義の刃足る己が身を   作:黒頭巾

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感想で『霊』は悪諡じゃん!それと最高クラスの『武』を足すなんてありえない!と言われたので、胡服騎射さんから一言。

武霊王「存在を消された件については、訴訟も辞さない」

真面目に言うと、霊は悪諡から平諡に転じたという説があります。元にしたのが春秋戦国期に成立した逸周書彙校集注で、そちらでは平諡なので今回はそちらを採用いたしました。

【死見鬼能曰霊】
[意味]  死して鬼となって現れること。
[彙校] 《前編》には「鬼」を「神」とする。「見」は「現」の様によむ。


白馬の盟

「私の股肱の臣たちの命を救ってくれたばかりか、一敗地に塗れる羽目になりかねなかった戦局を変えていただいたこと、感謝の言葉もありません」

 

「恐れながら。忌憚無き我が心を述べますと、あれは社稷に忠たる曹兗州牧の抱える有為の人材をここで生かさねば社稷にとって取り返しのつかぬ損失になると判断したからです。打算ある行動は他者の賞賛に値しません」

 

方天画戟を幕舎の前の大地に突き立ててきた呂布は、相も変わらずぼーっとしながら虚空を見ていた。

 

視界に焦点を合わせていない状態の呂布は、警戒の印。

 

そう察していた夏侯淵もまた、不慮の事態に備えて体構えを格式張ったものから柔らかなものへと変える。

 

『白馬の盟』と言う名で後世の歴史家から『世界の歴史を左右する会見だった』と評されるこの会見は、まだまだ互いにすんなりと意見を交わし合える柔軟な雰囲気を持っていなかった。

 

「……三度目だけれど、何か要求することはあるかしら?」

 

「ありません。が――――」

 

暫しの押し問答の後、三度目に至って関籍の言葉が変化を見せる。

この大陸においては三度目までは辞退してみせるのが礼であり、それ以上の謙虚さを見せるのは却って非礼だとみなされていた。

つまり今までの関籍の再三の辞退も本心ではあったが礼でもあると言ってもいいだろう。

 

曹操の配下はこの態度の変化に合わせるようして態度を硬化させ、目端に不安とも期待とも取れぬ微妙な心情を顕にした。

 

やはり、自分の馬を譲ってまで股肱の臣を助けられたという借りが大きすぎたのである。

 

「その口調は、どうにかなりませんか」

 

「何故?我ながら上出来な口調だと思ったのだけれど」

 

「……一度会った身からすれば、やはり違和感が拭い切れません」

 

いたずらっぽく笑う曹操と、どことなく罰の悪そうな顔をした関籍。

本来ならば逆であるはずの両者の表情は、不思議と全く違和感がなかった。

 

「いいでしょう。本来のものに戻します。他には?」

 

「特には。強いて言えば、許の防備を固められたほうがよいかと進言させていただきます」

 

「なるほど、中入りね?」

 

敵陣前方に戦力を集めさせておいて、一軍を機動させ、これを以って思いもよらぬところを攻め立てて虚を突く。

史書に『関公は中入りが時機・目的共に見極めるのが巧みであった』と書かれるほどに関籍の得意中の得意とする戦法であった。

 

明敏な理解を示した曹操に一礼して返事を返し、配下にすぐさま荀彧に対しての注意を促す報せを届けるように命を下す様子を見て、関籍は一つ頷く。

 

疾い。迷いがなく、拘りはあれど無用な意地はない。良いと思えばすぐさま此れを実行に移すことのできる器量が、彼女にはあった。

 

「他には……なさそうね」

 

「明公にはわかりきったことでしたか」

 

察するに明るいあなたには、既に自分の心内が読めていましたか、と。

心からの敬意を以って曹操を褒め称えた関籍の言を受け、曹操は僅かに面映さを感じた。

 

同時に虎牢関において唯一完敗し、苦渋を舐めさせられた相手から認められるほどの自分になったかという達成感もある。

が、どうにも面映さが収まらなかった。

 

「……では、こちらから一つあなたに誓いたいことがあります。受け取ってくださるかしら?」

 

「受けましょう」

 

即断の人同士の会話は、更に疾い。

元から何も考えていない呂布と、思考回路が優秀な夏侯淵・程昱ら数人しか、この会話の展開の速さに付いていくことが適わなかった。

 

予め用意していたのか、曹操の一言で関籍と曹操を分かつように二つの杯を載せた机が運び込まれる。

 

「我が真名、華琳の元に誓います。曹家一門は関家一門と盟を結び、これを決して犯さず、関家の下で天を支えることを」

 

「我が真名、翼の元に於いて受けましょう。我から発する子々孫々、一門はあなたとの誓いを違えず、共に天を支えることを」

 

そのまま受け取るのではなく、僅かに変えながら誓いを受け、机を挟んで座った二人の漢の大黒柱は杯を手に取り、腕を交差させて一息に飲み干す。

 

「ここに、盟はなった」

 

「我ら今より誼を保ちて並び立ち、共に天を支えん」

 

杯を地に打ち付け、砕けた音が静かに響いた。

 

一瞬の沈黙の後の地が沸騰するかのような喚声に包まれ、曹操の幕舎が意気軒昂に膨れ上がる。

 

「あなたが騎兵を率い、私が歩兵を率いれば、天下の平定も容易なことでしょう」

 

「然り」

 

曹操の獰猛ながら気品を漂わせるが如き笑みに釣られ、関籍もまた相貌を獰猛なそれへと変え、笑った。

 

千年後まで続く、世界最長の盟約がここになったのである。

 

最も、漢が滅んでも両家の誼は衰えることはなかったが。

 

「では、もう一つ。

我らはいつ、如何なる時でもあなたが求めたならば求めた場所に赴くことでしょう。求めずとも、必要とされるところに私自らが軍を率いて助けに行きましょう。受取拒否は許さないわ」

 

「……強情な」

 

「あら、あなたに言われるとは思っていなかったわ」

 

心の底から『お前が言うな』と思う言葉を平然と吐いた関籍を快活に笑い飛ばす。

苦笑でも皮肉でも何でもなく、絶妙に面白かったのである。

 

「曹操殿」

 

「あら、随分と他人行儀なものね。華琳でいいわ」

 

何誓った以上、今更でしょう?、と言う曹操に、関籍もまた真名を預ける。

関籍としては、最近どうにも真名を預ける人間が増えていることに驚いていた。

それはつまり、并州に引き篭もり、臥牛山に引き篭もり、荊州に引き篭もって停滞していた自分と他人との繋がりが再び活発化していることに他ならないのだが、彼はそんなことを深く考える質ではない。

精々考えたとしても『三十数年生きていて妹と親と文遠殿、後は仮にとは言え郭嘉の真名しか預かっていないのに、ここ三日で新たに二人増えたのはどういうことか』といったところで止まる。

 

天性あまり思い悩まない質なのだ。

 

「では、華琳殿」

 

「何かしら?」

 

少しの緊迫感を顔に滲ませながらも余裕を崩さない曹操に、関籍は単刀直入に言う。

 

「腹、割るべし」

 

迂遠なやり方は苦手だった。常に真っ直ぐ当たり、或いは受け止め、打開するのが自分の戦い方だと、関籍は早々悟っていたのである。

 

「兵は二万。内八千が負傷しているし、すぐに後続が来る宛はないわ。潁川北部で樊稠の騎兵を食い止めていたり、田を耕していたり、兵糧を襲ってくる劉僻と楊奉から輜重隊を防いだりと、各地に分散してしまっていることが大きいわね。向こうも、外交や後方撹乱ならば一流のようだもの」

 

「こちらは文字通り四方が敵であり、正直なところ現状では百騎が限界です。が」

 

「が?」

 

「そろそろ豫州から援軍が来ます。輜重隊と水運輜重隊ですが、郭嘉ならばこれにある程度の兵力をつけてくれる……筈です」

 

そう言った、瞬間。

 

「報告!」

 

「述べなさい」

 

「白い一軍が南方より、小早の船団が白馬津の袁紹軍の眼前を通過して北より迫ってきております」

 

これを聞いた曹操はチラリと関籍の方へと視線をやり、頷き返した関籍を見て、立ち上がる。

 

「出迎えなさい。援軍よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御館様!」

 

「おぉ、延か。軍旅は如何程だ?」

 

「荊楚の歩兵三千と兵糧三万石です」

 

荊楚の兵は、強い。

光武帝に言わせれば、『天下の兵は北と西が強い』のだ。つまり、伝統的に河北の兵と楚兵は強いと言える。

その兵を練兵上手の魏延が鍛えればどうなるか。

 

三重の鎧を着ながら五人張りの弩を引き、一日二百里を突っ走る親衛隊が生まれるのである。

 

「このように兵たちの意気は天を突かんばかりであり、未だ衰えを知りません。次の戦では是非、ワタシに先陣を!」

 

陣中を抜き打ちで見舞い、石投げや跳躍をしている兵士が多いことを二人の大黒柱に確認させると、魏延は手を正面に重ね、頭を下げて懇願した。

 

これを受けた関籍は曹操を見、彼女が無言で頷いたのを確認すると、口を開く。

 

「では、延。お前に次の戦の先陣を―――」

 

「籍殿、待たれよ」

 

背後にゆっくり忍び寄る気配より、涼やかな鈴の音が耳朶を打つのが先。

天下一の隠密にして、荊州の水軍総督。

 

「ここは夜襲にて敵を打ち破り、その陣内にある策を看破してから攻めるが得策。私が率いてきた兵で今晩夜襲を掛け、全軍の先駆けになりましょう」

 

甘興覇―――鈴の甘寧が、そこには居た。


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