艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 山城は痛感していた。

 自分が如何に覚悟が足りていなかったのかを痛感した。

 

 これが初めての実戦ではない。訓練も飽きるほど行った。知識もまた十分に学んだつもりだ。……けれど、あの眼は知らない。あの二人の駆逐艦が見せた眼の輝きは知らなかった。命を賭けた者の眼。覚悟のある眼。それはきっと自分にはないものだった。

 

「…………っ」

 

 山城に戦う理由はない。強いて言えば姉と一緒にいる為。もっと強いて言えばそういう使命だったからだ。そもそも自分が戦う事に意味など求めなかった。艦娘だからと納得して、姉と一緒に居られれば幸せだった。山城はそういう簡潔な女性であった。

 

 それはいい。戦う意味などそれを重視する者が重視すればいい事柄だ。──だが、簡潔に運命を受け入れた彼女故に。戦う理由を特別探す事のなかった彼女故に。戦いに対する心構えが足りていなかった。

 

 艦娘の戦いは生存競争。種を保存する為の戦い。それはどれだけ言葉を飾ろうと殺し合いに他ならない。

 

 勿論知っていた。わかってはいた。そんなことは重々承知だ。けれど、理屈と経験はまったく別のもの。頭で理解していようと、それを体験して理解するのではまるで話が違う。だから山城は衝撃を受けた。死を覚悟した少女達の眼を見て、これはそういう戦いなのだと真に理解した。

 

「……なによ」

 

 震える手を力強く握って、奥歯を噛み締める。それは恐れから生じたものでもあったが、しかし、それ以上に戦艦 山城は憤っていた。

 

「その歳で……、なんて眼をしてるのよ」

 

 呟く声に怒りが混じる。

 気に入らなかった。あんな眼をする少女達が、ではない。恐怖に震える自分に、でもない。──それを強いる今の世界に腹が立った。年端もいかない少女に殺し合いをさせざるを得ない大人達が、ひたすらに気に入らなかった。一人の大人として、それだけはどうしても許容できなかった。

 

 この時、山城は一つ決意した。

 戦う事自体は止められないし、やめられない。世界を守る為だ。艦娘達も、それは望まないだろう。だから、せめて命を落とす誰かを一人でも減らす為に──

 

「──戦ってあげる」

 

 戦いを強いる世界だというなら、その世界が終わるまで戦ってやる。まだ幼い彼女達の為にも、大人である自分が。

 

「山城、大丈夫? 砲戦よ?」

 

「扶桑姉様、ごめんなさい。山城は姉様の為だけに戦うつもりでしたが、どうにもそういう訳にはいかないようです」

 

 意図が掴めない扶桑は、そう呟く山城の瞳を見た。長らく姉をしてきた扶桑でも、初めて見る真剣な眼がそこにはあった。

 

 ──そう、あなたも見つけたのね。戦う理由を。

 

 妹の変化に、扶桑は頬笑みで返した。

 

「それでいいのよ。あなたはあなたの思うように戦いなさい」

 

「はい!」

 

 力強い答えを返し、山城は砲塔を旋回させる。四基八門の大口径連装砲を全て前方へ向け、苦戦する満潮の前を塞ぐ駆逐イ級に狙いを定めた。

 

「全門、斉射ッ!」

 

 決意を込めた一撃が放たれる。弧を描く砲弾の雨はイ級の左右に分かれ、水面に着弾した。

 

「初弾挟叉! 観測情報送ります! 姉様、トドメを!」

 

「まかせて。誤差修正……完了。全門、撃ち方始め!」

 

 山城の砲撃を元に、修正した砲撃を扶桑が放つ。姉妹ならではの阿吽の呼吸であった。

 放たれた八つの砲弾はイ級に降り注ぎ、三発が直撃、容易く装甲を撃ち抜き、瞬く間に撃沈させた。

 

「あっという間に一隻。へぇ、やるじゃない、あの二人」

 

 邪魔だったイ級が沈み、進路を確保した満潮が称賛の言葉を零す。連携あってのものとはいえ、実質的に初の砲撃戦でここまで出来るのは満潮にとって嬉しい誤算だった。

 

 これなら案外早く片が付きそうね──と、内心思うも、彼方に見える戦艦ル級の姿を確認して思い直す。

 

「慢心するのは、せめてあのル級を沈めてからにしないとね」

 

 軽巡ホ級の砲撃に曝されながらも、意識は先にいるル級へ向ける。そろそろ装填が終わる頃。囮としてなんとか注意を引かなければならない。

 

 ル級はまだ遥か遠くにいるが、それでも酸素魚雷の射程ならば届く。砲撃までに着弾は望めないだろうが、魚雷を意識させるだけでも効果はあるはず──そう考え、満潮は左腕に装着する四連装魚雷を構える。しかし、突如として構えた魚雷発射管に砲撃が命中した。

 

 砲弾は入射角が浅かった為、防盾を貫通する事はなかったが、それは榴弾であり、着弾と同時に爆発した。爆炎が引火し、左腕に火の手が回る。

 

「マズッ……!」

 

 火の手が回り切る前に満潮は四連装魚雷を外し、海に放棄した。そしてすぐにその場から離れる。次の瞬間、魚雷を放棄した位置から水柱が上がった。

 

「危なかった。あと少し判断が遅れてたら魚雷の誘爆に巻き込まれてたわ」

 

 冷や汗をかいた満潮は砲撃を撃ってきた軽巡ホ級を睨み付ける。ホ級はル級に接近させないように、満潮の行く手を塞いでいた。

 

「ちっ……やってくれるわね」

 

 連装砲を構え、満潮は忌々しく呟く。突破は容易くないと悟った。

 同じ頃、同時に飛び出した時雨もまた、その行く手を止められていた。駆逐イ級と軽巡ホ級の集中砲火をかわしながら、連装砲を構え、応戦するも手応えはない。むしろ被弾していないだけ善戦していると言えた。

 

「…………」

 

 時雨の平静な顔を一筋の汗が流れる。

 砲撃による脅威は感じない。この程度の砲撃に当たってやるほど、時雨の錬度は低くない。故に、この汗は焦りからだった。

 

 ル級に視線を送る。射撃姿勢は整っている。その砲口は自分の後ろにいる扶桑達に向けられていた。それを確認して、眉間にしわを寄せた瞬間、砲弾は発射された。

 

「──ッ!」

 

 ル級二隻による一斉射。六基十二門が二隻、計二十四発の砲弾が扶桑と山城の頭上に降り注ぐ。時雨は息を呑んだ。狙いを絞り切れていない砲撃故に命中率は高くなく、砲の精度も悪いのか、その散布界は広い。しかし、逆に狙いを絞り切っていないからこそ、広く散布された砲弾が当たる可能性があった。

 

「一発当たる」

 

 時雨が弾道を観測して呟く。それを呟き終わる瞬間に、山城の身体へと着弾した。

 

「あうっ!!」

 

 マグレ当たりの一発は山城の身体を直撃し、山城は短い苦悶をあげる。

 

「山城!」

 

 扶桑の声に反応して、山城は無事を知らせるように片手を上げた。

 

「大丈夫、小破程度です。装甲は抜かれたけど、耐久値にはまだ余裕があります」

 

 艦娘の身体には『装甲』と呼ばれる障壁が展開されている。艤装によって展開されるそれは、宿る艦艇の魂の強度に比例して、より強固な障壁を構築する。加えて、仮に『装甲』を貫通されても『耐久値』と呼ばれる別個のエネルギーによって艦娘は保護される。これは艤装を動かす動力や艦娘に宿る魂そのものであるとされ、『装甲』を抜かれ、『耐久値』が損なわれる事で艤装は効力を失い、艦娘は普通の人間に等しくなり、『轟沈』していく。

 

 山城は戦艦。同じ戦艦の砲撃によって装甲を貫通され、耐久値を削られても、そう易々と致命傷には至らなかった。

 

「艤装は問題なく動く。直撃したお腹は痛いけど、打撲程度ね。内臓はやられてない」

 

 損傷を確認して、山城は体勢を立て直す。休んでいる暇などない。攻撃の手を休めれば休めるだけ、状況は不利になっていく。この程度の痛みで怯んでなどいられなかった。

 

「姉様、第二射いきます!」

 

「ええ、合わせるわ!」

 

 反撃を敢行する。狙いは時雨の行く手を塞ぐ駆逐イ級と軽巡ホ級。水柱が上がり、一瞬二隻の姿が消える。しかし、次の瞬間には健在な姿を覗かせた。砲撃は直撃せず、至近弾が多数あった程度だったが、それを好機とみた時雨は飛び込んだ。

 

「邪魔だ」

 

 低く呟き、滑走する。

 山城に砲弾が当たった。苦悶の声を聞いた。損害を許した。痛そうだった。許せない。自分と、相手が、許せない。

 

 イ級とホ級が時雨を迎撃する。けれど当たらない。

 体験していない記憶を想起した。思い浮かべる地獄には程遠い砲撃。絶望を見続けた時雨にとって、それを避ける事など児戯に等しい。

 

 連装砲を撃つ。狙いはイ級。所々ひび割れした身体を持つイ級は、恐らく三日前に時雨達が遭遇した生き残り。中破して尚、立ち塞がった手負いの獣。ならば引導を渡そう。同情の気持ちはない。邪魔だから、その存在を始末する。……一射、二射と続けざまに撃った。全弾が命中。側面を貫いて青い体液を海に撒き散らす。それでも沈みはしない。しかし、辛うじて浮いているだけで、もはや砲撃すらままならない有り様だった。

 

 時雨はイ級を一瞥すると、ホ級へと狙いを変える。イ級は放っておいてもいずれは沈む。そう判断した結果であった。

 ホ級は砲撃を続けている。もはや時雨とホ級の間に距離はない。二十メートル程度の間合いから砲撃しているにも関わらず、その砲弾が直撃する事はなかった。至近弾は許しても、直撃弾だけは見極め、回避し続ける。それを平然とやってのけた。

 

「なんて動き」

 

「あの子、怖くないの……」

 

 傍から見ていた扶桑と山城がそれぞれに言葉を漏らす。

 少しでも足を緩めれば致命傷は避けれない。見ている方が肝を冷やす命懸けの綱渡りだった。

 

 避け続けながらも、時雨は反撃を繰り返す。駆逐イ級に比べ、軽巡は装甲が硬い。それでも撃ち抜けない事はなく、四射目にして側面下部を貫通し、ホ級の足が止まった。

 

「第一、第二魚雷発射管、準備。……全門発射」

 

 淡々と工程をこなし、時雨は静かに死を告げる。

 足の止まったホ級に八射線の酸素魚雷が迫る。至近距離で発射された魚雷を避ける術はなく、八本の内、七本が命中。断末魔とも言える爆音を轟かせながら、軽巡ホ級は爆散し、残骸を海に散らした。

 

「…………」

 

 感慨もなく時雨は本命へと向かう。ル級は扶桑達へ砲撃を続けている。初弾が直撃した以外、まだ被害は出ていないが、徐々に狙いは絞られてきていた。そのせいで扶桑達も集中して攻撃が出来ていない。囮である時雨達が注意を引かなければならないが、今の時雨にその考えはなかった。

 

「魚雷、次発装填。……完了」

 

 リュック型の連装砲から予備魚雷を取り出し、両足の発射管に装填する。そしてル級まで接近した。接近に気付いたル級は右腕の砲塔を時雨に向け、迎撃する。軽巡ホ級の砲撃とは比べ物にならない威力の砲撃が襲い掛かるも、彼我の距離は相応に離れている以上、快速の駆逐艦を捉えるには至らなかった。

 

「第一発射管、準備。いけ」

 

 右足の四連装魚雷を稼働させ、二隻のル級を狙い、四射線の魚雷を射出する。間隔を開けて発射された魚雷は扇状に広がり、正面からル級に迫る。それは動かずとも避けられる軌道だったが、同時にル級の行動を抑制した。その間にル級の側面へと回り込み、続けて左足の四連装魚雷を発射する。一射目の魚雷を回避したル級に、今度は真横から魚雷が迫る。避け切れぬと悟ったル級は、もう一隻のル級を庇うように魚雷の射線へと身を被せた。

 

 そして轟音が響いた。爆炎が天に昇り、黒い身体は青い血を流しながら沈んでいく。

 

「……驚いたな」

 

 だが、沈みゆく黒い身体はル級のものではなく、大破させたはずのイ級であった。駆逐艦でありながら戦艦よりも巨大な身体を持つイ級は、大破した身体でありながら時雨に追い付き、その身をていして僚艦の危機を救ったのだ。

 

 時雨は驚きの声を零しながら、自分の判断を悔んだ。しっかりとトドメを刺していれば、少なくともル級一隻を大破まで持っていけたはずだった。自らの不手際を認めつつ、ならば──と連装砲を握り直す。そして、再びル級へと接近した。

 

 どんどん距離は縮まり、連装砲の間合いに入る。すかさずに発射。ル級に命中するも装甲は貫通せず、効果は薄い。それでも時雨は砲撃を続けた。注意を引く為もあったが、それ以上に自分で倒すという気持ちが大きかった。

 

 山城を傷付けたル級が許せない。被害を許した自分が許せない。ならば自分で撃たないと気が済まない──そんな感情が心中を渦巻いていた。……とどのつまり、時雨は怒っていたのだ。

 

「あの馬鹿。あそこまで近付いたら、あとは遠くからちょっかい出してればいいってのに、なに接近戦し掛けようとしてんのよ」

 

 軽巡ホ級と交戦していた満潮が、ル級へと突撃していく時雨を見て、苦言を漏らす。ホ級と時雨を交互に目を向けて、いつまでもこんなところで手をこまねいている場合でない事を直感する。多少無理をしてでも時雨と合流するべきだと判断して、満潮は一つ気合いを入れた。

 

「こんの!」

 

 機関を最大稼働させ、ホ級へと突進する。突然の軌道変更にホ級は対応が遅れるものの、一直線に進んでくる満潮は狙い易い的でしかない。

 

 砲撃は直ちに向けられた。

 正面から飛んでくる砲弾は相対的に早く感じ、被弾する恐怖が体を震わせる。だが耐える。足元に着弾して体が浮き上がる。けれど堪える。一発直撃した。激痛が顔を歪ませる。でも我慢する。──身を削ってでも仲間を守る。それが満潮という少女の戦いなのだから。

 

「当たれ!」

 

 すれ違いざまに一撃。ホ級の砲塔に直撃したその一撃は弾薬の誘爆を招き、一時的にホ級を沈黙させた。その隙に満潮は横をすり抜け、突破する。被弾した左肩は酷く痛んだが、当たり所が良かったのか動かない訳ではない。

 

 一息吐いて、前を見る。戦艦の砲撃を掻い潜り、攻撃を続ける時雨の姿がそこにはあった。

 

「そこまでの無茶をしろとは言ってないわよ、バカ時雨」

 

 


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