義の刃足る己が身を 作:黒頭巾
ちなみに、夕陽は『一連の戦の終わり』と言う意味も含んでたり。
遼来来。
虎牢関でその恐怖を刷り込まれ、後方から迫りくる天下無双の武はたった先ほどまで刷り込まれ続け。
北から名将、東から驍将、西から豪将、南から猛将に挟まれた袁紹軍は完全に戦意を喪失。次々に武器を捨てて甲を脱いで降伏し、沮授の近辺を守る兵すら櫛の歯が落ちるようにして脱落していき、遂には沮授自身までもが捕らえられたことを以って、この一戦は決着した。
この一戦で袁紹軍は軍師の双璧の内一人を捕斬され、対騎兵の切り札足り得た麹義が討ち死にし、将としてならば袁紹軍の中で白眉の実力の持ち主であった張郃が降伏。合わせて十五万の精兵を失った。
暫定的に降将である張郃の配下として関籍軍に組み込まれた残兵八万は貴重な弩兵部隊として関籍流に再編成が行われ、張郃・高覧の二将の元で勇名を馳せることになる。
動員兵力の約六分の一を一挙に喪失し、平皋陥落によって敖倉を完全に喪失した袁紹軍は流石にその巨体を支えきれなくなり、関曹連合と和睦。三年間の期限付きの平和を手に入れ、内政に勤しむことになる。
だがそれは曹操は同じことであった。彼女は利子付き―――無利子を断る形―――で関籍から金穀糧秣を借り、それを元手に兗州一円の開拓に乗り出したのだ。
そして、関籍は。
一戦で一万五千が、九千になるという嘗て無いほど甚大な被害を受け、『悪夢でも見ているようだ』とこぼして死者たちを丁重に弔い、遺族たちに充分な手当を行うべく襄陽に帰還する。
196年、夏。約二年ぶりの帰還であった。
「馬季常」
「ハッ」
相変わらず、荊州は別天地のような発展ぶりを見せていた。
豊潤な大地、信用のおける通貨、発達した水運。
荊蛮と言われていた未開地から三種の良点を抑えた大都会に変貌させた荊楚の領主が最初にやったことは、主力の留守中に経済を回していた馬良を呼ぶことであった。
領内の経済の様子は、と問われた馬良は、こう言った。
「やはり戦を行っていたからか経済の成長率は伸び悩んでいたものの、これからは伸びに伸びるであろう」
と。
つまり、文字通り四面楚歌の状況に置かれたにも関わらず一度の敗北もせずに敵を見事な用兵で撃退し続けた関籍は、ほとんど絶対的な信頼を向けられる対象になったのである。
曹操と結んだこともその一因であったが、足を引っ張っていた南部を切り離して新たに豫州と敖倉を完全に制圧したのがでかい。
新たな市場と穀倉地帯を得た荊州の躍進は未だ留まることを知らないでろうということが、馬良の意見であった。
それを受けた関籍は四官に荊州の内政を一任し、荒れている豫州は劉馥・劉曄・韓浩の農政家たちに任せ、軍政は魏延に一任。魏延を実質上の豫州総督としたのである。
『袁・孫が天下の兵を挙げて攻め寄せて来たならば、御館様のためにこれを防ぎ、配下の将軍が10万の兵でやって来るならば、これを併吞する所存です』と言う如何にも彼女らしい言葉と共に豫州へ向かった彼女は相変わらず練兵総督も兼任しており、荊楚から豫州へと赴任した五万が一年足らずで精鋭となって荊楚の地を再び踏むことになる。
揚州方面には文聘・甘寧・張遼の三将を配置し、主劉焉を射殺されて内乱続く蜀方面には郝昭・張任を引き続き配置。
南方には張郃・馬謖が睨みを効かせ、北方には張繍・賈駆らが守り、揚州には更に遊撃軍として金穀糧秣を燃やしたり奪ったりしている公孫瓚を配置。
郭嘉は襄陽で骨を休め、呂布は相変わらず主簿として色々不用心な関籍の護衛に当たり、華雄は魏延の代わりに練兵にあたり、関籍本人は久しぶりの平和を謳歌していた。
「……ふぅ」
夕刻。仕事を判を押したり練兵したりと散々駆け回っていた関籍は、仕事終わりの一杯の酒を楽しんでいた。
方天画戟を肩に立てかけながら隣に座る呂布もチビチビと酒を飲んでおり、この二人が自らがやるべきことを全うしていることもあって諌める者は一人もいない。
「呂布殿」
「……?」
俯きがちに少しずつ酒を飲んでいた呂布の頭が上がり、綸子を思わせる赤髪が揺れる。
健康そうな褐色の肌に、黒い黥。仄かな稚さを感じさせる紅い目は、一見すれば引っ込み思案な少女のものであった。
「華雄殿と戦われたとか」
「うん」
別段、呂布が感情を表に出すほどの話題でもない。
彼女は基本的に執務室に籠もりきりな関籍と違い、無役である。彼女の一日は護衛したり昼寝をしたりがもっぱらな故に模擬戦―――と言うより、手合わせを願い出られることが多いのだ。
それは一々確認するほどのことではないし、勝敗を気にするほどのことではない。どうせ、呂布は勝つのだから。
「どうでしたか?」
反関曹連合との戦いが一段落したとき、関籍は呂布を再評価した。
つまり、一人の将として認めたのである。
自分が智略と勘を使い分けて戦うのに対して、呂布は十割が勘であった。しかし、それが鋭い。
堅陣の弱点を貫き、破砕する。罠を第六感で見抜き、攻め場所を変える。戦いの本質をよく理解し、その理解に智略による余計な装飾がないが故に端的に、誰よりも彼女は『わかっていた』。
故に、とりあえず張遼とぶつけてみたのである。関籍の目算からすれば『負けるは負けるが苦戦はさせる』はずだった。
が、負けた。大敗したと言ってもいい。
なんというか、果断さがないのだ。少し突っ込んでは後ろを振り向き、ふらふらと周りを見てからまた突っ込み、また心細げに周りを見る。
その繰り返しによって生じる隙をもの見事に突かれ、呂布は負けた。戦死判定九割という、古今稀に見る敗退で。
洞察力もある。戦闘力も比類ない。戦運びも申し分ない。
卓越した武技に代表される才能・他者の意見をよく聞く性質・耳に痛い言葉も受け入れ、信頼したら疑わない深い器量の全てに恵まれながら、何故か一人立ちができないのが、呂布であると言えた。
現に華琳こと曹操からは『何故呂布が一軍を率いていないのかしら?』とか言われたりしている。
先の模擬戦による敗戦は飲み込みが早く、戦術にしても指揮の仕方にしてもすぐさまものにしてしまう彼女らしからぬ敗北だった。
その後に『もーちっと一人立ちには早いんちゃう?』と言われたこともあり、呂布は未だに主簿としてここに在る。役に立つから全く問題はないが、勿体無いというのが関籍の本音であった。
「固いから、弱い」
「なるほど」
華雄の戦い方は、しっかり確立されている。
だからこそ、脆い部分もある。自分好みの戦い方に拘り過ぎて負けることが多いのだ。それは戦でも言えることであるが、現在はその戦い方に合わせた局面に遊軍として投入しているから問題はない。
しかし、少し変えていくべきだろうか。
関籍はそんなことを思うと同時に、再び勿体無いと思った。
的確に穴を指摘できることは、貴重な才能だろう。自らの穴に気づかずに嵌って死ぬ者も多いこの世の中に、欠けた箇所をこれ以上ないほど明確に指摘する呂布の一言は金よりも高い。
だからこそ、副将に留め置くばかりで一人立ちをさせることができない自分が歯がゆくもある。
「拙者には、何かありませんか?」
「おやかたさまは、不用心」
「軍師には?」
「軍師は、働き過ぎ」
つまり、このまま行けば関籍は暗殺され、郭嘉は過労死するということであった。
いずれも、的確に個々の問題点を突いていると言えるだろう。
「では、呂布殿は?」
「……………………」
『卒寡くして兵強きは義あればなり』
『兵の数は少数であっても無敵を誇る軍がある。これはその軍が戦うに値する大義をもっているからである』
孫臏兵法に記されたこの一節そのもののような関籍軍に於いて五指に入る精兵を率いる将は、ぴたりと押し黙った。
「恋は」
「呂布殿は?」
「………………恋は」
ひたすら沈黙を保ち、少し溜めてから口を開く。
「………恋は、頼り過ぎ」
「む?」
「…………………………」
言ったっきり両手で掴んだ杯を呑み干し、俯く。
ひたすら黙りこくる呂布に何かを察したのか、関籍も杯を干し、黙った。
この二人の会話はだいたいがこんな会話らしくない会話の繰り返しである。
「おやかたさまは、不用心だから」
「うむ」
「恋ががんばる」
守る、ではない。呂布は関籍を対等に見たかった。自分と同じ武の高みに到達した対等の武を持っている存在として認識したかった。
従うのはいい。構わない。だが、自分が上になるのは嫌だったのである。
「では、よろしくお願い致します。呂布殿」
「恋」
「む?」
「恋でいい」
ぽつりと告げられた真名と共に、陽が今日最後の光を放ち、呂布の髪のように赤く燃える。
呂布は一人立ちするには、まだ時間がかかりそうであった。
読者=サンから『※容姿の説明が一切ない※』『※原作を知らないと外見が想像できない※』と言う恐ろしくもっともな意見をいただきましたので、これからちょくちょく容姿描写を入れていきたいと思います。
今までで完全に描写仕切ったのは張遼=サンだけ。
かゆうま=銀髪
呂布=触覚
だけ。馬鹿か私は。
突っ込みくれた読者=サン。ありがとうございます。一応匿名にしておきました。
正直なところ『原作にホイホイされた人を釣る』ってのがこの作品の基本コンセプトだったので、『容姿?ああ、知ってるだろ』みたいな感じで書いてました。すみません。
……原作知らないで私の作品は楽しいのかは知りませんが(私の作品が原作を越えてるとは到底思えないので)、原作知らねぇよオラァ!でも暇つぶしに読んでやるよオラァ!な人、居ますかね?
本当に、すみません。これからは原作知らない人にも楽しんでいただけるように意識して書きます。