。

 

 それを見た天龍は「近頃の駆逐艦はえげつねぇ艤装してんのな」と、自分以上に貧相な武装しか持っていなかったかつての戦友である駆逐艦達を思い出し、ふと時代の流れを感じた。

 

「龍田と満潮も聞いていたね?」

 

「了解よぉ。空の相手はなるべくしたくないしねぇ」

 

「私もわかったわ。やると決めたらさっさとしましょ」

 

 対空迎撃をしながら意見をまとめた四人は陣形を改めて、逃走している深海棲艦二隻を追走した。天龍と龍田を中心にして、満潮と時雨は左右に位置し、自身と共に艦隊全体を防空する。四人がまとまって行動し始めた分、敵艦載機もまた攻撃を集中させた。

 

「爆撃機と攻撃機を優先して狙うんだよ、満潮!」

 

「選んで墜としてる余裕なんてないわよ!」

 

 文句を言いながらも、満潮は攻撃態勢に移った爆撃機と攻撃機から狙いを付けていく。砲塔は右腕に持つ連装砲一基のみであったが、彼女自身の視野の広さと判断の早さもあり、次々と艦載機を撃墜し、また投下される爆弾や魚雷を処理していた。

 

 満潮に忠告した時雨も、当然のように脅威度の高い相手を選んで撃墜する。大規模改装を受けてから初めての実戦故に、未だ新たな艤装の扱いには慣れていない様子だったが、大口径単装砲二基、単装砲と連装砲それぞれ一基からなる手数とカバー範囲によって満潮の遥かに超える数の相手を処理していった。

 

 そんな二人の活躍を素直に感心しながらも、念の為に空を警戒していた龍田がその事に気付く。

 

「……増えてるわね」

 

 最初に観測した時点では推定二十機と思われた敵艦載機は、少なくとも十数機は撃墜したはずの今も尚、減る事なく空を飛び交っていた。むしろ増えてさえいるように見える。知らぬ間に増援が来たのか、初めから見落としていたのかはわからないけれど、これ以上増えるのならば対処し切れなくなる──と、龍田は冷静を装って思案する。

 

 冷静であろうとする彼女の頬を一筋の汗が伝う。

 奇襲だったというのに、あまりにも早過ぎる敵の増援。知らぬ間に増えていく敵艦載機。泥沼にハマったかのような足元の不確かさを感じる。

 

 身の危険は感じないが、何かもやもやしたものが胸につっかかる。気のせいだと言い聞かせた不安が再燃し、どこかでくすぶっていた。

 

 ──その不安を薙ぎ払うような轟音が突然響き渡る。

 轟音は拡散し、衝撃と共に吹き荒れる。弾子の嵐は空を我が物顔で跋扈していた黒い艦載機達を瞬く間に粉砕し、その悉くを海へと墜落させた。

 

「これって……三式弾?」

 

 龍田が驚きを隠し切れずに呟く。感じていた不安が少しだけ薄まっていた。

 

「後ろの戦艦共が気をまわしたか。いい判断だぜ」

 

 天龍もすっきりした空を見上げて上機嫌に言った。

 だが、それも束の間に片目を細める。見つめる先には新たな機影。またもや敵艦載機の増援であった。

 

「チッ、敵空母の奴、姿も見せねぇで次々と……!」

 

 先程の三式弾の被害を免れた残存機と増援を合わせて、敵艦載機は目算十五機。状況としてはある程度マシにはなったが、その行動は以前とは異なっていた。

 

 艦載機は二手に分かれ、五機が天龍達を狙い、もう十機は三式弾を装填する扶桑達へと狙いを変えていた。

 

「野郎……、目的を変えたか!」

 

「天龍、敵は味方の逃走よりも扶桑達の撃破を優先してる! 僕を援護に向かわせてほしい!」

 

 敵の動きを察知した天龍に、同じタイミングで察知した時雨が意見具申する。時雨の進言に、天龍は迷う事なく判断を下す。

 

「龍田! 時雨と一緒に戦艦の護衛に迎え! 満潮は俺とこのままついてこい!」

 

「あら、私もいくの?」

 

「敵の様子がどうも不気味だ。お前だって感じてるだろ。この戦場の嫌な肌触り、普通じゃねぇ。だから念の為だ」

 

「……了解したわ、天龍ちゃん」

 

 天龍の指示を受け、龍田と時雨は百八十度回頭し、扶桑達に向かう敵艦載機を追う。天龍と満潮は変わらず逃走するリ級とイ級を追撃した。

 

 空をゆく艦載機の背中を追いながら時雨は砲口を向ける。そして砲撃を放つ。装填が済んだ砲塔から順次撃ち続けた。およそ毎分十発の速度で、五門の砲口が次々と火を吹いていく。本来の船である白露型駆逐艦に装備された砲塔は仰角の問題でこのような連射は出来ないが、艦娘となった現代において仰角など関係はない。仰角が足りないのならば、その分腕をあげればいい。艦娘なら平射砲でも、たちまち高角砲として運用できるのだ。

 

 約一分の間に時雨は五機撃墜し、残り五機となった時──龍田は異様な速度で接近してくる艦影をその視界に捉えた。それは扶桑達の真横に位置する小島の陰から現れ、二人の死角より忍びよる。

 

「あれは、確か……」

 

 龍田は古い記憶を手繰り寄せる。

 昔に一度だけ会敵した事のある人型をした小型艦。太股から下の足を持たず、しかし、それ以外は人間と酷似した深海棲艦。恐ろしく速く、硬く、強い、現在確認されている中で最強の駆逐艦だった。

 

「駆逐棲姫」

 

 その名を呟く。

 だが、記憶のモノとは少し異なる。黒のセーラー服はそのままに、以前は胸にリボンを付けていたはずがネクタイに変化しており、高い位置でまとめていた長い髪も肩にかけるように低い位置で束ねられていた。そして何よりも艤装が異なる。太股に装着された獣の顔に似た艤装とその頭に配置された単装砲二基、更に側面に付けられた魚雷発射管は記憶にある通りだったが、過去の記憶では小口径の連装砲を一基持っていただけのその腕には重巡リ級が左腕に装備しているような大きな砲塔が両腕に装着されていた。

 

 かつて相対した駆逐棲姫とは違う威圧的なシルエット。それはまるで──自分の隣を走る青い瞳の駆逐艦と対になるようなデザインだった。

 

「そんな事、気にしてる場合じゃないわ」

 

 一度だけ瞳を閉じて、気持ちを入れ替える。

 発見した駆逐棲姫は真っ直ぐ扶桑達へと接近していた。その狙いはわかり易い。敵艦載機は間もなく時雨が殲滅する。それを見越しての、次なる一手というわけね──と龍田は考えた。

 

「誰かの手のひらで踊ってるみたい」

 

 あまりに迅速過ぎる対応に、天から戦場を俯瞰している神様とでも戦っているような錯覚を覚える。でなければ説明が付かないほど敵の出現が的確だった。状況を打開する度に、そうはさせまいと何かの抑止力が働いているようにしか思えなかった。

 

「気に入らないわね」

 

 薙刀を構え、龍田は冷たい目を輝かせる。

 

「敵駆逐艦を発見したわぁ。私が迎撃するから、アナタは艦載機の排除をよろしくねぇ~」

 

「えっ、うん、わかった」

 

 時雨を残して、龍田は駆逐棲姫の行く手を塞ぐように移動した。驚異的な速度で接近してくる駆逐棲姫だったが、出現した位置は扶桑達からは遠く、その為に龍田以外に発見されなかったものの、いち早く気付いた彼女が妨害する猶予は残されていた。

 

「はぁ~い、ここは通行止めよぉ」

 

 直線的に移動していた駆逐棲姫の進路に立ち塞がり、龍田は迫りくる敵を迎え撃つ。艤装の左側面に配置された単装砲を向け、すぐに撃ち放つ。狙いなどは付けない牽制の一撃だが、真っ直ぐ突っ込んでくる相手にならば直撃は望めなくとも、被弾を恐れて回避運動をさせる程度の働きがあるはずだった。にも関わらず駆逐棲姫は速度を一切緩めず、また回避運動すら行わなかった。龍田の砲撃は駆逐棲姫の間近を通過し、背後の水面に着弾する。

 

 ──見切られていた。生意気にも目が良いらしいわね。

 

「だったら……!」

 

 直進してくる駆逐棲姫に、真正面からぶつかる勢いで龍田も直進する。薙刀を握り直して、一直線に立ち向かう。駆逐棲姫は脚部の単装砲二基を発射。龍田は速度を緩めず、砲弾を掠めながらも最小限の動きで回避する。そのやり取りは一秒にも満たず、次の瞬間には薙刀の間合いに駆逐棲姫を捉えていた。

 

 駆逐棲姫は一向に回避行動をしない。その予兆すら見せていない。よほどその『装甲』に自信があるのか、はたまた龍田の薙刀の鋭さを侮っているのかは定かではなかったが、事実として駆逐棲姫に動きはなかった。よって龍田は勝利を確信する。

 

 彼女は突きの構えをとる。

 刺突。それは全ての力を切先に集中させた一撃。真に歪みなく繰り出された刺突は、装甲と肉を貫き、骨を断つ。その一閃は正しく必殺。かつて大戦艦の装甲すら穿った一撃を今、彼女は放つ。

 

 空気がうねる間もなく、切先は大気を貫き、駆逐棲姫の胸部へと導かれる。もはや回避は不可能。今すぐに回避行動を取ったところで、直進し続ける身体は慣性の法則に従って抗いようもなく貫かれる。止まろうとしても無駄。左右に避けようとしても間に合わぬ。空に逃げるなど出来るはずもない。故にこの一撃は必殺必中也。

 

「────ッ!!」

 

 その驚きは誰のものだったか。

 驚いた本人ですら、すぐには判別できなかった。

 

 真っ先に理解できたのは不可避の一撃が避けられた事。そして眼前の敵が突如として姿を消した事だった。

 

 理解は暫くしてやってきた。だが、それを理解し、行動し始めるのがほんの少しだけ遅かった。……左側面からの砲撃を受け、龍田は水面に転がる。二転三転する視界を経て、体勢を立て直す。

 

 彼女が体勢を立て直し、顔をあげた時には既に駆逐棲姫の姿はなく、背後にいた扶桑達の方へと接近されていた。

 

「突破された……!」

 

 追おうとして膝が崩れる。

 受けた砲撃は二発。左足と主機をそれぞれ撃ち抜かれていた。被害自体は小破であったが、すぐには航行できそうになかった。

 

「私は眼中にないってことね」

 

 足を潰しておいてトドメを刺さなかったという事は、あの駆逐棲姫の目的はただ単に敵を沈める事ではない。恐らく敵艦載機と同じく、こちらの最大戦力である扶桑型戦艦の撃破或いは無力化であり、それ以外に用はないという事なのだろう。

 

「……やられたわ」

 

 扶桑達に接近していく駆逐棲姫を忌々しく見つめながら、先程の出来事を思い出し、舌打ちを零す。

 

 確実に命中したと思った一撃は回避された。

 なぜ避けられたのか。空を飛んだ訳でも、海に潜った訳でも、瞬間移動した訳でもない。駆逐棲姫は突然停止したのだ。止まる事など出来ないはずだったにも関わらず、慣性を無視してその場に停止し、急遽右へと舵を取り直した。それも初速から最高速度で、だ。それはさながらUFOのような動き。急制動からの急発進。物理法則に則っていない規格外の行動だった。

 

 以前に会敵した駆逐棲姫も恐ろしいほどの速力を有していたが、まだ常識の範疇にあった。少なくとも慣性を無視する事などなかったし、加速を必要としないほどの凄まじい速力は持っていなかった。

 

「アレは駆逐棲姫の皮を被った異なる存在。物理法則を逸脱した奇跡のような力を持つ者……とでも言うの?」

 

 もしも私達が神様を相手しているのなら、アレはきっと神の御使いね──と、自分の不甲斐なさを呪いながら龍田はそう思った。

 

 


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