義の刃足る己が身を   作:黒頭巾

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プランL(奉先による一人無双)

ヴェーダはこんなプランを推奨していなかったはずだ……!


必中無弓

旧函谷関。その回りを守るように新たに築城された四城を獲らねば、要衝たる函谷関に攻め入ることは殆ど不可能である。

と言うのも補給線を脅かされるからであり、補給がなくては戦うことが難しいから―――であるのだが。

 

「軍師、あれは何だ」

 

「白旗でしょう」

 

「またか」

 

方・新・新市・擊の四城の最後、擊の城。

ここもまた、いやにあっさりと城を開いた。

 

方城は虚報を流して城主自らが外に出て来たところを呂布率いる五千に強襲させて此れを撃殺させしめ陥落、新城は囲んで一日で門扉を破壊して華雄率いる寄せ方が雪崩込んだことによって陥落。

新市城は城主自らが外に出て降伏を伝えてき、今回の擊は白旗。

 

「不満ですか」

 

「奴等には節義がないのか?」

 

そんなものはない。

郭嘉は内心そう言いかけて、止めた。

節義と忠義によって生きているような関籍の心象は、当然主を裏切った降伏者に悪く働く。即ちそれは降伏者に対して辛く当たるということにあっていた。

これを更に深めてしまうこともないだろうと、彼女は判断したのである。

 

「……真の節義を通す為に、我らに降ろうとしたと考えられては?」

 

「江東の連中と巴郡の太守は敗れても敗れても諦めずに遂に滅んでもこちらに来たではないか」

 

節義を通すということは、そういうことなのではないか。

関籍の言うことは、全く正しい。こちらに付くことで漢に対する節義―――郭嘉の言う真の節義―――を通そうとするならば、最初から従わないべきであり、もし已む無く従ってもこちらに某か従っていないことを伝えるべきである。

 

正しいだろう。現にこの男の歩く道は変わらない。間違った強者を善しとしない。死ぬまで抵抗をやめない敵対者からすればこれ以上ないほどの迷惑な一徹さを持っている。

 

反董卓連合軍の時、何故圧倒的に不利な董卓軍に味方し、呂布と華雄を逃がすまで『正面突破による撤退』と言う時間稼ぎをしたか。

 

それは正しいからであり、或いは侠と言うものがそうあれかしと叫んだからかもしれない。とにかく、彼は『董卓は嵌められている』と気づき、『気づいた上で諸侯は弱者を虐げようとしている』ところまで気づいた。

そして、『不当な手段・私怨で兵を興し、董卓を潰そうとした奴らには節義がない』と判断したから彼は張遼と共に董卓に味方し、その将兵が生き延びるところまでに気を使ったのである。

 

なので、土壇場での降伏者は彼には言わせれば、

 

『武の道に生きる者には節義が要る。貴様等にはそれがない』

 

という事になった。不幸なことである。

 

「討ちますか?」

 

「反対か」

 

明らかに怒りを滲ませたような雰囲気は、やはり気負いと昂りがあってのことなのだろう。

普段なれば怒りこそすれども討つか討たぬかというところまではいかない。

 

郭嘉はさらりとそう読み取り、一瞬考えて言葉を吐いた。

 

「関籍殿の義憤も謂わば、私怨。漢の旗を立てて行うべき行動ではないかと」

 

節義云々は帝が決めるべきであって、一将軍が何やかんやと口を出すべきではない。

そう婉曲に、されど鮮烈な諫言を受けた関籍は押し黙る。

 

彼は完璧ではない。侠でもあるし、漢王朝の一臣下。故にどちらかに精神の軽重が傾けば道を間違えるときもある。

それはしかたない。しかたないことだが、郭嘉にとってはそれは糺すべきものであった。

 

この主従の面白いところは、こう表される。

 

『関籍が郭嘉を尊重し、よくその意見を聴き、郭嘉が関籍を欠点をも愛し、よくその歪さを補った』と。

 

「……軍師、すまなかった。この関籍が悪かった」

 

「いえ、こちらも出過ぎたことを言いました」

 

郭嘉はまず、軽重の傾いた方に理解を示す。それは態度であったり、言葉であったりしたが、ともかく理解を示した。

それを関籍が受け入れ、更に一方に傾いたところに『軍師の異見』と言う大石を浮いた一方に置いて釣り合いを取る。これが郭嘉のやり方だった。

 

半ば配下から崇拝のような信頼を勝ち得ている関籍に『いけません、なりません』をピシャッと論理的に言えるのは、この時点では郭嘉だけであったといえる。

 

「軍師、貴女にはいつまでもこうしていただきたいものだ」

 

「……………いつまでもこうして、と言いますと」

 

それは婉曲な諫言に対する返し、婉曲な告白なのでは?

 

『いつまでもこうして正道を外す度に糺していただきたい』と言う意味を曲げて捉える余地を残したその台詞に、気づいた上でそう思ってしまったのが郭嘉の不幸―――と言うよりは、お約束であった。

戦も何もなく、無血開城をなし得たはずの陣中に、血の華が咲く。

 

いつものことであった。

 

 

そして、次に郭嘉の自分の血に酔って酩酊する意識が現世に引っ張り戻されたのは函谷関へ至る中道での一時休止の時―――時間的に言えば六刻後である。

 

やはり、戦が近づくと覚醒するのか。周りからそう思われるほど迅速な再起動だった。

 

というのも函谷関に至る中道には峻険な山の真ん中を削ったような細い一本道がある。

故に涼州勢力からしたら大軍を少数の軍で足止めできる絶好の土地。ここを活かして防衛陣地を構築しているか、如何にも何かがりそうな小道の左右を囲う崖の上に弓兵を伏せておくか、落石の罠を仕掛けておくか。まともな手段で進めば被害は拡大するばかりであろう。

 

「軍師、どうする?」

 

「呂布に偵察に行かせてはどうでしょう」

 

明らかに血の足りていない白い肌を晒しながら、郭嘉は四輪車の背もたれに体重を預けていた。

 

一騎に使うならば儲けものだし、赤兎馬ならば敵が発見し、石を落とす前に駆け抜けることができる。使わなければ敵はその構えた陣を微細な箇所まで敵の視界にさらすことになり、弓兵を使えば伏兵が露わになる。

 

人柱のような戦術だが、生きる道を直感で鋭敏に察知できる呂布と最速の馬こと赤兎馬であれば何の障害もなく突破できるであろうことは容易に想像できた。

 

「恋、行けるか?」

 

「ん」

 

華佗から処方された薬を飲みに行った郭嘉に代わって入ってきた呂布に問い、自信ありげに頷いたのを見て役目を託す。

 

偵察は、軍の目を啓かせる重要な行動。自然とその役目には責任がつきまとい、勝利を左右することすらあった。

 

「行ってくる」

 

「御武運を」

 

さっ、と。流れるような一動作で拝手を行った関籍に向け、呂布は静かに頷いた。

 

彼女の心に気負いはない。死に追いやられるような焦燥もない。

誰もが命を張って戦場に立っている。呂布もまた、ここが命を張るべきところであるという自覚を自然と持っていた。

 

誰よりも自分が、この役目に際しての生存率が高いのだから。

 

「…………」

 

決意と言うほど気負ってもいない彼女らしい自然体な決意を受けてか、赤兎馬は馬首を前に傾かせ、疾風の如く駆ける。

 

切り立った崖の間の小道を紅い雷霆のように駆ける一騎に、まず最初の落石の罠を作動させる係りの者たちは反応できなかった。

 

この崖上の落石の罠は大量の石や岩を木の柵で塞き止めて罠を設置し、塞き止めている柵を繋ぎ止める紐を斬って岩や石の類を開放し、崖下に落とす。この単純な構造によって作動していた。

 

そのことを一目見て悟った呂布は、ただ疾く駆けることによって活路を見出したのである。

 

(………来る)

 

凄まじい速度で切り替わる左右の景色は、相変わらずの土の茶色と蔦の緑。しかし呂布の鋭敏な聴覚は馬蹄と風切り音以外の何かがあったことを察知していた。

 

矢羽の、音。

 

過ぎ去った地点に、岩の雪崩が起きる。矢で敵の侵攻具合を伝えあっているのだと、呂布は朧気ながらに理解した。

 

「敵は一騎だ!」

 

誰かの叫びが凹んだ地形に反響し、木霊し、余韻を残す。

 

岩盤が崩落したか如きの轟音が収まりし頃に放たれたその将の大喝は、罠を作動させた彼らの動揺を鎮めた。

 

あっという間に第一の備えが音も立たずに突破されたという報が届き、第二の備えを崩して岩を落としてみたものの、砂煙が晴れたあとには死体一つなく、三の備え、四の備えと続いた轟音の為に聴覚も麻痺し、何がなんだかわからなくなっていたのである。

 

呂布はこの大喝と禅語して一先ず罠を抜け切ったことを悟り、後ろを振り返った。

 

『陣が何処にあろうと、進んでいいのは牙門旗が見える地点まで』

 

そう言いつけられた呂布の可動範囲は、牙門旗を中心とした円を描いていると思えばわかりやすいであろう。

 

砂煙で曇っているとはいえ、牙門旗は未だ呂布の視界に入っていた。

 

「……………あ」

 

ピコン、と。二条の綸子の如き髪が呂布の閃きに呼応するようにして動く。

方天画戟と、李広の弓。矢筒にあるは三十本の鉄製の矢。

 

方天画戟を地に突き立てて、呂布は弓に矢を番えて目を凝らす。

 

「………!」

 

放った一矢目は、虚空に消えた。

落石の罠を発動させる為の要である紐の付近を通過したことに気づいた郭汜の兵たちは、嗤う。

 

いくら弓の名手いえども、虚空に揺蕩う紐を撃ち抜けるはずが無いではないか、と。

 

(……今の、なら)

 

右に一個、上に二個。

 

(……この風もあるなら、紐は右にもう一個)

 

何の緊張もなく、その耳に届く雑音もなく。

 

(……矢は、逸れるから上にもう二個)

 

呂布の放った一矢は、寸分違わず紐を穿ち、その張りを断った。

 

両方で支えているとはいえ、片方でも紐が断たれたならば岩の重みに耐えきれるはずもなく。

 

響く轟音を背景に、呂布は悠然と先へ進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




与一「このチート野郎が!」

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